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【第四十一話】魔導ミシン

 教会本部は貴族街と庶民の住む下町を隔てる位置に鎮座している。


 平日は何かと賑やかなのだが、休日は閑散としていることが多い。


 だが、昨日は大通りに屋台が軒を連ね多くの見物客でごった返していたようである。


 もしかしたら種蒔き前に行う祈念祭の催しがあったのかも知れないとユウイチは思っていたのだが、この男の来訪で真相が明らかになったのである。


「こちらは老護院に入居されているスウィフトさんです。

 昨日、行われた魔導車椅子レースで優勝して見事に三冠を達成されました」


 リリアに紹介されたスウィフトが魔導車椅子に座って恥ずかしそうに頭を掻いている。


「リリア様、その魔導車椅子レースの三冠って何なのかしら?」


 どうやら昨日の騒ぎは魔導車椅子を使ったレースのものだったようで、レースを観戦していないミレイの質問はごもっともである。


「三冠とは既に実施された"王妃杯"と"国王杯"、そして昨日の"大司教杯"の三つレースのことです」


「やれやれ、魔導車椅子が納品されてからたったのニヶ月しか経っておりませんわよ。

 それなのによくもそこまでの事ができましたわね」


 ミレイはやや呆れた様子であるが、時に人の情熱は不可能を可能にする。


 その情熱があってこそ、僕らが生まれてくるずっと前に"アポロ11号"は月に行けたのである。


「その三つのレースを全て制したのが、こちらのスウィフトさんで巷では、"三冠ドライバー"と呼ばれているそうす」


 リリアが紹介している間も、三冠ドライバーのスウィフトは相変わらず恥ずかしそうに頭を掻いている。


「リリア様、それはわざわざ紹介するほどのことなのかしら?」


 ミレイがとても冷たい視線をリリアとスウィフトに送っている。


「み、ミレイ様、これは学院で魔法課と騎士課、それに文官課の全てで首席をとるようなものではないでしょうか」


「なんですって!

それはとても素晴らしいことではありませんこと!」


 アルマの的外れな例え話を聞いたミレイが何を思ったのか感動している。


 どうせ感動するなら、痛みに耐えてよく頑張った優勝力士にして欲しいものである。


「それで、今日はここで表彰式でもやるの?」


 アルマとミレイの遣り取りを聞いて今度はリーネがやや呆れ気味に質問をした。

 

「えっと、話を本題に戻します。

 先ずはスウィフトさんから相談内容の説明をお願いします」


 せっかく用意した"つかみネタ"の魔導車椅子レースの話が思ったより盛り上がらなかったリリアは気を取り直して対策会議を開始した。


「儂は王都で仕立て屋をやっておったんじゃが、色々とあって数年前に店を畳んで今は老護院にお世話になっておる」


「スウィフトさんて、あの数々の貴族から御用達に指名されていた仕立て屋のご主人?」


「もう、昔の話じゃな。

 今は三冠ドライバーのスウィフトじゃて、はははは…… 」


 商業ギルドでは"仕立て屋のスウィフト"の名は今やレジェンド級の扱いである。


 持って生まれた"裁縫スキル"の能力が存分に発揮された服は貴族の垂涎の的であった。


 そのレジェンド振りを分かり易く例えるなら前世では競走馬の"ディープインパクト"、プロ野球選手なら"落合博満"と言ったところであろう。


 三冠ドライバーには無反応であったリーネも興奮を隠し切れない様子である。


 しかし、それとは対照的に当の本人のスウィフトの表情は何だか寂しそうである。


「そ、それでスウィフトさん、今日は魔導車椅子の改造の相談にきたのですか?」 


 仕立て屋のレジェンドに興奮するリーネと違ってアルマは三冠ドライバーのスウィフトに興味があるようである。


 もしかしたら、アルマは"スピードの向こう側へ"辿り付ける人なのかもしれない。


「それも面白そうじゃが、今日は裁縫の魔導具がないかと思ってここに来たんじゃよ」


 レースで魔導車椅子の性能を肌で感じ取ったスウィフトは一縷の望みを持って研究所を訪れたのである。


「スウィフトさん、もしかして仕立て屋に復帰されるんですか?」


「いや、そのつもりはないが老護院での奉仕に役立てたくてな」


 更にヒートアップするリーネの期待とは裏腹にスウィフトは飽くまで奉仕の一環のような口振りで、表情は相変わらず寂しそうなままである。


「それではスウィフトさん、裁縫をする上で問題点があれば教えて下さい。

 その上でどのような魔導具にすればいいか皆で考えましょう」


 つかみネタで失敗した割にリリアはスムーズに会議の進行をしている。


「先ずは目が遠くなって針先が見えなくなったことが問題じゃな。

 それと座りっぱなしでは腰が痛くてな。

 だから長い時間の作業ができないんじゃよ」


 これは、前世でもよく耳にする"お年寄りあるある"である。


 人は泣く子と老眼には勝てないものである。


「もしかしたら、手先が良く見えて腰が痛くならない裁縫の魔導具がスウィフトさんの望みと言うことでしょうか?」


「ああ、それで頼みたい。

 良い魔導具はありそうかな?」


 そう言ってスウィフトが"グイッ"と身を乗り出す。


「残念ながら、そんな都合の良い魔導具はここにはありませんわよ」


「そうかぁ、そうだよな……

 そんなにうまい話はないよなぁー」


 ミレイのド直球の返答にスウィフトは"がっかり"して"ドカッ"と深く腰掛けた。


「ですが、作ることは可能ですわよ。

 私が良い魔導具の案を出して差し上げますわ」


「ほ、本当か?」


 再びスウィフトが"グイッ"と身を乗り出す。


 スウィフトのこの様子を見る限り、どうやら奉仕のためだけと言う訳でもなさそうである。


「み、ミレイ様、どんな魔導具を作るつもりなのですか?」


 アルマが不安そうな顔をして自信満々のミレイに聞いた。


「当然、自動で布を縫う魔導具ですわね」


 ミレイは一点の曇りもない眼で答える。


「もしかしてミレイ様は布を縫うことが簡単だと思ってない?」


「リーネさん、糸を通した針で布を縫うだけですもの簡単ではごさいませんこと?」


「一つ聞くけど、ミレイ様は裁縫をやったことあるの?」


「勿論、ありませんわよ」


 この質問は伯爵令嬢のミレイには愚問と言うもので、明らかに質問したリーネが悪い。


「まぁ、そうでしょうね。

 当然、リリア様とアルマ様もないわよね?」


「「はい、ないです」」


 貴族令嬢の二人に聞くのも明らかに愚問である。


「そ、そう言うリーネさんは裁縫をしたことがあるんですか?」


「フッ、したことはないけど"花嫁修業のドリルノート"で読んだことがあるわ」


 どうやら裁縫に関して言えば四人揃ってドが付くほどの素人のようである。


 四打数ノーヒットでは前世の鬼監督なら激怒して間違いなく"尻バット"である。


「と、言う訳でユウイチさんお願いします」


 リリアはあっさりと白旗を上げてユウイチに話を振った。


 そう、"己を知れば百戦危うからず"、負ける戦はしないに限るのである。


「まぁ、そうなるよな。

 それでスウィフトさん、予算はどれぐらいで考えているのかな?」


 リリアに振られたユウイチが、いきなり不躾な質問をした。


 今回は飽くまでもスウィフト個人の相談なので研究所としては頂くもは頂かなければならないのである。


「魔導車椅子レースの優勝商品だから金額は分からん。

 教会本部からは欲しい物を一つと聞いているからな」


 以外にも魔導車椅子レースの主催者は教会本部だったようで、優勝賞品なら高額にならなければ大丈夫そうである。


 裁縫の魔導具に期待しているように見えるスウィフトになら、少しぐらい研究所の持ち出しになってもかまわないとユウイチは考えている。


「よし、スウィフトさんのためにミシンを作ろう!」


「所長殿、そのミシンってのは何だ?」


 宣言したのはいいがミシンを知らないスウィフトが間髪を容れずにユウイチに質問した。


「スウィフトさんが欲しがっている裁縫の魔導具だよ。

 説明するよりも見てもらった方が早いと思うから、一週間後にここに来てくれるか?」


「あぁ、分かった。

 来週、またお邪魔しよう。

 どんな魔導具が完成するか今から楽しみじゃ!」


 こうして女性陣が白旗を上げた、裁縫の魔導具を中身はおじさんであるユウイチが作ることで会議は決着したのである。



 対策会議から一週間が経ったある日のこと、魔導具研究所にスウィフトの姿があった。


 今日は白旗を上げた女性陣が全員出払っているため出迎えたのはユウイチのみである。


「ようこそ、スウィフトさん」


「ああ、ワクワクして少し寝不足気味だ。

 早くミシンとやらを見せてくれ」


 スウィフトに急かされたユウイチは完成した"魔導ミシン"を机に置いた。


「ほう、これがそうか。

 所長殿、これはどうやって使うんだ?」


「ああ、やって見せよう」


 ユウイチは椅子に座り魔導ミシンを動かして見せる。


 縫いの基本である、まっすぐな縫い目の"直線縫い"と"ジグザグ縫い"をやって見せる。


「ほう、見事なもんだな。

所長殿は裁縫の心得があるのか?」


「いや、全くないな。

 俺は取れたボタンさえ付けられないからな」


「この縫い目を見ているととてもそうには見えないがな」


 スウィフトが感心しているので"かがり縫い"や"返し縫い"、ボタン穴かがり"なども披露する。


「スウィフトさん、こんな感じなんでどうだろうか?」


「所長殿、申し分ねえ!

 こいつのお蔭で手元も大きく見えそうだしな」


 スウィフトが魔導ミシンに付いている拡大鏡を指差す。


「スウィフトさん、やってみるか?」


「所長殿、その言葉を待ってたぜ!」


 ユウイチはミシンを動かしてみたくて"うずうず"しているスウィフトと交替した。


「この縫い目の絵を押せばミシンがその通りに縫ってくれるんだよ」


「おお、こいつは便利だな。

 益々、気にいったぜ!」


 そう言うとスウィフトは慣れた手付きで布を動かし始めた。


 思い通りに縫えるのが嬉しようで、スウィフトの目が爛々と輝いている。


 スウィフトは時間を忘れて夢中でミシンに布を走らせている。


「どうやら、満足してもらえたみたいだな?」


「いやー、本当に良い物を作ってもらったわい。

 所長殿、感謝するぜ!」


 破顔一笑、スウィフトがユウイチに礼を言う。


「そう言ってもらえると発明家冥利に尽きるってもんだな」


 魔導ミシンを堪能したスウィフトは喜び勇んで老護院へ帰って行った。


 この日から老護院の作業部屋には夜遅くまで煌々と灯りが灯るようになったのである。



 スウィフトにミシンを納品して一ヶ月が経ったある日のこと。


「ユウイチさん、この服なんですけど……」


「リリア君、スーツがどうかしたしたのか?」


 ユウイチはミシンの納品時にスウィフトに前世のスーツのデザイン画を渡しておいたのである。


 スウィフトが魔導ミシンのお礼にとデザイン画を基にリリア達にスーツを作ってプレゼントしてくれたのだ。


「実は王城の女性達の間で、もの凄く話題になっていまして……」


「うん、それで?」


 ユウイチは聞かなくても答えが分かっているが敢えて聞いてみた。


「販売されないのかと商業ギルドへの問い合わせが引っ切り無しにきているそうでして……」


 これはキャリーケースの二の舞である。


「そうか……

 そうしたらスウィフトさん作ってもらえるようにお願いしてみるか?」


 スウィフトさんなら二つ返事で引き受けてくれることであろうとユウイチは打算している。


「それでスーツの名前なんですけど……

 既に"リリアモデル"って呼ばれてます」


「それは仕方がないな。

 他の三人は自分の部屋でしか着ていないようだからな」


 スーツは四人にプレゼントされたのだが、面白い物好きのリリアだけがスーツを着て外出していたのである。


 今回は、それが仇になったようである。


「いっそ、スーツを着てキャリーバッグを引いて歩けば大注目されること間違いなしだよ」


「もう、ユウイチさんの意地悪!」


 リリアは少し口を尖らせて工房へ向かって歩いて行った。


 この後、予想通り商業ギルドからの注文が殺到したようで、多忙を極めたスウィフトは嬉しい悲鳴を上げていたらしい。


 そのため次回の魔導車椅子レースの参加者名簿にスウィフトの名前は無かったのであった。



 後日談。


 ーミレイとリーネの仮説ー


 魔導ミシンがスウィフトに納品されてから一週間が経ったある日のこと、市販に向けてミレイとリーネが話合いをしている。


「リーネさん、規制局の許可はおりましたわよ」


「じゃあ、商業ギルドも急いで販促物を揃えないと駄目ね」


 二人であれこれと必要事項を確認し合っている。


「そう言えば、ミレイ様はどんな魔導具を考えてたの?」


 会議の席でミレイがスウィフトに裁縫の魔導具を簡単に作れると豪語していた話をリーネが蒸し返した。


「布を細かく折り曲げてそこに針を通すだけですわ。

 その布を広げれば綺麗に縫えているはずですわよ」


 ミレイは屋敷の侍女達が布と針を巧みに操っているのを思い出しながら答える。


「ミレイ様、それでは真っ直ぐにしか縫えませんよ」


「あら、それでは足りなくて?」


 見習いの針子でもそれ以上のことができるのだが、それをミレイに教えても「あらそうなのね」の一言で片付けてしまうだろ。


「ええ、だいぶ足りないわ」


「あらそうなのね」


 リーネの予想は"ばっちり"と当たった。


「それにしても所長さんは、どうして色々な縫い方があることを知っていたのでしょう?」


「確かに不思議よね。

 考えられるのは実家が仕立て屋か身内に針子がいたか……」


 リーネが頭の中で可能性を探っていると、ミレイが声を上げる。


「リーネさん、あれじゃないかしら。

 あの花嫁修業のドリルノート! 」


「ミレイ様、花嫁修業のドリルノートがどうかしたの?」


「所長さんは、ドリルノートで勉強していたに違いありませんわ」


 ミレイの的外れな推理にリーネは苦笑いすることしかできない。


「それにしても所長は不思議よね。

 発想が突飛すぎるわ」


「そうですのよ、リーネさん。

 あの方の発想はこの世界の人ものではありませんわ」


 この世界のものじゃなければ答えは一つしかない。


 ミレイとリーネがいよいよ核心に近づこうとしている。


「この世界の人ものじゃなければ、いったいどこのものなの?」


「きっと、"ドラゴンの叡知"ですわよ」


 ミレイは建国神話の中で初代国王がドラゴンから授かったとされる"ドラゴンの叡知"を引っ張り出してきたのである。


「「フッ、ハハハハ」」


 余りにも奇想天外な結論に二人は顔を見合わせて大笑いした。


 斯くしてユウイチの転生の秘密は今日も守られたのである。


 それは、本人が知らぬ間の笑い話として。

 

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