【第三十話】女子会
王都では建国祭から一週間が過ぎても未だに花火大会の熱狂が覚めていない。
しかし、その熱狂の仕掛人であるユウイチは、今までの疲れが一度に出たのか、ベッドの上で高熱にうかされている。
前世のような解熱剤がこちらの世界には存在していないため、リリアが医療院でもらってきた薬草を煎じたものを飲んでユウイチは大人しく寝ているのである。
片や、ユウイチが不在で"シーン"と静まり返っている事務所ではリリアが"ポツン"と一人で座っている。
手持ち無沙汰のリリアはお茶を飲みながら過去の発明日誌を読み返してのんびりと過ごしている。
そこへキャリーケース引いた補佐官のアルマが訪ねてきた。
『せ、先日はありがとうございました。
これはお礼替わりのお土産です』
今回の花火大会の企画立案と花火の製造方法の公開などユウイチの貢献度は高い。
「これはご丁寧にありがとうございます。
今、お茶を入れますので座って待っていて下さい」
言われた通りアルマがソファーに座って待っていると、リリアがお茶とお裾分のスイーツを持って戻ってきた。
「り、リリア様、申し上げ難いのですが……
これが、花火大会の被害報告書です」
「被害ですか……?
生憎、ユウイチさんが熱を出して寝込んでおりまして……」
アルマが発した言葉はリリアにとって"寝耳に水"であるが、花火大会への貢献度が高いユウイチの責任は非常に重いのも事実である。
思考がフリーズしたリリアはユウイチが寝込んでいることを理由にしてこの場を遣り過ごそうとしている。
「ひ、被害のことは気にしないで下さい。
陛下もアレには笑っておられましたから賠償などは求められないと思います」
前代未聞の"王都水浸し事件"は、どうやら"笑って水に流す"ことにしてもらえた様である。
「そ、そうなんですね。
それを聞いて一安心です」
そう言ってからリリアはお茶を一口飲んで"ホッ"と息を吐いた。
その後、二人の会話は音声文字変換機やバーコードシステムを中心に盛り上がっていた。
「ごめん遊ばせ、所長さんはいらっしゃるかしら?」
そこへ少し強張った表情をした魔法規制局のミレイがキャリーケースを引いて訪ねてきた。
いや、ミレイ的には敵陣へ乗り込んできたといった方が良いのかもしれない。
「ミレイ様、訪ねてきて頂いて申し訳ないのですが、生憎とユウイチさんは熱を出して寝んでおりまして……」
「そうですか。
それでは、出直して参りますわ」
それを聞いたミレイは少し"ホッ"とした様な表情を見せる。
「せっかく、お出で頂いたのですからお茶でも飲んでいかれませんか?」
"クルッ"と踵を返して帰ろうとしたミレイにリリアが声を掛けた。
「あら、先客がいらっしゃるのではないのかしら?」
「こちらの補佐官のアルマ様もユウイチさんを訪ねてこられましたから、お茶でも飲んでお待ちになりませんか?」
リリアの言葉に合わせてアルマが"ペコリ"と頭を下げる。
「そこまで仰られて断るのは逆に失礼ですわね。
それでは、お誘いを受けいたしますわ」
魔導具研究所の自称好敵手であるミレイは、覚悟を決めた騎士の様な表情になった。
「お茶を入れて参りますので座ってお待ち下さい」
そう言ってリリアがお茶を入れて戻ってくる間にアルマとミレイは互いに挨拶を終えたようである。
「ミ、ミレイ様は規制局ではどんなお仕事をなさっておられるのですか?」
何となく重たくなった場の空気を読んだアルマは、和まそうと当たり障りのない質問をした。
「そうですわね……
主に面倒事の後始末かしら」
そう言って一瞥したミレイに、面倒事の心当たりが多過ぎるリリアが申し訳なさそうに頭を下げる。
それを見たアルマは"和ませ作戦"の失敗を悟る。
「アルマ様は王城ではどのようなお仕事をなさっておられますの?」
ミレイがアルマと同じ様な質問をしたが、こちらは特に場の空気を和ませる意図はない。
「わ、私は主に宰相閣下の補佐をさせて頂いております」
そう言って一瞥したアルマにも、叔父である宰相が無理難題を吹っ掛けているだろうと思いリリアは頭を下げる。
アルマは"和ませ作戦"の失敗でできた傷口が更に開いたことを悟る。
「それにしてもこちらの魔導具には普通の物がございませんわね。
何と申しますか、一癖も二癖もありますわね?」
先ほど開いた傷口にミレイが容赦なく塩を摩り込んでいく。
「そうですね。
私もユウイチさんの発明には驚かされてばかりですね」
傷口に塩を擦り込まれているであろうはずのリリアは何事もないかのように答える。
「り、リリア様も私達と同じように驚いているんですね。
おほほほほ……」
今のところミレイの一方通行のライバル関係でしかないので、ここでストリートファイトさながらの"バチバチ"のバトルが始まることはないのだが、事情を知らないアルマは気が気ではないようである。
「キューブ型のパズルゲームや低反発マクラは、どの様な発想で作られたものなのかお聞きしたいものですわ?」
"愛しさと切なさと心強さと"ではなく、"恨めしさと怒りとほんの少しの興味心と"が混じった表情でミレイがリリアに質問した。
「そう言えば私も聞いたことがないですね。
今度、ユウイチさんに聞いてみます」
「あら、そうなのですね。
リリア様は開発には携わっておられないのですね」
リリアの答えを聞いてミレイの表情が先ほどの複雑な表情から、優越感を含んだ表情に変わった。
「り、リリア様、先ほどから中を伺っていらっしゃる方が……」
やや、ミレイが優位に立った場の空気を変える千載一遇のチャンスをアルマは見逃さなかった。
アルマと目が合った訪問者が覚悟を決めたようにキャリーケースを引いて中に入ってきた。
「失礼します、商業ギルドから参りました。
リーネ=クロイツです」
これでキャリーケースを引いた三人目の来客である。
"二度あることは三度ある"とはよく言ったものである。
「リーネさん、お久しぶりです。
その節はありがとうございました」
天敵に等しいリリアの挨拶にリーネの表情が少し強張っている。
「こ、こちらこそ、リリア様。
実家の方でバーコードシステムが役に立っているそうですわ」
「あの、もしかしてユウイチさんに御用なら、生憎のこと熱を出して寝込んでいまして……」
"二度あることは三度ある"、リリアはリーネの用向きを聞かずにユウイチが寝込んでいると説明した。
「そうなの?
では、出直してくるわ」
「あら、どうせならリーネさんもこちらに加わりませんこと」
敵陣に一人乗り込んでいるような心境のミレイが"クルッ"と踵を返したリーネの後ろ姿に声を掛ける。
"類は友を呼ぶ"のか"同じ穴の狢"なのか、リーネが放つオーラにミレイは仲間意識を感じたのではないだろうか。
「私なんかが皆様とご一緒してもよいのですか?」
例え初対面の二人であっても、リーネはその辺りの情報をしっかりと把握している。
さすがのリーネも貴族の集まりに加わるのは気後れするようで、一先ずお伺いを立ててみたようだ。
「リーネさんも是非座って下さい。
私、お茶を入れてきますから」
「そう……
それでは御一緒させて頂きますわ」
少し逡巡したリーネだが、貴族社会の情報収集する滅多にないチャンスであるため仲間に加わる事にした。
先ほどと同様にリリアが戻ってくる頃には三人の自己紹介は終わっていた。
期せずして魔導具研究所で四人によるお茶会が始まったのである。
「リーネさんはギルドでは何をなさっておりますの?」
「最近は販売した魔導具のクレーム処理が主な仕事になってますわ」
そう言って一瞥したリーネに、"本当に申し訳ありません"とばかりにリリアが頭を下げる。
「そ、それにしても研究所の発明品は凄いですよね」
再び重たくなり始めた空気を読んでアルマが果敢にも"続・和ませ作戦"を試みる。
「何がとは申しませんけれど、ある意味で凄い発明品ばかりですわよね」
「本当に、"ある意味で"ではね」
「あははは……
そうみたいですね」
アルマの"続・和ませ作戦"は不発に終わり、ホームのはずなのに強烈なアウェイ感を感じてなんとも居心地の悪いリリアである。
だが、四人のお茶会はいつしかユウイチの発明を語る女子会に変わっていく。
「リリア様、不安になった目覚まし時計が、"もう一つ目覚まし時計を用意して欲しい"と言ったのは本当の事ですの?」
「自動ドアが貴族を撃退したらしいけど、もしかして発明品って発明者に似るの?」
「ゆ、ユウイチ所長ってスライムが好きですよね。
スライムを使った発明品ってどれぐらいありますか?」
「こちらの所長さんは、密かに研究所でスライムを養殖していると言う噂は本当のことですの?」
「所長はスライムを食べようとしたそうね?」
皆がここぞとばかりにリリアに質問を浴びせている。
「えっと……
それはですね……」
集中砲火を浴びたリリアは孤立無援の状態で白旗を挙げる寸前の状態である。
「皆様、発明品よりも所長さん自身が一番の珍品じゃごさいませんこと?」
「ミ、ミレイ様。
き、規制局でユウイチ所長を規制してはいかがですか?」
「私も所長を規制できないかギルマスに相談してみるわ」
魔導具研究所に対して同じ波長で話す三人は共鳴し合い、しだいにヒートアップして話題の中心がユウイチになっている。
「なにやら私の名前が聞こえたようだが?」
激戦の最前線で孤立していたリリアのもとに、突如として救世主が現れた。
「ユウイチさん、起きてきても大丈夫なんですか?」
「リリア君、すまなかったな。
漸く熱も下がったようだ」
「それは良かったです。
きっと薬草が効いたんですね」
ユウイチの登場によりリリアは万の援軍を得たような気分になり"ホッ"とした様子である。
そして、話に加わったユウイチにリリアは三人が訪ねてきた事情を説明した。
アルマは先日のお礼を兼ねた挨拶であったが、リーネとミレイは少し事情が違っていた。
「そうですか、お二人の出向の件については了解したと上司に伝えて下さい」
二人が魔導具研究所に出向してくるのは、あの"王都水浸し事件"の余波と言っても過言ではない。
要するに二人は度々やらかしているユウイチのお目付け役として魔導具研究所に送り込まれるのである。
「所長、これからよろしくお願いするわ」
リーネの目が"何かあったら容赦しないわよ"と語っている。
「私も上司からの命令に従って仕方なくではありますが、こちらにお世話になることにしますわ」
特にミレイは規制局の上層部から何やら厳命されている様で再び表情が険しくなった。
そして、ミレイの目が"絶対に厄介事に巻き込まない様に"と語っている。
「ははは、お手柔らかにお願いするよ。
来週までには二人の机を用意しておくから」
商業ギルドはともかく規制局は苦手な存在であるがユウイチは迷うことなくに即答した。
「ミレイ様とリーネさんが出向してくると賑やかになりそうです」
「あら、ここはいつでも賑やかでありませんこと?」
「ミレイ様、賑やかになってるのは王都の民の方でしょう」
「「「「はははは、」」」」
リーネのツッコミに皆で顔を見合わせて笑った。
「それと、研究所内では身分の上下はなしと言うことでお願いしたいのだけど?」
ユウイチは、こちらの世界にある身分差が前々から気になっていたのである。
「ユウイチさん、何か理由があるんですか?」
「各々の意見に上下があってはいけないと思うんだよ。
身分や肩書きで意見が通らなくなるのは研究の停滞を招くからな。
二人とも了承してもらえるだろうか?」
身分差というデリケートな問題で皆の表情が堅くなる中で視線がミレイに集まっている。
「わ、私は構わなくてよ。
どちらにしても、皆さんが納得するような良い意見しか言いませんもの」
「皆さんがよろしいのなら、私もそれで構わないわ」
「では、これで決まりだな!」
無事にミレイとリーネに了承して貰えたユウイチは"ホッ"としたようである。
こうして、研究所史上初の女子会は二人の出向を了承して幕を閉じた。
帰り際に思い詰めた顔をしたアルマがユウイチに尋ねた。
「と、ところでユウイチ所長、このキャリーケースの"リリアモデル"って一体どう云う意味があるんですか?」
「あははは……。
それはそのぉ……」
それを聞いて静かに頷くリーネとミレイの視線の先には物凄い目付きで背後からユウイチを見据えるリリアが見えたのであった。
この後、新たなメンバーを迎えた研究所は王都を更なるドタバタ劇に巻き込んでいくのだが、今は未だ誰も知らない話である。
後日談。
ーアルマの決意ー
ここは王城の宰相執務室。
宰相の机の上にある分厚い書類の山の向こうでアルマは小さな手を握りしめている。
「さ、宰相閣下、お願いがございます」
「アルマが頼みとは珍しいことだな。
遠慮せずに言ってみなさい」
「あ、ありがとうございます」
アルマは礼を述べてから意を決したように切り出した。
「さ、宰相閣下、私も研究所に出向したいと思います」
「ん、急にどうしたと言うのだ?」
「は、はい。
規制局のミレイ様と商業ギルドのリーネさんが研究所に出向なさると聞きました」
「確かそのような話を聞いた気がするが、それがアルマの出向とどう繋がるのだ?」
キレ者で知られる宰相だが、アルマの真意は図れずにいた。
「わ、私も研究所で皆様と楽しく仕事がしたいのです」
「はっはっはっは……
そうか、アルマはあの連中が気に入ったか?」
アルマはスカートをぎゅっと握りしめて恥ずかしそうに俯く。
「き、気に入ったのかは分かりませんが、研究はとても居心地がいいのです」
アルマの必死の訴えを宰相は終始穏やかな表情で聞いている。
「では、こうしようではないか。
アルマの出向は認める。
但し、規制局のミレイ嬢の動向を私に報告してくれるかな?」
「ミレイ様に何か不審な点でもございますか?」
宰相の穏やかな目の奥に何か鋭いものをアルマは感じた。
「いや、ミレイ嬢に不審な点はない。
仲良く仕事をしてくれて構わない」
「よ、よく分かりませんが、動向の報告は了解いたしました」
海千山千の宰相の考えなど到底自分の思考の及ぶところではないとアルマ理解している。
「うむ、では頼んだぞ。
それとリリアの善き相談相手になってやって欲しい」
「はい、了解いたしました。
私の我が儘をお聞き入れ頂きありがとうございます」
深々とお辞儀をしてアルマはその場を辞した。
「フッ、儂が手を回す手間が省けたわ。
さて、奴らはどう動くかのう……」
アルマが去って一人になった宰相は、そう呟いて静かに笑った。




