表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/33

第20話:寂しがり屋の王様③

「……こんな時間に誰だ?」


 扉を開けると、そこには寝巻き姿の上に薄手のガウンを羽織ったカイルが、腕を組んで立っていた。


 金糸のような髪は少し乱れ、目の下にはうっすらとクマができている。


「……何の用だ、カイル。明日も訓練だぞ」


「勘違いするな。便所に起きたついでだ」


 カイルはツンとそっぽを向きながら、ズカズカと僕の部屋に上がり込んできた。


「メンテナンスとは言ったが、お前みたいな平民がベルシュタインの至宝に傷でもつけてねぇか、監視しに来てやっただけ――ッ!?」


 偉そうに言い放ち、部屋の奥へ踏み込んだ瞬間。

 カイルは目を見開き、ピタリと足を止めた。


「……な、なんだこの部屋の異常な熱気は……!?」


 カイルの目が、僕の顔――いや、雑に拭った血の跡と、全身から立ち上る薄っすらとした蒸気に釘付けになる。


「ラビ、お前その血は……それにその顔色。またあの時の『熱暴走(オーバーフロー)』の限界を超えようとしてるんじゃねえだろうな。一体、何を……!」


「ただのデバッグ作業の知恵熱だ。気にすんな」


 僕は鼻の下を袖で乱暴に拭い、ニヤリと笑ってみせた。


「それより、便所のついでに監視とは、ずいぶん器用な王様だな?」


 僕が茶化すように言うと、カイルの肩がビクリと跳ねた。

 

 その目は、袖に付着した血痕と部屋に漂う熱気を――まるで不吉な『死の予兆』でも見るかのように、激しく揺れながら凝視している。


 ……無理もない。

 丸二日も意識を飛ばし、死体同然になったあの時の光景が、こいつの脳裏にはこびりついているんだろう。


 だが、今はあの時とは違う。


 深夜の静寂の中、アドレナリンが脳を焼き、創作の快感が痛みを上書きしている。リアルタイムの戦闘デバッグに比べれば、この程度のオーバーフローは管理可能なエラーの範囲内に過ぎない。


 ここでこいつに取り乱されて、作業を止められるわけにはいくまい。僕はあえて無頓着な職人を装い、カイルの意識を『僕の体調』から『目の前の作業』へと強引に引き剥がすことにした。


「なっ……てめぇ、人が心配してやってるってのに……!」


「はいはい。ほら、監視役の特等席だぞ」


 僕は顔を赤くして言葉を詰まらせる彼を、無理やり作業机の前の丸椅子に座らせた。


 便所のついで? 嘘に決まっている。

 本当に素直じゃない、寂しがり屋の王様だ。


 だが、今のこいつにはその『嘘』が必要なんだろう。僕が今にも壊れそうな欠陥品ではなく、生意気な口を叩くエンジニアでい続けるという保証が。


 カイルは座らされてもなお、落ち着かない様子で僕の袖口や、机に置かれた血の付いた端切れを盗み見ている。


 その瞳の奥には、まだ熱暴走の恐怖がこびりついて離れないでいた。


 僕はあえてその視線を遮るように、作業机の中央に『それ』を突き出す。


 その瞬間、カイルの視線が、机の上に置かれた自分の杖へと移り変わる。


「……おい。ラビ」


 声が別の意味で、微かに震え始める。

 ようやく僕の体調以外の違和感に気づいたようだ。


「なんだ、その鉄屑(ゴミ)は。……まさか、それを俺の杖にくっつける気じゃないだろうな?」


 カイルの意識が切り替わる。

 恐怖から、『ベルシュタインのプライド』へ。


 ……よし、これでいい。

 心配されるより、怒鳴り合っている方が僕たちらしい。


「ゴミじゃない。昼間に見つけた『ランタンの失敗作』の耐熱機構だ。カイル、お前の異常な熱量を逃がすにはこれくらい分厚い排熱口が――」


「ふざけるなッ!!」


 深夜の部屋に、カイルの怒声が響いた。

 彼は顔を真っ赤にして僕の胸ぐらを掴み上げる。


「これはベルシュタインの象徴だぞ!? 歴代の当主が受け継いできた、完璧な美しさを持つ至宝だ! そこにそんな……カビ臭いジャンク屋で拾った鉄屑をくっつけるなど、絶対に許さん!!」


「……完璧な美しさ、ね」


 僕は胸ぐらを掴まれたまま、冷ややかにカイルの目を見返した。


「お前はその『完璧な杖』を使って、今まで一度でも全力で魔法を撃てたか?」


「……っ!」


 カイルの動きが、ピタリと止まった。


「自分の規格外の出力を恐れて、常に無意識のブレーキをかけてきたんだろ。杖が壊れないように。自分が焼き切れないように。……その結果が、あの実技授業での――僕に手綱を預けて、ようやく放つことができたあの一撃だ」


「てめえ……ッ!」


「選べよ、カイル」


 僕は彼の腕をゆっくりと振り払い、机の上の至宝と、鉄屑を並べて指差した。


「傷一つない美しい美術品を抱えて、一生ブレーキを踏みながらお飾りで生きるか。……それとも、不格好な鉄屑を背負ってでも、自分の手であの『化け物』クラスの出力を叩き出すか」


 部屋に、重い沈黙が落ちた。

 カイルはギリッと唇を噛み締め、震える手で自身の杖を見つめている。

 

 名門ベルシュタインの次期当主としてのプライド。

 美しいものを尊ぶ貴族の矜持。


 それらが、彼の中で激しくせめぎ合っているのがわかった。


 だが、僕は知っている。

 周囲から『落ちたエリート』と嘲笑われてきたこの傲慢な金髪の男が、誰よりも自分の弱さを嫌悪し、誰よりも『圧倒的な力』に飢えていることを。


「……傷一つでもつけやがったら、許さねえ」


 絞り出すような、掠れた声だった。

 カイルはバツが悪そうに顔を背け、乱暴に僕のベッドに腰を下ろした。


「やれ。……ただし、俺の目の前でだ。少しでも手元が狂ったら、その場でてめえを丸焦げにしてやる」


 僕は何も答えず、ただ小さく口角を上げた。

 迷いの消えた『王様』にそれ以上の言葉は不要だ。


 カチッ、という乾いた音と共に、溶接バーナーの炎を最大出力に引き上げる。激しい燃焼音が深夜の静寂を切り裂き、青白い炎がカイルの瞳を、そして彼の宝を冷酷に照らし出した。


 鋭い視線が突き刺さる中、僕は杖の柄の一部を慎重に切除し、ランタンから取り出した排熱フィンを強引に、だが極めて精密に繋ぎ合わせていく。


 杖の美しい装飾に、艶消しブラックの無骨な排熱口が溶接される。


 それはまるで、精巧な芸術品に大型魔導機の排気管を無理やり外付けしたような、酷く歪で、アンバランスな代物だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ