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【第三十三話】魔導草刈り機

 こちらの世界の植生は前世のそれとは少し違っているようで、何故か冬になって青々と成長するひねくれた植物がある。


 この季節外れに成長する植物は望まれない植物、いわゆる厄介者の"雑草"と言うことになる。


 今回はそんな季節外れの雑草に前世では"雑草魂"を持ってブラック企業で頑張っていたユウイチが挑む話である。



「リリア様、少しじっとしいてくださいませんこと。

 気が散って集中力が削がれてしまいますわ」


「そ、そうですよ。

 これでは、ゆっくりお茶も頂けません」


「なんだか、リリア様は主人の帰りを待つ犬のようね」


 三人が言う通り、今日のリリアは朝から事務所の入り口と自分の席の往復を繰り返していて本当に落ち着きがない。


「……すいません」


 三人に叱られたリリアが"トボトボ"と席に戻っていく。


「はぁ ……」


 リリアは席に着いたかと思うと大きな溜め息を吐いた。


 その時、事務所の自動ドアが開き"カツカツ"と重厚な足音が事務所内に響いた。


「失礼致します、セバス=アレミロードと申します。

 所長殿はおられますかな?」


 皆が注目する中、七三刈上げにすれば物凄く似合いそうなナイスミドルが丁寧に挨拶をして中に入ってきた。


「これはこれは、セバス殿。

 お待ちしておりましたよ。

 さあ、奥へどうぞ!」


 リリアからセバスの訪問を事前に知らされていたので"才槌で庭掃く"と言った訳ではない。


 ユウイチは座席まで案内して自らお茶の用意をする。


「だから、リリア様は飼い犬の様に朝からそわそわしてたのね」


 リーネに言われてリリアが顔を真っ赤にして小さくなって俯いている。


「皆様、娘がいつもお世話になっております」


 案内された席に座わる前にセバスが一礼する傍らでリリアも恥ずかしそうに頭を下げている。


 ここで、断っておくがリリアの父親の名前は異世界転生モノでは超有能な執事であることが多い"セバスチャン"ではなくて"セバス"である。


 これは、決して作者がひねくれているわけではない。


「こちらこそ、リリア君には助けられていますよ。

 セバス殿、どうぞ掛けて下さい」


 お茶を淹れて戻ってきユウイチに勧められてセバスは席に着いた。


「んっ、それでは今から対策会議を始めたいと思いますが皆様の準備はよろしいでしょうか?」


「り、リリア様、何だかいつもより固いです。

 リラックスして下さい」


 アルマが冗談めかして指摘した通り、リリアはまるで前世の授業参観日の小学生のように緊張して固たくなっている。


「緊張する気持ちも分かるが、アルマ嬢の言う通りだな。

 いつもの通りで構わないぞ、リリア君」


 前世の授業参観で同じ様な経験をしたことがあるユウイチはリリアの心情が痛いほど分かるのである。


 余談ではあるが王立学院には授業参観日はない。


 何故なら貴族が授業を参観すると先生方にとってとても面倒臭いことになるからである。


 だから、リリアは授業参観は初めての体験である。


「では、改めまして。

 今日は叔父さ……

 もとい、宰相閣下のお屋敷の庭師からの相談です」


 リリアが宰相を叔父さまと言い掛けたところで、セバスが"ゴホン"と大きめの咳払いをした。


 ドリルノートの一件から分かる様に、恐らくセバスは娘の躾には厳しい父親のようである。


 以前、リリアが"のびのびと育てられた"と言っていたのは本人の思い違いではないだろうか。


「詳細は庭師に成り代わって私から説明致しましょう」


 我が娘の拙い司会振りに耐えかねたセバスが切り出した。


「で、ではお願いします」


 セバスのプレッシャーに耐えかねたリリアもあっさりと主導権を明け渡した。


「実は宰相邸の隣の空き地に生い茂った雑草を刈るのに庭師が苦労しているのです。

 雑草が生えない様にするか、刈取りが楽になるようにするかできないものかとご相談に参ったしだいです」


 言い終わるとセバスはリリアに目をやった。


「では、皆でアイデアを出し合いましょう」


 リリアはぎこちなくも司会進行役に戻ってきた。


「空き地にしておくから駄目なのではありませんこと」


「ミレイ様、あの空き地は王家の直轄地でございます。

 勝手に何かを建てる訳には参りません」


 一度の挨拶で全員の名前を覚えてしまったセバスの爪の垢を煎じて何処かのスイーツ好きに飲ませてあげたいとユウイチは思った。


「そういうことですのね」


 さすがのミレイも今日ばかりはいつもの毒を封印しているようである。


「人手を掛ければいいだけじゃない」


「ぼ、冒険者ギルドなら引き受けてくれるはずです」


 リーネとアルマが王道の手段である人海戦術をセバスに勧める。


「当家は使用人の数が少なく、庭仕事にかける人手は余りございません。

 冒険者ギルドに依頼する手もありましょうが素性の確かな者でなければなりません。

 そうなると自ずと人手が集まりません」


 冒険者の中に不貞の輩が紛れ混んでいる可能性も考えられる。


 政敵の多い宰相の屋敷なら人の出入りには常に警戒しておかなければならない。


 セバスはその辺りの事情を言葉少なに説明した。


「リリア君はどう思う?」


「えっ、えっとですね。

 草を刈るのに便利な魔導具か何かがあればいいなと思います」


 ユウイチの質問に答えたリリアを見てセバスが眉をひそめている。


 授業参観日に限って先生が普段から大人しい生徒を指名するのはよくある話である。


「リリア様、草を刈るのに適した魔導具とはゴーレムみたいなものをお考えなのかしら?」


 授業参観日の先生が大人しい生徒を指名する狙いは、質問することで何かと脱線しがちな授業を自分のペースに持ち込みたいからである。


 だが、ミレイはユウイチ先生の意に反してリリアの話を膨らませる。


「そうですね、草刈り作業をするなら手と足は必要だと思います」


「り、リリア様、ゴーレムは制御するのがとても大変ですが大丈夫でしょうか?」


 アルマもユウイチ先生の意を汲み取らずにミレイの話に乗っかっている。


「そうね、この研究所で作ったゴーレムは絶対に人格を持って暴れるわよ」


 止めとばかりにリーネが完全に話を脱線させてしまった。


 だが、こちらの世界の住人が草を刈る魔導具を考えるとヒト型のゴーレムになることは分かった。


「皆様、暴れ出すような魔導具は困りますよ」


 四人による草刈りゴーレム案を聞いていたセバスが不安を口にする。


 確かに両手に鎌を持って暴れ回る魔導具は草刈り作業用ではなくて、ただの無差別殺戮マシーンでしかない。


 もし、そんなマシーンの近くに人がいたら堪ったものでない。


「セバス殿、暴れない魔導具であれば問題ないですよね?」


「暴れない上に庭師に扱えるものならば問題はありませんが、魔導具にそれが可能ですかな?」


 四人のゴーレム案を黙って聞いていたユウイチが草刈り用の魔導具を閃いたようである。


 これでリリアの授業参観ばかりを気にして、"植木屋の庭に木が多い"などと言われる心配はない。


 だが、セバスは庭仕事をする魔導具を俄には信じ難いようである。


「分かりました。

 暴れること無く草を刈る魔導具を作りましょう」


「ユウイチさん、ありがとうございます。

 きっと、庭師のおじさんも喜びます」


 依頼主の自分よりも先にお礼を言ってしまった司会者のリリアにセバスが額を押さえて"はぁー"と深い溜め息を吐いている。


「あははは、リリア君。

 礼を言うのは魔導具を見てからでも遅くはないぞ」


「そ、そうですね」


 セバスの呆れた顔を見てリリアは罰が悪そうに俯いてしまった。


 この後、リリアの案内で研究所内をじっくりと見学したセバスは色々と言いたげそうな顔をして帰って行った。


 恐らく、リリアに"社交界用のドリルノート"が追加されることは想像するに難くないのである。



 対策会議から一週間が経ったある日のこと、研究所の中庭に五人が集まっている。


「これが草刈りと言う重労働から人類を開放する魔導草刈り機だ」


 ユウイチが前世の草刈り機を丸パクりした魔導具を肩から掛けて自慢気に立っている。


「所長さん、ゴーレムにしては腕が一本しかないではありませんこと?」


「ミレイ様の言う通り、本当に片方の腕だけね」


「そ、それに手に指がなくて真ん丸です。

 これでは鎌を持つことができません」


「ユウイチさん、これでどうやって草を刈るんですか?」


 魔導草刈り機を始めてみた四人の理解は遠く及ばないようである。


「ちょっと離れて見ていてくれるかな」


 "百聞は一見に如かず"、ユウイチは魔導草刈り機のハンドルを両手で握った。


「それでこのレバーを"グイッ"と握れば」


 そう言ってユウイチがレバーを握ると"ブーン"という音と共に丸い円盤が凄い速さで回転した。


 エンジンではなく魔法陣を使ってブレードを回転させているのだが、無音だと危険が生じるので敢えて音が出るようにしてある。


「所長さん、何ですのこれは……?」


「ゆ、ユウイチ所長、全く意味が分かりません……」


「でも、スライムを使ってないことだけは分かりますね」


「これなら、人格を持って暴れ回っても両手で握っていれば制御できそうね」


 残念ながら鎌で草を刈った経験のない四人の令嬢には草刈り機の真価が十分に伝わっていないようである。


「この魔導草刈り機は高速回転する刃で雑草を根元から一気に刈り取るんだよ」


 そう言ってユウイチは研究所の庭の雑草を"サクサク"刈り取っていく。


「所長さん、初めからそうやって見せてくれれば分かり易くてよ」


「ゆ、ユウイチ所長、何だか凄いです」


「ユウイチさん、この魔導具ならスライムぐらい狩れそうですね」


「……これは間違いなく売れるわ。

 今からギルドへ連絡してこようかしら」


 漸く、四人の令嬢は魔導草刈り機の真髄を理解したようである。


 これが前世の実演販売ならば、きっと四人は即買いして帰ったに違いない。


「うん、皆の反応を見て自信が確信に変わったよ。

 リリア君、後は頼んだよ」


 調子に乗ったユウイチは前世の"平成の怪物"のコメントを丸パクりした。


「はい、持って帰って庭師のおじさんに渡します!」


 こうして魔導草刈り機はリリア経由でセバスに届けられたのであった。



 リーネの手によって草刈り機が商業ギルドから発売されて一ヶ月が経ったある日の貴族街。


「おぉ、精が出ますなハーミット殿」


「ははは、クレモーン殿こそ朝から張り切っておられますな」


 貴族街ではお隣さん同士で、このような挨拶が日常的に交わされるようになっている。


「やはり"刈り"は最高ですな。

 この"刈った"後の爽快感がたまりませんな」


 今、貴族の間では魔導草刈り機で屋敷の庭の手入れをすることが流行っているらしい。


「そう言えばランバン男爵が、魔導草刈りを持って魔物の森に"狩り"に行かれた話は聞きましたかな?」


「いえ、それは初耳ですな。

 それにしても魔導草刈り機で魔獣狩りですか?」


 ハーミットが先日の集まりで仕入れてきた話をクレモーン聞かせる。


「ここだけの話ですが、何でも自ら改造を加えた魔導草刈り機を担いで行ったらしいですが手傷を負って帰ってきたそうですよ」


「はははは、ランバン男爵は勇者ですな」


 貴族の"ここだけの話"はここだけではすまないからタチが悪い。


 きっとクレモーンは次に会った人にこの話をするだろう。


 斯くして魔導具オタクのランバンは暫くの間、"勇者ランバン"と呼ばれることになるのである。


「草刈りは魔獣狩りより危険がありません。

 私は決して勇者にはなりませんぞ」


 今、王都の貴族の間で魔獣狩りに出掛ける者が減っているそうである、



 後日談。


 ー父セバスの回想ー


 リリアの父のセバスでございます。


 再びの登場をお許し下さい。


 今日は娘の仕事振りを初めて見ました。


 しっかり育てたつもりでありますが所々に粗が目についてしまい、なかなか心臓に悪いものでございました。


 リリアの母、つまりは私の妻は宰相である旦那様の妹でございます。


 旦那様は敵が多く、妻子を狙われることを危惧して独身を通しておいでです。


 その為か姪であるリリアが生まれたことを殊の外、お喜びになりました。


 いつもは鋭い眼光をなされている旦那様もリリアを前にすると目を細められます。


 しかし、リリアは旦那様の姪と言うことで色々と苦労して参りました。


 公爵派の令嬢には敵視され、中立派の令嬢達からは遠巻きに見られておりました。


 近寄ってくるのは下心を秘めた親の言い付けを守った者達だけでございます。


 それでは本当に心を許せる友達などいようはずがございません。


 しかし、リリアはどんな時でも笑顔を絶やしませんでした。


 それでも皆がリリアの後ろに旦那様の影を見ている為に働き口探しに苦労いたしました。


 新しくできた魔導具研究所で採用されることが決まった時には"ホッ"としたものでございます。


 毎日、明るく楽しそうに研究所に通う娘を見ていると、ふと思うことがございます。


 リリアの名は神話の中の"光の女神リリナスティア"様の名から一部を拝借したものでございます。


 名前を拝借した時に一緒に加護も拝借したのかも知れないと。

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