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【第七話】自動歯ブラシ

 "何故、朝が来るのだろうか?"


 この問いに"それは地球が自転しているから"と理系的に答えてみる。


 いや、"朝は希望を運んでいる"と詩的に答えるのもいいかもしれない。


 更に"朝が来た、それは生きている証である"と答えれば哲学的に聞こえるはずである。


 まぁ、どう答えるかを考えている間に朝が来ているかもしれないが……



「おはよう~ございま~す」


 リリアが珍しく欠伸をしながら眠そうな顔をして事務所に入ってきた。


 ここで気安く「昨晩、遅かったのか?」と聞いてしまうと、前世なら確実にハラスメントに抵触してしまう。


 こちらの世界に未だハラスメントの概念はないが、余計なことは言わないに限るのである。


 「おはよ~、リリアくゎ~ん」


 リリアの欠伸が移ったユウイチも欠伸をしながら挨拶を返してしまった。


 これでは、人が見たら"親が親なら、子も子だ"と思われるかもしれない。


「ひょっとして、ユウイチさんも寝不足なんですか?」


「いや、リリア君の欠伸が移っただけだよ。

 それよりも、リリア君は寝不足なのか?」


 リリアに誘導されたのか、ユウイチは勢い余ってプライベートに関わる質問してしまった。


 だが、"大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然"である。


 大きく分類すれば所長と助手もこれに当て嵌まるはずである。


 それならば、別に良い子になる必要はないとユウイチは心の中で自己弁しておいた。


「はい。

ユウイチさんに与えられた課題を考えていたら寝るのが遅くなってしまいました」


 ユウイチの心配をよそにリリアはあっけらかんと答えた。


 これで、ユウイチの虎の子の自己弁は無駄になったようである。


「それは感心だな。

 先ずは自分で考えてみる事が大切だからな」


 課題に関してこちらからはアドバイスをしないとユウイチは決めている。


 何故なら"獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす"ものである。


 「そうだリリア君、ここまで這い上がって来るんだ」と、ユウイチは心の中で崖っ縁に立って叫ぶ。


「はい、分かってます。

 ユウイチさんが納得出来るレポートを必ず提出して見せますよ」


「締め切りを設けていないのだから、焦らずに納得がいくまで考えてみればいいさ」

 

 "親は無くとも子は育つ"、リリアなら教えなくても自力で完成させることだろうとユウイチは期待する。


 もし完成しなくても考えた事がいつか役に立つかもしれない。


 自分の過去を振り返り技術者が行う研究開発とはそう言うものであるとユウイチは染々と思う。


「ところでユウイチさん、首から下げている物は何ですか?」


「あぁ、これか。

 これは自動歯ブラシだよ」


 ユウイチは先ほどからこれ見よがしにぶら下げていたのだが、リリアは漸く気付いてくれたようである。


 恐らく、寝不足のせいでリリアの面白物センサーもお眠なのだろう。


「ユウイチさん、歯ブラシなんか自動化してどうするんですか?」


「なかなか良い質問だ、リリア君。

 この自動歯ブラシが何かと忙しい朝に時間を作ってくれるんだよ」


 朝にやることを挙げると、起きて顔を洗って朝食を食べて歯を磨いて服を着替えて身嗜みを整えるのである。


 読点を打たなかったのは、忙しさを伝えたかったからである。


 更に言えば朝食を作る者はもっと忙しくなるのである。


 そう、朝は誰しも準備で忙しい。


 だから、もしお母さんがイライラしていても大目に見てあげて欲しい。


 だが、その準備で忙しい朝にユウイチはリリアに対してプレゼンを始めた。


「その自動歯ブラシで作った時間の分だけ長く眠ることができるんですね?」


「まぁ、それでもいいのだが……」


 全く"親の心子知らず"、である。


 リリアには"時間があれば心の余裕が持てる"などのプレゼンは不要のようである。


「それで、どうやって使うんですか?」


「これを首にかけてボタンを押せば、歯を磨いてくれるんだよ。

その間に、他の事ができるだろう?」


 ユウイチはリリアの理解を促すために自動歯ブラシを起動させて実演して見せる。


 断っておくが、今回は前世の電動歯ブラシの発想だけ拝借して、こちらの世界の強みである魔法を使ってファンタジー仕様に仕上がっている。

 

「へぇー、自動歯ブラシが口の中にスライムを突っ込んでくるんじゃないんですね」


「はははは、さすがに掃除機の様にスライムに歯の汚れを掃除させる発想はなかったよ」


 そろそろ、発明品=スライムの発想は止めて欲しいところであるが、"三つ子の魂百まで"であるなら、これは諦めた方が良さそうである。


「スライムじゃないとすれば、どんな仕組みで動いているんですか?」


「自動歯ブラシは魔方陣の組み合わせだけで動いているんだよ」


 そう答えたユウイチの口元を自動歯ブラシが右に左に忙しなく動いている。


 例え会話をしていても自動歯ブラシはしっかりと歯を磨いてくれるのである。


 何せ魔法のある世界なのだから、こんなことは朝飯前なのである。



「なるほど、それだと販売するには規制局の許可が必要になりますね」


 新しい魔導具のプレゼンの度にスライムから規制局へ移る流れは今や鉄板ネタになりつつある。


「リリア君、心配ご無用だ。

 既に規制局もクリアしてあるぞ!」


 "虎穴に入らずんば虎子を得ず"、ユウイチは恐れることなく規制局へ出向いて販売の許可をぶん取ってきたのである。


「それだと、残る問題は模倣品業者間の競争と購入者の暴走ですね」


 まさか、歯磨き粉に妙なフレーバーを付ける臭いフェチ文化の再燃なんて事態にはならないだろとユウイチは思う。


 "コーヒー味の歯磨き粉"なら未だしも"ステーキ味の歯磨き粉"など堪ったものではないのである。


「それは飽くまで市場の動向しだいだな。

 だが、うちは"ステーキ味の歯磨き粉"を作る予定はないからな」


「あはは、朝からステーキは重すぎますもんね」


 ややピントのズレたリリアの返答だったが、無事にプレゼンを終えて自動歯ブラシは商業ギルドから発売されることとなったのである。


 発明家にとって発明品は我が子も同然である。


 "可愛い子には旅をさせろ"、自動歯ブラシには無事に世間を旅して欲しいものである。



 自動歯ブラシの発売から二週間が経ったある日のこと。


「ユウイチさん、経過報告書ですよ」


 リリアの呼び掛けに今回は"大変な"とか"凄い"とか余計な形容詞や副詞が付いていない。


 ユウイチの魔導具はスタートダッシュを決めてしまうと必ずと言っていいほどゴールを突っ切って暴走してしまう。


 だから、ある意味で最高のスタートを切ったと言ってもいいだろ。


「順調のようで何よりだな。

 それと、模倣品が出てきたのは仕方がないな」


 報告書に目を通し終えたユウイチは納得の表情を浮かべている。


「消臭効果が付いているのが人気だとリーネさんが言っていました」


 これは模倣品業者が魔導具研究所の自動歯ブラシを模倣した物なのだが、別売りの専用リキッドを差し込んで使用するようにしたものらしい。


 それ以外にも歯磨き中にアロマでリラックスさせるタイプや音楽を流すタイプも販売されているらしい。


「リリア君、我々の目的は忙しい朝に時間を作ることだからな。

 他の機能のことは他所に任せておこう」


 この販売競争がクレームに繋がりそうな予感がしたユウイチは静観することを決めた。


「えっ、スライムを使って歯茎をマッサージする機能とか付けないんですか?」


「そ、そうだな……

"寝る子は育つ"と言うからな、スライムには眠っておいてもらおうか……」


「それなら、わざわざ"寝た子を起こす"必要はないですね」


 リリアは"赤子の手を捻る"かのように鋭いツッコミでユウイチの心にダメージを与えたのであった。



 自動歯ブラシの発売から一ヶ月が経ったある日のこと。


「ユウイチさん、自動歯ブラシの報告書です」


 ユウイチはいつものようにリリアから受け取って報告書に目を通した。


「どうやら自動歯ブラシは多機能合戦になっているようだな」


「消臭やアロマは当たり前で、読書用アームや鏡などの付属品が付いたりしているようですね」


 そのために就寝前に機械のメンテナンスやリキッドの補充などに時間を取られる人が続出してるようだと報告書には書いてある。


「ユウイチさん、朝に時間を作る為に夜の時間を削るってどうなんですかね?」


 全く以て、純真な子供のような質問をリリアがした。


「いいか、リリア君。

朝の時間は夜の時間の二倍の価値があるんだよ」


「はぁー……

それは誰かの名言なんですか?」


 ユウイチは真剣に答えたのだが、リリアは茶化されたと勘違いしたようで言葉尻が鋭い。


「ん、これは俺の持論だな」


 悪びれずに答えたユウイチにリリアは呆れ顔である。


  「そんな屁理屈はいりませんよ。

 まったく、これでは元も子もないですよ」


「あははは……

うちのはメンテナンス不要だから大丈夫だな」 


 リリアの鋭いツッコミでユウイチは"赤子を裸にしたよう"になったのであった。




 後日談。


 王都に在住のランバン=ニアークティック男爵は"自称天才錬金術師"の魔導具オタクのである。


「フッ、これ迄に私の想像の範囲を超えた魔導具は存在しなかった。

 どれ、今回の自動歯ブラシとやらは少しは楽しませてくれるかな」


 先祖代々、当主の書斎として使ってきた部屋をリノベーションした研究部屋でランバンは箱から自動歯ブラシを取り出した。


「ほう、手に持つのではなく首に掛けるのか……」


 自動歯ブラシは早くもランバンの想像の範囲を超えたようである。


「なるほど、歯磨き中に両手が空くというわけか……」


 説明書を熟読して漸くランバンの理解が追い付いたようである。


「それでは分解してみるとするかのう」


 説明書に書かれている幾つもの魔方陣とごく僅かなパーツがランバンのオタク魂に火を着けたようである。


「ふむふむ、……うーん、

 そうか、……いや、違うな 」


 比較的簡単な作りの自動歯ブラシの中を弄繰り回してあれやこれやとランバンが思案している。


「むむ、これがこの魔導具の肝であるな」


 ランバンはこれ見よがしに"開けるな危険"と書かれた小さなボックスを発見した。


 人間は開けるなと言われたら開けたくなる生き物である。


 それは、この魔導具オタクのランバンも例外ではない。


「幾ら魔導具といっても武器ではなく日用品である。

 そう大したことにはならんだろう」


 ランバンは自分に言い聞かせるように呟いて箱を抉じ開けた。


「……、なんだと!」


 箱の中を見てランバンは絶叫した。


 何故なら箱の中には"開けるなと書いてあったでしょう"と書かれた紙切れが一枚だけ入っていたからである。


 これは自動歯ブラシの空いたスペースにユウイチが仕掛けた子供騙しの悪戯であった。


「……」


 屋敷では従者達から"泣く子も黙る"と恐れられているランバンも、これにはぐうの音も出なかったようでる。


 そんなランバンの顔を朝日が照す。


 どうやら、自動歯ブラシと格闘している間に朝を迎えてしまった様である。


「何故、朝が来たのだ?!」


 ランバンの叫び声が研究部屋に響き渡った。



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