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魔術学院最底辺【ゴミ箱クラス】の[デバッガー]無双 ~魔法をバグらせた結果、学院側から「敵性」認定された件について~  作者: 天代皋ゆかり


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第1話:反逆のためのログイン

 十五歳の誕生日。

 人生最後の魔法適性判定の結果、本来なら【属性】に応じた光を放つはずの水晶は、何度血を捧げても、ただの一度も反応を示すことはなかった。


 ――否。

 反応しなかったのではない。[処理落ち]したのだ。


 僕が触れた直後、水晶の内部では許容量を超えた光が黒いノイズとなって逆流し、パンッという乾いた音と共に弾け飛ぶ。


「ひっ……! す、水晶が……! 不吉だ、あまりに不吉だ……!」


 神官が顔を引きつらせて後ずさる。

 両親は声もなく、ただ絶望に沈んでいた。


 突きつけられたのは『落ちこぼれ』という、逃れようのない事実。


 魔術の名門『ラヴステラーク家』の長男として生まれた僕の正体は、【魔法適性:無し】という、名家の歴史に泥を塗った前代未聞の欠陥品だったのだ。


 ……と、周囲にはそう見えているのだろう。

 だが、僕の目には全く違う景色が見えていた。


 チッ、と舌打ちが出る。

 無意識に発動した解析スキルが、僕の網膜に青白い幾何学(きかがく)模様を走らせる。


 砕け散った水晶の破片。

 その空中に浮かぶ、真っ赤な文字列。


 ――[メモリ溢れ]。

 —―[適合ドライバなし]。


 ……やっぱりか、と首を振る。

 僕は神官たちの怯えた顔を横目に、脂汗を拭いながら、宙に浮くエラーログを睨みつけた。


 この時代の[OS]では、この《《桁数》》を表示することは不可能だと……三年前、地下書庫で『旧時代の管理者マニュアル』を拾った時から、この結末は予測済みだった。


 現代の魔法がいかに非効率で、欠陥だらけのシステムかは一目瞭然。


 だが問題は『落ちこぼれ』の烙印などではない。

 もっと物理的で、差し迫った――『死』の宣告。


 ドクン、と心臓が跳ねる。

 マニュアルを読んだ僕には、今の自分の身体状況が残酷なほど正確に理解できてしまうのだ。


 器に対しての魔力量が十倍……?

 馬鹿を言うな。そんな可愛らしい誤差じゃない。


 [エクサ]……いや、[ゼタ]クラスか。

 通常の魔術師が扱うメモリ領域が数メガバイトだとすれば、僕は単体で巨大なデータセンターに匹敵する熱量を抱え込んでいることになる。


 測定不能の無限リソースに対し、排出口はゼロ。


 完全なる密閉容器の中で、無限に核爆発が繰り返されているようなものだ。出口のないエネルギーは内側で渦を巻き、器そのものを溶解させるまで膨張を続ける。


 それが意味すること。

 即ち、生命活動の――[完全停止(シャットダウン)]に他ならない。


 幼い頃から吐くほどの負荷をかけて鍛え上げてきたこの肉体は、極限まで脂肪を削ぎ落とし、ワイヤーのように焼き締めた筋繊維と化している。


 ……だがそれも、内側から破裂しようとする、自分自身を繋ぎ止めるための筐体(ハードウェア)でしかなかった。


 己の身だ。限界は近いと常々感じている。

 許容範囲を超えた熱量が、物理的な筋肉の鎧さえも焼き切ろうとしていることを……。


 無限の魔力(燃料)だけ与えて、魔法適性(エンジン)を載せ忘れるなど、神とやらは、まったくとんでもない書き損じをしてくれたもんだ。


 こんな欠陥設計から生き残る道?

 まあ、普通だったら考えない。諦めて、自分の運命を呪って、はい、おしまい。


 でも僕は諦めなかったから――見つけてしまったのだ。


 たった一つ、既存の認証システムをすり抜け、僕自身の手で『世界サーバー』に直結する、自分専用の排熱ダクト――[ドライバ]を書き換えることさえできれば、可能なのだと……。


 それにもう、場所は割れていた。


 この12年間で僕はあらゆる魔法使いを観察し続けてきた。


 そして気づいたのだ。

 魔法が発動する瞬間、必ず『0.1秒の遅延(ラグ)』が発生することに。


 魔法は個人の力じゃない。

 その0.1秒の間、杖という名の[端末]はどこかへ『使用許可』を取りに行っている。僕はその微弱な通信パケットを逆探知(トレース)し、すべての信号が集約されるサーバーの物理的な位置を特定した。



 その場所こそが――【アルカディア魔術学院】。



 国中の魔術師の卵が集まる最高学府。

 だが、そのシステムは残酷なほど課金優遇(Pay to Win)で構築されていた。


 莫大な寄付金を積んだ貴族や富裕層の子息は、『初等部』からのエスカレーター式――いわゆる[早期アクセス権]を与えられ、幼少期からサーバーへの優先接続権と英才教育を享受する。


 一方、金のない一般市民に門戸が開かれるのは十五歳――『高等部』からの入学のみ。


 本来なら、名門ラヴステラーク家の長男である僕も、あちら側の『プレミアム会員』として温室で育つはずだった。


 実際、両親はそうしようとしたのだ。  


 だがそれを止めたのは、他ならぬ『姉』の存在。

 当時から既に神童として学院の特別枠にいた姉は、弟の『異常』を一目で見抜き、両親の訴えを冷徹に却下したという。


『あの子に、学院への接続適性はない』


 ……直接言われたわけじゃない。

 けれど、その決定的な診断だけが、事実として僕に突きつけられた。


 四属性を操る天才であり、誰よりもシステムを理解してた姉。


 そんな彼女だからこそ、僕というハードウェアが、この世界のシステムと、致命的に噛み合わないことを見抜いていたのだろう。


(……姉さんは正しかった。あのまま入学していれば、僕は無防備なままシステムに食い殺されていただけだ)


 だからこそ、僕は『貴族』としての権利を捨てた。


 愛する家族が僕を想って遠ざけた場所。

 そこに今から、家族を捨てた『平民』として潜り込む。


 ……なんとも、皮肉な話だよ。


 僕にとって、この『一般開放(オープンベータ)』というシステムだけが、姉さんが築き上げた完璧な秩序をすり抜けられる、唯一の裏口(バックドア)になってしまったのだからね。




 ◇




 家を出る日、僕は両親に嘘をついた。


 「籍を抜いてください」と頼んだ僕に、父は激怒し母は泣いた。当然だ。彼らは僕を愛してくれている。魔法が使えなくとも、大事な息子だと言ってくれている。


 ……だからこそ、巻き込むわけにはいかない。


 僕がこれからやろうとしていることは、ただの入学ではない。


 世界の管理システムへの[不正アクセス]――見つかれば、一族郎党、反逆罪で[削除(デリート)]されるだろう。


 愛すべき二人から与えられた名前を穢さぬように、僕はこれからただの平民として生きていく。


 見送りは最小限にしてもらった。

 華々しく送り出された姉さんの時とは違う。まるで夜逃げのような、ひっそりとした出立(しゅったつ)だ。


 父と母の二人に別れの挨拶を告げ、御者に発進の合図を送る。ゆっくりと馬車は動き出し、大好きだった屋敷の門が視界の端へと遠ざかっていく。


 窓から身を乗り出し、小さくなっていく両親の姿を必死に目に焼き付けた。


 ――その時だった。


「「「――《《ラヴィリオ》》様!! 行ってらっしゃいませ!!」」」


 屋敷の門から、十数人もの従者たちが一斉に飛び出してきていた。彼らは手に旗や布を振り、喉が張り裂けんばかりの声で、僕の名前を叫んでいた。


「っ……!」


 胸の奥が焼けるように熱くなる。

 魔法が使えない僕を、彼らは一度だって蔑まなかった。ただの一度も、不浄なものを見るような目を向けなかった。


 人の『想い』というのは、どんな高度なアルゴリズムよりも温かい。


 エラーを起こしそうなほどに、胸が痛くて熱くなる。


 僕は振り返り、溢れる感情を隠そうともせず、遠ざかる家族と仲間たちへ向けてありったけの声で叫び返した。


「……行ってきます!!」


 視界が涙で滲み、やがて愛すべき屋敷の姿は見えなくなった。


 ……滲んだ視界を乱暴に拭う。

 座席に深く座り直し、強く拳を握りしめた。


 爪が食い込む痛みが……僕の覚悟を鮮明にする。


 いつか、胸を張ってあの場所へ帰るために。

 愛する人たちがくれた『ラヴィリオ』という名を、落ちこぼれの代名詞として歴史に刻ませないために……。


(待ってろ、アルカディア。そして、僕を拒絶した完璧なシステムよ)


 お前たちが作った『完璧な箱庭』に、僕という最大のバグを流し込んでやる。


 これは、そう。反逆のためのログインだ。


 馬車は進む。

 すべての魔法使いが憧れる魔術師の塔――いいや、世界を支配する巨大なサーバーへ。


 明日からは誰も知らない、何者でもない。

 命知らずの技術者(エンジニア)、『ラビ』として生きていくことを――改めて僕は今日この日、胸に誓った。 

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