第13話:魔女の指鉄砲
轟音が止み、一瞬の静寂が訪れる。
ガレットがゴーレムを地面に縫い留め、ユラがその背中で『弱点』を指差している。
「……ぐ、ぅぅ……早くしろ……俺が、壊れる……!」
ガレットの全身からは限界を超えた熱気が噴き出している。
抑え込んでいるゴーレムの爪が、彼の鋼鉄の背中を火花と共に削り取っていく。
お膳立ては完璧だ。
あとは、最後の一人が撃つだけ。
「行けよ、リア! ……あいつが俺の魔法を制御しきったんだ。お前の爆発くらい、止められなくてどうする!」
カイルが叫ぶ。
だが、リアの足は縫い付けられたように動かない。
顔色は蝋のように白く、いつも浮かべていた能天気な笑みは消え失せている。
「……あ、無理、だよ……」
彼女は後ずさり、小さく首を横に振る。
その視線は、ガレットを見ているようで見ていない。
「……やだ。やだよ。あたしが魔法を使ったら……また、壊れちゃう」
彼女は自分の両手を汚いもののように胸元で握りしめ、ガタガタと震えていた。もし失敗して暴発すれば、二人はあの日と同じ、瓦礫の一部になってしまう。
そんな妄想に取り憑かれているのが、痛いほど伝わってくる。
『爆弾娘』というあだ名は、罪状そのものなのだ。
フェリス教官の声が、冷たく響く。
「……逃げるのかい? ここで逃げれば、君は一生『歩く災害』のままだよ」
「っ……!」
リアが唇を噛み切り、涙目で僕たちを見る。
歩み寄ると、彼女は悲鳴を上げた。
感情の高ぶりに呼応して、彼女の周囲の大気がジジジと焦げ、赤黒いスパークが走り始める。
「来ないで! あたし、もう抑えられない! ラビまで吹き飛んじゃう!」
「……うるさいな。じっとしてろ」
僕は警告を無視し、彼女のスパークする領域へ踏み込んだ。肌がチリチリと焼ける。鼓膜が破れそうなほどの高周波。
――【強制介入】。
ドクンッ!!
接続した瞬間、脳髄を直接ハンマーで殴られたような衝撃が走った。
「が、ぁ……ッ!?」
視界がノイズで埋め尽くされる。
カイル、ガレットに続く、短時間での三度目の強制接続。
僕の脳内処理領域は、とっくにレッドゾーンを振り切っている。
視界の端が黒く欠損し、世界がモザイクのように崩れていく。
鼻から、口から、熱い液体がとめどなく溢れ出す。
だが、その痛みよりも先に――彼女の内面にある『致命的なエラーログ』が、映像となって僕の脳内に雪崩れ込んできた。
(……なんだ、この映像は……!?)
僕の網膜に現実の風景と重なるようにして、セピア色のノイズが走る。
ガラガラと崩れ落ちる、巨大な石造りの柱。
幼いリアが、ただ癇癪を起こして、床を強く踏みつけただけの映像。
『あ――』
幼い彼女の声が、頭蓋の裏で反響する。
制御できない『震え』が、屋敷の土台を共振させ、堅牢なはずの我が家を内側から粉々に砕いていく。
目の前に残ったのは、温かい家ではなく、瓦礫の山と――その下敷きになった使用人たちの悲鳴。
(……くっ、そうか。これが原因か……!)
僕は血の味を噛み締めながら、現実と記憶の狭間で理解した。
彼女が撃てないのは、技術不足でも出力不足でもない。『撃てば、また大切なものを壊してしまう』という、根幹に刻まれた強烈な拒絶反応だ。
(……まだだ、落ちるな……ッ! ここでシャットダウンしたら、こいつは一生、自分の【魔法】を愛せなくなる!)
僕は血の味を噛み締め、震えるリアの両手首を掴んだ。
「……り、リア……ッ!」
「ラビ!? 血が、すごい血が……!」
「聞け……ッ! その震えを……止めるな!」
僕は彼女の瞳を覗き込む。
怯える彼女に、今見たばかりのエラーログを否定するように告げる。
「屋敷を吹き飛ばしたその力は……呪いなんかじゃない」
「え……? なんで、それを……」
「見えたんだよ、お前の『ログ』がな」
僕は霞む視界で、彼女の体内で暴れ回る莫大なエネルギーの奔流を捉えた。
出口を求めて悲鳴を上げている『振動』の塊。
「その馬鹿でかいエネルギーを……掌で挟んで、押し潰せ」
「え……?」
「逃がすな。両手の間で、限界まで『圧縮』するんだ……!」
僕の指示に、リアはおずおずと両手を広げ――そして、祈るように勢いよく叩き合わせた。
――パンッ!
乾いた音が響く。
だが、何も起こらない。振動が止まった? いや、違う。
キィィィィィン……!!
彼女の合わせた掌の中で、逃げ場を失った振動波が、極限まで圧縮されて唸りを上げている。
空気の密度が変わり、陽炎のような歪みが生まれる。
「……す、すごい……。手が、弾かれそう……」
「そうだ……それがお前の『弾丸』だ」
僕は彼女の手首を支え、そのままゴーレムの方へ向けさせる。
標的はユラが指し示している一点――装甲の隙間。
「イメージしろ。掌の間のエネルギーを、指先一点に集約させる」
「……指先、に……」
「トリガーは、お前が引くんだ」
僕が手を離すと、リアは圧縮された高密度のエネルギーを維持したまま、ゆっくりと右手の指を立てた。
人差し指と親指で形作る、子供の遊びのような――銃の形。
だが、その指先に収束しているのは、遊びごときではない。
屋敷一つをいとも容易く粉砕する、死の振動。
リアの瞳から、怯えが消える。
彼女はもう、自分の震えを恐れてはいない。
狙いは一点。
彼女はユラと、ガレットと、そして背後で血を流す僕を守るために。
小さく、しかしはっきりと呟いた。
「――バン」
指先が跳ねた、その瞬間。
ドォッ!!
発砲音ではない。空気が【貫かれた】音だ。
不可視の衝撃波が、一直線に射出された。
それはガレットの巨体をすり抜け(物理干渉しない周波数)、ゴーレムの分厚い装甲すら透過し――内部の『核』にのみ到達する。
…………。
一瞬の静寂。
何も起きていないように見えた。
だが、次の瞬間――。
ドプンッ、グチュ、バギギギギギッ!!
ゴーレムの内部から、異様な破砕音が響き渡る。
まるで内側に爆弾を仕込まれたかのように、鋼鉄のボディが内側から奇妙に膨れ上がり、ねじ切れていく。
ガレットが拘束を解いて飛び退くと同時。
ズシャァァァァッ!!
ゴーレムは原形を留めないほどの砂礫となって、その場に崩れ落ちた。
装甲は無傷。
中身だけが、液状化するように完全破壊されていた。
「……あ、あぁ……」
リアは、硝煙のように湯気を立てる自分の指先を見つめた。
痛くない。誰も巻き込んでいない。
あんなに怖かった自分の力が、今は指先一つで制御できている。
パチ、パチ、パチ……。
静まり返った地下室に、拍手の音が響いた。
フェリス教官が、崩れ去ったゴーレムの砂山を踏みつけ、心底楽しそうに笑っていた。
その姿が、ノイズ混じりの視界の中で二重三重にブレて見える。
「おめでとう、欠陥品共。今日からは取り扱い注意の『危険物』として、愛でてあげようじゃないか!」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れた。
「……はは、やっと……終わっ……」
プツン。
脳内のブレーカーが落ちる音。
視界のブラックアウト。
支えを失った体が、重力に従って傾いていく。
「ラビ!」
カイルの声が遠く聞こえる。
誰かの温かい腕が、倒れる僕を受け止めてくれた気がした。
……よかった。
誰一人、欠けることなく……デバッグ完了だ。
深い安堵と共に意識を手放そうとした、その時。
「――騒がしいな。フェリス特務講師」
絶対零度の冷徹な声が、強制的に僕の意識を現実に引き戻した。
「……あ?」
霞む視界の端。
地下闘技場の入り口に、白い人影が立っている。
純白のローブ。胸に刻まれた見慣れない紋章。
その男は倒れ伏す僕たちゴミ箱クラスを、まるでバグデータを見るような無機質な瞳で見下ろしていた。
「ゴミ箱の分際で、随分と楽しそうじゃないか」
新たな『エラー』の予感。
だが、もう指一本動かせない。
僕の意識は、警告音と共に今度こそ完全に暗転した。
◇◇◇
‐[フェリス・レポート]#09:『魔女の指鉄砲』‐
Q:最後のアレ、何? 指からビームが出たの?
A:ノン。あれは「見えない杭」だよ。
1. 原理:人間指向性爆薬(Human Shaped Charge)
リア君はずっと振動を垂れ流していた(自爆)。
だが今回、彼女はそれを両手で叩いて(拍手して)物理的に「ベクトルを固定」したんだ。
逃げ場を失った振動エネルギーは、モンロー効果によって「前方一点」にのみ収束し、指先という銃口から射出されたのさ。
2. 効果:遅延破壊(Latency Kill)
この振動弾は、物理的な装甲を透過する。そして対象の内部到達後、数秒の「処理落ち(ラグ)」を経てから炸裂する。
外側は無傷なのに、中身だけがミンチになる……まさに悪夢の兵器だね。
【結論】
「バン」という可愛い音に騙されちゃいけない。あれは防御不能の「即死コマンド」だ。……ま、指先一つで戦車をスクラップにする女の子なんて、誰もデートには誘いたくないだろうけどねぇ。




