第15話:再起動と生存戦略①
「……あ、ガハッ……!」
大量の赤黒い液体がゴボリと、僕の口から溢れ出した。
張り詰めていた緊張の糸――いや、僕の中で強制駆動させていた『最後の回路』が、役目を終えて静かに息の根を止めている。
「え……ラビ?」
リアの見開く目が、スローモーションのように見えた。
視界がグラグラと揺れ始め、思考の回転もすべてが泥のように重くなり――唐突に、世界への接続が物理的に切断される感覚。
(……ああ、やっぱり。限界だったか)
短時間で三人の魔力回路へ強制接続し、その直後に管理者の圧力を浴びせられ……最後は、仲間の前で脳のリソースを使い潰す。
この状態で処理できるタスク量ではなかった。
脳髄が焼ける。
鼻の奥がツンとして、鉄錆の味しかしない。
無数の警告ウィンドウが、視界を赤く染め上げているような気さえする……。
誰かが僕の体を支えようと手を伸ばした。
だが、その指先が触れるよりも早く、膝から下が消失したかのように力が抜けた。
「おい……! おいラビ! ふざけんな、なんで血なんか……!」
「嫌ぁぁっ! ラビ、血が! すごい血が出てるよぉ!!」
カイルの怒号。リアの悲鳴。
鼓膜を揺らすその音すら、今の僕には遠い世界のエラーログのようにしか聞こえない。
遠くで、焦ったように駆け寄ってくる足音がした。
「……ッ、触るなカイル! 離れろ!」
ガレットの鋭い制止が飛ぶ。
だが、カイルの手は既に僕の肩を掴んでいた。
「あぁ!? 何言って……あつっ!? な、なんだこれ……火傷すんぞ!?」
ジュッ、と肉が焼けるような音がして、カイルが弾かれたように手を引っ込める。
僕の服の隙間から白い蒸気がゆらりと立ち上っていた。
尋常な体温ではない。
内側からボイラーで加熱されたかのような熱量。
「……『熱暴走』だ。ラビの熱が、外に漏れ出している」
ガレットが冷静に、しかし険しい顔で僕を見下ろす。
その瞳には、かつてないほどの警戒色が混じっていた。
「くそッ、こいつ人間かよ!? 湯沸かし器みたいになってやがるってことか!」
カイルは赤くなった掌を振りながら、得体の知れないものを見るように一歩後ずさった。
だが、ガレットは退かなかった。
彼は僕の体から立ち昇る陽炎を、じっと凝視している。
その深刻な眼差しは、行き場を失った魔力が内側で暴れ回る苦痛を――彼自身が抱える『循環』の恐怖を、そこに幻視しているようだった。
「……ユラ。すまない、水を……バケツ一杯、持ってきてくれ」
ガレットが意を決したように指示を飛ばす。
この熱を冷ますには、尋常な水量では足りないと悟ったのだろう。
「は、はいぃ……っ!! す、すぐ汲んできますぅ!!」
ユラが弾かれたように走り出し、その足音が遠ざかっていく。
周囲の空気すら熱を帯び、視界が白く濁り始めていた。
……まったく、大袈裟な連中だ。
死ぬわけじゃない。
ただ、廃熱処理が追いつかないだけだ。
とはいえ、限界なのは認めざるを得ないか……。
強制終了のコマンドが実行されるよりも早く、意識の電源が落ちる。
世界がぐるりと裏返り――制御を失った肉体が、重力に従って石床へと叩きつけられた。
……ドサリ。
頬に触れた無機質な地面の感触だけが、灼熱の体にとって、唯一の救いのように心地いい。
薄れゆく意識の中で、僕は自嘲気味に笑った。
管理者に叩き込んでやると宣言した『致命的なエラー』を吐き出したのは――皮肉にも、他ならぬ僕自身だった。




