第?話:不正アクセス
――入学から二週間後に行われた、『魔導実技査定』。
最後のトリを飾るのは、『優等生』VS『劣等生』の団体戦。学院側が仕組んだ極めて悪質な公開処刑、だったはずの第一試合は――誰もが予想しなかった始まりを迎えようとしていた。
「……震えているな。どうした、あまりの恐怖に礼儀作法も忘れたか?」
よく通る、冷ややかな声。
視界の先には、深紅のローブを纏ったAクラスのエリートが、侮蔑の笑みを浮かべて杖を構えている。
「……ん? 待てよ」
男は僕の顔を覗き込み、心底不愉快そうに鼻を鳴らした。
「貴様が、あの『魔無のステラ』か……?」
場所は闘技場。
周囲からは嘲笑の嵐。
――魔無のステラ。
魔法適性が無いくせに、ラヴステラ(星)などという大層な名を名乗る平民。それが、入学からわずか二週間でつけられた、僕の不名誉な二つ名だった。
「……恥知らずめ。魔導教本第3章『魔法使いの心得』にはこうある。『適性なき者は魔術師にあらず』とな」
男はまるで教科書を読み上げるような抑揚のない声で告げた。
その目は、僕を見ているようで見ていない。
彼が見ているのは、自分の頭の中にある『正しいマニュアル』だけ……。
「貴様のような規格外が存在することが、学院の美観を損ねていると何故分からん?」
言葉は整然とし、立ち振る舞いも洗練されていた。
――だが、その内側はどうだ?
僕の視界に映し出された彼の周囲には、極めて汚い魔法術式が展開されている。
(……記述が長い。教本のサンプルコードをそのままコピペしただけの冗長な詠唱。変数の定義も甘いから、魔力のリソースが無意味に垂れ流されている)
……吐き気がした。
外見だけ取り繕って、中身の最適化を放棄した量産型の思考――技術者として当然の、生理的な嫌悪感。
美しい論理構造こそが正義である僕にとって、あんな継ぎ接ぎだらけの[迷宮記述]が、高尚な【魔法】として実行されようとしている事実に、気が狂いそうになる。
「故に、汚染物は速やかな焼却処分が必要だろう。排除規定に基づき、執行する。—―穿て、【爆炎槍】」
詠唱と共に応答した理が、大気中の熱量係数を局所的に書き換え、物理法則を無視したプラズマの槍を生成し始める。
――直撃すれば即死。
誰もがそう確信する威力は、彼の静謐な怒りと共に射出された。
だが、僕の瞳には……はっきりと見えている。
奴が杖を振ってから、炎が生成されるまでの間に存在する[通信遅延]の空白が。
(サーバーへの[認証確認]。……相変わらず、トロい回線だ)
この世界を構築するシステムは、いつだって個人の杖からの申請を中央サーバーで審査してから実行する。そのわずかな隙間こそが、魔法適性ゼロの僕が潜り込める唯一のセキュリティホール――。
「消え失せろ、欠陥品」
放たれた死の熱波が、鼻先数センチまで迫った。
肌が焼ける臭いがする。
心臓が早鐘を打ち、全身の毛穴から冷や汗が噴き出した。
……怖いさ、当たり前だろ?
一歩間違えば黒焦げなんだ。
だけど、あんな汚いコードに殺されるのだけは――絶対に御免だね。
「……[処理落ち]ってるぞ、優等生」
僕は一歩も引かず、迫りくる炎の槍へ、自らの左手を突き刺した。
――バチバチバチッ!!
瞬間、脳髄を焼き切るような衝撃。
熱さではない。膨大な警告情報が、脳の知覚野へ直接逆流してきたのだ。
指先の感覚が文字化けする。
三半規管が座標を見失い、平衡感覚がバグを起こして世界が反転するような嘔吐感。
(……くっ、キツい……ッ! 脳のメモリが、奴の汚いコードの残骸で食い潰されていく……!)
僕の体内にある『行き場のない膨大な魔力』が、外部からの干渉に反応して暴れ出し、逆流しそうになる。
それを、奥歯が砕けるほど食いしばって論理でねじ伏せた。
構造を[解析]。
術式の脆弱性を[検索]……炎の座標定義を特定。
書き換えるのはたった一行。
熱量の『維持』命令を、『拡散』へ。
(――【例外処理】)
パリンッ――!!
硬質な破砕音と共に巨大な炎の槍が、ガラス細工のように空中で砕け散った。熱を持った光の粒子が僕の頬を掠め、行き場を失った断片データとなって、後方へと霧散していく。
「……は? …………な、に?」
燃えカス一つ残らない。
「魔法が……消え……た? 馬鹿な、直撃だったはずだ。……何故、貴様が立っている……?」
完全なるプロセスの消滅。
「あ……あり得ない……。魔法への物理干渉など、教本には……」
男は自分の杖と霧散した光の粒子を交互に見つめ、痴呆のように瞬きを繰り返していた。
(……くそ、やっぱりオーバーヒートしたか)
僕は膝をつきそうになるのを堪え、爪が掌に食い込むほどの力で左手を握り潰す。
この程度で倒れるわけにはいかない。
ここで膝をついたら、せっかくの『完璧な無効化』が台無しになる。
それでも、鼻の奥から熱いものが滴り落ちる感覚は止められなかった。手の甲で乱暴に拭うと、べっとりと赤黒い血が指の間まで伝い、地面にぽたぽたと落ちていく……。
肺が焼けるような息苦しさ。
左腕全体が、自分のものじゃないような痺れと熱に支配されている。
まるで内部から溶岩を流し込まれたみたいだ。
(……脳みそが沸騰しそうだ。流石に【上級魔法】の[修正]は体に堪る)
でも、このまま連続で高負荷のデバッグを繰り返せば、本当に脳がシャットダウンするだろう。
「……ッ! ほ、報告しろ! この私が、一体何をしたと聞いているッ!」
……それなのに、さっきから外野がわーわーうるせえよ。
ガンガンと鳴る頭痛を無視し、僕は虚勢を張ってゆっくりと顔を上げた。
あくまで涼しい顔で。
この程度のエラーなど日常的なトラブルだと言わんばかりに――熱を持った指先をパタパタと振りながら、わざとらしく深いため息をつくのだ。
「……はっ。教科書通りの【既製品】しか触ったことのないお利口さんには、この仕様を説明しても一生理解できないだろうね」
「あ……? なん、だと? 貴様は、まさかこの私に向かって、『時間の無駄』だと、言いたい……のか?」
男の顔が、屈辱で朱色に染まっていくのが分かった。
「――ッ!!」
声にならない絶叫。
全身を震わせ、杖を持つ手にミシミシと力が込められる。
「ふ、ふざけるなよ……ッ! たかが平民風情の落ちこぼれが、選ばれた私を見下すなぁぁぁッ!!」
喚き散らすエリートの声が、闘技場に虚しく響いた。
だが、僕はもう彼を見てはいなかった。
――否。最初から見てなどいない。
僕にとって彼のような人間は敵に非ず、処理する価値もないただのエラーログに過ぎないのだから……。
視界の端でノイズのように騒ぐ彼を、意識のゴミ箱へと放り込み、視線を遥か頭上へと跳ね上げる。
そこにあるのは『貴賓席』。
そこに鎮座する――この学院の管理者たち。
僕が最初から睨みつけていたのは、システムを支配する『彼ら』だけ。
(……見ているか、『特権階級』共。お前たちの作った完璧な箱庭は、今日ここから崩れ始める)
これは、魔法適性ゼロと蔑まれた僕がバグだらけの仲間たちと共に、神を気取る管理者たちの理を、書き換えるまでに起きた――始まりの物語。
‐ あとがき ‐
本作品に目を通していただき、誠にありがとうございます。
この第1話は、あくまで「システム起動」に過ぎません。
ラビと「バグだらけの仲間たち」が本格的に暴れ回り、学院の常識を破壊し始めるのは、仲間が揃う【第3話】付近からになります。
もしよろしければ、第3話までページをめくっていただけないでしょうか? そこまで読んでいただければ、必ず「この物語は他とは違う」と確信していただける展開をご用意しています。
道端の石ころだと思っていたものが、世界を砕く「ダイヤモンドの原石」に変わる瞬間を、ぜひ目撃してください。
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