【第三十九話】音響照明システム
王都では大衆の娯楽の一つに観劇がある。
西洋風の街並みの王都だが演目はオペラやミュージカルと言ったものではなく創作劇が多い。
嘗て魔導具研究所のシュレッダーが起こしたとされている"グレイスの奇跡"が上演されていたこともあった。
劇団の規模は大小はあるが幾つかの劇団が存在していて、中には専用の劇場を持つ劇団もあり、毎週のようにどこかで公演が行われている。
今日はそのうちの一つ"劇団ふたり"の座長が相談に訪れている。
「それでは対策会議を始めます。
先ずは依頼主から相談内容の説明をお願いします」
「"劇団ふたり"の座長のロミオットです。
実は劇団員が不足していて困っているんです。
特に音響や照明などの技師が不足しているので何とかして欲しいのです」
先日の医療院と同じようにロミオットも人手不足に困っているようである。
「ここでは魔導具の研究所をしておりますのよ。
来る場所をお間違えではありませんこと?」
「そうね、ここよりも口入屋へ行くことをお勧めするわ。
場所が分からないなら案内するけど」
ミレイとリーネがロミオットに鳥付く島を与えない勢いであるが、幸いロミオットの相談は演技のできるゴーレムを作れと言う話ではないようである。
「口入屋には既に行っています。
募集すれば役者志望は来るんですが、ほとんどの奴は見習いの間の裏方仕事が続かずに辞めてしまいます」
「お、表と裏では世界がまるで違うことを知らずに入ってくるようですね」
「裏方の苦労を知っていれば舞台に立っても巧く立ち回れるようになるんです。
その勉強も兼ねて、人手の足りない音響や照明の仕事をやってもらっているんですが理解してもらえないようです」
恐らく、理想と現実のギャップだろうとユウイチは思う。
そのギャップによって"キリシー、劇団辞めるってよ"的な会話はよくあることなのだろう。
例えるなら球拾いが退屈で部活を辞めていく前世の野球部員のようなものであろう。
「確か、多くの劇団では照明や音響に専用の魔導具を使っているはずですわよね」
魔法規制局から出向してきているミレイは、その辺りの事情には詳しいようである。
ひょっとしたら屋敷で魔導具を駆使して寸劇をしているのかもしれない。
「ウチでは誰にでも簡単に扱える魔導具を使っています。
タイミングを覚える必要はありますが決して難しいものではないはずです」
前世でも"誰でもできるお仕事です、未経験者も歓迎"の謳い文句はよほど人手に困っている会社のものであった。
「それなら、公演中だけ王立学院の学生をアルバイトに雇うというのばどう?
魔法課の学生なら魔導具の扱いにも直ぐに慣れるはずよ」
「はぁ、お貴族様を裏方で雇うのですか?
それはこちらが無理です!」
庶民のロミオットにすれば貴族の子女をバイトに雇うなど"オー・マイ・ガァ!"な話である。
「そ、それなら教会学院の学生はどうですか?」
「アルマ様、学院が推薦する奉仕は認められているけどアルバイトは禁止なのよ」
教会学院のOBであるリーネはその辺りの事情には詳しいようである。
これは内緒の話であるが、リーネはお家の手伝と称して知り合いの商家でアルバイトをしていたらしい。
「出演する役者を一人何役かにして、余った人を裏方に回すとか?」
「一人二役だとシーン毎に着替える必要があるので、そこに人手が取られては本末転倒です」
「い、いっそ主役以外は声だけの出演にするとか?」
「できれば配役や話の筋を弄る以外の方向でお願いします」
相談主のロミオットが呆れる様な無謀な提案が増えてきた、"奇想、天を動かす"とは行かないようである。
「そろそろ所長さんの出番ではありませんこと?」
ミレイは突然の発言に驚かされる前にユウイチに聞いてみた。
「そうだなぁー……
無理に人を集めようとせずに人が操作しない魔導具で何とかするしかないよな」
医療院の時にも触れたが、雇う側と雇われる側の間で起こる雇用のミスマッチの根は深いのである。
だから、"ちょっと今から仕事やめてくる "と簡単には言えないのである。
「あの……
人が操作しない魔導具を作ることは可能なんですね?」
ユウイチの今までにない"神様からひと言"的な提案にロミオットは俄然乗り気である。
「リリア様、所長が魔導具を作成する前に危険ワードの確認が必要よ」
「ユウイチさん、その魔導具にスライムは使わないですよね?」
「リリア様、確認すべきはスライムよりも魔法陣ですわよ。
所長さんは、どんな魔法陣をお使いになるのかしら?」
「ゆ、ユウイチ所長なら音に合わせて暴れ出すゴーレムを作るかもしれません」
「フッ、既に危険ワードが満載ね。
それに加えて音フェチ文化の発生が怖いわね」
「皆、このように仰っていますけど本当にお任せして大丈夫なのですか?」
四人の発言が"不安な演奏"にでも聞こえたのか、ロミオットは先ほどの乗り気はどこえやらと言った様子である。
「ロミオット殿、魔導具の構想はバッチできている。
後は所内のプレゼンさえクリアできれば問題ない」
自信満々の魔導具でもユウイチは所内プレゼンではいつも苦戦している。
「所長殿、その所内のプレゼンはどなたが審査するんですか?」
答えは既に分かっているがロミオットは念のためユウイチに確認してみた。
「この四人だが、それが何か?」
だが、ユウイチにはロミオットの質問の意図が分からないようである。
「所長殿、魔導具が完成したらプレゼンの前にウチの稽古場で表現力を身に付ける稽古しましょう」
演技を追求してきたロミオットには今のユウイチの表現力ではプレゼンを成功させるには物足りないと感じたようで、ロミオットは演技指導を申し出たのであった。
「稽古をして表現力が見に付けばプレゼンを乗り越えられるようになるだろうか?……」
毎回、プレゼンの関所で苦労しているユウイチは演技指導を受けることは満更でもないようである。
対策会議から一週間後のある日のこと、事務所に五人が集まっている。
「これが人手不足の劇団を救う"音響照明システム"だ。
この魔導具は我ながら傑作だと思っているんだよ」
今回の魔導具はユウイチの発明史上でも会心の出来のようで、表現力を磨くためのロミオットの稽古は辞退したようである。
だから、プレゼンはいつものトーンで行われている。
「これは名前を聞いただけで、どんな魔導具か予想はつきますわね」
「ははは、確かにミレイ君の言う通りだ。
予め登録した台詞やシーンに合わせた音響と照明にしてくれる魔導具だよ」
「ゆ、ユウイチ所長、結局は説明してます」
このところアルマのツッコミは、すっかり板に付いてきたようである。
いずれはミレイぐらいの毒を吐ける様になるかもしれない。
「恐らく、一番の危険ワードは魔法陣よね」
リーネによる危険ワードの指摘もすっかり板に付いてきた。
いや、これは持って生まれた天賦の才なのかもしれない。
「でも、スライムを使った形跡が無いのがせめてもの救いですね」
「ま、魔導具に手足が付いていないのも安心材料です」
三人が出向してきてからいっそう厳しさを増したプレゼンの関所の危険ワードの確認だが、今回は何とかクリアできそうな機がするユウイチである。
「よし、皆でテストしてみよう。
誰か、この台詞を読んでみてくれないか?」
「はい、私が読みます!」
面白い物センサーが反応しているリリアが"サッ"と手を上げて、台本と呼ぶにはかなり寂しい感じがする紙をユウイチから受け取った。
「よし、ではアクション!」
ユウイチは前世の映画監督のノリで手でカチンコを真似て"パチン"と開始の合図を出した。
「ま、魔王よ、いざ勝負だ!」
だが、残念なことにリリアの芝居は宴会芸レベルの棒読みであった。
そんなリリアのセリフ終わりに"ジャーン"と音が鳴り全体を照らしていた照明がリリアを照らすピンスポットに切り変わった。
「い、今、リリア様と対峙する魔王が見えました!」
「アルマ様、私には紙を持ったリリア様しか見えないわ」
「宴会芸レベルの芝居には勿体ないぐらいの音でしたわね」
芝居を見る目が肥えているらしいミレイとリーネには通用していないが、アルマには十分な効果があったようである。
「リリア君、次の台詞だ」
「えっ、はい。
"喰らえ雷神斬り!"」
"ブゥーン"と剣が空を斬る音がした後に"ドカーン"と激しい音が響いて辺りに閃光が走るっている。
「り、リーネさん、今の一撃で魔王が倒れました」
「アルマ様、倒れたのはリリア様の手が当たった書類の山よ」
「それでも、音と光のおかげで宴会芸から学芸会レベルには昇格したようですわね」
やはり目の肥えた二人は騙せていないが、アルマは勇者リリアを目の前にしているかもしれない。
「ユウイチさん、何だか本当に魔王と戦ったみたいな気持ちになりました」
リリアが興奮気味に感想を述べているところを見るとアルマ以外にもう一人、騙せたようである。
「そうか、事務所の中での寸劇でこれなら上々の結果だな。
後は、劇場に合わせて微調整すれば何とかなるんじゃないかな」
前世では学芸会の観劇経験しかないユウイチも騙されている内の一人である。
「ところで所長さん、この魔導具にはモード調整機能は付いておりませんわよね?」
「ミレイ君、劇場の大きさに合わせた音量や光量の調整機能は付いているが、余計なモード機能は付けていない」
モード調整機能で本が大泣きしたことは記憶に新しい。
「所長、登録された台詞を無視して音響照明システムが勝手に話を作ったりしない?」
「リーネ君、今回は精神系の魔法を使う魔獣の魔石は内臓していない」
魔導具が心の声を拾って文字に変換したことも未だ記憶に新しい。
「ゆ、ユウイチ所長、音響照明システムが役者の人達に演技指導を始めないでしょうか?」
「アルマ君、音声ガイド機能は付けていない」
ドローンが冒険者パーティーに指示を出したのはつい最近の話である。
ユウイチの魔導具に対する出向組の信用度はかなり低いようである。
「ふふふ、こんなこともあろうと魔導具にプレゼン内容の台詞を登録しておいたんだよ。
さあ、続きを聞いてくれ! 」
「「「「?」」」」
自信満々で話し始めたユウイチの意図が四人にはよく分からない。
この後、ユウイチの説明に合わせて"ジャーン"や"パチパチバチバチ"などの効果音が音響照明システムから発せられた。
「いつになく所長さんの言葉が心に響いてまいりますわ」
「私も所長の説明を聞いて納得できたの初めてのことよ」
「ゆ、ユウイチ所長、一分の隙も無い完璧な理論です」
「いつものユウイチさんとは別人のようです」
ユウイチは音響照明システムの最大限のアシストを受けてプレゼンは無事に終わった。
こうして音響照明システムは人手不足の"劇団ふたり"に納品されたのであった。
これを見る限り、魔導具よりもユウイチ自身の信用度が低いのかも知れない。
そして"劇団ふたり"では音響照明システムが納品されてから初めての公演を迎えた。
芝居開始から何の問題もなく進んでいき佳境に入ってから観客が話に没入して役者の演技にも熱が入っている。
役者が本気になればなるほど音響照明システムのリアリティーが増していく。
音は轟き照明の閃光は客席に熱さえも感じさせる。
観客の誰もが話の舞台である魔王城にいると錯覚しているようである。
音響照明システムのリアリティーが増せば役者の演技が更に乗ってくる。
相乗効果で観客を興奮させたまま舞台の幕が降りた。
"劇団ふたり"の公演では嘗てないほどの大成功を納めたのである。
「やったなカーテンコールが鳴り止まないぞ。
おいベリー、主演のお前を皆が待っているぞ」
観客が主演のベリーの再登場を拍手で以て呼んでいる。
「フッ、これが勇者の実力と言うもだ。
皆の者、我に続け!」
「参りましょう勇者様!」
舞台袖から登場した勇者パーティーに割れんばかりの拍手がいつまでも会場に響いていた。
そして、昨日の余韻が漂う"劇団ふたり"の稽古部屋で次の作品の打ち合わせが行われようとしている。
「おはようございます……、座長」
「あぁ、おはよう。
あれ、ベリーは一緒じゃないのか?」
「それが……、
ドラゴンを倒すんだとか言って朝早くに旅立っていきました」
舞台上のベリーと音響照明システムの相乗効果がリアリティーを生み出し、ベリーは勇者役に入り込み過ぎて役柄が抜けなくなってしまったらしい。
後日、勇者の役柄が抜けないベリーは座長のロミオットに連れられて医療院を訪れた。
「今日はどうなされました?」
「魔王との戦いで受けた傷を治してもらいに来た」
ナイカーが"きょとん"としてベリーを見ている。
だが、ベリーの後ろで目配せをしているロミオットを見たナイカーはすぐに事態を悟った。
「左様ですか?
それでは、この回復促進カプセルをご利用なさいますか?」
「うむ、傷が治るのなら利用させてもらおう」
「しかし、一つ問題がございまして……」
「フッ、勇者に恐れるものなどない。
この中に入れば良いのだな」
ナイカーの言葉を遮りベリーはカプセルの中へ入った。
「扉を閉めてもよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
ベリーの返事を聞いてナイカーはそっと扉を閉めた。
「それで、この勇者様はどうなされました?」
「それが、昨日から勇者の役が抜けなくて困っているんだよ」
ロミオットは昨日からの一部始終をナイカーに説明した。
「左様でございますか。
では"精神安定モード"で治癒してみましょう」
「あぁ、頼む」
「ですが、一つ問題がございまして」
「どこの医療院でも断られてここが最後なんだ。
多少の問題には目を瞑るから治してくれ」
ロミオットは藁にもすがる思いでここに来たようである。
「分かりました。
やってみましょう」
ナイカーはそれ以上は何も言わずに"開始"のボタンを押した。
そして暫くしてカプセルの扉が開いてベリーが出てきた。
「座長、何だかすっきりしています」
「おお、勇者の役が抜けたかベリー!」
「はい、座長!」
「そうか……。
序でに髪も抜けているがな……」
ロミオットはせめてもの償いに次のベリーの役は坊主頭の軍人にしようと思ったのである。
後日談。
私はミエスク、教会では大司教と呼ばれている。
「あの神託を聞いた大司教ですか?」って、野暮なことをお聞きなさるのね。
私は学院では魔法課を取っておりましの。
貴方にもこの意味が分かりますよね。
今は、その話は置いておきましょうか。
それにしても魔導具研究所は期待以上の働きだわ。
発明によって新しい風が入って王都に活気が溢れておりますもの。
「えっ、新しい風ではなく暴風です」って?
貴方は本当に野暮な方ね。
魔導具研究所が巻き起こした暴風が王都の淀んだ空気を振り払っているのですよ。
これでこそ、私が継承権を放棄してまで教会本部の大司教になった意味があったと言うもの。
そう、思えば長い道のりでした。
六年制の学院を私は二年で卒業したわたしは王城の図書館に入り浸り古代魔法に関する一冊の本を見つけた。
その書こそが私の運命を変えた。
書には“召喚儀式”の断片が記されていた。
私は教会へ出家し本格的な研究に入り夜を徹して本を読みその秘密に辿り着いた。
けれども私の前に難解な魔法陣が立ちはだかったわ。
でも、私は諦めることはしない。
召喚儀式は公爵の野望を阻止するピースを生む可能性があるんですもの。
でも、当時は実践するには程遠いレベルでした。
あら、少しばかりお喋りが過ぎてしましたわね。
貴方には記憶を夢に変える魔法をかけておくわ。




