第12話:透明な座標と重戦車の檻
地下演習場に焼けた鉄の臭いが充満している。
カイルの放った熱線は、ゴーレムの胸部を貫通し、背後の壁すら抉り取っていた。
「……はぁ、はぁ……」
カイルが杖を支えにして、荒い息を吐きながら膝をつく。
魔力切れだ。あれだけ派手にぶっ放せば当然だろう。
目の前には、崩れ落ちた鋼鉄の巨兵。
分厚い装甲はドロドロに溶解し、動く気配はない。
「す、すごいですぅ……。あんな鉄の塊を一撃で……」
物陰の空間が揺らぐと、おずおずとユラが姿を現した。
彼女はずっと隠れて戦況を見ていたらしい。脅威が去ったと判断し、安堵の息を吐きながらカイルたちの方へ歩み寄ってくる。
「皆さん、無事ですかぁ? 私、怖くて足がすくんじゃって……」
「……ふん。足手まといにならなかっただけマシだ」
カイルが強がりを言うが、その顔には疲労と同時に、大仕事をやり遂げた達成感が浮かんでいる。
ガレットも瓦礫の中から立ち上がり、無言で煤を払った。
終わった。
誰もがそう思った。
「ノンノン。……誰が『授業終了』を鳴らしたんだい?」
冷ややかな声が、安堵の空気を凍りつかせた。
フェリス教官だ。彼女は破壊されたゴーレムを見下ろし、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「装甲を焼いただけだろう? コアの反応はまだ生きているよ」
「……は?」
カイルが顔を上げた、その瞬間。
ギギ、ガガガガガッ……!!
残骸の山から、耳障りな駆動音が響いた。
溶けた装甲板が強制排除され、中から現れたのは――装甲を捨て、骨格だけになった異形の姿。
まるで骸骨のような、細身の高速機動形態。
「あーあ。生存本能が働いて、『パージモード』に入っちゃったじゃないか。……装甲を捨てた分、ここからは速いよ?」
フェリスが楽しげに宣告すると同時。
ゴーレムの眼光が、再び赤く明滅した。
キィィン!
風切り音。
「――ッ!?」
速い。
さっきまでの鈍重な動きとは次元が違う。
骸骨の巨体は、最大の脅威であるカイルを一瞬でスキャンし――彼が『魔力切れ』であることを見抜くと、即座にターゲットを変更した。
狙いは、無防備に姿を晒した――『最弱の獲物』。
「ひっ……!?」
ユラだ。
彼女はカイルに駆け寄ろうとして、射線上に無防備に立っている。
「ユラ! 避けろッ!」
僕が叫ぶが、遅い。
カイルは動けない。ガレットの位置からは間に合わない。リアはパニックで座り込んでいる。
そして僕も、カイルの制御で脳がショート寸前だ。
(……しまっ――)
死ぬ。
ゴーレムの鋭利な爪が、ユラの小さな体を切り裂こうと振り下ろされる。
ユラは逃げることもできず、ただ涙目で身をすくませ――。
「……こ、来ないでぇぇぇ!!」
悲鳴と共に、両手で顔を覆った。
――ブンッ。
空を切る音。
「……え?」
ユラの情けない声が漏れる。
僕の目には、確かに爪が彼女の体を通過したように見えた。
だが、血飛沫は上がらない。
ゴーレムの爪は、ユラの体を『すり抜け』て、虚しく空気を切り裂いただけだった。
(……実体がない? いや、違う!)
僕は瞬時に【解析眼】を展開する。
視界に映し出された彼女のデータは、異常な挙動を示していた。
(なんだ、このエラーの羅列は……!? ユラの座標データが、コンマ一秒単位で出鱈目な数値に書き換わっている!?)
彼女自身の過剰な『認識阻害』能力と、いつも彼女が羽織っているあのブカブカのボロ布。
その二つが干渉し合い、凄まじい処理落ちを引き起こしている。敵のセンサーは『そこにいる幻影』を座標Xとして認識し、攻撃判定を出した。
だが、ユラの実体は数センチズレた座標Yにある。
原因は分からない。
だが、結果として彼女は今、システム上の必中攻撃以外では決して捉えられない『透明な幽霊』と化していたのだ。
「ユラ! 逃げるな! そのままそこで『棒立ち』してろ!!」
「は、はいぃぃ!? む、無理ですぅ、怖いですぅぅ!」
ユラは半泣きで腰を抜かしているが、それが功を奏した。ゴーレムは目の前にいるのに当たらない敵に対し、混乱を起こして暴れ回る。
ブンッ! スカッ!
凶悪な連撃が、ことごとくユラの残像をすり抜けていく。
「……今だ、ガレット!」
その一瞬の硬直を――ガレットが見逃すはずがなかった。
彼は猛然とダッシュし、暴れるゴーレムの胴体に横からタックルを仕掛ける。
「……捕えたッ!」
ガレットの太い腕が、骸骨のフレームを締め上げた。
――だが。
ギギギギギ……!
「ぐ、ぅぅ……ッ!?」
ガレットの顔が苦痛に歪む。
敵の出力が高すぎるのだ。装甲を捨てた分、駆動系に全エネルギーが回されている。
あの怪力をもってしても、振りほどかれるのは時間の問題だ。
「お、おおおおおッ……!」
ガレットが吼える。
全身の血管が浮き上がり、岩のような筋肉が軋む。
だが、魔力は外に出ない。彼の体内で暴走したエネルギーが、行き場を失って内臓を傷つけ、口の端からツーっと鮮血が垂れる。
(……クソッ、真面目すぎるんだよお前は!)
僕は舌打ちをして、ガレットの背中へ飛びついた。
――【強制介入】。
視界が青く染まる。
彼の体内には、美しいほど強固な【身体強化】の術式が組まれている。
だが、出口がない。
数千の兵士が出口のない部屋で暴動を起こしている状態だ。
「ガレット! 出すな! 魔力を外に捨てようとするな!」
「……ラ、ビ……?」
ガレットが血を吐きながら僕を見る。
「その頑丈な肉体の中で回せ! 外に出すんじゃない、内側で加速させて圧縮しろ!」
僕は彼の体内を走る魔力のベクトルを、放出しようとする直線から、循環する円環へと強引に繋ぎ変えた。
――コマンド:【無限循環】。
キィィィィィィィン……!
耳鳴りのような高周波が鳴り響く。
それは魔法の発動音ではない。ガレットという生体エンジンが、限界を超えて空吹かしする駆動音だ。
「お前は魔法使いになんかならなくていい。魔力で走る『戦車』になればいいんだ!」
僕の叫びに、ガレットの迷いが消えた。
全身が赤熱し、体内の魔力密度が臨界点を超えて高まる。
質量保存の法則を無視した、超高密度の質量の塊。
「う、おおおおおおおおおッ!!」
ガレットが腕に力を込める。
バキボキィッ!
ゴーレムの金属フレームが、悲鳴を上げてひしゃげた。
振りほどこうとするゴーレムの高速機動を、ガレットはただの重さだけで強引にねじ伏る。
「おおおおおおッ!!」
彼は敵を放り投げることはしなかった。
逃がさないよう、太い腕で骸骨のフレームを抱え込んだまま――自らの超質量の肉体ごと、敵を地面へと叩き落としたのだ。
ズドォォォォン!!
まるでプレス機だ。
ガレットはゴーレムの上に覆いかぶさり、その背中を地面にめり込ませたまま微動だにしない。
暴れる怪物を、物理的な重量だけで封殺していた。
「……軽いな」
ガレットが血の混じった唾を吐き捨てる。
その体は、触れれば火傷しそうなほどの熱気を放っていた。
だが、終わらない。
組み伏せられたゴーレムは、関節を逆方向に曲げてでも抜け出そうと藻掻き、ガレットの拘束を内側から切り裂こうとする。
「……硬い! 締め上げても、コアが砕けない……!」
ガレットが呻く。
拘束には成功したが、彼には装甲を貫く鋭利な牙がない。カイルはガス欠。僕は制御で手一杯。
このままでは、ガレットがオーバーヒートして自壊するのが先だ。
(……誰か、トドメを刺せる奴はいないのか!?)
僕が焦りで歯噛みした、その時。
「……み、見つけましたぁ……!」
拘束されたゴーレムの背中。
何もない空間から、幽霊のように「ぬっ」とユラが顔を出した。彼女は透明化したまま敵に密着し、装甲の隙間にある『核』を目視で確認していたのだ。
ユラは震える指で、その一点を指差した。
「リアちゃん、ここ! ここの隙間ですぅ!!」
その声は、戦場の隅で震えていた赤毛の少女に向けられたものだった。
「……え、あ……あたし?」
リアが顔を上げる。
カイルの熱線、ガレットの怪力、ユラの回避。
仲間たちが次々と『覚醒』していく中で、自分だけが何もできず、ただ守られていただけの少女。
その瞳に、ユラの指差す『標的』が映る。
そして僕もまた、ニヤリと笑って彼女を見た。
「……聞こえたか、リア。仕上げはお前の仕事だ」
リアが涙目で、震える自分の空っぽの両手を握りしめる。
杖なんて持っていない。武器なんて何もない。
あるのは、制御できずに周囲を壊してしまう、呪われた自分の『震え』だけ。
だが、役者は揃った。
あとは、最後の一人が引き金を引くだけだ。
◇◇◇
‐[フェリス・レポート]#07:幽霊の正体‐
Q:なんでユラには攻撃が当たらなかったの? 幻影を見せているだけ?
A:いいや。「当たり判定」の方をズラしているんだ。
1. 通常の回避(物理)
敵が目で見て殴ってくる → 避ける。
これだと、超高速のゴーレムには反応速度で負けて当たる。
2. ユラの回避(バグ利用)
彼女の装備は、常に周囲の空間座標データをランダムに書き換える(本来は着用者が酔って動けなくなる欠陥品)。
ユラはこのバグを利用し、「サーバー上の当たり判定(座標X)」と「敵に見せている描画モデル(座標Y)」を意図的に「同期ズレ(Desync)」させているんだ。
3. 結果:絶対回避
ゴーレムは視覚センサーで「座標Y(目の前)」にいるユラを認識し、そこを攻撃する。
だが、サーバー上のユラの実体は「座標X(数センチ横)」にある。
結果、「見た目は当たっているのに、システム上は空振り(Miss)」という判定になる。
【結論】
FPSゲームでよくある「ラグい敵には弾が当たらない」現象を、魔法的に再現しているわけさ。
システム上の「必中攻撃」以外では、彼女を捉えることは不可能に近いね。
‐[フェリス・レポート]#08:『無』と『閉』の決定的違い‐
Q:ラビとガレットって、結局「どっちも魔法が出せない」んだから同じタイプじゃないの?
A:ノン。全くの別物だよ。「無い」のと「出ない」のは大違いさ。
1. ラビ君(主人公):完全なる『無』
彼は「0から1を生み出せない」。
どんなに頑張っても、自分一人では火種一つ、身体強化一つ起こせない。
彼はあくまで、誰かが作った「1」を「100」にしたり「0」に戻したりするだけの「介入者」だ。
2. ガレット君(相棒):不完全な『有』
彼は「凄まじいエネルギー(100)を作れる」。
身体強化の適性はあるし、体内で魔力エンジンはガンガン回っている。
じゃあ何がバグなのか?
彼は生まれつき、「排気口(出力ポート)」が溶接されて塞がっているんだ。
これまでは、行き場を失った熱と圧力で内側から自傷していたんだね。
3. ラビが示した解決策(無限循環)
ラビ君はガレット君に「出すな」と命じ、出口のない体内で魔力を高速回転させた。
これをシステム的に説明すると、「行き場のないデータがメモリ内に無限に積み上がる(スタック・オーバーフロー)」状態だ。
光速で魔力を循環させる彼は、擬似的な「事象の地平線」を形成しているのさ。
【結論】
・ラビは、魔法を無効化して道を切り開く『最強の脳』。
・ガレットは、触れるもの全てをその「超質量」で圧殺する『最強の肉体』。
二人は「二人で一つ」。
ラビにはガレットの質量が必要で、ガレットにはラビの制御が必要なんだ。
……ふふ、最高の相性だと思わないかい?




