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第16話:再起動と生存戦略②

 意識の浮上は、強制終了したシステムが、セーフモードでおずおずと再起動する感覚に似ていた。


 重い瞼を持ち上げると、そこには見慣れたボロ寮の天井。


「……起きたか、ポンコツ」


 横から、ひどく不機嫌で、それでいて微かに掠れた声が降ってきた。


 鉛のように重い首をわずかに回すと、視界の端に燃えるような金髪が映る。


 ベッドの脇に丸椅子を引き寄せ、腕を組んで座っているのはカイルだった。普段は着崩さない制服にはシワが寄り、目の下にはうっすらと隈ができている。


 苛立たしげに刻まれていた貧乏ゆすりが、僕が目を開けた瞬間にピタリと止まった。


 彼の傍らの小机に視線を落とす。

 そこには果汁で濡れたナイフと、小皿に乗った不格好なリンゴらしきものが置かれていた。


「……カイル。僕は、どのくらい寝てた?」


「丸二日だ。……死体みたいにピクリともしねえで、マジで死ぬかと思ったぞ。……テメェが勝手にくたばったら、寝覚めが悪いだろうが。ベルシュタインの次期当主に、こんな胸糞悪い看病させんじゃねえよ」


 怒号でコーティングされた、ひどく遠回しな言い訳。

 だが、その声の端々に滲む安堵までは隠しきれていない。僕は軋む首を少しだけ動かし、力なく笑った。


「……悪かった。次期当主様に、こんなジャンク品のメンテを任せるなんてな。高くつきそうだ」


「チッ。……分かってりゃいい。ほら、さっさと食え」


 カイルは悪態をつきながら、小机の皿を乱暴に押し付けてきた。


 間近で見ると、本当にひどい有様だった。

 皮が厚く剥かれすぎて、実が半分以上削げ落ちている。不格好に角ばったそれは、まるで多角形の石ころのようだ。


 ……どんな粗悪なレンダリングをすればこうなるんだ。

 なのに、喉の奥から自然と笑いが漏れた。


「……ははっ。見事なまでの不器用だな、お前」


「うるせぇ。ベルシュタインの男は厨房になんか立たねえんだよ」


 僕は不格好なリンゴを齧る。

 形は最悪だが、果汁の甘さが渇いた喉に染み渡った。だが、それでも鼻の奥にこびりついた鉄錆の匂いは消えてくれない。


 体を少し動かすだけで、全身の魔力回路がきしむような痛みを訴える。筋肉痛とは違う、神経そのものが焼き付いたような重い倦怠感に、思わず小さく顔をしかめた。


 そのわずかな苦悶の表情を、カイルは見逃さなかった。


「……教官が、笑いながら言ってやがったぜ」


 ポツリと。

 カイルが、膝の上で拳を強く握りしめながら口を開く。


 視線は僕ではなく、床の木目へと落とされていた。


「素晴らしいオーバーフローだ。君たちの規格外のバグを処理しきれず、ついにOSの頭が焼き切れたね……ってな」


「……」


「魔法使いなら、自分の魔力は自分で制御して撃つのが当たり前だ。なのにオレたちは、テメェの脳みそに潜り込んでもらわなきゃ、魔法一つまともに撃てねぇ。……テメェを犠牲にして、やっと立ってるだけの欠陥品だ」


 ギリッ、とカイルが奥歯を噛み締める音がした。

 吐き捨てるようなその声には、怒りよりも深い無力感と自己嫌悪がべっとりと張り付いている。


 普段の傲慢な姿からは想像もつかないほど、今の彼は脆く見えた。

 おそらく、リアやユラ――ガレットさえも同じように思い詰めているのだろう。


 ……全く、悪趣味な特務講師様だよ。


 自分から僕に無茶振りのデバッグを命じておきながら、僕が倒れたという『結果』を利用して、容赦なく追い詰めやがった。


 あいつらは、自分のせいで他人が血を吐くのを見て平気でいられるほど、図太い神経なんか持っていない。


 そんな真似をさせれば、自責の念で潰れてしまう。

 

「……気にするな。僕が好きでやったことだ。お前たちの規格外のスペックに惚れ込んで、勝手に弄り回した。……その代償を払うのは、現場監督(エンジニア)の自己責任だろ」


「……責任だァ?」


 カイルが眉を吊り上げ、僕を鋭く睨みつけた。


「ふざけんな。ベルシュタインの次期当主であるオレが、テメェごときに借りを……しかも『命懸けの借り』を背負ったままでいられるかよ!」


 怒声。けれど、その燃えるような瞳はひどく揺れていた。

 プライドの高い彼にとって、自分の不始末で仲間が血を吐いて倒れる姿は、何よりも堪えたのだろう。


「……強くなる。テメェに介護されなくても、自分で撃てるようになればいいんだろ」


 カイルは丸椅子から立ち上がり、バツが悪そうに背を向けた。


「だから……さっさと治せ。これ以上寝てたら、オレが叩き起こす」


 不器用すぎる宣戦布告。

 だが、その声に以前のような見下した響きはない――ひどく面倒な『負債』を抱え込んでしまったものだ。


 僕は口の中で小さく笑った。


「……ああ。善処するよ」


 その時。

 コンコン、とドアがノックされた。


「おや。感動的な友情のシーンにお邪魔だったかな?」


 とろりとした甘い声と共に現れたのは、フェリス特務講師だった。

 彼女は入り口の柱に寄りかかり、教え子を心配する教師……ではなく、見事に動作した愛らしいプログラムを観察するような目で僕を見下ろした。


「で? どうだい味は。他人の規格外なバグを、生身の脳で直に処理した気分は」


「……最悪ですよ。頭が割れそうだ」


「だろうね。私が『このクラスのOSになれ』と命じたとはいえ……今のままじゃ、次は君というシステム自体が完全にクラッシュするよ」


 フェリスの声色が、スッと冷たいもの――いや、純粋な探究心に満ちたものに変わる。


「カイル君の熱量、ガレット君の質量、リア君の振動。……今回はマグレで制御できたが、彼らの出力がさらに上がれば、その負荷を肩代わりする君の脳が焼き切れる。人間の脳は、他人の魔力という『異物』を処理するようには出来ていない」


「……脅しですか」


「忠告さ。せっかく見つけた最高の『デバッガー』に壊れられては、私の愛すべき『おもちゃ箱』が機能しなくなってしまうからね」


 彼女は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

 渡されたのは、古びた手書きの地図。


「だから、彼らの環境(ハードウェア)を更新しなさい」


「……は?」


「彼らの出力は、既に生身の肉体や既製品の杖で扱えるレベルを超えている。それが暴走の原因であり、君の負担の原因だ。……規格外の魔力炉には、それを受け止めるだけの『筐体』が必要だろう?」


 フェリスは地図を僕の枕元にヒラリと落とした。


「校舎の裏手、森の奥に『古導具保管所』がある。……ま、早い話がゴミ捨て場さ」


「……ゴミ捨て場に行けと?」


「ただのゴミじゃない。過去の天才たちが作り、危険すぎて封印された『呪物』や『失敗作』の山だ。……規格外のバグを抱えた君たちには、同じくらい尖った『専用機』がお似合いだろ?」


 なるほど。

 彼らが専用の装備(器)を手に入れて、自力で出力を制御できるようになれば――僕が毎回接続して肩代わりする必要もなくなる。


 それは、チームの強化であると同時に、僕自身の『延命措置』でもあった。


「……了解です。人使いが荒いな、アンタは」


 僕は痛む体に鞭打ち、ベッドから足を下ろして地図を手に取った。

 仲間のためじゃない。僕がこれ以上、血を吐かないためだ。


「行ってらっしゃい。……期待しているよ、最高の『デバッガー』君」


 フェリスに見送られながら、僕はカイルと共に部屋を出た。

 ロビーへと足を向けると、そこには泥だらけになったリアとユラ、そしてガレットの姿があった。


「あッ! ラビ、起きたんだね! よかったぁ……!」

「ラビさぁん……! うぇぇぇん!」


 リアが駆け寄り、ユラが泣きじゃくりながら僕の服の裾を掴む。

 二人の手には、紫色に発光する怪しげな木の実が握られていた。……絶対に消化に悪そうだ。


「……ラビ。無事で何よりだ」


 ガレットが短く、だが深い安堵を込めて頷く。

 僕は彼らを見回し、手にした羊皮紙の地図を広げてみせた。


「心配かけたな。……行くぞ、お前ら」


「行くって……どこにですかぁ?」


「森の奥だ。僕たちのための武器……いや、暴走するバグを飼い慣らすための『制御装置(コントローラー)』を探しにな」


 僕の言葉に、カイルが鼻で笑って腕を組んだ。


「……フン。オレには必要ねえが、道案内くらいは付き合ってやるよ」


 本音と建前が完全に逆転している金髪の貴族様を先頭に、僕たちEクラスの面々は、自分たちだけの『装備』を求めてゴミ捨て場への一歩を踏み出した。




◇◇◇




‐[フェリス・レポート]#11:『熱暴走』の内部構造‐


Q:なんでラビ君は戦うたびに「湯沸かし器」みたいに熱くなっちゃうの? クールな天才キャラなら、涼しい顔をしていてほしいんだけど!


A:あはは、彼は「涼しい顔」をしてるんじゃない。そうしないと脳が焼き切れるから「虚勢」を張っているだけさ。彼が熱くなるのには、二つのエンジニアリング的な理由がある。


1. 無限の燃料と「出口」の欠如

 ラビ君の魔力は測定不能の「ゼタクラス」。巨大なデータセンター級のエネルギーを抱えながら、魔法適性が「無(Null)」のため、それを排出する「正規OSドライバ」がない。

 出口のないダムに無限のエネルギーが注ぎ込まれ、その内圧と摩擦が常に物理的な『熱』を生み出しているんだ。


2. 脳の「CPU使用率100%」による演算負荷

 彼は自身の魔法OSを持たない分、脳の処理能力の100%を「他人の汚いコード(術式)」の解析に全振りできる。

 ただ、カイル君たちの規格外なバグを、生身の脳で直に同時処理するなんて、冷却ファンなしのボロPCで超高負荷ゲームを回すようなものだ。この凄まじい演算負荷もまた、高熱として肉体から漏れ出している。


【結果:物理的なクラッシュ】

 彼は鼻や口から「赤黒いエラーログ(血)」を吐いて、丸二日も強制終了(昏睡)したね。カイル君が触れて火傷するほどの熱は、彼の肉体(筐体)が演算負荷と魔力内圧に耐えきれなくなった証拠さ。


【結論】

 ラビ君はスマートな天才じゃない。自分の命をチップにして、焼き切れそうな脳を無理やり回し続ける「命知らずの現場監督」だよ。


 早く彼らの暴走を受け止める「専用の筐体(装備品)」を見つけてやらないと、次は本当にOSごとクラッシュして再起動不能になっちゃうねぇ。

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