第11話:固定砲台の開門
地下演習場に、地響きのような重低音が鳴り響く。
「……嘘、でしょ」
リアが顔を引きつらせて後ずさる。
フェリス教官が指を鳴らした瞬間、演習場の床が展開し、奈落の底からせり上がってきたのは――全身を赤錆びた重装甲で覆った、高さ三メートルを超える鋼鉄の巨人だった。
旧時代の遺物、自律駆動式ゴーレム『アイアン・メイデン』。
「型落ちの廃棄処分品だよ。動きは遅いし、思考回路も単純だ。……ただし、装甲の厚さだけは一級品でね。生半可な魔法じゃ傷一つ付かない」
フェリスは楽しそうに、まるでペットを紹介するように言った。
「さて、実戦授業だ。ここから生きて出られるか、あるいは壊れた玩具として『鉄屑』になるか。……好きな方を選びたまえ」
教官が手を振ると同時、ゴーレムの目が赤く発光した。
ブォンッ! という排気音と共に、質量そのものの突進が開始される。
「逃げろ! あんなの受け止められるわけが……ッ!」
カイルが叫ぶが、退路は既に結界で塞がれている。
逃げ場はない。
「……俺が、止める」
その時、前に出たのはガレットだった。
彼は武器も持たず、丸腰のまま鋼鉄の塊に対して正面から立ち向かう。
「おい待て、死ぬ気か!?」
カイルの制止も聞かず、ガレットは両腕を胸の前でクロスさせ、深く腰を落とした。
直後、凄まじい衝突音が地下室を揺らす。
――ドゴォォォォンッ!!
「……ぐ、ぅぅ……ッ!」
ガレットの巨体が軋む。
ゴーレムの巨大な拳を、彼は生身の腕だけで受け止めていた。
ミシミシと骨が悲鳴を上げ、彼の足がコンクリートの床を削りながら、ズルズルと後退していくのが見える。
(……無茶しやがって……だが、物理防御としては最高だ)
僕は冷静に戦況を分析する。
彼が時間を稼いでいる間に、火力を叩き込まなければジリ貧だ。
「ガレット!」
カイルは杖を構えた。
その表情には焦りが滲んでいる。
彼も分かっているのだ。あの巨人がフリーになれば、後衛の自分たちは一瞬で踏み潰されると。
「燃えろ……燃えろおおおッ!」
カイルは必死に魔力を練り上げる。
だが、僕の目には見えていた。彼の回路の中で魔力が暴走し、出口を失って渦巻いている様子が。
バチッ、バチバチッ……!
杖の先から漏れ出したのは、線香花火のような頼りない火花だけ。
「ぐ、ぁ……ッ! なんでだ……! なんで出ねえんだよッ!」
カイルは屈辱に唇を噛む。
その視線が泳ぎ、杖を持つ手が小刻みに震えていた。
(……なるほど。トラウマになってるな)
僕は瞬時に理解した。
彼は試そうとしているのだ。
先日、僕が介入した時に放ったあの『熱線』を――自分一人の力で再現しようとして失敗している。
マグレだったと認めるのが怖いのだ。
「ひぃぃぃ! こ、こっち来ないでぇぇぇ!」
リアは完全にパニックに陥り、頭を抱えて戦場を逃げ惑っている。
ユラに至っては、とっくに気配を消してどこかの物陰で震えているだろう。
目の前で、ガレットの膝が折れかける。
限界が近かった。
「……クソッ、動けよポンコツが! 俺はベルシュタインだぞ……!」
見ていられないな。
僕はパニックになっているカイルの背後へ、音もなく滑り込んだ。
「……何をしてるんだ、お前は」
「――ッ!?」
耳元で囁くと、飛び上がるようにして振り返る。
「ら、ラビ……ッ! てめぇ、また『修理』しに来たのか! あの時みたいに、俺を何もできないガキ扱いして!」
僕は無表情のまま、戦場を一瞥する。
ガレットはあと数十秒で潰される。リアはパニックで戦力外。ユラは気配を消して逃げ回るのが精一杯だ。
「……あの時の魔法を撃とうとしてるのか? ……無理だ。お前の今の力じゃ、その出力は管理しきれない」
「うるせえ! 一度は撃てたんだ! 俺の力で、俺の魔力で!」
「あれは僕が無理やりこじ開けたからだ!」
僕の一喝に、カイルは言葉を詰まらせた。
図星を突かれた顔。彼自身、薄々は気づいていたのだろう。あの成功が、自分の実力ではないことを。
「認めるんだ、カイル。お前の力は『ドラゴン』級だが、手綱を握ってるお前自身が『荷車』の動かし方しか知らない。……だから壊れるんだよ」
僕は一歩踏み出し、カイルの手首を掴んだ。
熱い。暴走した魔力が皮膚越しに伝わってくる。
「一人で抱え込んで自爆するか。……それとも、手綱を僕に預けて『最強』になるか。選べ」
「……ッ」
カイルはギリリと歯ぎしりをした。
その表情は、プライドと生存本能の狭間で揺れ動いている。
魔術師にとって、自分の魔法を他人に委ねるなど、裸を晒すような恥辱だろう。
だが。
――ガギィンッ!
ガレットの足元が限界を迎え、床が砕ける音が響く。
迷っている時間はない。
「……一度だけだ」
カイルは血を吐くような声で言った。
僕を睨みつける瞳に宿るのは、諦めではなく、狂気じみた決意。
「失敗してみろ……てめぇを灰になるまで殴り続けてやる!」
僕はニヤリと笑い、カイルの背中に手を叩きつけた。
ドクンッ!
回路が――繋がる。
瞬間、僕の脳内にカイルという名の灼熱の濁流が流れ込んでくる。
(……ぐ、ぅッ! 重い……!)
前回とは桁違いだ。
この前は僕が一方的に侵入したが、今回はカイルが受け入れている。
その分、同期率が高すぎて、彼の魔力負荷がダイレクトに僕の脳を焼きに来る。
「ガレット! 伏せろッ!!」
僕の叫びと同時に、ガレットが横へ転がる。
障害物が消え、カイルとゴーレムの射線が繋がった。
カイルが杖を構える。
その回路の中で、いつもの癖――魔力を丸めようとする処理が働こうとするのを、僕は感知した。
(――丸めるな! 垂れ流せ!!)
僕は思考ごとそのプロセスを遮断する。
蛇口全開。
リミッター解除。
僕の指先が、カイルの背中で見えない鍵盤を叩く。
――【例外処理】実行。
――プロセス『球体形成』をスキップ。
――出力先を『前方』へ完全固定。
「う、おおおおおおおおおおッ!!」
カイルの絶叫と共に、杖の先端が爆ぜた。
ドオオオオオオオッ!!
放たれたのは、もはや魔法ですらなかった。
ただ純粋な熱量の奔流。
一切の拡散を許されず、極限まで圧縮された紅蓮の光帯が、地下室の闇を切り裂く。
ゴーレムの分厚い装甲が、飴細工のように瞬時に溶解した。
抵抗など、ない。
光はそのまま巨体を貫通し、背後の壁をも穿ち、演習場の彼方まで突き抜けていく。
「…………」
数秒の後。
熱線が収束し、地下室に静寂が戻る。
カイルの目の前には、胸部に風穴を開けられたゴーレムが立ち尽くし――やがて、自重を支えきれずに崩れ落ちた。
ズゥゥン……。
もうもうと立ち込める蒸気の中、カイルは自分の杖を見つめ、荒い息を吐いていた。
「……は、はは……」
その背中から伝わる興奮。
今回は『撃たされた』のではない。『撃った』という確かな手応えが、彼の手の震えを止めているのが分かった。
「……[最適化]、完了だ」
僕は接続を解除し、その場に片膝をついた。
脂汗が止まらない。
視界がぐらりと揺れる。
(……キツいな。他人の魔力をフルパワーで制御するのが、これほど消耗するとは)
だが、成功だ。
僕は荒い息を整えながら、鼻血を袖で乱暴に拭った。
すると、カイルが背中を向けたまま、ぎこちない声で訊いてきた。
「……おい。大丈夫かよ」
「勘違いするな。お前の出力がデカすぎて、処理落ちしかけただけだよ……」
僕が強がって見せると、カイルはフンと鼻を鳴らした。
しかし、倒れかけた僕の肩を、彼は無言で支え起こした。
その手は熱く、力強い。
「……文句は言わねえ。……この『威力』に免じて、今回だけは許してやる」
「素直じゃないな、お前は」
憎まれ口を叩き合う僕たちの元へ、パチパチパチ、と乾いた拍手が近づいてくる。
「素晴らしい! 最高だ!」
フェリス教官が、残骸となったゴーレムを踏みつけ、恍惚とした表情で笑っていた。
「見たかい? 『教科書』を捨てた瞬間、君はただの不発弾から、最強の『固定砲台』に進化したんだ」
カイルはその言葉を噛み締めるように、自分の掌を握りしめた。
固定砲台。
動けない、融通が利かない、不器用な兵器。
だが、誰よりも火力を出せるのなら――それは『最強』への入り口かもしれない。
「……悪くない響きだ」
カイルの横顔から、迷いは消えていた。
◇◇◇
‐[フェリス・レポート]#06:固定砲台の開門‐
Q:なんでカイル君の魔法、前(第3話)より凄くなってない?
A:そりゃそうさ。「同意」があったからね。
1. 前回の発射
ラビ君が無理やりこじ開けた。
言わば、カイル君の意志を無視して、外部から強制操作した状態だ。これだと、カイル君の無意識の抵抗がかかってしまい、威力は70%程度に落ちる。
2. 今回の発射
カイル君が自ら制御権をラビ君に渡した。
「撃つのは俺だ、狙いは任せた」という信頼関係(あるいは諦め)により、回路の同期率が跳ね上がったんだ。
3. 結果
抵抗ゼロ。出力100%の垂れ流し。
ラビ君という『高性能OS』が、カイル君という『バケモノエンジン』を完全に掌握した瞬間だね。
【結論】
一人が「考える」のをやめ、もう一人が「考える」のを引き受ける。
この歪な分業こそが、彼らが生き残るための唯一の『生存戦略』なんだよ。




