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第17話:掃き溜めのロストテクノロジー

 校舎の裏手に広がる鬱蒼とした森。  

 道なき道を歩くこと数十分。フェリス教官の言葉通り、木々の開けた場所にその建物はひっそりと佇んでいた。


 看板は傾き、外壁には蔦が絡まって、窓ガラスは煤けている。


 ……間違いない。

 この場所こそが『古導具保管所(ジャンク・ヤード)』だ。


 フェリスから渡された手書きの地図の欄外に『番人のゼムは偏屈だから適当にあしらうこと』と、殴り書きのメモが添えられている。


 ギギギ……と錆びついた扉を開けると、カビと鉄錆の匂い、そして微かに焦げた魔力の残滓が鼻を突いた。


「うわぁ、埃っぽい……。あたしたちの寮も大概だったけど、ここはもっと凄いね」


 隙間から射し込む薄暗い光の中で、無数の埃が雪のように舞っている。


 リアは鼻先をヒクつかせて顔をしかめると、「けほっ」と小さく咳き込みながら、両手でパタパタと大げさに目の前の空気を掻き回した。

 

「あのボロ寮で底辺は見慣れたつもりだったが、上には上がいるな。……ベルシュタイン家の馬小屋より汚ぇぞ」


 一方のカイルは、磨き上げられた革靴で黒ずんだ床を踏むのを本能的に拒絶するように、足元を見て眉間に深い皺を刻んでいた。


 懐から取り出した純白のシルクのハンカチで鼻と口をすっぽりと覆い、いかにも名門貴族の嫡男らしく、心底不快そうに悪態をつく。


「……ケッ。おいラビ、本当にこんな所に使えるモンがあるのかよ?」


 シルクのハンカチ越しにこもった声で吐き捨てると、カイルは腰に差した豪奢な杖――ベルシュタイン家の『至宝』の柄を、気取った手つきでポンと叩いた。


 埃に塗れた薄暗い店内で、そこだけが異質なほどに放つ、磨き上げられた一級品の輝き。


 自らの持つ『本物』の価値を誇示するように、彼は足元に積み上げられた薄汚れたガラクタの山を見下ろし、心底馬鹿げているとでも言いたげに鼻で笑った。


 カイルの言う通り、一般人の目にはただのゴミの山にしか見えないだろう。


 薄暗い店内には赤錆に塗れて刃こぼれした剣や、魔力を失って白く濁った水晶、持ち主を呪うような禍々しいオーラを無駄に放つ歪な杖などが、足の踏み場もないほど無造作に積み上げられている。


 だが、僕の視界に展開された【解析眼】には、全く違う景色が見えていた。


(……このスコップ、土属性の伝導率がバグってる。掘るだけで局地地震が起きるぞ。こっちのランタンは『永続燃焼』の失敗作か。熱すぎて持てないのが欠点だが、冷却機構さえ付ければ……)


 ここはただのゴミ捨て場じゃない。

 尖った性能を持たせようとして制御しきれず、『開発中止(ドロップ)』されたロストテクノロジーの素材庫だ。


「……いらっしゃい。なんて言うと思ったか。帰んな、坊主ども」


 不意に、ガラクタの山の奥からしわがれた声がした。

 片目に古びた魔導ルーペをはめた、猫背の老人が這い出してくる。


 メモ書きにあった番人、ゼムだ。


「ここはエリート様が来る場所じゃねえ。……冷やかしなら、他所でやれ」


 ゼムの濁った隻眼が、カイルの豪奢な杖と着崩していない真新しい制服を、あからさまに値踏みするように睨みつけた。


 どうやら、特権階級の『お坊ちゃん』がゴミ山を笑いに来たと勘違いされたらしい。


「構いませんよ。見た目は立派でも、中身は僕らも似たような『失敗作』なんでね」


 カイルが不快げに眉をひそめるより早く、僕は半歩前に出て、フェリスの字で書かれた地図をヒラリと振って見せると、ゼムはその端の殴り書きに目を留め、チッと大きく舌打ちをした。


「……あのイカれ女狐の差し金か」


 ゼムは諦めたようにカウンターに腰を下ろした。


「勝手に漁れ。……だが」


 不意に。

 ゼムの鋭い隻眼が、僕の背後に隠れるようにしていたユラに向けられ――限界まで大きく見開かれた。


「お、おい! そこの嬢ちゃん!!」


 ゼムがカウンターを蹴り倒す勢いで身を乗り出し、血相を変えて怒鳴った。フェリスの教え子だからという諦めを吹き飛ばすほどの、純粋な驚愕と焦燥。


「お前さんがずっと着てるそのボロ布……まさか、『蜃気楼の外套(ミラージュ・クローク)』じゃねえか!?」


「ひゃうっ!? み、みらーじゅ……?」


 ユラがビクリと震え、自分が羽織っているブカブカのローブを強く握りしめた。


「な、なんのことですかぁ……? 私、寒がりなので、教室のロッカーに落ちてたこれを勝手に着てただけで……はうぅ、やっぱり泥棒はダメでしたね……」


「馬鹿野郎! 泥棒以前の問題だ! そいつは呪いの装備だぞ!」


 ゼムの顔から血の気が引いている。

 技術者として、その呪具の恐ろしさを誰よりも知っているからだ。


「光の屈折率をランダムに書き換えて姿を消す失敗作だ! 副作用で着用者の三半規管を狂わせちまう。なぜお前さんがゲロも吐かずに立っていられるのか理解できねえが……今すぐ脱げ! 一生、廃人コースだぞ!」


「ええっ!? の、呪い!? だから最近、ずっと世界がグルグル回ってたんですかぁ……? 私、てっきり泥棒のバチが当たって貧血になったのかと……」


「……鈍感すぎるだろ」


 僕は思わず突っ込みながら、頭の中でバラバラだったパズルのピースがカチリと繋がるのを感じた。


(……っ! そういうことか)


 あの実技試験でのゴーレム戦。

 なぜユラだけが攻撃を全く受けず、無傷で生き残っていたのか不思議だったが……彼女の【認識阻害】のバグが、この外套の『座標ランダム化』と無意識下で干渉し合い、疑似的な光学迷彩を引き起こしていたのだ。


 だからゴーレムのセンサーは彼女を捕捉できず、ユラ自身も情報酔いを『貧血』と勘違いしたまま無意識に耐え抜いてしまった。


「……ユラ、とりあえずそれは脱げ」


 僕は彼女からローブを引き剥がし、麻袋に突っ込んだ。


「ラビさん……私、まだ目が回って……」


「大丈夫だ。お前の『半身』の正体は分かった。……ただ、完全に同期させるには僕の部屋で少し回路をいじる必要がある。店主、あんたの見立てのおかげで助かったよ」


「……忠告はしたぞ。そんな呪い、解呪できる奴はいねえ」


「解呪なんて勿体ないことはしませんよ。『再利用』するんです」


 ゼムが僕の言葉に得体の知れないものを見るような目を向けた、その時。


「……ラビ。俺も、見つけた」


 ガレットが瓦礫の山から引きずり出したのは、表面に無骨なスパイクが打ち込まれた巨大な黒い手甲(ガントレット)だった。


「……兄ちゃん。そいつはやめといたほうがいい」


 ゼムの声には、先ほどのユラに向けたような血相を変えた焦りはなく。

 ただ、この異常な訪問者たちに対する呆れと、冷めた同情が混じっていた。


「素材密度を極限まで高めようとして失敗した『重力の手甲』だ。ただひたすらに重いだけで、装備したところで腕一本持ち上がらなくなるぞ」


 ゼムの静かな警告を受け、ガレットは手甲を掴んだまま動きを止め――僕の方へと視線を向けた。


「……ラビ。どうだ」


 短い問いかけ。

 だが、その目には「これなら俺の空転現象(バグ)を抑え込めるか?」という強い期待が込められていた。


 黒い鉄塊の術式を、素早く解析する。


(……すさまじい重力付与だ。でもこれなら、ガレットの『空転』を防ぐアンカーになる)


 僕は小さく頷いた。


「……いける。とりあえずこの場で魔力の通り道だけ繋ごう。腕を通せ、ガレット」


 僕のGOサインを受け、ガレットは迷わず手甲に右腕を通した。

 カシャン、と重厚なロック音が響く。


 常人なら肩が外れるほどの重量に、「ミシリ」と床板が悲鳴を上げて沈み込んだ。


 僕はガレットの腕に触れ、彼自身の不安定な魔力回路と手甲の重力回路を強引に直結させる。


 精密な調整は後。

 踏み込んだ瞬間に体が浮き上がるほどの『過剰な推進力』に対し、手甲の『規格外の質量データ』をぶつけて強引に座標を固定する。


 異常な出力で暴走する物理演算を、さらに極端なエラーで上書きするような――そんな、力技のデバッグだ。


「……ん。軽いな」


 ガレットが腕を振り下ろすと、周囲の空間がズンッと鳴った。

 常に彼の周囲へ漏れ出していた過剰なオーラが、漆黒の鉄塊に押さえ込まれ、ピタリと凪いでいる。


「……あの鉄塊を振って、軽い、ね。ハッ、なるほどな」


 ゼムが片目のルーペ越しに、ガレットの腕――いや、その横で平然と立つ僕を、まるで珍しい新種のバグを見るような目でねっとりと観察した。


 呆れや疲労ではない。

 それは、退屈なゴミ山でとうの昔に枯れ果てたはずの『技術者としての好奇心』に火がついたような、ひどく歪で、楽しそうな笑みだった。


「呪いの重圧で、規格外の推進力を上から強引に押さえ込むか……。一歩間違えれば腕ごとミンチになる力技だが、理屈は通ってやがる。……どいつもこいつも、とびきり面白い『欠陥品』ってわけだ」


「……ええ。こいつらの規格外のスペックに惚れ込んだせいで、こっちは命懸けですよ」


 僕は苦笑交じりに肩をすくめながら、部屋の隅に積まれた魔石や配線ケーブルのジャンク品を片っ端から麻袋に放り込み始めた。


 ユラのローブの調整パーツや、僕自身の冷却装置を作るための素材だ。

 あっという間に、人間一人分ほどの巨大なスクラップの山が出来上がる。


「ガレット、出力テストも兼ねてとりあえずそれ持っててくれ。……まだ探すものがある」


「ああ。造作もない」


 ガレットは涼しい顔で、巨大なジャンク品の袋をひょいと肩に担ぎ上げた。


 手甲の重力制御(アンカー)が効いているおかげで、足元がブレることはない。


 完璧な安定感だ。


「あ! ラビ、これ見て! なんかかっこいい杖があるよ!」


 その時。

 店の奥の棚を漁っていたリアが、先端が二股に分かれた奇妙な長杖を引っ張り出してきた。


 キィィィン……!


 彼女が触れた瞬間、杖が甲高い共鳴音を上げる。

 リアの指先から無意識に漏れ出している『微細な振動』に、杖の回路が過剰反応しているのだ。


「うわっ、なにこれ、手がビリビリする!」


「おい嬢ちゃん、そいつから手を離せ! 『音叉の長杖(フォーク・ロッド)』だ! 魔力を無限反響させて術者の鼓膜を砕く危険物だぞ!」


 ゼムが鋭く制止する。

 彼のその声には、純粋な技術者としての的確な『警告』が滲んでいた。


 ゼムの言葉が終わるより早く、僕はリアの手から杖を取り上げた。


 ピタリと、不快な共鳴音が鳴り止む。


(……魔力を反響させて増幅する特性。しかも、リアの振動とこれほど相性がいいとはな)


 僕は手の中の杖をしげしげと眺めた。


 そのまま使うには危険すぎる。

 だが、リアのアクション(拍手などの衝動)を的確に制御し、一点に集中させて放つための『銃身(バレル)』の素材としては、これ以上のモノはない。


「店主。これも貰っていきます。……加工(クラフト)の素材にするんでね」


 僕が杖をガレットの持つ麻袋へ放り込むと、ゼムは片目のルーペ越しに僕をジッと見据えた。


「……お前さん、本気か? そんなじゃじゃ馬、どうやって手懐ける気だ」


「この形状のまま使う気はないですよ。……僕の部屋で、バラバラに解体して組み直します」


 僕がニヤリと笑うと、ゼムは一瞬目を丸くし、それから喉の奥で「クックッ」と低く笑った。


「……イカれた職人だ。持っていけ。金は要らん」


 ゼムはカウンターに肘をつき、ひどく楽しそうな、悪童のような顔で僕たちを見送った。


「その代わり……お前さんらがそのガラクタの山でどんなデカい花火を打ち上げるか、せいぜいこのカビ臭いゴミ山で、噂話を楽しみに待たせてもらうぜ」



  ◇



 夕暮れの森。

 帰路につく僕たちの足取りは、来た時とは見違えるほど軽かった。

 ガレットが常人なら一歩も歩けないほどのスクラップの山を軽々と担いでくれているせいもあるが、それ以上に――全員が、自分の『バグ』と向き合うための新しいパーツを手に入れた高揚感に包まれていたからだ。


 ユラはローブの正体が分かってスッキリした顔で歩いているし、リアも「ラビが何作ってくれるのかなー!」と、ガレットの背中の麻袋を見て目を輝かせている。


 ――たった一人を除いて。


「……ふん。ガラクタ拾い、ご苦労なことだ」


 カイルだ。

 彼は輪の外で腕を組み、一人だけ不機嫌そうにそっぽを向いていた。


 その手には、自慢の高級杖――ベルシュタイン家の至宝が握られている。だが、彼の視線はチラチラとガレットの手甲や、麻袋から覗くガラクタの山に向けられていた。


(……素直じゃない王様だな)


 僕は視界の隅で【解析眼】を明滅させ、カイルの杖を改めて解析する。


 彼の手にある杖は、確かに一級品の名器と言える。

 しかし、カイルの持つ規格外の熱量を流し込み続ければ、遠からず安全装置(リミッター)が焼き切れて暴発は免れない。


 洗練された『至宝(ハード)』と、出力を制御しきれない『術者(ユーザー)』――あいつの無駄に高いプライドをへし折らずに、どうやってその美しすぎる造形に『不格好な排熱機構』を溶接してやるか。


「さて。……今夜は徹夜で工作だな」


 僕はガレットが担ぐ素材の山を見上げ、久しぶりに訪れた現場職人(エンジニア)としての高揚感に、小さく口角を上げた。

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