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【第三十四話】魔導ランドリー

 前世の日本の秋の夜は虫の音が聞こえてくるが、こちらの世界では魔獣の遠吠えが聞こえてくるらしい。


 そんな、秋が深まってくると冷え込みが厳しい夜もある。  


 夜に冷たくなった水で手を洗うのも辛いぐらいである。


 洗濯もまた然りで前世の日本にあった全自動洗濯機という強い味方が存在しないこちらの世界では浄化魔法で汚れを落とす以外は全て手洗いということになる。



「ユウイチさん、学院から新しい相談がきましたよ」


「もしかして、また子爵からか?」


 前回の会議での態度を見る限り、子爵とは余り関り合いたくないユウイチである。


「いえ、今度は私とミレイ様の担任だったフラスコ=ドュ=ビーカ先生のようです」


 ミレイとリリアは学院の魔法課に在籍していて、共にビーカの下で勉学に励んだ仲だそうである。


 そんな二人は、卒業後に仕事の場で担任だった先生に合うのは、きっと微妙な感じに違いない。


「リリア君とミレイ嬢は子爵よりもビーカ先生の方が遣り難くないか?」


「フッ、元担任ただそれだけのことですわよ」


 ミレイはドライにそう言い切った。


 社交界ではミレイの方が圧倒的に立場が上になるので、遣り難いのはビーカの方かもしれない。


「私は先生に久しぶりにお会いできるのは楽しみですよ」  


 前世では優等生タイプよりも、悪目立ちする学生の方が教師とは仲良しだったような気がする。  


 確か、前世の学園物の○八さんもG○Oもそうであったとユウイチは記憶している。  


 そして、二日後の対策会議当日に"シュッ"とした顔立ちで"スラッ"とした体型のいかにも女子学生受けしそうな先生が研究所に現れた。


「フラスコ=ドュ=ビーカと申します。  

 本日はよろしくお願いします」


 更に口調が優しく声も良い。


 これなら、ビーカ目当てで魔法課に進む女子学生も多いのではないだろうかとユウイチは心から羨ましく思う。


「ビーカ先生、お久しぶりです!」  


 リリアはビーカを笑顔で出迎え、ミレイは黙って会釈をした。


 元担任に成長した姿を見せようと張り切っているリリアに案内されてビーカが着席する。


「それでは、対策会議を始めます。  

 先生、相談内容の説明をお願いします」


「説明の前にリリア嬢は学院の寮では洗濯を学生自身で行う決まりがあるのをご存知かな?」


 授業参観日ではない普通の授業なら大人しい生徒に質問を振る必要はない。


「はい、寮に入っていた友達から聞いたことがあります」


「まぁ、それは知りませんでしたわ。

 私は寮に入らなくて良かったですわ」  


 共に通学派の二人の情報の差は、恐らく交遊関係の差であろう。


「学院の寮には経済的な理由などで侍女や従者を連れて来れない学生もいる。  

 侍女がいなければ身支度や洗濯などは自分で行う必要がある。  

 斯く言う私も学生時代には夜遅くに洗濯をしていた。

 だが、学院では学生同士に差があってはならないと洗濯や身支度はできる限り自分で行うように指導している」  


 ビーカの説明で、ユウイチも夜遅くに洗濯をしていた前世の貧乏学生時代を思い出した。


「へぇー、王立学院の寮では皆で仲良くお洗濯しているのね」


「それに不満を持つ学生も当然いて、週末に実家から従者が洗濯物を交換に来ているようだがな」


 リーネの嫌味を含んだ挑発的な言葉にもビーカは冷静に答える。


 前世の○八さんもこんな感じで授業をしていた様な気がするユウイチである。


「せ、洗濯は洗濯係りがやるものです。

 だから、王城でも侍女は洗濯をしていないです」


 貴族の子女は洗濯など自分でするものではないと思っていても不思議ではない。


「まぁ、私も洗濯はしていないけど……」


 リーネのこの呟きは変な意味に取られる可能性があるので、ちゃんと洗濯済みの下着を付けていることは明言しておく。


「話を戻すが、洗濯する時間が重なるために洗濯場がいつも混み合っている。

 身分の下の者がいつも待たされていて、先日も陪臣の子が夜中遅くに洗濯していたようなのだよ」


「まぁ、それはお気の毒ですことですわね。

 もし、それが問題なら洗濯をする曜日や時間を決めるべきですわね」


 身分差が当たり前の世界で、上位の身分で育ったミレイには下の者の苦労は理解できない様である。


「それも考えたが結局は身分の下の者が遅い時間帯になるだけなんだよ」


 学生同士の間の平等は飽くまで学院が言う建前上のことである。


 実際のところ、長年に渡って築き上げられてきた身分の差など簡単に埋められるものではない。


「洗濯を予約制にするのはどうですか?」


「そうだな、仮に予約制にしても身分の高いものは幾らでも割り込みが可能だろうな」


 ビーカはチラリとミレイを見てリリアの質問に答える。


「卒後して社交界に出ればそうなるんだから学生に我慢させればいいんじゃない」


 学院の理想論に"イラッ"っとしたリーネが現実を見据えた発言をする。


 いくら大商家の令嬢とはいえど庶民のリーネは貴族との身分差というものを身を持って体験しているのである。


「ところが、そうもいかないだよ。

 例え建前上であっても学院が安に身分差を認めることはできない。

 その辺りの事情はこの研究所と同じだと思うがな」


 ビーカが壁に掲げている"発明品の前では人は平等である"のスローガンをチラリと見る。


「こ、ここには本当に身分差がありません、学院とは違います」


「良いか悪いかは別にして確かにここには身分差はございませんわね」  


 アルマはビーカに反論したように聞こえるが、上位の身分のミレイが言うと何だか嫌みの様に聞こえてくる。


「えっと、話しを戻しますね。  

 洗濯場が混み合わないようにすれば良いと言うことでしょうか?」


「それで身分の下の者が夜遅くに洗濯をしなくなればそれで良い」


 自身も学生時代に身分差で苦労したビーカは、身分が下の者への配慮の姿勢を崩さない。


 これはユウイチの推測だがビーカと理事長である子爵とは反りは絶対に合わないはずである。


 ひょっとしたら、今回の相談は学院からではなくビーカ個人が無断で行っているのかもしれない。


「よし分かった、苦学生のために何とかしよう!」


 リリアとビーカが話を纏めたところで、それまで完全に気配を消していたユウイチが突如として声を上げた。


 ユウイチの頭の中には前世の名曲である"学生街の喫茶店"や"神田川"が流れているかもしれない。


「あら、所長さんがいらっしゃるのをすっかり忘れておりましたわ」


「ゆ、ユウイチ所長、びっくりさせないで下さい!」


「でも、所長には具体策がありそうね。

 後で何が起こるかまでは分からないけど」


「ユウイチさん、スライムに汚れを食べさせるのは無しですよ」


「リリア嬢、所長殿に任せて大丈夫なのか?」


 教え子達の発言を聞いてビーカは不安になったようだ。


「大丈夫だ、ビーカ先生。

 安心してくれ、名案が頭の中で"グルグル"と回っているからな」


  「「「「とっても不安なんですけど!」」」」


 自信ありげなユウイチとは裏腹に不安を隠せない四人は一斉にツッコミを入れた。


「ビーカ先生、一週間頂ければ問題を解決してみせますよ」


「一週間で問題が解決できるのか …… 

 ならば、駄目元でお願いしてみるか」


 こうして会議は無事に終了したのであった。  



 対策会議から一週間後にユウイチを始めとした五人は学院の女子寮にやってきた。


 普段は男子禁制なのだが今回だけは特別に可をもらってある。


 だから、学生達にはユウイチを不審者だと騎士団に通報するのは思い止まってもらいたい。


「これが洗濯場の混雑を解消する魔導具の"コインランドリー"だ」


「コインランドリーって、この魔導具はコインを洗いますの?」


 四人を前にしたプレゼンの緊張感からから、ユウイチは思わず前世で呼び慣れていた"コインランドリー"と言ってしまった。


「ミレイ嬢、なんと言うか雰囲気だ。

 コインは気にしないで聞き流してくれ」


 ここで、前世の話をしてもややこしくなるだけである。


「先ずは所長の説明を聞いてみましょう。  

 ツッコミを入れるのはそれからでも遅くわないわ」


 ここは荒れそうになった場をリーネが鎮めてくれた。


「ありがとう、リーネさん。

 これは自動で洗濯をしてくれる頼もしい魔導具の"魔導ランドリー"なんだよ」


 改めて魔導ランドリーと言い直したユウイチは照れ隠しに"バンバン"と魔導ランドリーを叩いている。


「ゆ、ユウイチ所長の言う通りに自動で洗濯するなら凄い発明です」


「ユウイチさん、この中でスライムが衣類の汚れを食べるわけではないですよね?」


 アルマは素直に褒めたが、リリアはいつものスライム弄りを始めた。


 この辺りは付き合いの長さの差であって、決してリリアがひねくれた性格だと言うわけではない。


「スライムは入っていないが、これでスライムを洗うことも可能だぞ」


「ユウイチさん、何の冗談ですか?」


「いや、気にしないでくれ……」  


 リリアのスライム弄りを悪ノリで返してみたが、不穏な空気を感じたユウイチは直ぐにその場を離脱した。


「これは口で説明するよりも見てもらった方が早いだろうな」  


 そう言ってユウイチは扉を開けて、シーツや作業着をまとめて放り込んでいく。


「洗濯物を入れたら扉を閉めて、この"開始ボタン"に魔力を注ぐ。  

 そして、ランプが緑色になったら洗濯を開始するんだ。  

 リリア君、魔力を頼むよ」


「あっ、はい」  


 リリアが"開始ボタン"に魔力を注ぎ終わると緑色のランプが点灯して魔導ランドリーが"ウーーン"と唸りを上げて回り始めた。


「このまま回転しながら水と洗剤が注入されて"洗い"の工程に入る」  


 扉の透明な部分からユウイチの説明通りに"グルグル"と泡と衣類が回っているのが見える。


「"洗い"が終わると次は"濯ぎ"の工程に変わるんだ」  


 "ガタン"と回転が止まり汚れた水が抜かれて綺麗な水が注がれていく。


「また、回り出しましたね」  


 リリアが"灌ぎ"の工程に入った魔導ランドリーの扉に被り付きそうな勢いで中を覗いている。


「そして"脱水"してから"乾燥"までしてくれるんだよ」


「へぇー、干さなくてもいいのね。

 一人暮らしなら雨の日なんかは助かるんじゃない」  


 リーネの言うとおりで乾燥まで付けたのは前世で何度も洗濯物をゲリラ豪雨に濡らされたユウイチなりの拘りポイントである。  


 暫くすると"ピーピーピー"と音がして"完了"の表示が赤く灯った。


「よし、乾燥が終わった。  

 後は取り出しすだけでいい」


 無事に全工程が終わってユウイチはドヤ顔になっている。

 

「所長さん、魔導ランドリーは衣類を畳んではくれないのかしら?」


「あははは、そこまでは無理かな」


 魔導ランドリーにそこまで望むのはさすがに酷と言うものである。


「で、でも、これなら手で洗うより格段に早いです。

 きっと、学生達の役に立ってくれるはずです」


 ミレイにはアルマの素直な感想を見習って欲しいユウイチである。


「これを十台ほど設置しておけば洗濯場が混雑することはないだろ」


 この際、順番待ちは仕方がないとして、身分が下の者にできるだけ早く順番が回ってくるように願うだけである。


「これなら、待っている間に勉強とかできますね」


「り、リリア様が珍しく優等生の発言をしています」


  「「「はははは……」」」


 アルマのマイブームのツッコミで一同は笑顔になったのである。  



 そして、学院に魔導ランドリーが設置されてから一週間が経ったある日のことである。


「あの、ビーカー先生はいらっしゃいませんか?」  


 教員室に一人の学生が入ってきて尋ねている。


「ん、ビーカー先生なら授業中だろう?」


「はい、私達のクラスの授業の担当なのですが、途中から姿が見えなくなりまして……」


 ビーカに何か不測の事態でも起こったのだろうかと学生は困惑している様子である。


「失礼します。  

 クラリス先生はこちらに戻って来ませんか?」  


 今度は違うクラスの学生が職員室にやって来て尋ねた。


「ん、クラリス先生もいないのか……

 何か事件か事故でもあったのか? 」


 教員室がざわつき始める中、更に一人の学生がやって来た。


「先生達が魔導ランドリーで洗濯中で授業に戻って来ません!」


 後日、副理事長から"魔導ランドリーの使用は学生のみに限る"の通達が出されたのであった。


 それと時を同じくして、この男が動き出した。


「旦那様、どうかお止め下さい!」


「今日から洗濯は儂の仕事とする故、そなたらは他の仕事をするように」


 "自称天才錬金術師"で魔導具オタクのランバン=ニアークティック男爵は従者を追い出して屋敷の洗濯場を占拠している。


「フッ、やっと手に入れた魔導具だ、存分に楽しませてもらうぞ」


 男爵のランバンを以てしても序列で購入の順番がどんどん後回しになっていたのである。


「洗濯物を中に入れてコインを投入口に入れるてボタンを押すだけで良いのか、大掛かりな割には操作は簡単だな」


 商業ギルドから市販するにあたって、魔力の少ない庶民を考慮してコイン投入方式の魔導ランドリーも発売した。


 ランバンはいても立ってもいられずに屋敷で使うにも関わらず手に入り易いコイン投入方式の魔導ランドリーを選んだのである。


「よし、衣類を入れて扉も閉めた。

 後はコインを一枚二枚、これで三枚目だな」


 規定のコインを投入し終えたランバンは開始ボタンを押した。


「……、ん。

 もう一度、開始ボタンを」


 何故か魔導ランドリーはうんともすんとも言わない。


 ランバンは何度かやり直してみたが結果は同じであった。


「まさか、欠陥品ではあるまいな」


 ランバンは商業ギルドへ赴いて担任者にクレームを伝えた。


「男爵様、誠にもうわけないのですが、コインは投入されましたでしょうか?」


 ランバンが魔力注入方式だと勘違いしている可能性もあるため、担当者は念のために確認する。


「金貨を三枚、投入してあるが」


 ランバンは自信を持って担任者に答えた。


「男爵様、銅貨でお願いします」


 担任者は敢えて申し訳なさそうにランバンの間違いを指摘した。


「フッ、"どうかお止め下さい"と"銅貨でお願いします"か」


 ランバンは興奮し過ぎだ余り思いっきり勘違いをしていた様である。



 後日談 。


 私の名はリーネ。


 何故かリリア様が苦手。  


 私の実家のクロイツ家は王都で三本の指にはいる大商家。  


 ……と言うのは表の顔。  


 実はクロイツ家には裏の顔がある。  


 それは王家を影"ジエットブラック"としての顔。  


 クロイツ家の血を引く者はこの宿命からは逃れられない。  


 それが王家と交わした契約だから。


 私は五歳の時にお父様から、神話に出てくる影を生きる魔女"エマーリア"の名前を与えられた。  


 それ以来、影で生き抜く術を叩き込まれた。


 そして、今も影を生きている。  


 私はリリア様が苦手。  


 あの光の女神の様な前向きな明るさが影を生きる私には眩し過ぎるから。  

 

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