【番外編】勇者と魔王
"勇者と魔王"の物語を始める前に、先ずはこちらの世界の種族に付いての話から始めたいと思う。
こちらの世界には人間族・エルフ族・獣人族・魔族が言葉によるコミュニケーションが可能な種族である。
これは前世で言うところの知的生命体に当たるものである。
それ以外の動植物は魔石を宿していれば魔や魔木と呼ばれ、魔石を宿していなければただの動植物である。
因みにドワーフも存在しているのだが、これは魔力がなく土木や鍛冶、酒造などのスキルに特化したエルフの一種だとされている。
そして、知的生命体の中で個体数が一番多いのが人間族である。
その人間族には魔力を持つ者と持たない者とがあり、それが身分差を生み出している。
バイアリターク王国では初代国王の血を受け継ぐ者達が王族と呼ばれて君臨している。
そして、初代国王が建国する際に功績のあった者達の中で魔力を持つ者が自分達を"貴い一族"と称して支配者層である"貴族"が生まれた。
逆に魔力を持たない者は庶民と呼ばれ支配さる側となったのである。
だが、貴族の中で闇属性を持つ者たちは"呪詛の魔法"に長けてる者が多く、次第に王族の周辺から遠ざけられるようになっていった。
この者達が新天地を求めて国を出たため貴族達は軽蔑の意味を込めて"魔族"と呼ぶようになったのである。
その、魔族が向かった先が魔人の治める土地であった。
この魔人とは古の時代に獣人と魔獣が交わって生まれた魔獣人のことである。
これは獣人側としては不可抗力の交わりではあったが、期せずして魔獣の魔力と獣人の優れた身体能力を合わせ持つ魔人を生むことになった。
その魔人とエルフが交わって生まれたのがダークエルフで、魔人よりも魔力は多いが身体能力が劣るのが特徴である。
魔人領では魔人とダークエルフに新たに魔族が加わり共存して次第に混ざり合っていった。
こちらの世界では、これらを纏めて魔族と呼ぶようになったのである。
この魔族の長が魔王と呼ばれる存在である。
古くは実力が物を言っていたが、魔族社会が熟成して安定志向が強くなり世襲性となっていったのである。
一方で勇者とは人間族の中で"勇者のスキル"を持つ者のことを指す。
これは、生まれ付きスキルを持っている者もいれば、年老いてから天啓のように授かる者もいるそうである。
珍しいところでは"朝起きるとスキルを授かっていた"という者がいるらしいが、真偽のほどは定かではない。
だが、スキルを持っているだけでは勇者だとは認められない。
教会本部に納められている聖剣を抜いて初めて勇者と認定されるのである。
因みに、この聖剣は魔導具であり魔王討伐の必須アイテムとされている。
無事に聖剣を抜き勇者と認定されれば、全ての面に於いて教会本部から支援が受けられのだが必ず魔王討伐に向かう必要がある。
だから、例えスキルが発現したとしても魔王討伐に向かいたくなければ聖剣を抜かなければよいという事になっている。
以上を踏まえた上で"勇者と魔王"の物語を始めることとする。
「勇者様、この門を抜けると魔族の支配地域に入ります」
バイアリターク王国の最北端の地に立つ国境門の前で領主のボールドルーラーが勇者に告げた。
「ボールドルーラー卿、道中世話になった。
いずれ教会本部より何らかの褒賞が与えられることになるであろう」
「いえいえ、褒賞などに何の興味もございません。
それよりも、お帰りの際にお寄り頂き魔王討伐のお話をお伺いするのが楽しみでごさいます」
前世のお遍路さんの"お接待"と同じ様に貴族の間では勇者の世話をすることは功徳を積む行為とされていてるらしい。
「分かった。
見事に魔王討ち果たし凱旋してみせようではないか」
そう意気込む勇者だがバイアリターク王国の歴史の中で魔王討伐を果たした例は少ない。
と、言うよりも魔王討伐に向かう勇者が自体が少ないのが実情である。
何故なら、勇者スキルの能力は"人並み外れた勇気"と"高い交渉能力"、それから"人並みの身体能力と剣技"だからである。
勇者の魔王討伐とは先ずは人並み外れた勇気を持って魔王と交渉し、バイアリターク王国に手出しをしないように頼むことから始まるのである。
もし、この時に魔王が実力行使に及んだ場合は聖剣を使って戦うのだが、人並みの身体能力と剣技では魔王には太刀打ちできないのである。
もし、運が良ければ勇者スキルが覚醒して身体能力や剣技などがグレードアップするのだが、それには絶体絶命のピンチを迎える必要がある。
「それでは勇者様、ご武運を」
「あぁ、行って参る」
だが、この勇者は臆せずに一人で魔王城を目指す。
魔族の支配領域の殆どは森に覆われていて、数多くの魔獣が棲んでいる。
しかし、聖剣には結界の魔法が付与されているため魔獣は近寄っては来ない。
魔王討伐に聖剣が必須とされているのは、こちらの意味の方が大きいのである。
故に森に囲まれた魔族領の中心部にある街へは、かなり楽に辿り着けるのである。
だが、問題はここからである。
魔王城周辺の警護は厳重で正面突破は難しいとされているからである。
「さて、どうしたものか……」
森を抜けて急に姿を現した街並みを見て勇者が呟いた。
その街並みは凡そバイアリターク王国の王都と遜色がない程である。
さしずめ、魔族領の領都と言ったところであろう。
「おや、勇者とは珍しいな」
街並みを見て油断していたのだろうか、勇者は背後から声をかけられた。
「私と会ったことがあるのか?」
咄嗟に振り返りながら、聖剣に手を掛けて勇者が訪ねた。
「いや、会うのは始めてだが剣を見れば分かる」
そう答えた男は馬に乗り騎士のような出で立ちをしている。
恐らくだが、魔族領を護る騎士団のようなものがあるのかもしれない。
「魔族にも我が聖剣を知っている者がいるのだな」
「魔王様を討伐に来る敵の情報は誰もが知っていることだ。
何も特別な事ではない」
勇者を敵と言いながらも馬上の男の表情は穏やかである。
「ここで一戦交えるつもりか?」
「フッ、勇者の実力を見たいところだが、魔王様より勇者との私闘を禁じられている」
馬上の男の意外な答えに勇者はやや拍子抜けであると共に"ホッ"としている。
「そうか、それは残念だな。
用が無ければ先を急がせてもらうとする」
そう言って勇者は踵を返して歩き出した。
「待たれよ、どうせ城を目指すのであろう。
私が案内しよう」
「案内だと?」
再び振り返った勇者は狐にでも摘ままれた表情をしている。
「そうだ、それが私の役目だからな。
すぐそこに馬を繋いであるから使うとよい」
こうして勇者は男の案内で労せずして魔王城への入城を果たした。
「これより先はあの御方が案内される。
付いて行くがいい」
「そうか、魔王城への案内感謝する」
勇者が男に別れを告げると、城門まで出迎えにきた女性が深々と一礼した。
「勇者殿、お待ちしておりました。
私は魔王様の従者を務めております。
早速、魔王様の下へご案内致しましょう」
「そ、そうか……」
急な展開に勇者の思考が追い付かないようである。
従者に先導されて長い廊下を歩き階段を登り勇者は魔王の部屋に入った。
「魔王様、勇者殿をご案内いたしました」
従者がベッドに横たわる魔王に報告した。
「そうか、ゴホゴホ……
ご苦労であった。
下がって良いぞ」
「はい、別室に控えておりますので、何かあればお呼び下さい」
そう言って従者は部屋を後にした。
「魔王よ、病んでいるのか?」
明らかに窶れている魔王に勇者が問い掛ける。
「あぁ、私は長くはない。
そこで勇者殿に頼みがある」
「まさか、私に止めを刺せと申すのではないだろうな?」
この期に及んでの勇者ジョークはスキルの成せる業であろう。
「はははは……
それも良いが、別の頼みがある」
「聞くだけ聞こう、話してくれ」
そう答えて腰に履いた聖剣をテーブルに置くと勇者は静かに椅子に腰かけた。
「実は、魔族には私を中心とした穏健派とダークエルフを中心とした中立派、そしてバイアリターク王国を追い出された者達の子孫である交戦派に分かれておる」
「それで?」
勇者は初めて聞く話であるが、口を挟むことはせずに続きを聞くことした。
「魔王は世襲性であるのだが、交戦派の者達が実力主義を唱えだした。
古の時代に戻そうとする動きである。
もし、交戦派の推す者が魔王となればバイアリターク王国へ攻めいるやも知れぬのだ」
「ほう……」
未だ、魔王就任が実力主義であった頃に軍勢を引き連れてバイアリターク王国を攻めたことがあったらしいが、これは歴史の一部になっている程の古い時代の話である。
それが現代に於いて成されようとしているとは予想外にも程がある。
魔王の話を聞いて"ドキドキ"が止まらない勇者だが、それでも続きを聞くことにした。
「交戦派の中に私の息子を亡き者にしようとする動きもあると聞く。
そこで勇者殿に頼みなのだが、私の息子を連れて王国へ戻ってはくれぬか?」
「ふ、ふむ……」
余りの内容に勇者は言葉に詰まった。
勇者スキルの高い交渉能力も当てにならないものである。
「私の命と引き換えにしてでも、必ず交戦派を壊滅させて見せる。
そうすれば、穏健派が中心となり我が息子を盛り立てくれるであろう」
「……」
穏健派だ交戦派だ訳が分からない勇者の思考はここに至り完全に停止した。
暫く沈黙が続いたが、それを勇者スキルが打ち破った。
「魔王よ、その頼み引き受けるとしよう」
まるで何かの意志に操られているかの様に無意識に勇者の口から言葉が発せられた。
「おおー、そうか……
勇者殿、受けてくれるか。
これで世界が平和でいられる」
ベッドの上の魔王の目から涙が溢れ出した。
こうして、勇者は魔王の息子を連れて人知れずバイアリターク王国に帰国したのであった。
そして、勇者が帰国して暫くして交戦派をほぼ壊滅させてから魔王が亡くなったと従者の女性から連絡が入った。
「魔王よ、安心して天に召されよ。
今、世界は平和なのだから……」
知らせを聞いた勇者は天に向かってそう呟いたのであった。




