【第五話】マッサージ機
話の冒頭ではあるが少し行数を頂いて、こちらの世界の魔法とスキルについて話しておこうと思う。
先ずは魔力を使った魔法についてだが、呪文を詠唱して発動する場合と魔方陣に魔力を注いで発動する場合の二通りがある。
メジャーな火魔法や治癒魔法以外にも様々な魔法が存在しているが、空間転移や空間収納の様な空間系の魔法は今のところ確認されていない。
魔力には火・水・風・土・光・闇の六つの属性があり発動できる魔法は属性に縛られるのである。
例えば火属性なら火魔法以外は発動させられないという具合である。
全ての属性の魔法を発動させられのは全属性を持つ者か無属性の者と言うことになる。
また、魔力量の違いで発動される魔法が低級から始まり超級まで五段階に分けられている。
庶民の魔力は少な目で、貴族の魔力は比較的多めであるが、どちらにも魔力がゼロの人間も存在するのである。
そんな魔力ゼロの人間の多くは固有スキルを持っている。
固有スキルの種類も豊富で、剣聖や鍛冶を初めとした様々なスキルが存在している。
その中には火魔法や治癒魔法などの魔法系のスキルも存在している。
但し、魔法系のスキルの発動には魔力は必要がなく、その代わりに想像力と体力が必要とされる。
もし、土魔法のスキルを持つ者が巨大隕石の落下を想像できればバイアリターク王国がある星を消滅させることができるかもしれない。
但し、それは星一つ消滅させるだけの体力があればの話である。
と、ここまで読んで頂いて言うのも申し訳ないのだが、ここまでの話は物語に余り関係がない。
そして、肝心の主人公のユウイチであるが、魔力はゼロで創造と付与の二つのスキルを持っている。
この辺りの詳しい説明は、おいおい本編の中で触れていくつもりである。
さて、そんなユウイチがこちらの世界に癒しをもらたすべく新たな魔導具を発明したようである。
「ユウイチさん、おはようございます。
って、その見るからに事務所に似つかわしくない椅子は何ですか?」
「あ・あ・おは・よぅ。
リ・リア・くぅん」
何やらユウイチの声が苦しそうに聞こえなくはないが、座っているのは拷問専用の椅子ではない。
重厚感のある黒い椅子に深く座り目を閉じてとても気持ちよさそうなのだが、何故か身体が小刻み震えている。
「もしかして新しい発明品ですか?
それなら、私も座って見たいです!」
とても気持ち良さそうなユウイチを見て、どうやらリリアの面白い物センサーが反応したようである。
「そ、うか、ため、してみ、たいいか」
本当はもう少し座っていたいのだが、早く替わってあげないとリリアに椅子から引き摺り降ろされそうな気配を感じたユウイチは席を譲ることにした。
「あっ、これは良いですね。
肩をもみもみしてくれてます」
「これは、心身共に癒してくれるマッサージ機と言う魔導具だよ」
いつもの様にユウイチのプレゼンが始まったのだが、そんなことは何処吹く風とばかりにリリアは気持ちが良さそうに座っている。
ひょっとしたらリリアは日々身体を酷使しているのだろうかとユウイチは思い始めた。
だが、研究所では前世のブラック企業のように過剰な残業や休日出勤を強制して、リリアが疲れ果ててしまうほど働かせていないはずである。
「ユウイチさん、これはどうやっ動いてるんですか?」
研究所の労働環境についてあれこれと自問自答しているユウイチにリリアが尋ねた。
「このマッサージ機は幾つもの部品が連動して動く仕組みを採用しているんだよ」
待ってましたとばかりにユウイチは歯車やピストン、それにクランクやカムがいたる所に配置されて複雑に組み合わされている設計図をリリアに見せる。
「ユウイチさん、こんな複雑な魔導具の設計図は初めてみましたよ」
こちらの世界の魔導具は大抵が幾つかの魔法陣と少量の部品の組み合わせで作られている。
魔法の要素が大部分を占めているため科学技術をそれほど必要としないのである。
もしかすると、こちらの世界の住人であるリリアにはマッサージ機の設計図が複雑な迷宮の地図のように見えているかもしれないのである。
ユウイチは早々に設計図を使ったプレゼンを諦めてリリアにも理解できる様に簡単な言葉で説明することにした。
「……と、言うわけで位置が少しズレただけでも心地良さが半減することがあるんだ。
そこを調整するのに随分と苦労したよ」
「なるほど、このマッサージ機の心地良さにユウイチさんの頑張りが十分に現れていますよ」
漸くマッサージ機の仕組みを理解したリリアに努力した成果を褒められたユウイチの鼻が些か高くなったようである。
「ところで、スライムは何処に入っているんですか?」
今の質問は"入っているんですか?"の前に"何処に"が付いていた。
これはスライムを使用している前提の質問である。
掃除機に使ったスライムがやらかしたことをリリアは未だ忘れていないようである。
飴の後に鞭を与えられたユウイチの鼻は元の高さに戻ってしまった。
「スライムは、ここに使っている……」
そう言って設計図を指差しながらユウイチは苦笑いをする。
腰の辺りに設置したバイブレーション機能がどうしても上手く再現できなかった。
そこでユウイチは、微弱な雷魔法を使ってスライムを"プルプル"と震わせることでバイブレーション機能の代替えとしたのである。
「何だか、とても嫌な予感がしますが……
スライムはマッサージ機の中で大人しくしていてくれるでしょうか?」
「た、多分、きっと、恐らく大丈夫だと思うのだが……」
「ユウイチさん、その答え方だと不安しかありませんよ」
リリアの鋭いツッコミにユウイチの鼻は潰されて団子っ鼻になっているのではないだろうか。
「だが、規制局の許可は降りたんだ。
取り敢えず販売してみようじゃないか?」
「まぁ、今までが今までですからね。
これ以上、酷い事態が起こることはないでしょう」
「そ、そうだな、はははは……」
笑顔から放たれたリリアのトドメのツッコミがユウイチに綺麗にヒットしたようである。
この一撃に依ってユウイチの鼻は顔面深く、めり込んでいるかもしれない。
だが、ユウイチは何とかプレゼンを終えてマッサージ機を商業ギルドから発売することにしたのである。
マッサージ機の発売から一週間が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、マッサージ機の売れ行きが凄いと商業ギルドのリーネさんが驚いていました!」
そう言いながら経過報告書を手にしたリリアが事務所に飛び込んできた。
バロメーターであるリリアの表情が明るいのを見てユウイチは一先ずホッとした。
「リリア君、そんなに慌ててどうかしたのか?」
だが、ユウイチは逸る気持ちを押さえて敢えて平静を装ってみる。
そう、喜ぶのは結果を聞いてからでも遅くはない。
いや、最後まで聞いてみなければどっちに転ぶか分からないのである。
「報告書に依るとマッサージ機は貴族や大きな施設を中心に売れているそうですよ」
「やった!」
少しだけ心の声が漏れてしまったが、ユウイチは未だ喜びを表そうとはしない。
繰り返すが、喜ぶのは話を最後まで聞いてからでも遅くはないからである。
「ですが、そのせいで夜の盛り場に閑古鳥が鳴いているそうです」
報告書に依ると、早くマッサージ機で癒されたい人々が仕事を終えると寄り道をせずに真っ直ぐ家に帰っているらしいのである。
「マッサージ機に客を取られた事になる盛り場の店主から恨まれたりしないだろうか?」
「大丈夫ですよ。
店の人も暇なので早目に閉店して家に帰ってマッサージ機で癒されているみたいですから」
どうやら要らぬ心配いだったようである。
「そうか、皆にマッサージ機の良さが伝わったか!」
何の憂いもなくなったユウイチはここに至って初めて素直に喜ぶことにした。
「リリア君、大盛況のお祝いに今晩は祝勝会と洒落込もうではないか?」
「ユウイチさん、どの店も早く閉めてるって言ったじゃないですか。
だから、どこの店も開いてませんよ」
そう言ってリリアは悪戯っぽく笑う。
そんなリリアもこれから家に帰ってマッサージ機で癒される予定なのだそうだ。
「そうか、気を付けて帰るんだぞ。
俺はコーヒーで祝杯を上げておくよ」
ユウイチはリリアを見送るとコーヒーを淹れて静かに口に含んだ。
マッサージ機の発売から二ヶ月後が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、マッサージ機ブームが凄いを通り越しておかしな事になっているようです」
いつものようにリリアが事務所に入ってきたが、手に持った報告書は握り絞められてグシャグシャになっている。
バロメーターである表情も困惑の色が隠せないようである。
「おかしな事って……
まさか内蔵したスライムが何か悪さをしたのか?」
「いえ、今回はスライムが原因じゃありません」
何でもかんでもスライムのせいにして申し訳ないと、ユウイチは心の中で謝罪しておいた。
そして、リリアから手渡された報告書に目を通した。
報告書には、当初は「疲れが取れた」や「翌朝、身体が軽い」などの声が届いていたが、暫くすると「マッサージ機に癒されない一日など、苺の乗っていない苺ショートケーキのようなものだ」とか「マッサージ機の癒しがあると思えば何時間でも働ける」などの熱い声が届くようになっと書いてある。
「なるほど、多くの人がマッサージ機に依る癒しの魅力を分かってくれたってことだな。
これは発明家冥利に尽きるな」
報告書を途中まで読んでユウイチは目を潤ませて感慨に浸っている。
「ユウイチさん、問題はその先に書いてありますよ」
リリアの言葉がユウイチを感慨から現実に引き戻した。
現実に戻ったユウイチは再び報告書に目を通す。
しかし、今では「労働の疲れを取るためにマッサージ機に癒されるんじゃない。マッサージ機に癒されるために働いて疲労するんだ」とか「残業が無いと労働をして疲れたい部下が暴れ出します」と言った狂信的な声が多く届くようになったらしいのである。
「はぁー……」
ユウイチは報告書を読み終えて想定の斜め上をいく事態になっていることに深く溜め息を吐いた。
「ユウイチさん、これって本末転倒じゃなですか?」
リリアが言う様に"疲れを癒すためにマッサージ機を使う"が"マッサージ機に癒されたいために疲れたい"に目的が変わってしまっているのである。
「でも、マッサージ機の機能が問題になっている訳ではないんだし……」
「いえ、マッサージ機の存在自体が問題を引き起こしてるんですよ!」
目の前の現実を直視しようとしないユウイチにリリアの渾身のツッコミが入った。
今のリリアの一撃で、ユウイチの鼻がどうなっているか非常に心配である。
その頃、王城では朝から臨時議会が招集されてある問題が議論されていた。
「いいですか!
単なる魔導具を神とするなど、あってはならぬことです」
神に仕える司祭が呆れ顔で反対意見を述べている。
「馬鹿を言え。
我々は日々、マッサージ機様に救われているのだぞ。
他の神と何が違うと言うのだ!」
推進派を代表して伯爵が声を大にして意見を述べる。
今まさにマッサージ機を神様の一柱として崇めるか否かが議論されているのである。
教会を中心とした反対派とマッサージ機愛好家に依る推進派の意見の対立で議論は白熱し昼食を挟んでも未だ結論を得られずに続けられている。
「神とは建国の神話の中で語られ長く信仰されてきているのだ。
神話に登場しない神など邪神でしかない」
血気盛んな若い神官が伯爵の意見をバッサリと斬って捨てる。
「フッ、マッサージ機様の癒しの力はお前のような若僧には到底理解できまい」
負けずに伯爵がすぐさま切り返す。
ここにきても未だ両者は一歩も退かない構えで、議論は堂々巡りを繰り返している。
そんな議論に痺れを切らした議長を務める宰相が静かに立ち上がった。
「どうだ、一度休憩せぬか?」
「そうですね、推進派の皆さんには一度頭を冷やして頂きましょう」
「フッ、その言葉そっくりそのまま返そう」
議長である宰相の一言で休憩に入ることが決まった。
そして、参加者は議論の疲れを取るために肘掛けにあるマッサージ機のボタンを押した。
「あぁー、生き返るー……」
「本当に極楽のようですなー……」
来る熱い議論の再開に向けて参加者全員でマッサージ機に癒されるのであった。




