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第18話:寂しがり屋の王様①

 深夜。

 寮の自室は、むせ返るような魔力の匂いと、焦げた金属の臭いで充満していた。


 机の上には、昼間に『古導具保管所』から持ち帰ったガラクタの山が広げられ、ランタンと青白い【解析眼(デバッグ・アイ)】の光だけが、暗い部屋をぼんやりと照らしている。


「……まずは、ユラのローブからだな」


 僕はピンセットのような精密魔導具を手に、ユラから預かった『蜃気楼の外套』の裏地に縫い込まれた術式回路を慎重に解いていた。


 光の屈折率を狂わせるだけじゃない。

 常に着用者の『空間座標データ』をランダムに書き換え続ける、恐ろしく尖った術式だ。


 当然、三半規管は狂い、普通なら立っていることすらできなくなる欠陥品。


 だが、見方を変えれば――これほど面白いバグもない。

 彼女の『実体』と、敵に見せている『幻影』を意図的に切り離す『同期ズレ』を引き起こせるのだから。


 問題はランダムに飛ぶ座標の処理と、ユラ自身が常に無意識で垂れ流している【認識阻害】の過剰な負荷がぶつかり合い。


 彼女の脳を圧迫して激しい情報酔いを起こしているということ。


 ……ならば、どうする?


(ユラの脳に負担をかけている【認識阻害】の処理を、この外套に外部委託(アウトソーシング)してやればいい)


 僕は回路の一部を物理的に切断し、代わりに僕自身の魔力で編んだ回路を繋ぎ合わせる。


 ユラの持つバグと、この外套のバグ。

 二つの極端なエラー同士を完璧に同期させ、波長をミリ単位で合わせていく。


「よし……これで脳への圧迫は消え、情報酔いは吐かなくなるはずだ」


 僕はふう、と息を吐き、生まれ変わった外套をベッドに置いた。


「見た目の位置と実体を数センチずらす『絶対回避』の恩恵だけを受けつつ、光学迷彩のオンオフも、ユラ自身の意思で完全に制御できるはず。……まあ、練習は必要だろうけどな」


 ――ツー、……と。

 不意に、鼻の奥から生暖かいものが垂れてきた。


「……っと」


 手の甲で乱暴に拭うと、べっとりと赤い血が張り付く。


 視界の端にはチカチカと赤いノイズが走り、酷使した指先は微かに痙攣するように震えていた。


 皮膚からは汗が瞬時に蒸発したような薄っすらとした蒸気が上がり、部屋の温度が数度は上がったかのような熱気を放っている。


 無理もない。

 超高負荷な独自の魔法体系をフル稼働させ、極度に精密なバイパス回路を編み続ける作業は、脳と肉体を確実に焼き切ろうとしていた。


 だが、これでいい。

 僕の体内には、常に出口を求めて暴れ狂う『無限の魔力』がダムのように満ちている。本来なら排出口はゼロ。放っておけば内圧で自壊するだけの欠陥機だ。


 この学院の『世界サーバー』の中枢に辿り着き、正規の排熱ダクトを手に入れるその日までは――こうして命を削るような作業(デバッグ)に没頭し、無理やりにでも魔力を外部へ垂れ流し続けるしかない。


「……最高だな」


 全く、世界一贅沢な魔力の無駄遣いだ。

 全身を内側から焼かれるような熱と痛みに耐えながら、僕は震える指先をギュッと握り込み――ひどく楽しそうに笑い声を漏らした。


 続いて手に取ったのは、リアが見つけた『音叉の長杖』。


 先端が二股に分かれた、触れるだけで魔力を無限反響させる危険物。


 僕は迷うことなく、作業机の端に固定した魔力切断機の刃を、その美しい杖の中腹に押し当てた。


 キィィィン、という悲鳴のような金属音と共に、長杖が真っ二つに切断される。


 こいつは杖として振るうから危険なんだ。

 反響(エネルギー)の出口を一点に絞ればいい。


 両手を叩き(拍手して)振動を圧縮し、指先から見えない杭として撃ち出す『指向性爆破(シェイプド・チャージ)』。


 装甲を透過して敵の内部で炸裂する、防御不能の即死攻撃だ。


 しかし、今のまま『素手』で撃ち続ければ、いずれ高すぎる出力の反動(バックファイア)でリア自身の指が砕け散ってしまう。


 ユーザーの肉体を壊すような仕様は、システムとして三流以下だ。


 だから指の保護と『圧縮工程』は、外部デバイスに丸投げする。


 僕は切断した杖の先端――音叉のパーツを銃身に見立て、ジャンクパーツで『グリップ』と『引き金』を強引に組み付けていく。


 リアの過剰な振動を音叉の中で極限まで反響・圧縮させ、トリガーと連動して一点から撃ち出す機構。


 これで指の自壊リスクは完全に消え、いちいち手を叩く予備動作(ディレイ)も省略できる。


 完成したのは、先端が二股に分かれた無骨な拳銃型の杖――『共振魔導銃レゾナンス・ブラスター』。


 あの地下室でのゴーレム戦。

 リアが自分の指を壊さずにあの一撃を撃てたのは、僕が後ろから手首を支え、【強制介入】のパスを通じて彼女の反動(バックファイア)をすべて肩代わりしていたから。


 僕という『人間安全装置』を通したことで、あの時も着弾から破壊までに『一瞬のタイムラグ』が生じていた。


 この銃は、言わば『僕の代わり』だ。


 僕がいなくても指を保護し、無事に威力を圧縮してくれるが、銃身をクッションにする以上、どうしても対象が破裂するまでに数秒のタイムラグが発生してしまう妥協の産物。


(……もしタイムラグなしで、着弾と同時に内部から完全破壊させたいなら)


 安全装置を捨て、僕のサポートもなしに、彼女一人で直接『圧縮』して撃つしかない。


 当然、剥き出しの反動でリアの指は砕け散るが――間違いなく、回避不能の即死攻撃(最速のバグ)となる。


 安全だが遅効性の『魔導銃』か。

 自壊と引き換えに放つ、即死の『素手』か。


 その場の戦況に応じて、火力の出力方式をユーザー自身が選択できる究極のトレードオフ。


(……ひどくピーキーだが、悪くない仕様だ)


 僕は無骨なグリップの感触を確かめながら、あの騒がしい小娘が、味方を盾にして後方から安全に銃を撃ちまくり――いざという絶体絶命の瞬間には、迷わず銃を捨てて自らの手を打ち鳴らす光景を脳内でシミュレートし、たまらず口角を上げる。


「……さて。次はガレットの手甲だな」

 

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