【第三十二話】ヘアスタイル
今、王都の若い騎士達の間では魔獣を仕留めた後のポーズが話題になっているようである。
これは魔導具研究所のパワードスーツが発端ではあるが、パワードスーツを着用していない王城と王都騎士団の騎士達もあれこれとカッコいいポーズ考えているようようである。
これは、前世の野球選手がホームランを打った後にバットを高く放りあげる"バットフリップ"のような感じのノリであろう。
二刀流で魔獣を斬った騎士が"確信歩き"をしていたらメジャー級ではないだろうか。
だが、この流行りを見て顔をしかめているベテラン騎士もいるようで、こちらの世界でもジェネレーションギャップは確かに存在するようである。
そんなある日のこと、いつもはのんびりムードの漂う研究所に珍しく"ピーン"とした空気が張り詰めている。
「こちらは王立学院で理事長を務められおられるリッジ=ガークウィン子爵です。
王立学院の卒業生には改めての説明は不要だと思いますが、リーネさんとユウイチさんはお会いするのは初めてですよね」
この子爵は若者の流行に渋い顔をするベテラン世代の代表格の様な男である。
「私は教会学院の出身ですからね。
そんな私が、ご高名なガークウィン子爵とご同席できるなんて光栄の極みだわ」
リーネの顔には"何よ、ただのしょぼくれた爺さんじゃない"としっかりと書いてある。
「そうか、教会学院出か……」
対して、不満そうな子爵の顔には"この庶民風情が"とはっきりと書いてある。
「所長のミズシマ・ユウイチです。
予め断っておきますがここでは身分の上下は関係ありませんのでご了承下さい」
二人の静かな戦いを見守っていたユウイチは挨拶をして壁の額縁を指差した。
事務所の壁にはバーガー・カテドラルと同じく大司教を模したロゴマークの看板が掛けられている。
そして、その下には"発明品の前では人は平等である"の文字がデカデカと書かれている。
これは子爵の来訪を聞いたユウイチが大急ぎで用意したもので、大司教の威光を借りて子爵を黙らせようという魂胆である。
人助けの言い出しっぺである大司教の名前ぐらい借りてもバチは当たらないはずだとユウイチは打算した。
「ふん、心得ておる」
子爵の顔からは忌々しさが滲み出ているが、大司教がユウイチのバックに付いていては異論を唱えることはできない。
子爵は大人しくこの場での平等を受け入れるようである。
「それでは対策会議を始めます。
先ず、今回の相談内容のご説明をお願いします」
子爵が後ろに控えていた従者に目配をせをすると従者が"ペコリ"と頭を下げて話し始める。
これを見て"平等とは何だろう"とユウイチは思うが、敢えて口には出さないでおいた。
「ご主人様は乱れがちの学院の規律を正す魔導具を皆様に発明して頂きたいと仰せでございます」
「規律を正す魔導具?」
ユウイチは、てっきり授業に役立つ魔導具の相談だと思って"黒板消しクリーナー"や"オーバーヘッドプロジェクター"など前世の昭和の教室にあった物を魔導具化しようと思っていた。
「規律が乱れていると言うことは、近頃は規則を守らない学生が多いということかしら?」
伯爵令嬢のミレイが理事長である子爵に物怖じすることなく堂々と質問した。
「さすがは伯爵家のご令嬢にして我が学院を首席で卒業だけのことはありますな。
やはり、学業が優秀な者ほど規則を守る傾向にありますからな。
まさか規則を破る者がいるとは思わないでしょうな」
家柄と成績が優秀なミレイは子爵の覚えが目出度いようである。
いや、伯爵の覚えが目出度くなりたい子爵の下心たっぷりの褒め言葉かもしれない。
「天下の王立学院では規則を破っても罰が与えられないのかしら?」
精一杯の嫌みを込めてリーネは子爵に聞いてみた。
「ふん、罰は与えておるが効果がないからこうして頼んでおるのだよ」
どうやら庶民のリーネは子爵の覚えが目出度くないようである。
それを察したリーネは空気を読んでそれ以上の口出しはしなかった。
「が、学生時代の経験では例え罰を与えても何の解決にも繋がらなかったです」
「アルマ様の言う通りです。
例え反省を強要しても自分から反省するようでないと学生は再び規則を破りますよ」
「お二人さん、学生の本分は勉強することですぞ。
当然、規則を守るのも勉強であるのですぞ」
恐らく、可もなく不可もなくの学生であったであろうリリアとアルマの考えを子爵が一刀両断に斬り捨てた。
「それで具体的には、何が問題なのですか?」
子爵の教育論に何の興味も無いユウイチは、無駄な議論をせずに話を先に進める。
今日はいつもと違って会議の冒頭から臨戦態勢のユウイチである。
「ご存知の通り学院では制服を採用しておる関係で学生達は髪型で個性を出したがる。
これは他人との違いを唯一出せるのが髪型だからであろうな。
だが、髪型から始まり少しづつ学院の規則からはみ出していくのだよ」
この子爵なら前世の学園物のドラマで"学院の敷地を勝手にリゾート開発業者に売り渡そうとしている悪徳理事長役"を地で演じられそうな感じである。
「もっと学生の自主性を尊重しませんか?」
「せ、先生方には課題を提出した時に"他の学生の真似をせずにもっと個性を出せ"と言われました」
リリアとアルマが前世の学園物のドラマの話の分かるOBの様になっている。
「フッ、学生達も同じようなことを言っておる。
お二人は社会に出ても学生気分が抜けておられぬようじゃな」
前世の学園物でもよく見られた"卒業しても学生気分"弄りを子爵にお見舞いされてリリアとアルマが口ごもってしまった。
「髪など侍女に任せておけば問題のないようにして頂けますのに」
「全くですな。
自分に自信があれば見た目など気にならぬもの。
いや、自信があればミレイ嬢の様に気品など自然と出てくるものである」
家柄の良い優等生のミレイに肩入れした子爵の姿は、"権威にはゴマをする"前世の学園物の敵役である悪徳理事長キャラそのものである。
「それで、他に問題点はありますか?」
アルマとリリアは先ほど戦意を挫かれ、リーネは以前として黙りを決め込んでいる。
"あの子達は腐ったミカンではない"とばかりに学生側の最後の砦として熱血教師・ユウイチは悪徳理事長に敢然と立ち向かう。
「そうだな、すぐにブームに流されるところだな。
それによって学業が疎かになり成績が下がる傾向が強い」
規則と成績が学生の良し悪しの判断である悪徳理事長が正論を振りかざしている。
「せ、先生からはもっと好奇心を持てと言われた気がします」
「面白い物に興味を持つのは良いことじゃないですか!」
熱血教師ユウイチに続けとばかりにOBリリアとアルマも再び勇気を出して意見を述べる。
「お二人ともいいですかな、それは飽くまで規則の範囲内での話ですぞ」
悪徳理事長の正論は止まるところを知らない。
「フッ、子爵が相談なされている相手こそが、昨今のブームの発信源ですわよ。
本当に相談などしてもよろしいのですか?」
優等生ミレイが熱血教師と悪徳理事長の対決ムードに油を注ごうとしている。
「ミレイ嬢、"蛇の道は蛇"という言葉をご存知かな?」
魔導具研究所は蛇、こちらの世界で言えばサーペントであると悪徳理事長が言っている。
「そこまで仰るのなら、我々が新しいブームを作りましょう。
そして、そのブームで学院の規律を正して見せますよ」
魔獣扱いされて"カチン"ときた熱血教師ユウイチが、"売り言葉に買い言葉"で悪徳理事長の子爵に喧嘩を売った。
「新しいブームを作るですって!
所長さんは、話しも聞かずに寝てらっしゃいましたの?」
「ゆ、ユウイチ所長、さすがにブームでは規律は正せません」
「私はユウイチさんが言う"規律を正すブーム"がどんな物か見てみたいです」
三人がユウイチの提案にすぐに反応を示した。
リーネは口を噤んだままだが、ユウイチに目で何かを訴えかけている。
「大丈夫だ、規則なんて壁はぶっ壊せばいいんだ」
「ほう、面白そうではないか。
ブームで規律が正せると申すならやってみるがいい」
この一言で前世の学園物ドラマの定番である"熱血教師VS悪徳理事長"の対決の構図が固まった。
「分かりました。
準備に一週間いただきましょう」
こうして、グレートティーチャーではないがユウイチは学生側の代弁者として悪徳理事長に立ち向かうことになったのである。
大荒れの対策会議から約束の一週間が経った。
今、五人は王立学院のとある教室に来ている。
「これが"魔導バリカン"で、こちらが"整髪料"だ」
ユウイチが机の上にその二つを並べて置いた。
但し、敵を増やしたくないユウイチは整髪料の原材料にスライムが使われていることの明言は避けている。
ユウイチは明言は避けているが、今回はスライムが問題の原因になることがないことは先に言っておこう。
「その二つの発明品で本当に所長さんの言う"規律を正すブーム"が作れるのかしら?」
「何だか嫌な予感しかしてこないわ」
ミレイとリーネは二つの発明品で作る新たなブームには懐疑的な立場である。
「ゆ、ユウイチ所長、その二つの発明品でどんなブームを作るんですか?」
「この二つを使って学生に新しいヘアスタイルを提案するんだよ」
これは先日の会議で髪型を引き合いに出していた子爵へのユウイチなりの当て擦りである。
「新しいヘアスタイルですか面白そうですね。
私も新しいヘアスタイルに挑戦してみたいです」
「リリア君、挑戦するのは構わないが今回は男子学生向けなんだよ」
「そうなんですか……」
ユウイチの説明を聞いて面白い物センサーが反応していたリリアはがっかりとしているが、ユウイチが提案する新しいヘアスタイルは前世の日本人女性にならなくもない話である。
「いいか、この魔導バリカンで髪を刈り上げてから、この整髪料で"ピッチリ"と七対三に分けるんだよ」
早速、アルバイトで募集したモデル役の学生にユウイチがやって見せた。
「へぇー、何だか見た目が"スッキリ"としましたね。
とっても良い感じです」
「そうね、リリア様が言う通り"グッ"と清潔感が出たわ」
「そ、それに、見るからに真面目そうな感じがしてきます」
「ふーん、これなら"中の下の上"と言って差し上げても良いかもしれませんわね」
こちらの世界では新しいヘアスタイルである"七三刈上げ"は研究所の女性陣に概ね好評のようである。
七三刈り上げにされた当の学生も鏡を見て満更でもなさそうな顔をしている。
「どうだ、この七三刈上げはブームになりそうだろ?」
女性陣の評価を受けてユウイチは既に成功を確信しているようである。
「ユウイチさん、見た目は非常にいいんですけど……
何と言うか私はネーミングが気になります」
「あぁ、アレね。
リリア様は"エレガンス・ウォーム"に負けた"ババシャツ"と同じと言いたいのね」
そう、過去にリリアが漏らした一言をリーネが拡散したアレである。
「ば、"ババシャツ"派は少数派だったから"七三刈上げ"も少数派になりそうです。
そうなったら、ブームは起こりませんよ」
「あら、それなら"クールカット"か"フェードカット"なんて名前はどうかしら?」
四人は過去にネーミングで失敗したババシャツの二の舞を危惧している。
「皆、安心してくれ!
ババシャツと同じ轍は踏まない。
何故なら、今回のターゲットは女性ではなくて男子なんだよ!」
「「「「はぁ?」」」」
前世の学生時代にアイドルロックバンドの髪型を真似、更にチェックの服まで着てユウイチは懸命に女子にアピールしていた。
とにかく女子が"キャーキャー"と言えば、思春期の男子には名前なんてどうでもいいのである。
「皆、大丈夫だ!
男子学生など子供も同然、恐れることはない!」
だが、そんな話はこちらの世界の令嬢達が知る由もない。
「ゆ、ユウイチ所長が物凄い自信を持っています」
「アルマ様、今までの経験だとユウイチさんの自信が大きいと来る反動も大きいですよ」
「その反動は私達にも向かって来ると言うことかしら?」
「恐らくはそうなりますわよ。
巻き込まれない様に今のうちから避難すべきですわね」
四人は新しいヘアスタイルでブームを作ることに対して今一つ腰が引けている。
「大丈夫だ!
ヘアスタイルは社会現象を起こす力がある」
前世では先ほどのチェ○○○ズカット以外にも、○太郎カットやウルフカットなど例を挙げれば枚挙に暇がない。
「所長は物凄い自信ね。
商業ギルドで取り扱えるか検討してみようかしら」
「規制局でも厳正に審査をしてみますわ」
「ほ、法律的に何の問題もありません」
「でも、ネーミングが……」
このユウイチの前世の経験からくる妙な自信は四人を黙らせるだけの力が十分にあった。
こうして魔導バリカンと整髪料は商業ギルドから発売されることになったのである。
魔導バリカンと整髪料が発売されて二週間が経ったある日のこと。
研究所では五人が配られた経過報告書を読んでいるところである。
これは報告書に記載された、学院の女子寮の一室での会話である。
「今日のヴェディト様は素敵でしたわね。
あの清潔感のある"七三刈上げ"と言う髪型に私は惚れ惚れといたしましたわ」
「あら、ナタリー様は確かリーミントン様推しではなかったのかしら?」
相部屋の二人が学院の男子学生の話をつまみに夕食後のお茶を愉しでいる。
「そ、そんなことはありませんわよ。
キャサリン様、私は一途なんですから…… 」
「そうかしら、リーミントン様の前はモナクル様、それから……」
キャサリンはナタリーをからかうように指を折って数えていく。
「もうキャサリン様、意地悪は止めて下さいませ……」
「その替わりにナタリー様にはヴェディト様を諦めて頂きましょうか?」
「まぁ、キャサリン様と推しが被ってしまいましたのね」
「「フフフ……」」
この様に"七三刈上げ男子"を対象にした可愛いらしい恋の駆け引きが女子寮の至るところで繰り広げられているのである。
「今迄になかった斬新で清潔感のある髪型に思春期の男子学生が飛び付いたようです。
今では殆どの男子学生が"七三刈上げ"にしているそうですよ」
清潔感を感じさせる髪型は女子学生にも好評を博しているらしい。
この"ピシッ"としたヘアスタイルにほぼ全員が右に倣えをしている結果には悪徳理事長のガークウィン子爵も満足しているようである。
「そ、それと王城に勤める若い役人にも広がっているようで、城の至るところで"七三刈上げ"にした役人を見かけます」
リリアの報告に続いてアルマが王城の内情を報告してくれた。
「そうか、無事に新たなブームを起こせたようだな」
ユウイチはしてやってりのドヤ顔である。
もし、バットを持っていれば"クルクル"っと天高く放り投げていたことであろう。
「今回は所長さんの子供騙しが上手くいったというところかしらね」
「上手く行き過ぎて何だか後が怖いわ」
「そうですよね、ユウイチさんの発明品でこのままなんてことはないですよね」
「わ、私は、例え"たまたま"だとしても上手くいくことがあって良いと思いたです」
今回は上手くことが運んだが、魔導具研究所は未だ未だ"ONE TEAM"に遠そうである。
その頃、ガークウィン子爵は国王から呼び出されて王城に馳せ参じていた。
「子爵よ……
皆が同じ髪型では余が役人達の名前を覚えられぬではないか」
「はぁ……」
すわ何事かと神妙な面持ちで国王の言葉を聞いていた子爵が狐に摘ままれたような顔になっている。
「それから重ねて申すが、細かい規則に拘らずにもっと学生達の個性を伸ばす教育を信条とせよ。
故に皆が同じ髪型にならぬように"七三刈上げ"は禁止と致す」
「は、はい?……」
己の持論とは真逆の御叱りの言葉に子爵は"ガックリ"と肩を落としたのであった。
翌日の朝。
王城へ寄ってから出勤して来たアルマが子爵が呼び出された件の顛末をユウイチに報告したようである。
「いくら新しいブームとは言っても、ほぼ全員がブームに乗っかったら没個性になるんだな。
あははは……」
アルマからの報告を聞いたユウイチが苦笑いをする。
「そ、そのブームを発信したのはユウイチ所長なんですけど……」
「あははは、……
アルマ嬢に一本取られてしまったな」
アルマは自分の新しいマイブームを作るために、人生で初めてのツッコミをユウイチに入れてみた。
そしてユウイチの反応を見て手応えを感じたアルマは小さな手を"グッ"と握ったのであった。
後日談。
ーミレイの独白ー
自室で一人、ワイングラスを傾けるこの時間が私は好き。
芳醇なワインの香りが鼻に広がっていく。
やはりファーレン領産のワインは最高ですわね。
更に香りを愉しむためにワインを口に含む。
私は幼い頃から、お父様から「ミレイ、将来は公爵夫人なるんだぞ」と言われ育ちましたわ。
一族の大きな期待を小さいその身に背負って生きてきました。
周りの子供が未だ遊んでいるうちから、私は礼儀作法の勉強をしておりましたのよ。
そう、私は誰にも負けてはならない。
その為に人知れず努力もいたしましたわ。
学院の首席卒業はその証の一つですわね。
規制局でもそれは変わらない……
はずたったのに。
私は突如として研究所への出向を命じられましたわ。
これは栄転ですの?
それとも…… 左遷?
私の人生はあの方達のお陰で大きく狂い初めているのかしら。
もしそうだとしたら
……いいえ、きっとそうですわ。
ならば、必ず良い方向に変えてみせますわよ。
ワインは長い時間をかけて熟成されるもの。
私は長い時間をかけて努力してきたのですから。




