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【第三十五話】飛び出す絵本

 バイアリターク王国では、創造神を主神として祀る教会本部の権威は王族を凌ぐほどである。


 転生の際にユウイチが創造神に対して思い切りツッコミを入れたことが民衆に知れ渡れば暴動が起きるかもしれない。


 その、教会本部のトップである大司教を国王の実姉であるミエスクが務めているのだから権威が更に増している。


 ユウイチが所長を務める魔導具研究所は、そんな教会の施設の一つである。


 ユウイチがプロデュースしたバーガー・カテドラルや回転料理屋も教会の施設に含まれていて、他にも医療院や老護院など慈善活動を行うが施設が多数ある。


 今回はその内の一つである孤児院からの相談である。



「それでは本日の対策会議を行います。

 先ずは依頼主から相談内容を説明してもらいます」


 リリアに促されて細身の身体に襟の立った黒いローブを纏った男が立ち上がり徐に口を開く。


「私は教会の司教のコジーンと申します。

 教会本部に併設されている孤児院を任されております」


 コジーンは挨拶の後に続けて次のように説明した。


「孤児院の子供たちには、あまり娯楽がございません。

 奉仕活動を頑張っている子供達が楽しめるような娯楽性のある魔導具を作って頂きたいのです」


 説明を終えたコジーンは静かに椅子に腰を下ろした。


 事前の打ち合わせではドリルノートは娯楽ではないと除外したが、知育玩具のキューブ型パズルゲームはユウイチの中で候補の一つに入っていた。


 だが、リリアがキューブ型パズルゲームに猛烈に反対をして候補から外されたのである。


「研究所の工房をお手伝いしてくれている孤児院の子供もいますね。

 そんな子供達が喜ぶ玩具を是非とも作ってあげたいと思います」


 やはり、リリアの中ではキューブ型パズルゲームは玩具としては完全にオミットされているようである。


「偉いわね、そんな歳で働いているなんて」


 前世の日本なら労働基準法違反に問われるかもしれないが、残念ながらこちらの世界の孤児達には適用されないのである。


「リーネ様、子供たちがしているのは労働ではなく奉仕です。

 そこのところをお間違いのないように」


「ふん、同じことじゃない?」


「リーネ様、労働は有償ですが奉仕は無償で行います。

 労働は己のため、奉仕は人のためでございます」


 コジーンは反論の余地もない正論を淡々と述べる。


「この話は長くなりそうなので、そう言う理屈で納得しておきましょう」


 "教会も先立つものはお金でしょう"と言う言葉をリーネは"グッ"と飲み込んだ。


 商家の娘のリーネにとってみれば、最終的にはお金を貰う教会も商家も同じ様なものなのだろう。


「こ、孤児院では、どんな娯楽を求めているのですか?」


 少しピり付いたムードを察したアルマが話を本題に戻した。


「先ず贅沢品は不要です。

 孤児院の子供達は大人になっても贅沢などできないのですから」


「あら、キューブ型パズルゲームでも寄付して差し上げようと思いましたのにそれは残念ですわね」


 伯爵令嬢のミレイは、何かあれば教会に寄付して済ませることに抵抗はない。


 いや、寧ろ社交界では賞賛されるべき行為である。


 だが、"よりによってキューブ型パズルゲームはないでしょう"と黙って聞いているリリアの顔に書いてある。


「コジーンさん、今はどんな娯楽があるんですか?」


 リリアは敢えてキューブ型パズルゲームの話題をスルーした。


「はい、リリア様。

 子供達は主に神話を読んでいますね」


「し、神話を読むのって勉強ではなくて娯楽に入るのですね」


 貴族の子女の娯楽とは随分と違うことにアルマが驚いている。


「コジーンさん、他にはありますか?」


「そうですね。

 絵を描いたりしていますね」


「それって、どうせ宗教画なのでしょ?」


「はい、リーネ様。

 題材が神話ですから、描く絵も宗教画に近いものになります」


 リーネは"やっぱりね"と言う表情であるが、空気を読んで口には出さない。


「神話を読むのも宗教画を描くのも子供達の娯楽とは呼べませんわね」


「ミレイ様、これは"孤・児・院の娯楽"の話しでございます」


 コジーンが敢えて"孤児院"の部分を強調した。


 この辺りの事情は貴族の令嬢であるミレイには理解が及ばないのも仕方がない話である。


「では、結論としては贅沢ではなく将来に役に立つ娯楽と言うことになりますが?……」


 自身が導き出した結論にリリアも少し困惑気味である。


「リリア様、可能であればその方向でお願いします」


 コジーンは了承しているが、やはり一般に言う娯楽のイメージとは程遠いものがある。


「そ、それは、かなり難しくありませんか?」


「そうね、将来に役に立つなら娯楽じゃなくて勉強だわ」


「しかも贅沢まで禁止なのでしょう。

 質素な娯楽なんてございますの?」


 今回は簡単な様で一筋縄ではいかない難題のようである。


「よし、絵本を作ろう」


 ここまで成り行きを見守っていたユウイチが徐に口を開いた。


「ゆ、ユウイチ所長、どんな絵本を作るつもりですか?」


 先ほどの条件に当てはまる絵本などあるのだろうかとアルマは訝しんでいる。


「うーん、やはり子供向けの話をモチーフにしたものになるよな」


 前世では言えば"桃太郎"や"かぐや姫"が妥当な線である。


 変化球で"虎が木の周りを走り回って何故かバターになる"話でもいいかもしれない。


 だが、誰も聞いたことのない話だと"どこの話か?"と聞かれた時に説明するのが面倒臭そうである。


「ユウイチさん、子供向けの話でも神話が由来だと意味がないですよ」


「リリア様の意見に一票ね。

子供達は既に神話を読んでいるのよね」


「私もリリア様に一票入れて差し上げますわ。

 神話が由来なら宗教画に近い絵になりますもの」


「いや、ただの絵本ではなく一工夫しようと考えているんだよ」


 ユウイチのなかでは、馴染みが深くても神話が由来の話で確定である。


だが、ただの絵本では芸がないとユウイチは思っている。


「ユウイチさん、スライムで絵本を作るのは駄目ですからね」


 ただの絵本では駄目だが、それはもっと駄目であることはユウイチにも分かる。


「り、リリア様、とっても読み難くそうな絵本になります」


 読み難いのは確かだが、それ以前の問題であるとユウイチは思う。


「アルマ様、そんな絵本は誰にも読めませんわよ」


 その意見には大いに賛成するが、やはりそれ以前の問題であるとユウイチは思う。


「皆様、そもそもスライムでは絵本を作れませんよ」


 リーネがスライム絵本の問題点を指摘して話の脱線を食い止めてくれた。


「皆、大丈夫だ。

 絵本にスライムは使わないと約束しよう!」


 ユウイチは四人に向かって力強く宣言した。


「「「「それは、当たり前です!」」」」


 四人が一斉にツッコミを入れた。


「所長様、どうかスライムではなく普通の紙の絵本を作って頂けるようお願いします」


 孤児院の子供達がスライム絵本を読まなくて済むようにコジーンは全力でユウイチに頼んでいる。


「コジーン殿、男に二言はない!

必ず紙で絵本を作って差し上げます」


 何か物凄い物を作るような感じになってしまったが、こうしてユウイチは子供向けの絵本を作ることになったのであった。



 対策会議から一週間が経ったある日のこと。


 ユウイチが完成した絵本を引っ提げて事務所に姿を現した。


「ユウイチさん、これが例の絵本ですか?」


「漸く完成した"二柱の神様と三人の魔女"の絵本だよ」


 バイアリターク王国の人間であれば貴族から庶民に至るまで誰もが知っている超ポピュラーな話である。


 実は前世の"かぐや姫"と"桃太郎"も用意してあるのだが、竹と桃から生まれた主人公はこちらの世界なら"精霊扱い"されそうなので今は伏せておく。


 勿論、虎がバターになる不思議な話は絵本にはしていない。


「どうだ、読んでみたいだろう?」


 そう言ってユウイチが各自に絵本を手渡した。


「このお話は何度も読んでいますわ。

今更、絵本を読んでも感動はございませんわ」


「わ、私も話を殆ど覚えてしまっています」


「そうね、何の変哲もない絵本だわ」


 出向組の三人の反応は、ユウイチが思っていた以上に悪い。


 その証拠に手に持った絵本の表紙だけを見て、開こうともしないのである。


「そ、そうか、開けて読んでみると面白いかもしれないぞ……」


 さすがのユウイチもこの反応には少し凹み気味である。


「わぁー、何ですかこれ!」


 その時、一人だけ絵本を開いたリリアが叫び声を上げた。


「り、リリア様、まさかスライムでも挟まっていましたか?」


「所長、スライムは使わない約束よ」


「一工夫するとおっしゃったのは、スライムを挟んで驚かせることでしたの?」


 三人は確認もせずにユウイチが"びっくりスライム絵本"を作ってきたと決めつけた。


 ユウイチは"それはそれで、有りだったな"と思ったが、今回はそうではない。


「驚かせて、すいません。

 でも、これを見て下さい」


 リリアはそう言って開いた絵本を三人に見せる。


「絵が飛び出している様に見えますわね」


「ほ、本当です。

 光の女神様が立っています」


「へぇー、ページを捲ると違う絵が飛び出すのね」


 三人は漸くユウイチを悪戯疑惑から解放したようである。


「これなら、贅沢にはならないだろう。

 でも、子供達は楽しめるはずだ」


「そうですね、確かにコジーンさんの要望に合っていますね」


「ゆ、ユウイチ所長、グッジョブです!」


「私には"贅沢ではない娯楽"を考えるのは始めから無理がありましたから助かりましたわね」


「所長、これ売れるわよ。

貴族向けに表紙を豪華にしたりするのもいいわ」


 今回はユウイチのプレゼンにしては、概ね好評な評価である。


 そのせいかプレゼンの関所を通らずに済んだユウイチであった。



 孤児院に絵本が納品されて三日後のこと。


「司教様、お話が……」


「どうしましたか?」


「はい、飛び出す絵本ですが……」


「飛び出す絵本がどうかしましたか?」


「はい、子供達が誤って"感情モード"をマックスにしてしまいまして……」


「それでどうなったのですか?」


「はい、朗読中に飛び出す絵本が感極まって泣き出しまして……」


「それで?」


「飛び出す絵本がびしょ濡れになってしまいました」


「そう……

 昨日は大笑いでしたのに、今日は大泣きしましたのね」


 これはユウイチがマンネリ化しないように、もう一工夫して自動で朗読してくれる魔法陣を飛び出す絵本に付与しておいたせいである。


「はぁー、これならスライム絵本の方が良かったのかも……」


 この後、ゴジーンは大泣きした飛び出す絵本を見て泣き出した子供をあやすのに一苦労したのであった。


 後日談。


「今日は、建国神話・外伝の"二柱の神様と三人の魔女"と言うお話をしましょう」


 コジーンが幼い子供を寝かし付けるために子守唄代わりに自らお話をするようである。



 ある所に創造神様と女神様が住んでいました。


 創造神様と女神様は毎日を明るく楽しく過ごしていました。


 そこへ"昨日の魔女"がやって女神様に訪ねました。


「どうして、毎日楽しく暮らせるの

 昨日を後悔したりしないの?」


 女神様は昨日の魔女にこう答えます。


「それはね、昨日があるから楽しい今日があるの。

 だから私は昨日を後悔したりしない」


 それを聞いた昨日の魔女は女神様と暮らすことを決めました。


 今度は"明日の魔女"がやって女神様にこう尋ねました。


「どうして、毎日楽しく暮らせるの

 明日に何が起こるか不安じゃないの?」


 女神様は明日の魔女にこう答えます。


「それはね、今日を精一杯生きれば明日はかならずいい日になるから。

 だから私は明日を心配したりしない」


 それを聞いて明日の魔女は女神様と暮らすことを決めました。


 今度は"影の魔女"がやって女神様にこう尋ねました。


「女神様はご自分の影が気になったりしませんか

 私は影が悪いことをしないか心配でなりません」


 女神様は影の魔女にこう答えます。


「それでは、私の下に来て下さい。

 貴方の影はいなくなりますから」


 それを聞いて影の魔女は女神様の下へ行きました。


 女神様に近づくに連れて影は小さくなり、やがて影は消えてしまいました。


 そして影の魔女も女神様と暮らすことを決めました。


 こうして二柱の神様と三人の魔女は、いつまでも楽しく暮らしましたとさ。



「おや、今日はぐっすりと眠ったようですね」


 自動朗読機能がコジーンの朗読する声に合わせて、ゆっくりとしたBGMを流したことで子供達は話の途中で既に眠りに就いていた。


 ユウイチの魔導具もたまには役に立つこともあるであった。


 めでたしめでたし……

 

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