表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/28

第11話:固定砲台の開門

 地下演習場に、地響きのような重低音が鳴り響く。


「……嘘、でしょ」


 リアが顔を引きつらせて後ずさる。


 フェリス教官が指を鳴らした瞬間、演習場の床が展開し、奈落の底からせり上がってきたのは――全身を赤錆びた重装甲で覆った、高さ三メートルを超える鋼鉄の巨人だった。


 旧時代の遺物、自律駆動式ゴーレム『アイアン・メイデン』。


「型落ちの廃棄処分品(レガシーモデル)だよ。動きは遅いし、思考回路も単純だ。……ただし、装甲の厚さだけは一級品でね。生半可な魔法じゃ傷一つ付かない」


 フェリスは楽しそうに、まるでペットを紹介するように言った。


「さて、実戦授業だ。ここから生きて出られるか、あるいは壊れた玩具として『鉄屑(スクラップ)』になるか。……好きな方を選びたまえ」


 教官が手を振ると同時、ゴーレムの目が赤く発光した。

 ブォンッ! という排気音と共に、質量そのものの突進が開始される。


「逃げろ! あんなの受け止められるわけが……ッ!」


 カイルが叫ぶが、退路は既に結界で塞がれている。

 逃げ場はない。


「……俺が、止める」


 その時、前に出たのはガレットだった。

 彼は武器も持たず、丸腰のまま鋼鉄の塊に対して正面から立ち向かう。


「おい待て、死ぬ気か!?」


 カイルの制止も聞かず、ガレットは両腕を胸の前でクロスさせ、深く腰を落とした。


 直後、凄まじい衝突音が地下室を揺らす。


 ――ドゴォォォォンッ!!


「……ぐ、ぅぅ……ッ!」


 ガレットの巨体が軋む。

 ゴーレムの巨大な拳を、彼は生身の腕だけで受け止めていた。


 ミシミシと骨が悲鳴を上げ、彼の足がコンクリートの床を削りながら、ズルズルと後退していくのが見える。


(……無茶しやがって……だが、物理防御(タンク)としては最高だ)


 僕は冷静に戦況を分析する。

 彼が時間を稼いでいる間に、火力を叩き込まなければジリ貧だ。


「ガレット!」


 カイルは杖を構えた。


 その表情には焦りが滲んでいる。

 彼も分かっているのだ。あの巨人がフリーになれば、後衛の自分たちは一瞬で踏み潰されると。


「燃えろ……燃えろおおおッ!」


 カイルは必死に魔力を練り上げる。

 だが、僕の目には見えていた。彼の回路の中で魔力が暴走し、出口を失って渦巻いている様子が。


 バチッ、バチバチッ……!


 杖の先から漏れ出したのは、線香花火のような頼りない火花だけ。

 

「ぐ、ぁ……ッ! なんでだ……! なんで出ねえんだよッ!」


 カイルは屈辱に唇を噛む。

 その視線が泳ぎ、杖を持つ手が小刻みに震えていた。


(……なるほど。トラウマになってるな)


 僕は瞬時に理解した。

 彼は試そうとしているのだ。


 先日、僕が介入した時に放ったあの『熱線(レーザー)』を――自分一人の力で再現しようとして失敗している。


 マグレだったと認めるのが怖いのだ。


「ひぃぃぃ! こ、こっち来ないでぇぇぇ!」


 リアは完全にパニックに陥り、頭を抱えて戦場を逃げ惑っている。


 ユラに至っては、とっくに気配を消してどこかの物陰で震えているだろう。


 目の前で、ガレットの膝が折れかける。

 限界が近かった。


「……クソッ、動けよポンコツが! 俺はベルシュタインだぞ……!」


 見ていられないな。

 僕はパニックになっているカイルの背後へ、音もなく滑り込んだ。


「……何をしてるんだ、お前は」


「――ッ!?」


 耳元で囁くと、飛び上がるようにして振り返る。


「ら、ラビ……ッ! てめぇ、また『修理』しに来たのか! あの時みたいに、俺を何もできないガキ扱いして!」


 僕は無表情のまま、戦場を一瞥する。

 ガレットはあと数十秒で潰される。リアはパニックで戦力外。ユラは気配を消して逃げ回るのが精一杯だ。


「……あの時の魔法を撃とうとしてるのか? ……無理だ。お前の今の力じゃ、その出力は管理しきれない」


「うるせえ! 一度は撃てたんだ! 俺の力で、俺の魔力で!」


「あれは僕が無理やりこじ開けたからだ!」


 僕の一喝に、カイルは言葉を詰まらせた。

 図星を突かれた顔。彼自身、薄々は気づいていたのだろう。あの成功が、自分の実力ではないことを。


「認めるんだ、カイル。お前の力は『ドラゴン』級だが、手綱を握ってるお前自身が『荷車』の動かし方しか知らない。……だから壊れるんだよ」


 僕は一歩踏み出し、カイルの手首を掴んだ。

 熱い。暴走した魔力が皮膚越しに伝わってくる。


「一人で抱え込んで自爆するか。……それとも、手綱を僕に預けて『最強』になるか。選べ」


「……ッ」


 カイルはギリリと歯ぎしりをした。

 その表情は、プライドと生存本能の狭間で揺れ動いている。


 魔術師にとって、自分の魔法を他人に委ねるなど、裸を晒すような恥辱だろう。


 だが。


 ――ガギィンッ!


 ガレットの足元が限界を迎え、床が砕ける音が響く。

 迷っている時間はない。


「……一度だけだ」


 カイルは血を吐くような声で言った。

 僕を睨みつける瞳に宿るのは、諦めではなく、狂気じみた決意。


「失敗してみろ……てめぇを灰になるまで殴り続けてやる!」


 僕はニヤリと笑い、カイルの背中に手を叩きつけた。


 ドクンッ!


 回路が――繋がる。

 瞬間、僕の脳内にカイルという名の灼熱の濁流が流れ込んでくる。


(……ぐ、ぅッ! 重い……!)


 前回とは桁違いだ。

 この前は僕が一方的に侵入したが、今回はカイルが受け入れている。


 その分、同期率が高すぎて、彼の魔力負荷がダイレクトに僕の脳を焼きに来る。


「ガレット! 伏せろッ!!」


 僕の叫びと同時に、ガレットが横へ転がる。

 障害物が消え、カイルとゴーレムの射線が繋がった。


 カイルが杖を構える。

 その回路の中で、いつもの癖――魔力を丸めようとする処理が働こうとするのを、僕は感知した。


(――丸めるな! 垂れ流せ!!)


 僕は思考ごとそのプロセスを遮断する。


 蛇口全開。

 リミッター解除。


 僕の指先が、カイルの背中で見えない鍵盤を叩く。


 ――【例外処理】実行。

 ――プロセス『球体形成』をスキップ。

 ――出力先を『前方』へ完全固定。


「う、おおおおおおおおおおッ!!」


 カイルの絶叫と共に、杖の先端が爆ぜた。


 ドオオオオオオオッ!!


 放たれたのは、もはや魔法ですらなかった。


 ただ純粋な熱量の奔流。

 一切の拡散を許されず、極限まで圧縮された紅蓮の光帯が、地下室の闇を切り裂く。


 ゴーレムの分厚い装甲が、飴細工のように瞬時に溶解した。


 抵抗など、ない。

 光はそのまま巨体を貫通し、背後の壁をも穿ち、演習場の彼方まで突き抜けていく。


「…………」


 数秒の後。

 熱線が収束し、地下室に静寂が戻る。


 カイルの目の前には、胸部に風穴を開けられたゴーレムが立ち尽くし――やがて、自重を支えきれずに崩れ落ちた。


 ズゥゥン……。


 もうもうと立ち込める蒸気の中、カイルは自分の杖を見つめ、荒い息を吐いていた。


「……は、はは……」


 その背中から伝わる興奮。

 今回は『撃たされた』のではない。『撃った』という確かな手応えが、彼の手の震えを止めているのが分かった。


「……[最適化(デバッグ)]、完了だ」


 僕は接続を解除し、その場に片膝をついた。


 脂汗が止まらない。

 視界がぐらりと揺れる。


(……キツいな。他人の魔力をフルパワーで制御するのが、これほど消耗するとは)


 だが、成功だ。

 僕は荒い息を整えながら、鼻血を袖で乱暴に拭った。

 

 すると、カイルが背中を向けたまま、ぎこちない声で訊いてきた。


「……おい。大丈夫かよ」


「勘違いするな。お前の出力がデカすぎて、処理落ちしかけただけだよ……」


 僕が強がって見せると、カイルはフンと鼻を鳴らした。

 しかし、倒れかけた僕の肩を、彼は無言で支え起こした。


 その手は熱く、力強い。


「……文句は言わねえ。……この『威力』に免じて、今回だけは許してやる」


「素直じゃないな、お前は」


 憎まれ口を叩き合う僕たちの元へ、パチパチパチ、と乾いた拍手が近づいてくる。


「素晴らしい! 最高だ!」


 フェリス教官が、残骸となったゴーレムを踏みつけ、恍惚とした表情で笑っていた。


「見たかい? 『教科書』を捨てた瞬間、君はただの不発弾から、最強の『固定砲台フィックスド・タレット』に進化したんだ」


 カイルはその言葉を噛み締めるように、自分の掌を握りしめた。


 固定砲台。

 動けない、融通が利かない、不器用な兵器。


 だが、誰よりも火力を出せるのなら――それは『最強』への入り口かもしれない。


「……悪くない響きだ」


 カイルの横顔から、迷いは消えていた。




◇◇◇




‐[フェリス・レポート]#06:固定砲台の開門‐


 Q:なんでカイル君の魔法、前(第3話)より凄くなってない?


 A:そりゃそうさ。「同意」があったからね。


 1. 前回の発射ハッキング

 ラビ君が無理やりこじ開けた。

 言わば、カイル君の意志を無視して、外部から強制操作した状態だ。これだと、カイル君の無意識の抵抗ブレーキがかかってしまい、威力は70%程度に落ちる。


 2. 今回の発射コネクト

 カイル君が自ら制御権ハンドルをラビ君に渡した。

 「撃つのは俺だ、狙いは任せた」という信頼関係(あるいは諦め)により、回路の同期率が跳ね上がったんだ。


 3. 結果

 抵抗ゼロ。出力100%の垂れ流し。

 ラビ君という『高性能OS』が、カイル君という『バケモノエンジン』を完全に掌握した瞬間だね。


 【結論】

 一人が「考える」のをやめ、もう一人が「考える」のを引き受ける。

 この歪な分業こそが、彼らが生き残るための唯一の『生存戦略パッチワーク』なんだよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ