【第五十話】素材採取旅⑦
「リリア様も漸く魔力操作に慣れてきたようね」
五人はブーツの風魔法を駆使して、ホールの手前から洞窟の入口まで"ビュッ"と戻ってきた。
ユウイチは息つく暇もなく乗馬シミュレータを操作して横付けにしていた馬車を洞窟に突っ込んでみる。
もし、馬車が入らなければ作戦自体が頓挫して洞窟探索は終了である。
「車幅はギリギリだが何とか進めそうだ。
皆、ドアが開けられるうちに乗り込んでくれ」
気忙しくユウイチが四人に指示を出している。
「馬車が入らなければホールに戻らなくてすみましたのに残念ですわ」
だが、この期に及んでもミレイは往生際が悪い。
いや、この場合はミレイの言っていることが正しいかもしれない。
「皆、移動がてら食事と休憩を取ろう」
食事も休憩も取れないようでは、前世の昭和の熱血企業のようである。
人は二十四時間も戦えないのである。
「食事は良いとして休憩にはならないんじゃない?」
「しゃ、車窓から見える風景が変われば気分転換になるんですが……」
当然のことだが、洞窟の中なので見えるのは薄暗い岩壁だけである。
恐らく、前世で運行される予定だったリニア新幹線はトンネルばかりらしいのでこの様な感じだろうとユウイチはふと思った。
「しかし、洞窟に潜んでいるなんてどんな魔獣なんですかね?」
退屈な移動時間を前世の"しりとり"で潰すこともできるが、どこの遊びなのかと聞かれると説明が面倒くさそうである。
故に、リリアの疑問にユウイチは答えてみた。
「先ず思い浮かぶのは冬眠する魔獣かなぁ……?」
ユウイチの頭の中には前世のクマとヘビが浮かんでいた。
こちらの世界で似た魔獣と言えば"アウルベア"と"サーペント"である。
ユウイチはすぐさま二匹の魔獣を消去したが、何かを察したリーネが肩をすくねて両手を上げている。
「冬眠するには未だ早いですから、暑さに弱い魔獣が涼んでいるのかもしれませんわね」
「それなら、毛むくじゃらの魔獣かなぁ……」
ミレイの避暑説を聞いたユウイチの頭の中には前世の羊と毛深い小太りの男性が浮かんだ。
こちらの世界で例える前にユウイチは考えを消去したが、またもや何かを察したリーネが渋い顔を首を横に振っている。
「も、もしかてドラゴンとか?」
「アルマ君、さすがにドラゴンは飛躍し過ぎだと思うな。
あははは…… 」
いくら中二病のユウイチでもアルマのドラゴン説には飛び付かなかった。
これにはリーネも賛成らしく大きく首を縦に振っている。
そうこう言っているうちにも馬車は洞窟の中を進んでいく。
「もうここまで戻ってきましたのね」
「ホールまでの中間点ぐらいでしょうか?」
先ほどウムドレビの果実を採集した分岐点まで戻ってきたところで、ユウイチにふとした疑問が浮かんできた。
「珍しいウムドレビの果実が採集できる洞窟なら有名になると思うのだが、本当に情報がないのかな?」
商業ギルドの職員のリーネと王城の補佐官のアルマに加えてミレイは規制局員である。
研究所の助手のリリアも学院の魔法課を卒業していて宰相が叔父である。
その中の誰も情報を持っていないことにユウイチは合点がいかないようである。
「ウムドレビの果実を悪用したい誰が情報を意図的に隠していたとか?」
「リリア君の説が正しければ、これは権力者が絡む陰謀で、もしかしたら我々は開けてはいけないパンドラの箱かもしれないな?」
ユウイチは中二病丸出しの権力者の陰謀説を唱えてみた。
「お、王城は幾つかの派閥に分かれていて、各々が秘密を抱えているため端から陰謀だらけです」
否定的なアルマの意見も中二病のユウイチには伏魔殿的な話だと解釈できる。
「素材採集が目的の俺達でも発見できるぐらいの場所なんだから、規制局が頑丈な扉に"封印の魔法"でも施して立ち入り禁止にしておいた方が良かったんじゃないかな?」
「規制局が陰謀に絡んでいるなら、人目に付くような下手なことはいたしませんわよ。
そのことを含めてこの洞窟のことはよく分かりませんわね」
もし、王城の反主流派と規制局の中枢が水面下で組んだ陰謀を仕掛けているのなら、簡単に真相には辿り着けないと中二病のユウイチは妄想を膨らませる。
「商業ギルドは、王城の権力争いとは無関係だから情報が届くことはないわね」
他の四人には秘密であるが、実は諜報員のリーネでもそんな陰謀説は聞いたことがない。
例え知っていてもこの場で話す義理はない。
どうやら、手詰まりのようで陰謀説はユウイチの妄想のままで終わりのようである。
王都に帰ったらウムドレビ関連の本を図書館で借りてみようかとユウイチは思う。
お目当ての本が渡り鳥の群れに紛れていなければ、そのうち調べがつくかもしれない。
だが、陰謀説がよい時間潰しになってくれたお陰で、退屈せずにホール手前のカーブしている地点に辿り着いた。
「よし、打ち合わせ通りに行こう」
ホールに入る前に馬車の中で作戦会議を開き、各々の役割分担を決めておいた。
しかし、相手がどんな魔獣なのかは蓋を開けて見なければ分からない。
ある意味、出たとこ勝負ではある。
「所長、馬車はここに停めておくのね」
「後方からの襲撃を防ぐためにここで結界を張っておくよ。
最悪の場合は馬車の中で籠城も可能だからな」
ユウイチは馬車の中にローブを置いて結界の魔法を発動した。
照明器具替わりの二台の乗馬シミュレータを引いて、五人はガーブの出口に立っている。
ここから一歩でも踏み出せばホールから視認できる距離である。
「アルマ君とミレイ君、ドローンを飛ばして中の様子を探ってもらえるなかな」
二人が飛ばしたドローンが馬車の中にあるモニター画面に映像を送ってきた。
「やはり、光が二つ……
増えてもいなければ減ってもいないな」
ユウイチが確認した画面には相変わらず暗闇の中に二つの光りが浮かんでいた。
「よし、行くぞ」
「「「「……」」」」
ユウイチの控え目なかけ声に四人は黙って頷き、意を決してホールの中へ突入した。
乗馬シミュレータの額に付いているライトとドローンのライトがホールの中を照らし出す。
四つの魔導具が放つ光で、ホール全体が明るくなった。
「"幽霊の正体見たり枯れ尾花"
あれが、二つの光の正体か!」
ライトが照らし出した先には、巨大な魔獣が地面に横たわっている。
「所長さん、悠長なことを仰っている場合じゃありませんことですわよ……」
「ゆ、ユウイチ所長
も、もしかてこれってあれなんですか?……」
「所長、分けがわからないわ
これどうするのよ!」
「冬眠中の毛むくじゃらのドラゴン?」
計らずもアルマの予想が的中したが、ドラゴンとの遭遇に五人の思考はパニックを起こしている。
五人の侵入者をギロりと睨んだドラゴンが、ゆっくりともたげた首を左右に振った。
「タイヒセヨ、タイヒセヨ!」
「コウゲキガキマス!」
「一旦、馬車の前まで退くぞ!」
ドローンの警告を聞いたユウイチが四人に退避の指示を出した。
その瞬間、"ブワァー"とけたたましい音を立ててドラゴンがブレスを放った。
物凄い砂嵐がホールの中を駆け巡っている。
結界の範囲内であるカーブの出口で五人は砂嵐が収まるのを待っている。
「初めてみますが、あれはアースドラゴンです」
砂嵐はアースドラゴンが放ったサンドブレスだとリリアは判断したようである。
こちらの世界のアースドラゴンは、前世のティラノサウルスのように前肢が短く後脚は太くて大きい。
その背中にはゴツゴツとした岩のような鱗があり、とても固そうで長い尻尾も生えている。
その反面、肩の辺りにある翼は退化したのか、とても小さくなっている。
「所長、ドラゴンは無理よね?」
「所長さん、勿論逃げますわよね?……」
「ゆ、ユウイチ所長、ドラゴンと戦うのは無謀です」
アースドラゴンのサンドブレスの威力を目の当たりした三人は、既に逃げ腰及び腰である。
いや、サンドブレス以前に誰もが、その存在感に圧倒されてしまうのである。
「待てよ、アースドラゴンがここまで追って来ないぞ」
砂嵐を耐えぬいた二台のドローンが依然として地面に横たわっているアースドラゴンを映し出している。
序でにモニター画面で乗馬シミュレータの無事な姿も確認できた。
「ん、もしかしてこの奥に映っているのはウムドレビの果実か?」
「確かにウムドレビの果実のようですわね」
猛毒を撒き散らす果実がアースドラゴンの横たわっている辺りに散らばっている。
「も、もしかて毒にやられて動けないのでは?」
「その可能性はあるけど、それがどうしたの?」
元々、ホールに自生していたのか、はたまたドラゴンが咥えて運んできたのかは分からない。
分からないがドラゴンが毒で弱っているのは確実そうである。
「試しに馬車にあるウムドレビの果実をばら蒔いてみようか?」
「所長、そんなことをしてドラゴンがキレて追いかけてきたらどうするのよ?」
「り、リーネさん
そ、その時は皆でブーツの風魔法を使って全力で逃げましょう!」
「全力で逃げるって……」
アルマの言葉を聞いてリーネが呆れている。
その間にユウイチは馬車の荷台からウムドレビ果実を取り出して、ドラゴン目掛けてホールの中へ投げ込んでいる。
"グワッ"と唸りながらアースドラゴンは投げ込まれた果実を弾いている。
「アースドラゴンは明らかに果実を嫌がってますね」
「あのドラゴンは解毒にかなりの魔力を使っているのではないかしら?
その証拠に二発目のサンドブレスを放ちませんもの」
ここにきてミレイも冷静な判断ができるようになってきたようである。
「ミレイ様、それが分かったからと言ってどうなるの?」
「皆、俺に考えがあるんだが聞いてくれるか?」
ユウイチは弱っているであろうアースドラゴンを倒す決意を固めた。
そして、改めて四人に役割分担を含めた作戦を話した。
「ユウイチさん、分かりました」
「ゆ、ユウイチ所長、やってみます」
「二人でうまく呼吸を合わせてくれよ」
どうやらユウイチが立てたドラゴン討伐作戦では、リリアとアルマが大役を担うようである。
「私とミレイ様はできるだけ弱らせるだけでいいのね」
「遠距離攻撃だけでよろしいのならやってみても構いませんわよ」
余り乗り気でない二人にユウイチは、できるだけ危険の少ない役回りを提案した。
「二人共、頼んだぞ。
頃合いを見計らって俺も加わるから」
この提案にリーネとミレイも納得したようで、これから本格的にアースドラゴン討伐が始まる。
断っておくが、バイアリターク王国でドラゴンが倒されたのは、かれこれ六十年も前のことである。
その時にドラゴンを倒したのは、剣聖と賢者と聖女のパーティーである。
「では、私達が先陣を切らせて頂きますわ」
「ミレイ様、いつでもどうぞ」
そう言ってリーネとミレイがホールの中へ突入して行った。
「ドラゴンさん、これでも喰らいなさいな」
掛け声とともにミレイが火の着いたクロスボウの矢をアースドラゴンの左脚目掛けて矢継ぎ早に放った。
「私も負けていられないわ」
リーネも双剣を交互に素早く振って斬撃をアースドラゴンの左脚に飛ばしている。
パワードスーツのお陰で、ゴブリン戦の時よりも格段に早く動けている二人が、アースドラゴンの左脚に集中砲火を浴びせていく。
"グワーッ"っと先程よりも大きな雄叫びを上げたアースドラゴンが、再びもたげた首を左右に振っている。
「タイヒセヨ、タイヒセヨ!」
「ミレイ様、一旦退くわよ」
「了解ですわ」
ドローンの警告を聞いた二人は素早くカーブの出口まで下がってきた。
"ブワァ"と音を立てて、再び放たれたサンドブレスの砂嵐がホールを駆け巡っている。
だが、その威力は先ほどより弱まっているようである。
「二人とも良くやったな、次は俺が出る番だ!」
今度はユウイチがホールに出てアースドラゴンの左脚目掛けて魔導マシンガンをぶっ放した。
"バッバッバッバッ、バッバッバッバッ"、連続で発射される弾丸が見事に命中して左脚の肉を抉り取っていく。
"グゥワァー"っと苦しそうにアースドラゴンが唸りを上げる。
横たわっていたアースドラゴンが立ち上がろうとするが、集中砲火のダメージで左脚に力が入らないようである。
その上、かなり魔力を消耗しているようで動き自体も鈍い。
「攻撃がかなり効いているようだ。
畳みかけるぞ!」
「「「「はい」」」」
ユウイチの呼び掛けに答えて四人が出口から一斉に飛び出してきた。
リーネが斬撃を飛ばし、その横でミレイがクロスボウの矢を絶え間なく放っている。
アルマとリリアも参戦して、鼻先に手榴弾を投げつけてアースドラゴンを牽制している。
"バッバッバッバッ、バッバッバッバッ"っとユウイチの魔導マシンガンが再び火を噴いた。
「これで俺の役目は終わりだな」
魔導マシンガンの魔力を使いきったユウイチがそう呟くいた。
それと同時に立ち上がろうとしていたアースドラゴンが左膝を地面に付けた。
「立っていられないところを見ると魔力が底をつきかけているようだな」
ユウイチは冷静に戦況を分析する。
しかし、アースドラゴンは最後の力を振り搾るかのように首をもたげて左右に振った。
「タイヒセヨ、タイヒセヨ!」
「全員、退避だ!」
ユウイチの指示で四人は出口まで素早く戻る。
出たり入ったりを繰り返す五人の攻撃は、前世のボクシングで言うところのヒットアンドスウェーのようである。
その五人を目掛けてアースドラゴンが"ブワァ"っとサンドブレスを放ったが、魔力が枯渇寸前のようで威力が全くなくなっている。
「アルマ君、リリア君、そろそろ引導を渡してやってくれ」
前世の水戸の黄門様ならここが印籠を出す絶好のタイミングである。
「「行きます!」」
サンドブレスの脅威がなくなった二人はホールの中ほどまで飛び出していく。
そして、アルマがこれ迄になくアースドラゴンに接近して伸ばした槍を左脚に突き刺した。
「リリア様、お願いします」
突き刺した槍を残してアルマがリリアの元に戻ってくる。
「行きます、疾風迅雷!」
リリアが上段から刀を振り下ろすと、"バリバリバリ"っという音と共に激しい稲光がホール全体に走った。
アルマの突き刺した槍が避雷針となり稲光がアースドラゴンの左脚に落ちた。
"ズドーーン"と激しい音がホール響き渡り激しい閃光が走った。
雷の直撃を喰らったアースドラゴンは"グゥワァー"っと断末魔の雄叫びを上げて"バタッ"と地面に倒れ込んだ。
「ユウイチさん、やりました……」
必殺技の"疾風迅雷"に魔力の殆どを使ったリリアがヨロヨロと歩いてくる。
「「よくやったわね」」
リーネとミレイが今にも倒れそうなリリアを支えようと走っていく。
「本当にドラゴンに勝てたな……」
緊張の糸がきれたユウイチも地面にへたり込んでいる。
槍を取りにいった序にアルマが動かなくなったアースドラゴンを槍でツンツンとつついている。
「所長、この後はどうするの?」
「あははは、一先ず休憩しようか」
ユウイチはアースドラゴンを倒した疲労を考慮して、翌朝までホールの入口に止めた馬車の中で一夜を明かすことにしたのであった。




