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【第三十七話】自動返却システム

 魔導具が冒険者パーティーのリーダーになった噂はすぐに王都に広まった。


 だが、あの冒険者パーティー以外にはリーダーになって指示を出すドローンを見た者はいない。


 真偽のほどは確かではないが、冒険者ギルドがドローンを隠して貸し出さないようにしていると専らの噂になっている。


 話しは変わるが、貸し出しと言えばこちらも何やら問題を抱えているようである。



 五人の前に眼鏡をかけた女性が背筋を"ピン"と伸ばして座っている。


「それでは、いつものように対策会議を始めます。

 カシマッセンさん、相談内容の説明をお願いします」


「カシマッセンと申します。

 教会で司教として奉仕する傍ら図書館の司書をしております」


 図書館は教会に付属する施設で誰にでも気軽に利用できるように寄附金と言う名の入館料はかなり低めに設定されている。


 挨拶を終えたカシマッセンが説明した内容は貸出期限が過ぎても本が図書館に返却されなくて困っていると言うものであった。


「本が返却されないのは教会の図書館が貸し出しの際に保証金を預かっていないからではないのかしら?」


「が、学院の図書館では保証金を預かっていました」


 王立学院の図書館は学生向けに貸し出しをしているが、返却率が低いことへの対策としてアルマが言う通りに高額な保証金を預かっているらしい。


「あら、もう解決じゃない。

 貸し出しの際に保証金を取りましょう」


 三人が出した結論で済めば良いのだが、そうは問屋が卸さないのが世の常である。


「教会では貸し出しの際に保証金を預からない取り決めになっております。

 これは、貸し出した人が必ず返しにくる性善説に立っているからです」


 カシマッセンは壁に掲げている大司教のロゴマークをしっかりと見据えて物怖じせず毅然として答える。


「その性善説が通用しない相手が世の中にはいるわ。

 パッと見では分からないんだから保証金を預かる必要があるのよ」


 国内だけではなく国外でも商いをしてる商家の令嬢のリーネは、海千山千の商人達の中には信用するに足らない者がいることを知っている。


 そんな商人達を相手にするためには、カシマッセンが唱える性善説とは真逆の性悪説に立って商いをしなければすぐに騙されて大損してしまう。


「保証金は人を疑う気持ちを値段にしたようなものです。

 商人同士なら未だしも教会の施設にそのような考え方はそぐいません」


 大司教への絶大なる信頼がなせる業か、はたまた本人の性分なのかは分からないが、またしてもカシマッセンが毅然として答える。


「そうですか……

 それでは、保証金以外の方向で考えてみましょうか」


 カシマッセン対リーネの仁義なき戦いになりそうな空気をリリアが"サッ"と変えた。


 このところ、リリアは場の空気を読んで会議を上手く仕切れるようになってきたようである。


「ほ、本の貸し出し範囲は王都だけですか?」


「はい、貸し出しは王都だけです。

 貸し出しの際に身分証で住所を確認しております」


 一口に王都と言っても王都は広い。


 どれぐらい広いかを分かり易くするために前世では"東京二十三区"や"山の手線の内側"などで例えがちである。


 これは、関東の人には分かり易くてもそれ以外の人達には"ピン"とこないものである。


 更に言えば東京ドーム何個分にも"ピン"とこない。


 だから、ここでは"王都は広い"とだけ言っておく。


「王都全体ですとかなり広い範囲になりますわね。

 遠くの人は返しに来るのが億劫になるんじゃなくて?」


 こちらの世界の移動手段は貴族なら馬車、庶民なら徒歩である。


 近所のコンビニへ行くのにも車に乗って行く日本人には、歩いて本を返しに行く王都の庶民の苦労は理解できないかもしれない。


「ほ、本を借りた人が"図書館の近くに行ったときにでも返そう"と思ったとしても不思議ではありません」


 いい加減な人間ならば、"明日、返そう"が"いつか返す"になって、最後には"返さなくてもいいか"となりそうである。


「それなら返却できる場所を王都内に何ヵ所か設置すればいいんじゃないですか?」


 前世の観光地ではレンタサイクルを複数のステーションに返却可能なシステムがあった。


 リリアの提案はこれと同じ様な方法である。


「それは、とても良い案かもしれません」


 王都に有る教会の施設は教会本部の周辺に集中している。


 だが、返却口設置を口実に王都中に教会施設を増やすこともできそうである。


 カシマッセンはリリアの返却口設置案に色気を出して、先ほどよりも口調が柔らかになった。


「それって返却を受け付ける人が新たに必要になるわよ」


 一度、和らいだムードがリーネの発言によって再びピりついてしまった。


「台の上に箱を置いて投入口を作っておけば無人でも問題がないのではないかしら」


「み、ミレイ様、それだと箱ごと盗難される可能性があります。

 と、盗難を防ぐには監視する人が必要になります」


 こちらの世界には"本好きな女性"が転生して下剋上を起こしていない。

 だから、本は希少で高価な物であることが多い。


 ユウイチも下剋上を考えたことがあったが、二番煎じと言うか丸パクり感が半端ないので思い止まった。


 もし、実行していたら関係各位から「非常識ですわ!」と非難を浴びていたかもしれない。


 少々、話が脱線してしまったので本題に戻そう。


「教会としては本が盗まれるのは返ってこないことより問題です。

 無人返却口がそのきっかけになるのなら設置はできませんね」


 先ほどの性善説は何処えやら性悪説での議論が繰り広げられるている。


「リリア君、例え返却口を無人にしても本を回収するのに人手が必要になるぞ」


「そうですね、結局は人が必要になってしまいますね」


 さすがに王都中に設置した返却施設に人を常駐させるほどの人的余裕が教会本部にあるはずもない。


「あら所長さんには人手が必要にならない妙案でもありまして?」


「またおかしなことを考えついたの、所長?」


「ゆ、ユウイチ所長なら人ではなくスライムに回収させるのではないでしょうか?」


 議論が煮詰まる前に珍しく発言したユウイチは何かを閃いたような表情である。


「先ほどから議論に上っている返却口に本自身で返ってきてもらおうと思っただけなんだがな」


 明らかに言葉が足りていないユウイチの発言で、カシマッセンを含めた全員の頭の上に"?マーク"が浮かんでいる。


「ユウイチさん、まさかスライムで本を作るつもじゃないですよね?」


「リリア様、それ十分にあり得る話よ。

 きっと、王都中をスライムでできた本が這い回るのよ」


「最早、所長さんのスライム好きには付ける薬がないと言ったところですわね」


「ゆ、ユウイチ所長のスライム好きには困ったものです」


 あろうことか、本好きならぬスライム好き疑惑がユウイチにかけられてしまった。


「……」


 本題から脱線した議論に一人付いて行けなかったカシマッセンは思考を停止したようである。


「あははは……

 本に風魔法を付与して空を飛んで返って来てもらうつもりなんだけどな」


「所長さん、どうしたら本が空を飛ぶなんて発想になりますの?」


「ユウイチさん、スライムは空を飛びませんよ!」


「り、リリア様、さすがに空飛ぶスライムは画が思い浮かびません」


「もう、所長にはスライムでツッコミを入れたい気分だわ」


 今度は言葉は足りたのだが理解の及ぶ範囲ではなかったようで、五人の頭の上の"?マーク"が更に増えている。


「あの……

 この相談はなかったことにはなりませんか?」


 四人からスライム弄りをされているユウイチ見たカシマッセンは相談自体を無かったことにしようとしている。


「物は試しだ、やるだけやってみようじゃないか!」


「「「「「……」」」」」


 既に五人が思考を停止したためユウイチの掛け声だけが虚しく事務所に響いたのであった。



 対策会議から一週間後のある日のこと、数冊の本と魔導具らしき二つの箱がユウイチの机の上に置かれている。


「これから本の返却のテストを開始するぞ!」


 いつものようにユウイチは魔導具のプレゼンを始めた。


「何をどうすればいいんですか?」


「「「……」」」


 そのユウイチの言葉に反応したのは面白い物センサーが反応しているリリアだけであった。


 残りの三人は、巻き込まれないように気配を消しているようである。


「先ずは貸し出しに一人と借りる人が二人必要だな」


「巻き込まれるのは嫌ですから、私は見学だけさせて頂きますわ」


 ユウイチが言い終わるや否や、ミレイが高みの見物を決め込んだ。


「ミ、ミレイ様、ズルいです」


「私も遠慮したいところだわ」


「では、私が貸し出し役をします。

 アルマ様とリーネさんは借りる人をお願いします」


 問答無用とばかりにリリアが渋るアルマとリーネに役割を振った。


「先ずリリア君はこの返却箱の魔石と貸出し機の"担当者"の魔石に魔力を登録してくれるかな」


 リリアがユウイチに言われた通り両方の魔石に魔力を注いで登録した。


「次はアルマ嬢とリーネさんは貸出し機の"貸出"の魔石に魔力を登録してくれ」


 二人が言われた通りに魔力を登録すると貸出し機から各々にシールが一枚づつ排出された。


「このシールを本に貼ったら準備完了だ」


 ユウイチに説明された通りにアルマとリーネが適当に本を選んで背表紙にシールを貼った。


「今のところは何も起こっておりませんわね」


「ミレイ様、油断は大敵よ」


「わ、私は既に心の準備はできています。

 ドンと来いです!」


「ユウイチさん、この後はどうなるんですか?」


 心配する三人をよそにリリアだけが、何が起こるか"ワクワク"しているようである。


「直ぐに返却期限が来るように設定してあるから、もうすぐ本が返却箱に入るはずなんだよ」


「皆さん、一先ず返却箱から離れておきませんこと」


 ミレイの一言でリーネとアルマは頷いて数歩づつ後退したが、リリアだけは被り付くように返却箱を見ている。


「今回はテストなのですぐに期限がくるように設定したが返却期限は貸出し機で自由に設定できるようにしてある」


 ユウイチが返却期限の説明を終えた途端に机の上の本が"ブルブル"と震え始めた。


「なんでこの本はスライムのように動いておりますの?」


「少し気味が悪いわね、本当はスライムを使っているんじゃない?」


「り、リーネさん、スライムより気味が悪いかもしれません」


「ユウイチさん、本がスライムの不気味さを越えては駄目じゃないですか!」


 不安と気味の悪さを顕にする四人を余所に本はまるで鳥が翼を広げるかのように両の表紙を開いた。


「さあ、飛べ!」


 まるで、巣離れ寸前の鳥を後押しするかのようにユウイチが本に向かって叫んだ。


 するとユウイチの声が届いたのか本が"パタパタ"と表紙をはばたかせて空中に舞い上がった。


「私、夢でも見ているかしら?」


「ミレイ様、頬っぺたをつねりましょうか?」


 軽口を叩いたリーネをミレイが冷たい目で見詰めている。


 二人がそんなことをしている間に本が"すうっ"と返却箱に入っていく。


「ほ、本当に本が返ってきました」


「わぁー、お帰りなさい、"本"!」


 驚くアルマの横でリリアがはしゃいでいる。


「これが、図書館用に発明した自動返却システムだよ」


 ユウイチがどうだと言わんばかりに胸を張る。


 余り胸をはりすぎると前世のフィギアスケート選手の得意技のようになるので気をつけた方がいい。


「ところで、ユウイチさん。

 雨の日だと本が濡れたりしませんか?」


「良い質問だ、リリア君。

 本が破れたり汚れたりしないように貸し出しシールには"保護の魔法陣"を付与してあるんだよ」


 更にユウイチは胸を張って見せる。


 もう、新体操選手並みののけ反り方である。


「どうせなら、雨が降ったら止まり木で休むようにすればいいんじゃありませんこと?」


「み、ミレイ様、それでは本ではなくて完全に鳥です」


「こうなったら、面白ければ何でも有りなんじゃない」


「三人共、ユウイチさんなら本当に改良しかねませんよ」


 リリアの言葉に三人は慌てて口を閉じて頷いた。


「テストは成功した。

 明日にでも図書館に納品しよう」


「はぁ、これからは本が王都の空を飛ぶのですね……」


 ミレイが窓から見える空を見ながら染々と呟いた。



 自動返却システムが図書館に導入されてから数年後のある日のこと。


「カシマッセン様、期限を過ぎても返って来ない本が五冊ございます」


「今年は五冊になりましたか……」


「はい、昨年よりも三冊増えてしましたね」


「それでも自動返却システムが導入される前に比べたら随分と少なくなりましたね」


「はい、ありがたいことです。

 しかし、なかなかゼロにはなりませんね」


 自動返却システムを以てしてもゼロにすることはできていない。


「大丈夫ですよ。

 今年の五冊も春になって暖かくなったら返ってきますから。

 恐らく、今頃は南大陸を目指して海の上を飛んでいることでしょう」


 カシマッセンは遠い目をして染々と呟いた。


 実は、貸し出された本は返却箱の魔力を目指して飛んでいる途中に似た魔力を持った渡り鳥の群れを見つけると方向を変えて後について行ってしまうのである。


 王都の人々は、冬空を飛ぶ本の影を見つけると「ああ、今年もこんな季節になったか」と微笑む様になっているらしい。


 渡り鳥ならぬ"渡り本"は、今ではすっかり王都に冬の訪れを知らせる風物詩となっているのであった。



 後日談。


 数日前に、自称天才錬金術師の魔導具オタクであるランバン=ニアークティック男爵が教会の図書館で"楽しい魔導具入門"を借りて帰った。


 しかし、男爵が本を借りた目的は本の内容ではなかったのである。


「なにやら面白い魔導具らしいではないか」


 空を飛ぶ本の噂を聞き付けた男爵がジロジロとなめ回すように本を見ている。


「うーむ、何が何やらさっぱり分からんわい」


 恐らく、ランバンには解明が不可能なのだが諦める様子はない。


「なに、返却期限まで時間はたっぷりある。

 じっくりと行こうではないか」


 ランバンはそう言うと静かに眠りについた。


 そして、本を借りて数日が経ち遂に返却期限の朝がきた。


「ぐぬぬぬ、全く分からん。

 一体、何がどうなっておるのだ」


 ランバンは苛立ちを顕にしているが、無情にも返却期限がきてしまったようである。


 机の上の本が"ブルブル"と震え始め両の表紙を広げて"パタパタ"と羽ばたき始めた。


「おおおーーー、素晴らしい!

 教会の壁画と遜色のない素晴らしさだ!」


 ランバンの身体が感動にうち震えている。


 そんなランバンを尻目に本は出口へ向かって部屋の中を飛んで行く。


「ま、待て逃がすものか!」


 ランバンは慌てて回り込み部屋のドアを閉めた。


 出口を失った本が方向を変えて窓へむかっ突進する。


「ぐははは、窓には結界を施してある。

 お前はもう袋のネズミ、……いや、袋の本だ」


 興奮したランバンの口からは支離滅裂な言葉が発せられた。


「緊急事態発生、緊急事態発生!」


 本が警報を発しながら"クルクル"と部屋の中を回り始めた。


「己れ、逃がすものか!」


 ランバンは部屋に立て掛けていた木の棒を手に取り本めがけて振り翳した。


「敵対行動発見、敵対行動発見。

 撃退します!」


 本はランバンめがけて雷魔法を発動した。


「ぐおおおーーー……」


 断末魔にも似たランバンの声が屋敷内に響き渡った。


「旦那さま、如何なさいました」


 従者がドアを開けて飛び込んできた。


「ド、ドアを……閉めよ」


 ランバンは最後の力を振り絞り声を出した。


 しかし、時既に遅し本は部屋を出て図書館に向かって飛び去って行った。


 後日、ランバンからクレームを受けた図書館の司書は黙って利用規約を指差す。


 そこには、大司教のロゴマークと共に"本を乱暴に扱うと痛い目に遭います"と書かれていた。

 

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