【第三十八話】回復促進カプセル
突然ではあるが、冬に免疫力が下がる主な理由は三つあると言われている。
それは、体温の低下と粘膜の乾燥と日光を浴びる時間が少なくなることであるらしい。
この逆をすれば免疫の低下を防ぐことができるはずである。
そうすれば病気の予防ができて医療院に通う人を減らすことができる。
だが、こちらの世界では予防を考えずに病気になってから治癒魔法に頼る人が多いのが実情である。
だから、どこの医療院も多忙を極めているらしい。
今日は、そんな医療院からの切実な相談である。
「医療院で治癒術師を務めさせて頂いておりますナイカーと申します」
「ナイカーさん、先日はお薬を分けて頂きましてありがとうございました」
お礼を述べるリリアの横でユウイチもペコリと頭を下げる。
それを見た三人は女子会の日を思い出して「あぁ~」と声を上げている。
「それでは対策会議を初めます。
ナイカーさん、相談内容を説明して下さい」
「実は教会本部の医療院には治癒術師が私を含めて二人しかおりません。
ですから、慢性的な人手不足なのです。
こんな相談で申し訳ありませんが、何とかなりますでしょうか?」
こちらの世界では貴族でも治癒魔法を使える治癒術師はそれほど多くはない。
庶民なら尚更で働き口は選び放題の超が付く売り手市場である。
もし、爵位持ちの貴族のお抱え治癒術師になることができれば左団扇の生活が待っているはずである。
そんな訳で教会本部の施設である医療院で奉仕する治癒術師は非常に貴重な存在なのである。
「それは早急に治癒術師を育成する以外の方法は考えらませんわね」
「お、王国内にいないようなら国外で探してみるとか?」
「ここに来る前に王立学院の神学課に相談すべき案件ね」
三人が揃って人材の育成発掘路線の提案をしている。
「どれもやってみましたが一向に集まりませんでした。
ですから、こうしてご相談に上がったしだいでございます」
どうやら、三人の出したアイデアは既に教会で実施済みのようである。
得てして人手が足りない職場の働き手を探すのは難しい。
前世でもこういった雇用のミスマッチは起こっていた。
「それなら神学課に拘らず全学課を当たるべきではございませんこと。
訓練すれば治癒術師になれる学生がいるはずですわよ」
「探せばエルフやドワーフにも治癒術師はいるんじゃない。
国外では珍しくもない話よ」
「お、王城に見習いの治癒術師を借り受けられないか相談されてはいかがですか?」
やはり、三人は人材育成発掘路線を突き進んでいる。
だが、対象を広げて分母を増やせば分子が増えると言うものでもない。
「どれもやってみましたが一向に集まりませんでした」
どうやら、これも教会で実施済みで人材育成発掘路線は当駅止まりのようである。
そもそも可能性があれば大司教のミエスクが何らかのアクションを起こしているはずである。
だから、ナイカーは忙しい合間を縫って藁にもすがる思いで研究所に相談に来ているのだろう。
その代わり医療院に残されているナイカーの相棒の治癒術師はてんてこ舞い状態かもしれない。
「こうなったら治癒術師を異世界から召喚するしかございませんわね」
「ミレイ様、召喚なんてファンタジーの世界の話よ」
「ゆ、ユウイチ所長の発明した魔導具なら召喚できるかもしれないです」
「アルマ様、ユウイチさんの発明なら絶対にスライムが召喚されますよ」
議論が"熱々のおでん"のように煮詰まって皆の発言が先日の女子会並みに暴走し始めた頃にユウイチが徐に口を開く。
「よし、患者が寝ている間に"パパッ"と治癒できる魔導具を作ろう。
そうすれば医療院の人手不足を解消できるはずだ!」
人を探して駄目ならば人の代わりになる魔導具を発明するのみである。
「あら、寝ているのは所長さんの方じゃないかしら?」
「"風邪ぐらい寝てれば治る"なんて言う人がいるけど、それは飽くまで例え話よね」
「わ、私は変な結論になる前に今から眠ってしまいたいです」
「ユウイチさん、寝る魔導具と言えばスライムマクラを思い出しますが大丈夫でしょうか?」
どうやら四人はユウイチの言う"寝ているだけで治る医療用魔導具"には半信半疑のようである。
「所長様、そんなことが可能なのでしょうか?
もしできれば、それは"神の御業"としか……」
自身が貴重な治癒術師の一人であるナイカーも"寝ているだけで治る医療用魔導具"には半信半疑のようである。
「皆、これは寝言でも神業でもないんだ。
人間に備わった自然治癒の力を引き出す魔導具なんだよ!」
「「「「「自然治癒……?」」」」」
「そうだ、だから皆は大船に乗ったつもりで俺に任せてくれ!」
科学と医学の発展していないこちらの世界で"免疫"や"ビタミン"などの説明はとても面倒なことである。
だからユウイチはその辺りを有耶無耶にして前世の豪華客船並みの大きな船に全員を乗せて対策会議を終了したのであった。
対策会議から一週間後のある日のこと、事務所に五人が集まっている。
「ユウイチさん、この人が入れそうな大きな箱は何ですか?」
箱は豪華客席よりもかなり小さいが人が寝転がれるぐらいの大きさがある。
リリアの面白い物センサーが早くも反応しているようで、興味津々と言ったところである。
「これが、先日話をした寝ている間に治癒してくれる"回復促進カプセル"と言う名の魔導具だよ」
そう言いながらユウイチはカプセルの扉を開けてプレゼンを始める。
「何やら魔導具と言うより、棺桶みたいですわね」
「ゆ、ユウイチ所長、扉が透明なのは素材にスライムを使っているからなんですか?」
「アルマ様、私には治癒とスライムが全く結びつかないわ」
ユウイチがテレビで見たことがある前世の先進技術の応用なのだが散々な言われようである。
何とかプレゼンを成功させようとユウイチの闘志が"ムッシュメラメラ"と燃えている。
何故、"メラメラ"の前に"ムッシュ"が付くのかはもう少し読めば分かるはずである。
「ユウイチさん、もしかしたらこの中に人が入るんですか?」
四人のうち、リリアだけが中を覗き込んでいる。
「そうだよ、リリア君!
患者はこの中で寝ているだけで治癒されるんだよ」
「フッ、この中で寝ている間に天に召されそうですわね」
「り、リリア様、大好きなスライムに見守られながら天国へ旅立てるそうですよ」
「アルマ様、どうかお慈悲を……」
「それが嫌ならバンパイヤーにでもなってみるのはどう?」
ユウイチのプレゼンの甲斐も虚しく医療用のカプセルではなく棺桶扱いされている。
「実際に試してもらえば効果のほどが分かるはずだよ。
誰か中に入ってみてくれるかな?」
「はい、私が入ります」
リリア一人だけが勢いよく手を上げた。
他の三人は遠巻きにカプセルを見ているだけで全くの無反応無関心状態である。
これが、前世のバラエティー番組なら「じゃあ、私が」からの「どうぞ、どうぞ」の某倶楽部のお約束の流れなのだが、それを四人に期待するのは可哀想である。
「リリア君、扉を閉めてもいいかな?」
「はい、どうぞ」
返事をしながらリリアは寝転んでカプセルの中をあれこれと見回している。
ここも「閉めるなよ、絶対に閉めるなよ」のお約束の流れなのだが、やはり期待するのは可哀想である。
「扉を閉めたら"開始ボタン"を押して表示されるメニュー画面の中から"疲労回復"を選んでくれ」
メニュー画面には"外傷治癒"や"魔力回復"など幾つかのモードが表示されている。
リリアがユウイチに言われた通りに"疲労回復"のボタンを押すと"ウィーーン"と小さな音を立てて魔導具が動き出した。
「あら、大きさの割に操作は簡単そうね」
「り、リーネさん、ユウイチ所長の魔導具は簡単な物でも暴走します」
「それで所長さん、この魔導具はどういう仕組みで治癒させていますの?」
アルマとリーネは未だ疑っているようだが、珍しくミレイが興味を示している。
恐らく、ミレイの"治癒魔法"への興味が魔導具の暴走の可能性を上回った結果であろう。
「各々のモードに合わせた"治癒の魔法陣"を付与してあるんだよ。
それを吹き出し口から噴出させてカプセル内を満たすようにしたんだよ」
大きな魔導具の割に至ったてシンプルな方法である。
だが、効果はこちらの世界の治癒魔法のエリアヒールに相当する。
「魔法陣を起動する魔力はどこから持ってきているのかしら?」
「ここに埋め込んでいる魔石から魔力は供給されているんだよ。
中に入って治癒される当人の魔力を使っては本末転倒になるからな」
「なるほど、その辺りはよく考えられておりますのね」
外部からの魔力の供給にミレイが珍しく感心しているようである。
「も、もしかしたら、ミレイ様のツッコミ癖も癒されているのでしょうか?」
「もし、そうだとしたらこの魔導具は相当な効果がありそうね」
外野から茶化すアルマとリーネにミレイが冷たい視線を向けていると"ピピッピピッ"と音が鳴った。
余談だが、この場合の音は決して"チーン"にしはいけないと思う。
ましてや"ポクポクポク、チーン"は以ての外であろう。
「よし、無事に終わったようだな」
ユウイチが扉が自動で開いたのを見て治癒が無事に終了したことを確認した。
扉が自動で開くようりしたのは人が閉じ込められることを防ぐためである。
なかなか気の利いたシステムだとユウイチは思うのだが、これについてはミレイからのお褒めの言葉はなかったようである。
「リリア様がスライムになっていなくて良かったですわね」
「ミレイ様、ひょっとしたらリリア様に擬態したスライムかもしれませよ」
「そ、それだと、本物のリリア様は今頃は天国に……」
三人が縁起でもない話で盛り上がっている横で、カプセルから出てきたリアが活きの良いスライムの様に"ピョンピョン"と跳ね回っている。
熱湯風呂から出てきたように"グデッ"としていなくて良かったとユウイチは"ホッ"と胸を撫で下ろしている。
「どうやら、回復の効果は十分なようだな。
これなら医療院で使ってもらっても大丈夫だろう」
「ユウイチさん、とても身体が軽く感じます。
心なしか髪がゴワゴワしていますが、それ以外は問題なさそうです」
"効果は飽くまで個人の感想です"と言う事態を防ぐために本当は全員に試してもらいたいところであるが、次の希望者が名乗り出てこない。
「そうか、治癒の効果には問題ないようだな」
だが、ユウイチはリリアの言葉に確証を得て今回は自身を持って魔導具を送り出せそうである。
回復促進カプセルが医療院に納品されてから一週間後のある日のこと。
「この中に入って寝て下さい。
この程度の傷なら問題なく治せますよ」
ナイカーは魔獣の爪で顔を引っ掻かれて傷を負った冒険者の男をカプセルに案内した。
「先生、本当に寝ているだけでいいのか?」
「はい、ただ寝ているだけで構いませんよ」
そう言ってナイカーはカプセルを"裂傷モード"にセットして治癒を始めた。
初めての体験にカプセルの中の冒険者の男は少し不安そうである。
暫くして"ピピッピピッ"と治癒完了の合図とともに扉が開き、冒険者の男が傷の治り具合を確認しようと鏡を覗き込んでいる。
「かみがー!
かみがーー!!」
カプセルから出て鏡を見た冒険者の男が何故か絶叫している。
その泣き声混じりの叫び声が少し離れた場所で他の患者を治療しているナイカーの耳に届いた。
「"神の御業"の様に思うのも無理はありませんね」
冒険者の男の叫び声が「神が神が」と聞こえたナイカーはポツリと呟いた。
しかし、男の叫び声は止まる気配がない。
「俺の髪が全くないーー!」
「おー、神様万歳」とナイカーには聞こえたようで、満足そうに微笑んでいたらしい。
後日、研究所には回復促進カプセルで治癒した男性に限って頭髪が抜けることがあると報告が入った。
「ユウイチさん、頭髪が抜けるのは何で男性だけなんでしょうね?」
「うーん、ホルモンの影響かなぁ……」
前世で薄毛には悪玉テストステロンが関係しているとユウイチは聞いたことがある。
これは、推測の域を出ないが男性ホルモンに含まれるテストステロンを魔石の魔力が悪玉テストステロンに変えているかもしれない。
「ユウイチさん、ホルモンって何ですか?」
「いや、何でもない……
恐らく、原因は魔石の魔力じゃないかな、あははは」
だが、リリアに男性ホルモンの話をしても理解してもらえそうにない。
前回は魔石が生前の記憶を持っている可能性があることでなんとなく丸く治まったのだから、今回も魔石のせいにしておくユウイチでった。
結局、詳しい原因が分からなかったために医療院では"男性の患者には治癒の副作用として頭髪が抜ける可能性がある"と事前に伝えることにしたようである。
このことについてナイカーは"これでは神の御業ではなく髪の御業"だと嘆いているらしい。
そして、「聞いてないよ、訴えてやる!」と言う患者には脱毛対策としてカツラの貸し出しサービスを始めたようである。
後日談。
ーアルマの日記ー
研究所に来て四ヶ月が経った。
あっと言う間だった。
毎日が楽しい。
会議はいつも紛糾する。
でも各々の意見があって然るべき。
それが、また楽しい。
でも、お願いが一つだけある。
ユウイチ所長は「リリア君」「リーネさん」「ミレイ嬢 」と呼ぶ。
そして私のことは「アルマ嬢」。
何故だか分からないけど私は「アルマ君」と呼んで欲しい。
私はリリア様に「君」付けで呼ばれる理由を聞いてみた。
「技術者は異性の部下を"君"を付けて呼ぶものだ」とユウイチ所長が言ったらしい。
それなら、私も「君」と呼んで欲しい。
リリア様がユウイチ所長に相談した結果、四人とも"君"を付けて呼ぶことになった。
これで私は皆と一緒にユウイチ所長の部下になれた。
でも、回復促進カプセルには絶対に入らないと三人で固く誓った。
そして今日もユウイチ所長は新しい発明を考えている。
きっとまた、世界が少しだけ便利に…
いや、騒がしくなるんだろうな。




