表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/30

第2話:測定不能

「……着きましたぜ、坊っちゃん。乗り合い馬車が入れるのはここまでだ。ここから先は、許可証を持った『貴族様』の専用馬車しか乗り入れられない決まりでして」


 申し訳なさそうにする御者の声に、僕は小さく頷いて馬車を降りた。


「ああ、分かっている。ありがとう。……それと、もう『坊っちゃん』じゃない。今日からは、ただの……ラビだよ」


 そう言うと、御者は少し寂しそうに目を伏せ、無言で深く一礼してから手綱を引いた。遠ざかる馬車の車輪の音を聞きながら、僕は目の前にそびえ立つ巨大な門を見上げる。


 ――アルカディア魔術学院。


 この国の頂点に君臨する門をくぐった瞬間、鼻を突いたのは潮風でも花の香りでもなかった。


 鼻持ちならないほど濃密な、『選民意識』の匂い。


 並ぶのは金糸の刺繍が施された豪奢な馬車。

 宝石をちりばめた杖を携える貴族の子弟たち。


 その傲慢な光景の中を、借り物の質素な服に身を包み、たった一つの鞄を抱えた僕が歩いていく。


「おい、見ろよ。平民が混ざっているぞ」

「魔術学院も落ちたものだな。ああいう『数合わせ』を招き入れなきゃならないとは……」


 隠そうともしない蔑みの視線。

 ……まあ、想定内だ。

 むしろ好都合と言ってもいい。僕みたいな異物が学院に潜り込むには、彼らの目は節穴である方が助かる。


「次……来い。名前は」


 受付の試験官が、面倒そうに書類へ目を落としたまま言った。


「……ラビ・ラヴステラです」


 愛すべき二人から授かった『ラヴィリオ』という名前は今、この瞬間に眠らせる。……少しだけ音を似せたこの安っぽい響きの偽名こそが、これからの僕だ。


「ラヴステラ……? 聞いたことのない名だな。田舎貴族の崩れか?」


「……まあ、そんなところですね」


 試験官は興味なさげに名簿を指先でなぞり――ピタリと指を止めた。


「……あ? おい、何だこれは」


 彼は顔を上げ、汚いものを見るような目を僕に向ける。


「魔法適性……『無し』?」


 ハッ、と乾いた嘲笑が落ちた。


「魔法の使えない者がここに通って何になる。冷やかしなら帰って土でも耕していろ」


「……入学資格はあるはずですよ。筆記と身体能力の試験は、すべてパスしていますから」


 僕が淡々と答えると、試験官は忌々しげに舌打ちをした。


 ……無理もない。

 魔法適性がゼロの人間が、実技以外の一次試験を自力で突破してくるなど、彼の常識には存在しないのだろう。


 だが、僕にとっては造作もないことだった。


 筆記試験は魔術の歴史や基礎理論を問うもの。

 独自に世界の仕様書を解析してきた僕にとっては、絵本を読むより簡単な単純作業(タスク)に過ぎない。


 そして身体能力試験。

 魔法による【身体強化】を前提とした過酷な障害物走だったが――内側から暴走しようとする無限の魔力を押さえ込むため、幼い頃から血反吐を吐いて鍛え抜いてきたこの筐体(ハードウェア)にとっては、ただの軽い準備運動だ。


 もちろん、悪目立ちしないよう意図的に手加減をし、息を切らしたふりをして『平均点ギリギリの凡庸なタイム』でフィニッシュラインを越えてみせたが……。


 まったく、非効率なやり取りだと常々思う。

 とっとと通してくれれば、お互いの時間を浪費せずに済むのに。


「……規約は規約か。なら、そこに手を置け」


 促されたのは、台座に据えられた巨大な魔力測定用の水晶。

 適性の有無に関わらず、その人間が持つ魔力の総量を数値化するための計測器だ。


 周囲の受験生たちがニヤニヤとこちらを見ている。

 適性のない者の魔力量など、灯火にも満たない。


 それが、この世界の共通認識(あたりまえ)


「おい、早くしろ」


 試験官に急かされ、僕は内心で溜め息をつきながら右手を伸ばした。


(……最高学府のくせして、今時こんな骨董品で測るのかよ)


 五歳の時と同じ、冷たい感触。

 あの時は、自分の力が光らないことに絶望した。


 けれど、今の僕には『箱の中身』が見えている。


 ――【解析(デバッグ)】開始。


 瞬間、僕の視界が青白く染まり、水晶の中に記述された『魔力測定の術式』が文字列となって浮かび上がった。


(……うっわ、なんだこれ。記述が古すぎる)


 僕は思わず眉をひそめた。

 この測定器のプログラムは、単純な加算方式だ。対象の魔力を1、2、3……とカウントして数値化している。


 だが、僕の魔力は【無限】。

 終わりのない数を、1ずつ数えようとすればどうなるか?


(……『無限ループ』に陥って、処理が永遠に終わらなくなる。……設計者は馬鹿なのか? [例外処理]くらい入れておけよ)


 水晶の内部で、カウント処理が猛烈な勢いで空転し始めた。

 いつまで経っても数値が確定しない。


 そして――もっと致命的な問題が発生した。


 ドクンッ!!


 右腕の血管が、内側から破裂しそうなほど脈打った。


(……っ、痛ッ!?)


 出口が詰まっている。

 水晶側の処理が終わらないせいで、僕から流れ込もうとした魔力が渋滞を起こし、腕の中で逆流を起こし始めたのだ。


 指先が熱い。

 ……いや、熱いどころじゃない。


 骨の髄から沸騰しそうだ。


(……まずい、このままだと腕が弾け飛ぶ……ッ! 早く魔力を逃がさないと!)


「おい、どうした? いつまで触っているんだ」


 試験官の悠長な声が聞こえる。


 こっちは今、魔力逆流(バックドラフト)寸前なんだよ!


 僕は脂汗を流しながら、脳内で必死にコマンドを叩き込んだ。

 水晶の処理を待っている時間はない。僕の方で、強引に通り道を作るしかなかった。


(……しょうがない。緊急措置だ、僕の方で[接続用排出口(ドライバ)]を当ててやる!)


 僕は指先からノイズを流し込み、水晶内部の古いコードを書き換える。

 チマチマした『1ずつ数える』プロセスを全削除……『入力値をそのまま表示する』ダイレクト転送モードへ変更。


 ――[更新(アップデート)]、完了。


 だが、それが間違いだった。


 ――ブゥンッ……!!


 水晶が、唸った。

 僕の無限の魔力が、リミッターを外されたことで一気に流れ込んだのだ。


 術式(ソフトウェア)は書き換わった。

 けれど――水晶(ハードウェア)そのものが、その処理速度に追いつけなかった。


 ――ビ、ジ、ジ……ッ!


「な、なんだ!? 異音が……!?」


 試験官が椅子を蹴って立ち上がる。

 水晶が赤熱し、内側から激しく発光を始めた。


(……あっ、まずい。処理速度を上げすぎた。この時代のハードじゃ、最新の[OS]には耐えられない……!)


「ちょ、ちょっと待ってください! 今、処理を戻しますから――」


 僕が慌てて手を離そうとした、その時。


 ――パァンッ!!


 限界を超えた熱量により、水晶が物理的に爆散した。

 粉々になった破片がキラキラと舞い散り、会場が静寂に包まれる。


「…………」


 やってしまった。

 僕は散らばった残骸を見下ろし、痺れが残る右手をさすりながら、バツが悪そうに頭をかいた。


 危なかった。

 あと数秒遅れていたら、水晶の代わりに僕の右手が消し飛んでいただろう。


 ……そう考えれば、まあ、安い犠牲か。


「すみません。最新のパッチを当てようとしたんですが……メモリ不足でしたね。もっといい機材ないんですか?」


 会場中が「は?」と凍りつく中。

 一人だけ、静寂を破って吹き出した人物がいた。


「――ぷ、あははははは! 『メモリ不足』だって!?」


 白衣を乱雑に着崩した女が、腹を抱えて笑っている。


「フェリス特務講師!? この平民が貴重な測定器を……!」


「黙ってなよ。……ねぇ、少年」


 彼女は笑い涙を拭いながら、僕の足元に転がった水晶の破片を拾い上げた。


 その瞳は、獲物を見つけた猛獣のように妖しく輝いている。


 フェリスは破片を弄びながら、僕の顔を覗き込んだ。


「君、今、この中の『数式』を書き換えたね? それも、ほんの一瞬で」


「……書き換えたというか、最適化(デバッグ)しただけです。ループ処理が無駄に長かったので」


 僕が不満げに答えると、彼女はゾクッとしたように身を震わせた。


「……最適化、ねぇ。あはは、耳が痛いよ。確かにそのコードを書いた奴は、安定性重視の臆病者だったのかも」


 彼女は破片を握りしめ、恍惚とした表情で僕を見上げた。


「合格だ、少年。……君みたいな生意気な技術者(デバッガー)を、私はずっと待っていたんだ」


(……変わった教師だ。学校の設備が壊されたのが、そんなに嬉しいのか?)


 僕は彼女の真意が読めず、眉をひそめた。

 普通、自分の学校の設備を『ポンコツ扱い』されたら怒るはずだ。なのに彼女は、まるで待ち焦がれていた恋人の言葉を聞いたかのように、頬を紅潮させている。


 彼女が差し出した書類には、殴り書きでこう記されていた。

 

 ――『特別調整クラス、編入』。


「これは『特権』だよ。私のクラスはね、この世界の堅苦しい[システム]に嫌われた、はみ出し者専用の特等席(ゴミ箱)なの」


 彼女は僕の手を取り、まるでダンスに誘うようにウィンクしてみせた。


「歓迎するよ、ラビ君。君なら、この退屈な箱庭を……跡形もなく壊してくれそうだ」


 彼女は僕にだけ聞こえる声で、いたずらっぽく、しかし冷徹にそう囁き――そのまま踵を返した。


 颯爽と去っていく白衣の背中。

 それを見送りながら、僕はまだ熱を持ち、微かに震えている右手を強く握りしめた。


 ……最悪だ。ただの『背景(モブデータ)』として潜伏し、誰にも気づかれずにシステムへ侵入する計画だったのに。初日からこんな派手な記録(ログ)を吐き出して、あろうことか『特務講師』なんていう厄介な監視がついた。


(……前途多難だな、まったく)


 僕は深いため息をつき、案内された『ゴミ箱』への道を歩き出した。


 ――だが、思考は止めない。  


 そこが誰からも見向きもされない廃棄所だと言うのなら、『裏作業(ハッキング)』の拠点には、むしろ好都合かもしれない。


 瞳の奥で、青白い解析の光が鋭く明滅させながら。


(……どうやら世界は僕を、ただの落ちこぼれとして放っておいてはくれないらしいな)


 これから始まる学院生活、より慎重に立ち回る必要がありそうだ。




◇◇◇




‐[フェリス・レポート]#01:水晶破壊の真相‐


 Q:なんでラビの時だけ水晶が爆発したの? 魔力が多いだけなら針が振り切れるだけじゃない?


 A:ふふ、いい質問だね。その違いを分かりやすく教えてあげるよ。


 1. 普通の生徒(魔力過多)の場合

 例えるなら「バケツ(水晶)」に「水(魔力)」を注ぐようなものさ。

 どんなに勢いよく水を注いでも、水が溢れるだけでバケツそのものは壊れないよね? ただ測定器の針が「MAX」で止まるだけだ。


 2. ラビスペックオーバーの場合

 彼は水を注いだんじゃない。「バケツの底」を抜いたんだよ。


 【プロセス:無限ループの悲劇】

 あの水晶には「水を1滴ずつ数える(加算方式)」という古いソフトが入っていた。

 でも、ラビ君の魔力は「無限(海そのもの)」だ。1滴ずつ数えていたら永遠に終わらない(フリーズする)よね?

 痺れを切らした彼は、ソフトをこう書き換えたんだ。『数えなくていい。全部そのまま通せ(ダイレクト転送)』ってね。


 【結果:ハードウェアの限界】

 ソフトは最新になった。でも、悲しいことに水晶本体ハードが古すぎた。

 リミッターを外された無限の濁流が一気に流れ込み、物理的な熱量と処理負荷に耐えきれず……パァン!


 【結論】

 つまり、あれは「攻撃」じゃない。

 最新のOSラビを、旧時代のPC(水晶)に無理やりインストールした結果の「熱暴走オーバーヒート」さ。


 ……あはは、とんだ「メモリ不足」だよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ