【第三十一話】パワードスーツ
「ユウイチさん、大司教様のお話は何だったんですか?」
教会本部から戻ってきたユウイチにリリアが聞いた。
「実はリーネさん達が研究所に出向になった事と少し関係があるんだよ。
それに付いて今から話合いを行いたいと思うんだ」
リーネとミレイとアルマの三人が各所属先から正式に研究所に出向してきたのは、つい先日のことである。
そのタイミングを見計らった様に大司教のミエスクから呼び出されたユウイチは次の様な要請をされたらしい。
「私が魔導具研究所を立ち上げた理由は、魔導具を販売して利益を上げるためではありません。
ましてや、王都で騒ぎを起こす目的でもありません。
教会本部の施設として、困っている人々の助けになることが本当の目的なのです。
今までは二人でしたが出向者を含め五人になるのですから、これからはそう言った活動もお願いしたいのです」
大司教に対してユウイチは"五人全員が賛成すれば要請を受け入れる"と返事をしてきたようである。
「所長、その人助けとやらは無償で受けることになるの?」
いかにも商業ギルドから出向してきたリーネらしい質問である。
「問題が解決すれば何かしら教会に対して寄付してもらうんじゃないかな。
飽くまで"お気持ちで"だと思うけどな」
「フッ、人助けと言っておきながら結局は寄付ってところが教会らしいわ」
商売人気質のリーネと教会本部の相性は余り良くない様である。
「規制局としては、今まで通りの審査基準でよろしいのかしら?」
ミレイからの質問は"問題解決のために手心を加えた方が良いのか?"と言う意味である。
「いくら人助けとは言え、危険な魔導具は世に出せないからな。
そこは今まで通りで良いと思うんだよ」
「それを聞いて一安心ですわ。
私は手心など一切加える気はございませんので、どうぞ覚悟なさって下さいませ」
ユウイチは心なしかミレイの眼光が鋭くなった様な気がした。
「ゆ、ユウイチ所長、王城の補佐官としては国の法律の範囲内でお願いしたいところです」
「絶対に法令を遵守することは約束するよ。
何か問題が起こってお縄に付くようなことになりたくないしな」
それを聞いてアルマは安心したようである。
「私は危険ワードさえ守って貰えば大丈夫ですよ」
「リリア君、それが一番難しいかもしれない……」
「「「リリア様、危険ワードって何?!」」」
この危険ワードはリリアとユウイチにとってはお約束の様なものだが、ハモった三人には初耳の言葉である。
リリアは出向組の三人に対して危険ワードについて簡単な講習会を行った。
「リリア様も苦労なさっていらしたのですわね」
「一番間近にいるんだから当然と言えば当然よね」
「り、リリア様、心中をお察しします」
三人が同情の眼差しでリリアを見ている。
「それで、大司教からの要請を受入れることに反対の人はいるかな?」
流れ弾が飛んで来そうな気配を察知したユウイチは話を変える。
「所長、困っている人が助かるなら私は賛成よ」
「所長さん、私も人助けなら賛成致しますわよ」
「ゆ、ユウイチ所長、私も賛成です」
「私も賛成です、ユウイチさん」
どうやら、四人とも大司教の要請に賛成の様である。
これは決して断ったら大司教の怒りに触れることが怖いのではなく、純粋に人助け協力したい気持ちの現れである。
「そうか、これでは俺が"反対だ"と言う訳にはいかなくなってしまったな……」
ユウイチは頭を掻きながらボヤいている。
「えっ、ユウイチさんは反対しようと思っていたんですか?」
リリアが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてユウイチを見ている。
「リリア君、面倒事の臭いが"プンプン"としてこないか?」
「あら、臭いフェチの扉を開いた所長の言葉と思えないわね」
臭いフェチブームの被害者であるリーネが煮え切らない態度のユウイチにツッコミを入れる。
「いや、それとこれとは話が別の様な気がするんだけど……」
この後、四人は渋るユウイチに集中砲火を浴びせた。
その結果、渋々ではあるがユウイチも賛成に回り全員一致で大司教の要請を受入れることになったのである。
それからなんやかんやで二週間が経ったある日のこと、教会騎士団の団長を務めるシェーケン=ドュ=ランダルが悩みごとの解決策を求めて研究所を訪れている。
「教会騎士団で団長を務めるシェーケン=ドゥ=ランダルだ。
シェーケンと呼んでくれて構わない」
「畏まりました。
私は研究所で助手を務めるリリアと申します。
手前から魔法規制局のミレイ様、王城補佐官のアルマ様、最後に商業ギルドのリーネさんです」
リリアがシェーケンに全員を紹介しているが、ユウイチは所用と言う名の朝寝坊で遅れて参加することになっている。
大事な会議をすっぽかすほどに朝方まで熱中して作業をしていたので、ここは大目に見てあげて欲しいところである。
「所長のユウイチさんが不在ですが、対策会議を始めます。
シェーケン様、先ずは相談内容の説明からお願いします」
「あぁ、分かった。
我が教会騎士団には学院を卒業したての新人騎士が入ってくるのだが、鎧が重すぎてまともに訓練さえできぬ有り様なのだ。
この問題をお得意の魔導具で何とか解決してもらえないものだろうか?」
教会騎士団は教会本部に所属していて、教会本部及びその施設を護る役割がある。
大司教のミエスクが困っているシェーケンに"研究所に相談してみては?"と言ったであろうことはリリア達にも容易に想像できる。
「シェーケン様、新人騎士が着用して訓練ができる鎧があれば良いのですね?」
「鎧は身を守る物だが、着用しても動けなければ話にならないからな。
是非とも新人達が動ける鎧でお願いしたい!」
これは、改めてリリアが確認するまでもなかった様である。
実は、会議の司会役が不馴れなリリアは断固として拒否の姿勢を示したのだが多数決により司会役に決まってしまったのである。
だから、皆にはリリアの成長を長い目で見守ってあげて欲しいところである。
「シェーケン様、いくら卒業したての新人とは言え、学院では騎士課程を取っていたでしょうから身体強化ぐらいは使えるのではありませんか?」
「仰る通り学院で騎士課程を取ってはいたが実技よりも座学が得意な者が多くてな。
それと若干名だが、王立学院の騎士課程以外の者もいる。
だから、身体強化がままならい者が多いのだよ」
リーネの質問に教会騎士団特有の事情を抱えるシェーケンは頭を掻きながら答える。
「フッ、それは鍛え甲斐のありますこと……」
自身は学院を首席で卒業した優等生のミレイが"ぼそっ"と呟いた。
「恥ずかしながら学院卒の優秀な騎士は他の騎士団志望の者が多いのだよ。
そう言った者なら身体強化など朝飯前なんだろうがな……」
「た、確かに王城の騎士団には屈強な方が多いです」
アルマの言う王城騎士団とは王族の護衛を務める謂わばエリート中のエリート集団である。
「今の話を踏まえて皆でどんどん対策案を出し合いましょう」
リリアが皆に意見を求めているが、こういった場で始めに発言するのは勇気のいることである。
「し、シェーケン様、鎧を薄くして軽量化を図るのは駄目なのでしょうか?」
「そうだな、防御力の観点から今の鎧の厚さになっているんだよ。
それを新人達が動けるようにするために薄くするのは本末転倒だと思う」
以外にもアルマが口火を切って発言したが、この提案は通らなかったようである。
「そもそものお話ですが、鎧には"軽量化の魔法"を付与しておられませんの?」
「敵の攻撃魔法を弾く為に鎧にはミスリルの粉が混ぜられている。
だから"軽量化の魔法"を付与しようにもミスリルに弾かれてしまうのだよ」
ミレイが得意分野の魔法関連で攻めてみたがこの提案も通らなかったようである。
「それなら剣の通らないような小さな穴をたくさん開けて軽量化してしまうとか?」
「攻撃は剣だけとは限らないからな。
弓矢に依る攻撃や毒針を飛ばしてくる魔獣もいる。
それらが、穴を通り抜けると致命傷になりかねないな」
「それでも正面ではなく肩や背中なら可能なのでは?」
「敵が必ず正面にいるとは限らない。
それに目の届かない背中や肩こそ守っておきたい部分ではあるな」
「そう言われればそうね」
新たな軽量化案を出してリーネが粘ってはみたもののこれも通らなかったようである。
「あのベテランの騎士の方はどうされてるのですか?」
皆が軽量化に囚われている中でリリアが目先を変えるような質問をする。
「ベテランの騎士は身体強化が使えるんだ。
新人達も訓練を重ねればいずれ使えるようにはなるのだが、それまで待ってはいられないんだ。
はぁー……」
シェーケンは腕を組んで深く溜め息を吐いた。
「新人さんの成長を待っている余裕はないと言うことですか?」
「我々は騎士といえど全員が神官でもある。
年齢を重ねると退団して司祭を目指す者も多くてな。
その為に新人達には一刻も早く戦力になってもらわないと困るのだよ」
「そうですか……」
身体強化を習得する時間的な余裕がないのなら、やはり鎧自体を何とかしなくてはならないようである。
「「「「「うーん……」」」」」
リリアを含めた全員が必死に知恵を絞り出そうとしているが新たな発言が出てこなくなった。
「遅れて申し訳ない、シェーケン殿」
会議が煮詰まり沈黙が続いているところにユウイチが事務所に姿を現した。
「リリア君、これがここまでの意見かな?」
「はい、鎧の軽量化に付いて皆で考えていました」
ユウイチはリリアが取ったメモを"じっ"と見る。
「なるほど、どうやら鎧の軽量化は難しいようだな。
軽量化以外の方法はもう検討したのかな?」
「あら、所長さんはまた熱でも出していらっしゃるのかしら?
軽量化以外に何か方法がございますの?」
ミレイは「今さらノコノコと出てきて」とでも言いたげな表情である。
「そうだな、例えば鎧に身体強化をさせるとか?」
「もし本当に鎧が身体強化を覚えられたとしても、その前に新人さんがとっくの昔に覚えておりますわよ」
出向してきたとは言え、自称好敵手のミレイが忌々しそうな表情をしてユウイチを睨み付けている。
「ゆ、ユウイチ所長は鎧に身体強化魔法の訓練をさせるつもりですか?」
話の全く見えていないアルマはとても不思議そうな顔をしている。
「もし鎧が身体強化を覚えたら人格化しないか心配になるわ」
リーネは胡散臭い商人でも見るような顔をしている。
「あははは……
実際に鎧に身体強化を覚えさせる訳ではないんだよ。
正確に言うと鎧の関節部分に身体強化に似た力を与える魔導具を付けられないかと考えているんだよ」
ユウイチは前世のパワードスーツを応用することを思いついたのである。
「ほう、鎧の軽量化や"軽量化の魔法"の付与ではないのだな?」
ユウイチの新たな提案にシェーケンは興味を示した様である。
「鎧の関節部分に素材の弾力性を利用したアシスト機能を付けてみようと思っている。
こうして肘を曲げたら反発して伸ばしてくれるような感じだな」
そう言いながらユウイチは肘を一度曲げてから伸ばして見せる。
「ほう、それは魔力を必要としないのか?」
「これは、予め魔力を貯めた魔石が使える魔導具にしたいと思っている」
「もし使用中に魔石の魔力が切れた場合はどうするんだ?」
シェーケンはアシスト機能が失くなって重い鎧に逆戻りすることを危惧している様である。
「その時は魔石を交換するか魔石に魔力を流しながら使用するかだな」
「それなら予備の魔石を持たせておけば大丈夫そうだな」
どうやらシェーケンはアシスト機能案に納得したようである。
「ユウイチさん、弾力性のある素材って……
もしかしてスライムを使うつもりですか?」
「確か、以前にスライムを使って問題を起こした魔導具は掃除機とマクラだったかしら?」
「それを聞いて悪夢が甦ってきたわ…… 」
「ゆ、ユウイチ所長、スライムを使った魔導具で新人さん達に何かあったらどうするんですか?」
先日、リリアの講習会を受講した三人に"スライム=危険ワード"は浸透しているようである。
「そう言われてもスライム以外に弾力性のある素材を思いつかないんだよ。
誰か、お勧めの素材があれば教えてくれるかな?」
「「「「……」」」」
「よし、スライムで決まりだな!」
この、ユウイチの「スライムを使用する」宣言によってアシスト機能に対する四人の警戒度が一気に上がった。
「皆、そう心配するな。
恐らく大丈夫だよ」
「「「「今まで、大丈夫だった試しがありまん!」」」」
スライムを使って痛い目に遭っているにも係わらず、一向に懲りていないユウイチに四人は一斉にツッコミを入れたのであった。
対策会議から二週間が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、教会騎士団から"スライムスーツ"の報告書が届きましたよ」
「ありがとう、リリア君。
パ・ワー・ド・スーツの報告書だな」
ユウイチは敢えて"パワード"を強調してリリアから報告書を受け取り念入りに目を通していく。
「報告書を読む限りパワードスーツには問題は起きていないようだな」
「はい。
シェーケン様がユウイチさんに感謝されていましたよ」
「こ、今回はユウイチ所長にしては珍しくの"グッジョブ"の様です!」
「所長さんの登場がもう少し遅ければ、私もいずれはその結論に達していましてよ」
「皆、所長の発明した魔導具なんだから油断は禁物よ」
この中でユウイチの発明品の最大の被害者であるリーネは良い報告にも関わらず未だ警戒を解いてはいないようである。
「これでこのチームの初仕事が完了した。
皆で乾杯しよう。
パワードスーツにカンパーイ!」
ユウイチが音頭を取ってカップを掲げる。
「スライムスーツにカンパーイ!」
「わ、私達は……
ち、チームなんですね」
「あら、私は所長さんとは馴れ合うつもりはありませんことよ」
「だから喜ぶのが早いって!」
各々がバラバラの反応をみせている。
五人が"ONE TEAM"になる日は未だ未だ遠そうである。
騎士団にパワードスーツを納品してから一ヶ月が経ったある日のこと。
「団長、漸く新人達も様になってきたようですね」
「こうして魔獣狩りの訓練が行えるのも、あのパワードスーツのお陰だな」
シェーケンと副団長の視線の先では新人達が魔物の森の魔獣を相手に戦っている。
「そうだ、良い動きだ!」
「前衛、回り込め!」
「よし、今だ! 斬り込め!」
パワードスーツを着た新人の一人が"ズバッ"と魔獣を斬り捨てた。
「よし、お前達よくやった!」
新人達の成長に団長のシェーケンの顔がほころんでいる。
しかし、その後が良くなかった。
「ん、早く次の魔獣を追わないか!
アイツは何をやっているんだ?」
魔獣の多くは群れていることが多い。
敵は一匹だけではないことは新人達も理解しているはずである。
「動きませんね……」
「おい、どうした。
怪我でもしたか?」
シェーケンと副団長は不測の事態の発生を心配する。
「……いえ、団長。
身体が勝手にこの姿勢で止まっているんです」
シェーケンの問い掛けに魔獣を斬った新人が情けない顔をして答える。
不思議なことにパワードスーツの装着者が剣で魔獣を切った後に"歌舞伎の元禄見得"のようなポーズになるようである。
「おい早く、そこからアイツをどかせ!」
シェーケンの虚しい叫び声が魔物の森に木霊したのであった。
後日談。
ーアルマの日記よりー
今日は研究所で初めての対策会議があった。
私も意見を言えた。
それを誰も批判しなかった。
思った通り研究所は居心地がいい。
私が子供の頃にお父様が亡くなってすぐにお母様は再婚した。
そして、弟が生まれた。
それから私は養子に出された。
お母様は「あなたにとって悪い話ではない」と言った。
でも、それは嘘。
お母様たちにとって都合のいい話なだけ。
新しい家には私の居場所はなかった。
周りの目が気になっていつもびくびくしていた。
それから、私は人前で話すのが苦手になった。
でも、ユウイチ所長は言った。
「意見に上下があってはいけない」と。
私の意見でも皆がちゃんと聞いてくれる。
研究所は私の居場所。
明日も研究所へ行くのが楽しみ。




