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【第六話】入浴剤

 先日の王城会議では白熱した議論の末にマッサージ機は神の使いであるという折衷案が採択されたようである。


 これで、マッサージ機に依る王都の癒しブームは未だ未だ続きそうである。


 一部の狂信的な愛好家の存在には目を瞑るとして、ユウイチは二匹目のドジョウを狙って次なる癒しを王都の民に与えようと画策している。



「ユウイチさん、おはようございます!」


「リリア君、おはよう」


 リリアは今日も明るく元気である。


 もし、"リリア印の元気の素"をエナジードリンクとして発売すれば、お疲れ気味の前世の日本人なら直ぐに飛び付くだろとユウイチは思っている。


「ところで、この漂っている良い匂いは何ですか?」


 リリアが鼻を"スンスン"と鳴らしながら近寄ってくる。


 その姿はユウイチが前世で飼っていた愛犬の"ベル"を思い出させる。


「あぁ、匂いのもとはこれだよ」


 嘗ての愛犬に似たリリアにほのぼのとしながら、ユウイチはバケツに突っ込んでいた右足を引き上げた。


「へぇー、ユウイチさんの足っていい匂いがするんですね」


 迷犬リリアが大きくピントの外れたことを言っている。


「はははは、俺の足じゃなくて匂いのもとはバケツの中にあるんだよ」


 ユウイチの言葉を聞いて勘違いに気が付いたリリアは恥ずかしそうにしながらもバケツの中を覗き込んだ。


 バケツの中のお湯は濃いピンク色をしており、どうやら匂いのもとはこのお湯のようである。


「あっ、これは薔薇の香りですね!」


 視覚と嗅覚を駆使した警察犬リリアが漸く正解にたどり着いた。


「これは入浴剤と言って、本当は湯船に張った湯に溶かして使うものだよ」


 そう言ってユウイチは薔薇の香りが微かにする薄いピンク色をした塊をリリアに手渡した。


 入浴剤は重曹とクエン酸を混ぜて、好みの精油や食紅、塩などを加えて香りと色をつける。


 それから型に詰めて乾燥させるのが基本的な作り方である。


 発泡する炭酸入浴剤や保湿成分を加えた物、身近な食材を材料としても楽しめるのである。


 ユウイチはこちらの世界の薬草や果実など様々な素材を試して漸く納得できる入浴剤を作ることができたのである。


 素材は全てこちらの世界の物を使ったので、前世の関係各所には目を瞑ってもらいたいところである。


 尚、素材の配合比率は例に依って企業秘密としておく。


「へぇー、無色透明で無味無臭のお風呂のお湯がこうなるんですね。

これは実に面白そうです」


 ユウイチが種明かしをしてやるとリリアの面白い物センサーがすぐに反応したようである。


 その早さは飼い主が投げたフリスビーを追いかける狩猟犬のようである。


「ユウイチさん、私も足を入れてみてもいいですか?」


「少しお湯が冷めてしまったが、構わないか?」


 ユウイチが返事をする前にリリアは靴を脱ぎ、返事をする頃にはバケツに足を突っ込んでいた。


 ベルなら"待て"ができるぞと思いながらユウイチは入浴剤のプレゼンを続ける。


「この入浴剤は香りだけじゃなくて、実は美肌効果もあるんだよ」


「ユウイチさん、それって最高じゃないですか!」


 "パッ"と顔を上げたリリアは満面の笑みをたたえている。


 その表情はご飯の用意が出来て名前を呼ばれたベルにそっくりである。


「香りで癒された上にお肌もスベスベになるんだから、この入浴剤は女性にウケること間違い無しだと思わないか?」


 ユウイチも満面の笑みでリリアに右手の親指を立てて突き出した。


「これにはスライムも入って無さそうですし、ひょっとしたら研究所始まって以来の名発明品になるかもしれませんね」


 今日はリリアの鋭いツッコミが来ない。


 これなら飼い犬に手を噛まれる様なことはないようである。


「入浴剤には魔法陣を使っていないから規制局とは無縁の商品だ。

 早速、商業ギルドと打合せをしようじゃないか!」


 今回は入浴剤を製造する各工程の魔導具を発明したが、販売する予定はないので規制局には届け出だけで済むのである。


 もし、何か問題が起これば呼び出しを喰らって尋問されるが、今のところは特に心配することはない。


 リリアに対するプレゼンも問題の指摘どころか、早く販売しましょうと急かされたぐらいである。


 怖くなるぐらいにトントン拍子に話が進んで、入浴剤は商業ギルドから販売されることになったのである。



 入浴剤の発売から二週間が経ったある日のこと。


「ユウイチさん、これ見てくださいよ!」


 ドッグランで走り回る犬のようにリリアが事務所に駆け込んでくる。


 手にはお馴染みの経過報告書がしっかりと握られている。


 手に握られているのであって、決して咥えて持ってきた訳ではない。


「どれ、読んでみるか」


 ユウイチはリリアから受け取った報告書に目を通す。


 報告書に依ると入浴剤は"馬鹿"が付くほど売れているらしい。


 研究所とは犬猿の仲の商業ギルドが言うのだから間違いないだろう。


「やっぱり研究所始まって以来の名発明品になりそうですね」


「そうだろ、今回は俺の計算に狂いは無かったようだ」


 魔導具研究所の所長としては自慢していい話ではないが今回は既存の魔方陣は使ったが、自作の魔法陣は使っていない。


 使っていないからユウイチは自信を持って報告書が読めるのである。


「心配していたクレームも入ってきていませんから、未だ未だ売れそうですね」


「皆、普通のお湯には戻れないんじゃないかな?」


 ユウイチの言う通り、入浴剤に慣れてしまうと普通のお湯では物足りなく感じてしまうものである。


「それはそうと、模倣品が出回っているみたいですよ」


「リリア君、それは想定の範囲内だ。

 既に対策は立ててあるんだよ」


 魔導具ではない入浴剤は製造方法さえ分かれば真似し易いのは当然のことである。


 こんなこともあろうかと、模倣品対策用に新たに作った入浴剤をユウイチがリリアの前に並べていく。


「わぁー、色んな香りがしてきました」


「柑橘類とハーブに石鹸、それから森林の香りだな」


 ユウイチは模倣品が出回り出したタイミングで新たなフレーバーを投入して差別化を図る作戦を立てていたようである。


 前世で定番だったフレーバーを模倣品業者に先駆けて発売すれば模倣品業者の負け犬の遠吠えが聞けるはずである。


「リリア君、このラインナップで勝負して特別報酬をゲットだぜ!」


「それにしても、今回はユウイチさんとは思えないほどの用意周到さですね」


 リリアは特別報酬には"お手"をせずに噛みついてきたのであった。



 入浴剤の発売から数ヶ月が経ったある日。


「ユウイチさん、入浴剤ブームがおかしな事になってますよ」


 リリアが"バサバサ"と報告書を振りながら事務所に駆け込んできた。


「ん、おかしな事……?」


 ユウイチの頭の中には"入浴剤が喋り出した"とか"入浴剤が背中を流してくれる"とか色々とおかしな状況が浮かんできた。


「それが、模倣品業者が研究所に対抗して色んな香りを販売し始めたんですよ」


「色んな香りだと……?」


 定番のフレーバーは押さえておいたはずで、他に目ぼしいフレーバーは残っていないはずである。


 もしかしたら、こちらの世界特有のフレーバーがあるのかもしれないとユウイチは慌てて報告に目を通した。


 商業ギルドからの報告書には【コーヒーの香り】【ワインの香り】【母乳の匂い】【ダンジョンの臭い】【魔獣の肉球の臭い】【お父様の枕の臭い】など様々なフレーバーが発売されていると書いてあった。


「何だこれは……、

 香りじゃなくて匂いと臭いが混じっているじゃないか!」


「だから最初におかしな事になっているって言ったじゃないですか!」


 湯船のお湯に溶かした入浴剤の香りで癒されるはずが、何故か桶に溶かした入浴剤の匂いや臭いを無色透明のお湯に浸かって楽しむ様になっているらしい。


「こはあれだ、フェチだ。

 臭いフェチだ!」


 そう言ってユウイチは"ポン"と手を打った。


 臭いフェチは前世の日本でさえ未だ認知されているとは言い難いフェチの一種である。


 入浴剤は図らずもこちらの世界の"臭いフェチ"文化の扉を開いてしまったようである。


 こちらの世界で臭いフェチが認知されればユウイチの正統派フレーバー達が犬死にするのも時間の問題である。


「コーヒーか母乳か……

 私は何の臭いフェチなんだろう?」


 リリアまでもが、おかしな事を呟き出す始末である。


 因みにユウイチは"愛犬ベルのお腹の臭いフェチ"である。


「リリア君、とても危険な匂いがするから臭いフェチ市場には参戦しないでおくよ」


「ユウイチさん、旨いこと言ったつもりですか?」


 リリアがツッコミを入れて噛みついてきた。


 又しても飼い犬に手を噛まれてしまったユウイチである。



 後日談。


 私の名はリーネ。


 王都では臭いフェチなる文化が生まれたらしい。


 そんな折り、私はギルマスから王都を席巻している入浴剤の人気ランキングを作成せよと命じられた。


 私は人気ランキングなどに興味はないけれど業務命令ならば断れない。


 私は一ヶ月間の売上と銭湯で実施した人気投票を元に算出したポイントの上位六つを番付表として月毎に発表する事にした。


 一の月

 【剣聖】該当無し

 【剣鬼】薔薇の香り 

 【剣豪】ハーブの香り

 【師範】石鹸の香り

 【弟子】柑橘類の香り

 【見習】森林の香り


 あの研究所の商品ばかりなのは気に入らないけど順当な結果ね。



 二の月

 【剣聖】該当無し

 【剣鬼】薔薇の香り 

 【剣豪】ハーブの香り

 【師範】石鹸の香り

 【弟子】ワインの香り

 【見習】柑橘類の香り


 新しい香りが発売されたみたいね。

 でも、【ワインの香り】で入浴したら酔ってしまいそうよね。



 三の月

 【剣聖】該当無し 

 【剣鬼】薔薇の香り 

 【剣豪】ワインの香り

 【師範】コーヒーの香り

 【弟子】石鹸の香り

 【見習】母乳の匂い


 香りじゃなくて匂いもあるのね。

 この【母乳の匂い】って男性の組織票でも入ったんじゃない。



 四の月

 【剣聖】母乳の匂い

 【剣鬼】魔獣の肉球の臭い

 【剣豪】ダンジョンの臭い

 【師範】薔薇の香り

 【弟子】ワインの香り

 【見習】お父様の枕の臭い


 流行が"香り"と"匂い"から"臭い"に変わっているのね。

 透明なお湯に浸かって、桶に入浴剤を溶かして楽しむなんてどうなのかしら。



 五の月

 【審判】チーズケーキの香り

 【剣聖】スライムの臭い(無臭)

 【剣鬼】母乳の匂い 

 【剣豪】侍女の靴の臭い

 【師範】お父様の枕の臭い

 【弟子】ダンジョンの臭い

 【見習】薔薇の香り


 ここまで来たらカオスね。

 ところで【スライムの臭い(無臭)】って何なのよ。


 私の名はリーネ。


 きっと、王都で一番の捲き込まれ体質。


 今日は帰って【お父様の枕の臭い】を試してみましょうか。

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