第14話:管理者権限
意識は、完全に落ちていたはずだった。
脳のブレーカーは落ち、システムはシャットダウンした。
だが。
「……騒がしいな。フェリス特務講師」
その声が、無理やり僕の脳を叩き起こした。
回復魔法のような生易しいものではない。まるで氷水を脳髄に直接ぶっかけられたような、暴力的な『冷却再起動』。
生存本能が、休んでいる場合ではないと警鐘を鳴らしている。
「……あ、ぐ……?」
絶対零度の冷徹な声が、強制的に僕の意識を現実に引き戻した。
霞む視界の端。
地下闘技場の入り口に、白い人影が立っている。
純白のローブ。
胸に刻まれた銀色の紋章は、天秤と剣を模した学院の法と秩序を司る――『上位管理委員会』の証。
「おや。誰かと思えば、第三席のギルベルト君じゃないか」
教官はニヤリと笑った。
だが、その目は笑っていない。
猛禽類のような鋭い視線が新客を射抜いていた。
「こんな地下のゴミ捨て場に、エリート様が何の用だい? ここは汚れるよ」
「用があるから来たのです。……地下からの異常な魔力反応を検知しました。規模からして、施設の倒壊レベル。即時の鎮圧が必要かと判断しましたが……」
ギルベルトと呼ばれた男は、無感情な瞳で僕たちを一瞥した。
カイル、ガレット、リア。
そして背後に隠れるように震えているユラ。
最後に――僕だ。
まるで路傍の石ころか、処理すべきエラーデータを見るような目で、じっくりと見定めている。
「……どうやら、すでに事象は収束しているようだ。……ですが、これは何です?」
彼は足元に広がる、奇妙な『砂山』を見下ろした。
つい先程まで鋼鉄のゴーレムだったはずの残骸だ。
「公共物の損壊。未登録術式の無許可行使。そして何より……」
彼は砂の一粒を手に取り、サラサラとこぼれ落ちる様を冷徹に見つめた。
「……内部構造のみを完全に粉砕している。正規の魔法体系には存在しない、異常な破壊痕だ」
彼は懐から、一枚の薄いガラス板――携帯端末のような魔道具を取り出し。ギルベルトが指を弾くと、端末から空中にホログラムのウィンドウが展開される。
「カイル・フォン・ベルシュタイン。ガレット・アイアン。リア・エクレット。……そして、ユララ・クロイツ。いずれもEクラスの『要観察対象』。本来なら退学勧告が出ているはずの廃棄データですが」
そこには僕たちの顔写真と、真っ赤な文字で『ERROR』と表示されている。
「なぜ、廃棄処分が実行されていないのです? フェリス講師」
「私が預かっているからさ。彼らはまだ使えるよ」
「いいえ、使えません。バグはシステムを不安定にするだけだ。即座に削除し、隔離するのが我々『管理者』の責務です」
カイルが「ああん!?」と声を荒らげ、前に出ようとする。
だが、ギルベルトは視線すら向けない。
「下がっていろ、欠陥品。許可なく発言権を割くな」
「て、てめぇ……!」
カイルの掌から炎が吹き上がる。
しかし、ギルベルトが杖を軽く床に突いた瞬間――カイルの炎が、瞬時に凍りつき、氷の華となって砕け散った。
――パキィン。
「なっ……!?」
「……無駄な処理を増やさないでいただきたい」
カイルだけではない。
彼が杖を突いた一点を中心に、床、壁、そして空気までもが、青白い氷に覆われていく。
(……なんだ、今の魔法は?)
僕は戦慄した。
【氷属性魔法】—―いや、違う。僕の目に映ったのは、『温度を下げる』という術式ではなかった。
それは、物理現象としての氷結ではない。
この空間における『分子運動』そのものを強制停止させる、管理者権限による『強制終了』のコマンドだ。
……単なる魔法使いじゃない?
彼らは、この学院という巨大なシステムの『ルールそのもの』を行使する権限を持っている、ということか。
「ギルベルト。相変わらず君は融通の利かない男だねぇ」
フェリス教官が、氷結した床をヒールの踵でカツンと踏んだ。
それだけで、迫りくる氷の侵食がピタリと止まる。
「彼らは私の生徒だ。手出しは無用だよ」
「……貴女がそうやって『バグ』を庇護する理由が分かりません」
ギルベルトの眉が、わずかに動いた。
冷徹な仮面の下に、焦燥と、そして隠しきれない『畏怖』が見え隠れする。
「かつて、我々委員会の頂点に君臨し、鉄の規律で学院を支配していた『伝説の第一席』ともあろうお方が……なぜ、こんな泥遊びに興じているのです?」
僕たちは、一斉にフェリスを見た。
第一席――この変人でマッドな教官が、かつての上位管理委員会のトップだった?
(……なるほど。道理で権限が強いわけだ)
僕は妙に納得した。
彼女のデタラメな強さは開発者としての知識ではなく、管理者としての『特権』によるものだと解釈したのだ。
「過去の肩書きなんて、今の私には意味がないよ。……私はね、見たいんだ。君たちがガチガチに固めたその退屈なシステムを、食い破って進化する『未知』ってやつをね」
フェリスは愉快そうに笑い、僕の肩に手を置いた。
「紹介しよう。彼がラビ君。—―ゴミ山から見つけ出した、最高の『OS』だよ」
「……ラビ・ラヴステラ。魔法適性ゼロの、その『ゴミ』がですか?」
ギルベルトの視線が、初めて僕に向けられる。
絶対零度の瞳。見下されているのではない。システムに混入したウイルスを検知する――冷酷な視線。
「魔力保有量は測定不能のエラー値。しかし、魔法適性は完全な『無』。……宝の持ち腐れですらない、空っぽの器に何ができると?」
「――空っぽだからこそ、最強なのさ」
フェリス教官は、挑発的に唇を歪めた。
「色がついていないから、どんな異物ともリンクできる。 彼らが制御不能の『最強の矛』なら、ラビ君はそれをあまさず制御する『精密な照準器』だろう。……古いOSにしがみつく君には、この『最新鋭』の価値は分からないかい?」
ギルベルトはため息をつき、空中のウィンドウを操作し始めた。
「……理解不能ですが、貴女の権限を行使されるとなれば、今の私には強制執行できません」
彼は冷ややかに告げた。
「分かりました。……そこまで言うのならば、テストをしましょう」
ギルベルトの指先が、空中に展開された光の文字盤を高速で弾く。
彼が検索していたのは僕たちの実力を測る機会ではない。僕たちという『エラー』を、全校生徒の前で最も効率的に処理できる、公開処刑の場。
やがて、彼は一つの日付で指を止めた。
「――三週間後。定例の『魔導実技査定』が行われます。そこで彼らEクラスが、我々委員会が選抜した『正規生徒』に対し、明確な優位性を示せなかった場合」
彼は僕の鼻先へ、氷の切っ先のような指を突きつけた。
「フェリス講師の権限を剥奪。および、Eクラス全員の即時退学を執行します」
宣告。
それは、学院というシステムからの死刑宣告に等しかった。
「上等だ! やってやろうじゃねえか!」
カイルが吼える。
ガレットも静かに拳を握り、リアは不安そうに……けれどしっかりと僕の服の裾を掴んだ。
ユラはおっかなびっくり顔を出して、コクコクと頷いている。
そんな僕らの姿をギルベルトは鼻で笑った。
「勘違いするなよ、欠陥品。今回はかつての『偉大な先輩』に免じて、処分の執行を一時凍結しただけに過ぎない」
彼は純白のローブを翻し、背を向け――そして、扉の前で氷のように冷ややかな言葉を置き土産に残した。
「バグは修正されるために存在する。不要と判断したその瞬間、貴様らの存在確率はゼロになるということを忘れるな」
重厚な扉が閉ざされる。
残された冷気の中で、僕は静かに息を吐いた。
(……管理者、か)
相手は、この世界のルールを作っている側。
僕たち『欠陥品』を間違いだと断じる、正義の執行者。
……正直、足がすくむほどの出力差だった。
まともにぶつかれば、僕たちは一瞬で『凍結』させられて終わりだろう。
だが――つけ入る隙がないわけじゃない。
「……『攻略』できる」
僕の呟きに、四人が不安げに振り返る。
「……あいつは言った。『バグはシステムを不安定にする』ってな」
僕は、まだ震えが止まらないカイルの肩を叩き、ニヤリと笑ってみせた。
「管理者の仕事は『安定稼働』だろ? だからあいつらは、システムを壊すような無茶なコマンドは絶対に撃てない」
「……つまり、あいつらは『システムを守る』ために、全力を出せねえってことか?」
カイルがハッとして顔を上げる。
無敵に見えた管理者が、実は『守るべきもの』という鎖に繋がれていることに気づいたのだ。
「その通り。……だが、僕らは違う」
僕は拳を握りしめる。
その中には、カイルの炎、ガレットの衝撃、リアの振動――規格外の熱が残っている。
「僕らは『バグ』だ。ルールなんて守る必要はない。……整然と並んだプログラムを、滅茶苦茶に食い荒らすことだけが許された『破壊者』だ」
守る方が難しい。壊す方が易しい。
セキュリティの世界じゃ、攻撃側が圧倒的に有利なのが定石だ。
「それに、システムを機能不全に陥らせるほどの『バグ』なら……それはもう単なるゴミじゃない。無視できない『脅威』であり、使いようによっては最強の『兵器』だろう」
僕はニヤリと笑みを深める。
恐怖で凍りついていた思考回路が、熱を帯びて高速回転を始めていた。
相手が権限でねじ伏せてくるなら、こっちはそのルール自体を逆手に取ればいい。
綺麗な箱庭を維持しようとする彼らにとって、失うもののない僕たちの特攻ほど、恐ろしいものはないはずだ。
僕は視線を上げ、まだ不安げな仲間たちの顔を一人ずつ見回した。
カイル、ガレット、リア、ユラ。
全員、傷物で、規格外で――最高に尖った性能を持つ、愛すべき不良品たち。
(……ああ、いける。このスペックなら、ひっくり返せる)
僕の瞳の奥で、青白い解析の光がギラリと明滅した。
「僕らの『有用性』を奴らに認めさせるには……ぶっ壊して証明する。それが唯一の生存経路だろ?」
僕の問いかけに、カイルが呆気にとられ――やがて、獰猛な笑みを浮かべた。
ガレットが拳を鳴らし、リアが涙を拭って強く頷く。
そしてユラも――空気の揺らぎの中から姿を現し、おずおずと、けれど確かな意志を込めてローブの裾をギュッと握りしめた。
凍りついた空気が、僕たちの熱で溶けていくのが分かる。
もう、震えてなんかいられない。
理不尽なルールで縛るなら、そのルールごと食い破るだけだ。
「綺麗な箱庭でふんぞり返ってる管理者様に……防ぎようのない『致命的なエラー』を叩き込んでやろうぜ」
僕の宣言に、仲間たちの闘志が呼応する。
凍りついた空気はもう、僕らの熱で溶け始めていた。
――ふふ。
その時、背後から愉しげな笑い声が聞こえた気がした。
振り返ると、フェリス教官がギルベルトの残した氷の跡をヒールで踏み砕き、ニヤリと口元を歪めている。
「……あはは。ブルー・スクリーン、か」
彼女は僕らを見据え、歌うように囁いた。
「いい響きだ。……期待しているよ、愛すべき欠陥品ども」
その言葉は、管理者への宣戦布告に対する、これ以上ない『承認』キーのように響いた。
ここから始まるゴミ箱からの反撃。
――それは後に、この学院全体を揺るがすほどの『大喧嘩』になろうとは、このときはまだ知る由もない。
◇◇◇
‐[フェリス・レポート]#10:『管理者』と『破壊者』‐
Q:生徒会のギルベルトも相手の魔法を消せるよね? ラビ君の能力と何が違うの?
A:結果は似ているけど、中身は「真逆」だ。
「タスクマネージャー」と「システムクラッシュ」くらい違うよ。
1. ギルベルト(管理者)のアプローチ
【原理】『権限(Authority)』による命令。
【手法】「タスクマネージャーからの停止」。
彼は相手の魔法の構造なんて理解する必要はない。
「私は管理者である。よって、このアプリの実行を許可しない」という上位権限を行使し、システム側から強制的にプロセスを殺している。
[特徴]
静寂: 理屈を無視して止めるため、現象は一瞬で、静かに凍りつく。
必中: 学院というサーバーの中にいる限り、管理者の命令は絶対だ。
2. ラビ君のアプローチ
【原理】『干渉(Injection)』による破壊。
【手法】「バグ誘発によるクラッシュ」。
彼は権限なんて持っていない。一般ユーザー(ゲスト)以下だ。
だから、相手の魔法の内部に無理やり侵入し、大量のゴミデータや矛盾した命令を書き込むことで、「エラー」を起こさせて自壊させている。
【結論】
ギルベルトは「システムを守るための停止」。
ラビ君は「システムを壊すための停止」。




