【第四十話】魔導車椅子
何の因果が物事は続く時は続くものである。
例えば先月は財布を落とし、今月はスマホを落としたとか。
例えば先週は電車の行き先を間違え、今週は乗り換え駅を間違えたとか。
例えば昨日は目覚まし時計を掛け忘れて遅刻して、今日は二度寝して遅刻したなどである。
そして魔導具研究所には、またしても教会本部の施設から相談が舞い込んできたのである。
だが、同じ教会本部の施設の誼で"一肌脱いで、こちらの世界に咲かせて見せよう桜吹雪!"とばかりにユウイチは惜しみなく協力することにしたようである。
「それでは、いつものように対策会議を始めます。
先ずは依頼主から相談内容の説明をお願いします」
リリアの仕切りも慣れたものである。
前世のバラエティー番組の大物MCを彷彿させるその姿は、さしずめ"リリアにお任せ!"と言ったところである。
「老護院で院長を努めさせてもらっておりますケープランと申します」
温和を絵に描いたような顔をした中肉中背の男が挨拶をした。
老護院とは教会本部が身寄りのないお年寄りの拠り所として住居や食事などを無償で提供している施設で、前世の老人ホームが無料になったようなものである。
「老護院には足腰の弱ったお年寄りも数多くいらっしゃいます。
自由に出歩くことごできない方達が気分転換をできるような魔導具を作っていただけないでしょうか?」
歩行のような軽い運動はストレスを緩和するセロトニンの分泌を促す。
歩かないことでこの効果が得られず脳の機能低下につながるのである。
一日五千歩未満の人は五千歩以上の人に比べ、うつ症状が出やすいと言う報告もあるらしい。
足腰が弱って移動に介助が必要な人は部屋に閉じ籠りがちで余計にうつになりやすい。
予防法の一つが、温和を絵に描いたような顔のケープランが言う通り部屋から出て気分転換をすることである。
「その前に出歩くことができるお年寄りは、普段はどのようなことをされているのかしら?」
「はい、孤児院の子供の相手や研究所の工房のお手伝いなど幅広くご奉仕して頂いております」
それにしてもミレイは対策会議ではいつも先陣を切って発言している。
まるで前世の戦国時代の無鉄砲な若武者のようにいつも先陣を切っている。
念のため断っておくが、決してミレイが無鉄砲だと言う意味ではない。
「お年を召したご老人まで奉仕しているのね……
教会本部には優しさが足りないようね」
「いえ、身体を動かしたり人と話をしたり、お年寄り達は自ら楽しんで活動されておりますよ」
いくらケープランが温和を絵に描いたような顔であっても教会所属の身ではリーネとの相性は良くない。
まるで前世の"鰻と梅干し"のように相性が良くないのである。
但し、"鰻と梅干し"には何の根拠も無いらしい。
「そ、そうなると、やはりお茶会がいいのではないでしょうか?」
お茶会なら動かすのは身体ではなく口である。
気のおけない仲間と楽しく話しをして笑い合えば憂鬱な気分も晴れると言うものである。
「アルマ様、お茶会になると男性は武勇伝ばかり語り合って、しまいには取っ組み合いの喧嘩を始めますから駄目でごさいます」
どうやら、血気盛んなお年寄り達は口よりも身体の方がよく動くようである。
貴族の令嬢らしいアルマの提案は温和を絵に描いたような顔をしたケープランに"あっさり"と却下されてしまった。
「それならば、孤児院の子供向けに作った飛び出す絵本を大人向けの話しで作ってみるのはどうですか?」
「リリア様、いくら大人向けの話しでも絵本は絵本です。
そのー、お年寄りは子供ではないので……」
子供っぽいリリアの提案も温和を絵に描いたような顔のケープランに"やんわり"と却下されてしまった。
「カードゲームや双六なら大人も楽しめるのではないかしら?」
「ミレイ様、お年寄りはルールが複雑なゲームは覚えられません。
それに勝負事となるとやはり取っ組み合いの喧嘩になってしまいます」
決して大人しくはないミレイの提案も温和を絵に描いたような顔のケープランに"きっぱり"と却下されてしまった。
「それなら、ピクニックや歓劇など外でできることはどう?」
屋内が駄目なら屋外とばかりにリーネが発想を切り替えて提案した。
まるで前世の節分の"福は内"からの"鬼は外"ぐらいスピーディーな切り替えである。
「リーネさん、そもそも身体が不自由な方の娯楽の話でしたよね?」
温和を絵に描いたような顔のケープランが却下するまでもなくリリアが"しっかり"指摘した。
「そうだったわね……
先ず外へ移動するのが大変なのを忘れていたわ。
せめて座ったまま移動できればいいんだけど……」
矢継ぎ早に各々が思い付く娯楽を提案してみたものの、肝心の足腰の弱ったお年寄りの移動手段を忘れていたのである。
お茶会をするのもゲームをするのも自室から出る必要がある。
今回の相談は"何をするか?"より"どう移動するか?"が大切なのである。
「い、移動にキャリーケースが使えませんか?」
突然、アルマが閃いたようだ。
だが、リリアの顔を見てキャリーケースを思い出したことは内緒である。
「アルマ様はキャリーケースにお年寄りを入れて運ぶおつもりなのかしら?」
ミレイでなくてもキャリーケースで人を運ぶことは無謀だと分かる。
余談ではあるが、前世のお笑い怪獣はスーツケースに彼女を入れて運んだことがあるらしい。
「す、すいません、言葉が足りませんでした。
キャリーケースに乗せるのではなく、キャリーケースのキャスターを椅子に取り付ければ座ったままでも移動できると思ったのです」
アルマは足りなかった言葉を足して説明し直した。
「アルマ様、それ面白いですね」
それを聞いたリリアが紙に絵を描き始めた。
温和を絵に描いたような顔のケープランを含め全員がリリアの手元を見詰めている。
「じゃーん、どうですか?
これなら背もたれを後ろから押せば楽に移動できますよ」
脚にキャスターが付いた椅子の絵をリリアが描き上げた。
この際、描いた絵が上手か下手かには言及しないでおく。
「なるほど、いいアイディアね。
でも、これでは一人での移動は無理よね」
誰かに介助してもらわなければ部屋から出られないことに変わりがないとリーネが指摘する。
「何とかして自分でキャスターを動かせないものかしら?」
「き、キャスターを止めて馬車の車輪を付けてみるとか……」
「アルマ様、それですよ。
後の脚のキャスターを大きな車輪に変えて手で回せば進めますよ」
このリリアのアイデアを皮切りに四人は"あーでもないこーでもない"と次々とアイデアを出し合った。
そして、遂に前世の車椅子に似た形状に辿り着いたのである。
それをリリアが再び絵に描いて、温和を絵に描いたような顔のケープランに見せる。
「皆様、素晴らしい発想です……
自分で操作できるのなら足が不自由なお年寄りも部屋から出られます!」
その車椅子擬きの絵を見て、温和を絵に描いたような顔のケープランが感嘆の声を上げている。
確かにノーヒントで前世の車椅子擬きを考えるられたのだから凄いと褒めてもいいだろう。
「リリア君、素晴らしい発想だがそれでは曲がることができないんじゃないかな」
ここでユウイチが突如として話に加わった。
いつも、前世のラブストーリーのように突然な"カンチ"ならぬ"ユウイチ"である。
(注:この例えがよく分からない人はお父さんかお母さんにでも聞いてみよう)
「所長さんは、どうしてこの椅子が曲がれないと仰るのかしら?」
ユウイチはキャリーケースには引っ張って歩く時に"フラフラ"せずに真っぐ進めるように固定キャスターを使ったていた。
だが、椅子がスムーズに曲がるためには"クルクル"と旋回する自在キャスターを取り付ける必要がある。
「皆、ここから先は俺に任せて欲しい!」
自在キャスターに使用する旋回軸やベアリングは言葉で説明するより実物を見せた方が早い。
ユウイチはここまで形にした四人のアイデアを"絵に描いた餅"にしないために前世の技術をフル活用して車椅子擬きを完成させることに決めた。
「皆様、所長さんにお任せてもよろしいのでしょうか?」
温和を絵に描いたような顔のケープランは飛び出す絵本や回復促進カプセル、はたまた自動返却システムの話を同僚から聞いているに違いない。
「本人が任せろと仰っているのですから私が止めるのも何ですわね……」
「でも、所長のことだからきっとおかしなことになるわよ」
「す、スライムは絶対に使わないと誓約書を書かせましょう!」
「アルマ様、それなら魔法陣も禁止しましょう」
「やはり、所長殿の作る魔導具はそこまでしないと危険なのでしょうか?」
四人の会話を聞いた温和を絵に描いたような顔のケープランが不安そうな顔をしている。
「ケープランさん、念のためですのでご心配なく、おほほほほ……」
せっかく纏まりかけた議論が振り出しに戻らないようにリリアは笑ってごまかして、車椅子擬きを描いた紙をユウイチに渡した。
「あははは、誓約書を書いてもいいが俺のモットーは"ルールは破るためにある"なんだよな」
「「「「そんな言葉は聞いたことがありません!」」」」
四人のツッコミが綺麗にハモった。
"たった一人のため"のツッコミで四人は綺麗にハモったのである。
これには前世のアカペラグループもびっくりするのではないだろうか。
「よし、皆の不安を払拭するためにスライムは使わないと誓約書を書いておこう。
だが、魔法陣は使いたいので勘弁して欲しいな」
「ケープランさん、喜んで下さい。
不安が半分になりましたよ」
「はぁ、半分ですか……」
温和を絵に描いたような顔のケープランが半分だけ不安そうな顔をして会議はお開きとなったのであった。
対策会議から一週間が経ったある日の朝のこと、ユウイチが出来上がった車椅子のプレゼンを始めていた。
「右に回る時は左をぐっと前に右をゆっくり前にする。
どうだ、この"魔導車椅子"はスムーズに曲がるだろう?」
当然の様に魔導車椅子にはリリアが座っていて、残りの三人は少し離れてそれを見ている。
「ユウイチさん、面白いですね。
前進後退に右と左、思ったより自由に動けますよ」
魔導車椅子に乗ったリリアがはしゃいでいる。
まるで前世の夏のビーチの小学生のような"はしゃぎっぷり"である。
「でも、腕の力がないお年寄りには、ここまでの操作は難しいんじゃないかしら?」
「確かにミレイ君の言う通りだな。
だが、その対策は考えてあるんだよ」
未だ"君付け"に慣れていないミレイが何だかモジモジとしている。
「ゆ、ユウイチ所長、もしかして魔法陣を付与したんですか?」
「アルマ君、正解だ。
魔導車椅子は魔力で自動走行できるようにしてあるんだよ」
前々から"君付け"で呼ばれたがっていたアルマの表情が"パッ"と明るくなった。
「所長、自動走行ってとても危険な香りがするわよ」
「安心したまえリーネ君、テストは十分に繰り返してあるんだよ」
"君付け"に耐性があるリーネは、特に何の反応も示さなかった。
「リリア君、両方の肘掛けの魔石に魔力をゆっくりと流してみてくれないか」
「はい、やってみます」
"君付け"が当たり前になっているリリアには逆に"さん"や"嬢"の方が違和感を覚えるかもしれない。
「わっ、前に進みました!」
「曲がる時は先ほどの要領で魔力を流せばいい」
リリアの乗った魔導車椅子が右に左に"フラフラ"と進んでいる。
「所長さん、魔力操作に慣れていないと思った通りに進まないのではなくて?」
「そうだな、不馴れな人には難しいだろうな。
だが、そんな人のためにこれを付けてあるんだよ」
ユウイチは"バサッ"と魔導車椅子のフード部分を広て見せる。
「ゆ、ユウイチ所長、フードには日除けの効果しかありませんよ」
「もしかしたら、風魔法で前に進むんじゃないの?」
少しピントの外れたアルマとリーネの意見をユウイチは一先ずスルーしておく。
「フードの内側に視線に反応する魔法陣を付与してあるんだよ。
右に曲がりたければ視線を右に、左も同じ要領だな」
前世の視線を感知する技術を応用した魔法陣を付与してあるのだが、詳しいことは企業秘密である。
「所長さん、後退や停止はどうするのかしら?」
茶化さず質問をしているところを見るとミレイは視線感知の魔法陣に興味があるようだ。
「後退は視線を下にする。
前進は視線を前方に、停止する時は目を瞑ればいい」
「この魔導車椅子は至れり尽くせりですね。
これで、足の不自由なお年寄りも自由に出歩けますね」
リリアが"キョロキョロ"と視線を動かしながら上手に魔導車椅子を操ってい。
「誓約書通り危険ワードのスライムは使ってなさそうね」
「ゆ、ユウイチ所長が、こっそりスライムを使ってなければいいですね」
「あら、スライムを使っていても使っていなくてもきっと問題が起こりますわよ」
「それだと、せっかく書いてもらった誓約書の意味がないですね」
今回のプレゼンの関所には誓約書と言う名の通行手形が追加されている。
「み、みんな、心配しなくても恐らく大丈夫だよ。
テストでは上手くいったんだから…… 」
魔石の魔力が魔法陣にどのような作用を及ぼすのかは"出たとこ勝負"の感が否めない。
今回もプレゼンの関所のお白州の上で厳しい代官の取り調べに耐えて、無事に老護院に納品されることになったのであった。
魔導車椅子の納品から一週間が経ったある日の老護院は夜だと言うのになんだか騒がしい。
「いけぇー!」
「そこだー、抜いちまぇー!」
「いいぞ、ぶちかませー!」
お年寄り達の叫び声が老護院の庭に響き渡っている。
夕食後に人集りができているのは皆で何かを観戦しているからである。
「くっ、さっさと抜いちまえよ。
明日のデザートが賭かってるんだぞ!」
「ふん、スウィフトのヤツはコーナーが得意なんだよ。
だから絶対に抜けないぜ。
デザートは俺達のものだな」
どうやら老人達はデザートを賭けた勝負の最中のようである。
「あの騒ぎはいったい何ですか?」
温和を絵に描いたような顔のケープランが怪訝そうな顔をして若い神官に聞いた。
「ケープラン様、実はお年寄り達が魔導車椅子でレースを始めまして……」
お年寄り達は自分たちで作り上げた特設コースで"テールトゥーノーズ"・"サイドバイサイド"の激しいレースを繰り広げているようである。
「レースですか?
はぁ、皆さん未だ未だお若いですね」
温和を絵に描いたような顔をしたケープランは心を鬼にして老人達を注意してレースを止めさせた。
翌日、老人達はデザートではなく大司教から大目玉を喰らっていた。
序でに温和を絵に描いたような顔のケープランは監督不行き届きで始末書を書かされていた。
魔導車椅子のおかげで温和を絵に描いたような顔のケープランなの面目が丸潰れになったのであった。
後日談。
ーアルマとリリアのティータイムー
魔導車椅子が納品されて二週間後のある日のこと、研究所の事務所でアルマとリリアが優雅にティータイムを楽しんでいる。
「アルマ様、老護院からのクレームの話は聞きましたか?」
「お、お年寄り達が魔導車椅子を使って集団で暴走した話ですね」
BGMに前世のカリスマロック歌手の歌が流れていそうである。
「そうなんですよ、アルマ様。
何故、お年寄り達は暴走したのでしょうか?」
「も、もしかしたら座面にスライムが貼ってあって取り憑かれてしまったとか?……」
「ユウイチさんの魔導具ならあり得ますね」
「た、例えば音声機能で勇ましい音楽が流れてお年寄り達の闘争心が掻き立てられたとか?」
「これもユウイチさんの魔導具ならあり得ますね」
「そ、それなら、視線に反応するセンサーが"ジロジロ見るな"と怒り出して暴走したとか?!」
「うーん、ユウイチさんの魔導具ならあり得ますね」
二人が原因を探って盛り上がっているところに、たまたまユウイチが通りかかった。
「リリア君とアルマ君、新作のスイーツだよ。
試食して感想を聞かせて欲しいな」
そう言ってユウイチは手に持っていた一皿のスイーツをテーブルに置いた。
「「ありがとございます」」
リリアとアルマは礼を言って直ぐに新作のスイーツに手を伸ばす。
「それと一つ言っておくけど、お年寄り達は暴走したのではなく、レースをしていただけだから」
「それって、同じことじゃないですか?」
リリアがスイーツを頬張りながらユウイチに聞き返した。
「いや、レースはルールに乗っ取って行うが、暴走にルールはないからな」
「じ、しゃあ、いつもユウイチ所長が暴走するのはルールに乗っ取ってないからですか?」
アルマもスイーツを頬張りながらユウイチに聞き返した。
「ん、俺はいつもルールに乗っ取って仕事をしているよ」
「ユウイチさん、確か"ルールは破るためにある"って言っていませんでしたか?」
「はははは、そうだったかな……」
そう言ってユウイチは頭を掻きながら苦笑いでごまかした。
だが、王都の民がユウイチの発明した魔導具に振り回される日々は未だ未だ続くのである。
何故なら、物事は続く時は続くものなのだから……




