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【第二十八話】バーコード

 音声文字変換機・二号機の汎用型が発売された。


 この汎用型は飲食店を中心に売れているようである。


 来客が魔力登録をしてピンマイクに注文を言う、それを厨房で印字すればオーダーミスが無くなると重宝がられているらしい。


 何れ、"音声文字変換機シリーズ"として多岐に渡るシチュエーションで様々な型式の音声文字変換機が使われる様になるかもしれない。


 これこそが、ユウイチが目指す"発明品でこちらの世界を便利にする"の到達点ではないだろうか。


 何となく締めの様な文章になってしまったが、未だ未だ話は続くのである。



 今日は珍しく研究所に来客が訪れている。


「お、お初にお目にかかります。

 ほ、補佐官のアルマ=シャルードと申します」


 アルマは半歩引いた右足を"カクッ"と曲げてスカートを広げる真似をした。


 この所作一つで、アルマがまごうことなき貴族の令嬢であることが分かる。


 それと同時に全体の雰囲気から、少しあがり症だと言うことも伝わってくる。


「所長のミズシマユウイチです」


「あっ、助手のリリア=アレミロードと申します」


 アルマに釣られたのかリリアも珍しく貴族の令嬢らしい所作で挨拶をした。


 ユウイチはリリアとの初対面の挨拶を、記憶の引出しを片っ端しから開けて思い出そうとしているが、とんと出てこない。


 恐らく、先程の様な丁寧な挨拶はしていなかったはずである。


 だが、ここは深くは追及しないでおく。


 何故なら、リリアの記憶の引出しにも入っていないと思うからである。


「ユ、ユウイチ所長、

 お、音声文字変換機の件ではお世話になりました」


 実は先日の音声文字変換機に問題が起こった時の王城側の担当者がこのアルマであった。


 これでアルマが王城で誰の補佐をしているのか分かる人には分かるはずである。


 もし、分からなくても読み進めるうちに分かるようになっているので安心して欲しい。


「これはご丁寧な挨拶、痛み入ります。

 初号機に不具合があって誠に申し訳ないことをしました。

 二号機は順調に動いていますか?」


 初号機で心の声が印字されることは極秘事項なのでユウイチは多くは語らないでおく。


「に、二号機は順調に動いておりますのでご安心下さい。 

 そ、それと、初号機に付いては宰相閣下がいたくお喜びでした。

 大変、役に立ったと褒めておられました」


 どうやらアルマは、初号機の秘密を知る側の一人の様である。


 これは余談だが、音声文字変換機・初号機を駆使して宰相が政敵である公爵派の勢力をかなり削いだとユウイチは風の噂に聞いている。


 このことが原因で研究所が公爵派の標的にならないかが今のところ心配の種である。


「シャルード嬢、本日のご用件をお伺いしましょうか?」


 "壁に耳あり障子に目あり"、どこで誰が聞いているか分からないので、不穏な話しは早目に切り上げてユウイチは本題に入る。


「立ち話も何ですからこちらにお掛け下さい。

私はお茶を用意してきますね」


「これは気が利かなくて申し訳ない。

 シャルード嬢、どうぞこちらに」


 滅多に来ることのない来客にユウイチも少し緊張しているのかもしれない。


「あ、ありがとうございます。

 わ、私のことはアルマとお呼び下さい」


「分かりました。

 アルマ嬢、どうぞこちらへ」


 リリアが機転を利かせたのは、恐らく"社交界のドリルノート"での勉強の賜物であろう。


 リリアに促されてユウイチとアルマは応接用のソファーに向かいあって腰掛けた。


「それでは、改めてご用件をお伺いしましょうか?」


「は、はい

 じ、実は国王陛下には人の顔と名前が一致しないという悩みがございまして。

 これが、スイーツの名前なら一度で覚えられるのですが…… 」


「はぁ?」


 予想の斜め上を行く話しで、ユウイチは思わずすっとんきょうな声を出してしまった。


 前世の日本の総理大臣に、一度会った人の名前は絶対に忘れない人がいたそうで、覚えてもらったことに感激して熱烈な支持者になる人が多かったらしい。


 ユウイチはその逸話を聞いてから、人の上に立つ様な人物は皆がそんなものなのだろうと漠然と思っていたので、この国王の悩みは意外中の意外であった。


「ひ、頻繁に顔を会わせれば、そのうちに覚えられるそうですが、数年に一度ぐらいしかお目にかからない外国の方々は特に覚えられないご様子で……」


「成る程、それで悩みを解消できる魔導具を作れと言う訳ですね」


「そ、その通りでございます」


 国王の悩みが悩みだけにアルマはやや恐縮気味である。


「分かります、人の名前ってなかなか覚えられませんよね」


 リリアがお茶をテーブルに置いて話しに加わってきた。


 リリアなら名前が出てこなくても、その場を勢いで押しきりそうだなとユウイチは思う。


「毎日の様に謁見をこなしている中で、数年に一度の相手なら覚えられないのも無理はないか……

 でも、名前などの情報は事前に王様に伝えてあるんですよね?」


「は、はい。

 た、ただ、いざ相手を目の前にすると失敗できないプレッシャーで頭が真っ白になるそうです……」


「試験の時に一夜漬けした内容が開始の合図で全て飛ぶのと同じことですね」


 "リリア君、それの例えは少し違うだろ"とユウイチは思ったが、この場では敢えてツッコミを入れないでおいた。


「ゆ、ユウイチ所長、

 ま、魔道具の力で何とかなりませんか?」


「うーん、どうにかしてカンニングペーパーでアシストができればいいんだけど……」


「ユウイチさん、陛下にカンニングさせるんですか?」


 思考が試験に引っ張られているリリアはカンニングを悪いことのように思っているみたいで不機嫌そうな顔をしている。


「それが一番早いと思うんだけど……」


「わ、私もそのアシスト案に賛成です」


 アルマの賛成票により、二対一でアシスト推進派の勝ちである。


 これでリリアの危険ワードに"不正"の文字が加わるかもしれないが、今回はクライアントであるアルマの意向が優先される。


「アルマ嬢に賛成してもらえるならその方向で考えてみましょう。

 魔導具を作るための情報として、王様が人と会う場所のことをできる範囲内で教えてもらえますか?」


 国王の謁見となれば、警備などの極秘情報があって然るべきである。


 ユウイチは、その辺りを配慮してアルマに質問してみた。


「ほ、訪問客とは全て謁見の間でお会いになられます。

 や、役人とは王城内のどの場所でも会う可能性がございます」


「この際、役人の名前は自力で覚えてもらうとして、我々は訪問客の方をなんとかしましょう」


 役人の名前を国王が覚えていなくても、求心力が落ちる程度で大きな問題にはならない。


 だから、より大きな問題になる可能性のある訪問客の対応にユウイチは狙いを絞ったのである。


「ユウイチさんは、本気で陛下にカンニングさせるつもりなんですね」


「う、上手く

 か、カンニングできますでしょうか?」


 遂にアルマもアシストではなくカンニングと認めてしまった様である。


 "盗み食いとカンニングをする国王は如何なものだろう"とユウイチは思わない訳ではないが、取り敢えずこの方法で進めてみることにした。


「分かりました。

 王様のカンニングが成功するように色々と考えてみます」


「よ、よろしくお願いします。

 も、もし必要な情報があれば遠慮せずに仰って下さい。

 殆どの情報は陛下の名誉よりも価値が低いはずですから」


「分かりました。

 この件は研究所の総力を挙げて取り組むことをお約束しましょう!」


 アルマの口振りから切羽詰まったものを感じたユウイチは、ここに国王の"カンニング大作戦"を発動したのである。



 カンニング大作戦が発動されて二週間が経ったある日のこと。


「お、おはようございます。

 ユ、ユウイチ所長」


 アルマが"ガラガラ"とキャリーケースを引いて事務所にやって来た。


「アルマ嬢、忙しいところ呼び出して申し訳ない」


「い、いえ。

 ま、魔道具が完成したと聞きましたので飛んで参りました」


 飛んで来た割には貴族の令嬢らしい優雅な登場であった。


 もしリリアが飛んで来たならば、物凄いスピードで着陸しているはずである。


「アルマ様もキャリーケースを買われたんですね」


 アルマのキャリーケースは今やプレミア価格の付く魔導具研究所製の"リリアモデル"である。


「こ、これはお父様が買ってくれた物です」


 娘にドリルノートをプレゼントしたリリアの父親と違い、アルマの父親は娘に優しい人なんだろうとユウイチは思う。


「それは良いお父様ですね。

 それでは本題の完成した魔導具を見て頂きましょう」


「は、はい。

 お、お願いします」


 挨拶と雑談を終えてユウイチはアルマを応接用のソファーへ案内する。


 リリアが外出中のためユウイチが自らお茶を出してもてなす。


 そして、お茶を一口飲んでからいよいよ"カンニング大作戦"のプレゼンに入る。


「これが王様のカンニング用の魔導具で"バーコードシステム"と言います」


 ユウイチはバーコードが書かれた紙とバーコードを読み取るリーダー、そしてデータを受け取るイヤホンをテーブルの上に並べて置いた。


「ば、ば、バーコードですか?」


 初めて聞く名前の魔導具にアルマが戸惑っている。


「はい、この縦線をたくさん引いた物がバーコードです」


「は、はぁ……」


「そしてこのリーダーでバーコードを読み取ります。

 そして、予め登録しておいた対応するデータをこちらのイヤホンに音声で送信します」


「は、はい」


 アルマは"ちんぷんかんぷん"と言った表情で"ジッ"と魔導具を見て固まっている。


「試しにやってみましょう。

 アルマ嬢は耳にイヤホンを付けて下さい」


「は、はい」


 アルマはイヤホンを受け取って恐る恐る耳に装着する。


 アルマがイヤホンを装着したのを確認してユウイチはリーダーでバーコードを読み取る。


 謁見の静けさを考えて前世のような"ピッ"という音は出さない仕様にしておいた。


「あ、あっ、"これがバーコードシステムです"と聞こえました」


 読み取ったバーコードのデータが無事にイヤホンに届いたようで、アルマが反応した。


「"これがバーコードシステムです"の部分を訪問客の名前などに変えれば王様のカンニングに使えるはずです」


「す、すごい、魔道具です」


 アルマがバーコードとリーダーを"ジッ"と見て呟く。


「後は誰がバーコードを持つか、リーダーを取り付ける位置をどうするかを考えればオッケーです」


「と、取り付けるのですか……

 り、リーダーは手に持っていては駄目なんですか?」


 ユウイチがした様に手にしたリーダーでバーコードを読み取るのが簡単で確実である。


「リーダーは訪問客から見えない方がいいでしょう。

 王城側の参列者にバーコードだけを持たせておいて、リーダーは天井に取り付けておくのがいいと思いますよ」


 こちらの世界には、人を傷付ける魔導具が存在する。


 手に持った魔導具を少しでも動かせば、在らぬ疑いが掛かるかもしれない。


 下手をするとバーコードのリーダー型の殺傷兵器が持ち込まれるかもしれない。


 多くは語らないがユウイチはその辺りを危惧しているのである。


「な、なるほど。

 か、帰って上司に相談してみます」


 ユウイチの考えをを汲み取ったアルマはキャリーケースにバーコードシステム一式を入れて王城へ帰って行った。


「只今、戻りました」


 入れ替わるようにリリアがキャリーケースを"ガラガラ"と引きながら事務所に入ってくる。


「お疲れ様、リリア君。

 規制局の方はどうだった?」


「はい、無事に許可は降りました。

 でも、本当にバーコードシステムを販売するんですか?」


 リリアは未だバーコードシステムの可能性を十分理解していないようである。


 リリアでこれなら、こちらの世界の多くの人は理解できないかもしれない。


「そうだなぁ、バーコードシステムの利便性を理解できるようになるまでに暫くかかるだろから直ぐには売れないかもしれないけどな」


「つまりは長い目で見るっていうことですね」


 バーコードシステムの販売は長期戦略でいくことにリリアも納得したようである。



 バーコードシステムを王城に納品して二ヶ月が経ったある日のこと。


「ユ、ユウイチさん、ご相談があります」


「アルマ嬢、バーコードシステムに何か不具合でもありましたか?」


 アルマが訪ねてくる理由はバーコードシステム以外にはないだろとユウイチは考えた。


「は、はい。

 た、たまにデータを送信しないことがあります」


 アルマが言うには国王のカンニングが始まってから二ヶ月の間に謁見は十二回行われたそうである。


 そして、そのうちの四回でデータ送信に失敗したらしい。


「それはおかしですね。

 毎回ならリーダーの設置場所とバーコードがズレてる可能性があるのですが……」


 これだけの情報では、今のところユウイチには原因が判断できない。


 これでは"身体は大人、頭脳は子供"の迷探偵ユウイチである。


「で、でも送信が失敗した四回には共通点があります」


「その共通点とは何ですか?」


 アルマは外国からの訪問客の謁見に限って送信に失敗していると説明してくれた。


「益々、分からないな。

 誰かがリーダーの読み取りを妨害しているのか、それともデータの送信が妨害されているか……」


 聞けば聞くほど謎は深まるばかりである。


 しかし、この謎は"爺さんの名に懸けて"必ず解決しなければならない。


「アルマ嬢、謁見の間の見取り図と参列者の配置を教えて欲しいのですが?」


「そ、それでは一度王城へ戻って取ってきます」


 暫くして資料を持ってアルマが研究所に戻ってきた。


 途中でリリアと出会ったらしく二人がキャリーケースを引いて事務所に入ってきた。


「こ、これが謁見の時の配置図です」


 アルマが机の上に並べた十三枚の配置図を基に三人による捜査会議が始まった。


「あれアルマ嬢、一枚多くないですか?」


「す、すいません。

 お、一昨日の謁見が一件漏れていました」


「そうですか、では先ずは分類からですね」


 そう言ってユウイチは十三枚の配置図を成功と失敗の二つに分けていく。


「確か、失敗した時の共通点は外国の訪問客でしたよね?」


「い、いえ。

 お、一昨日は公爵様でしたが送信には失敗しています。

 で、ですから外国の訪問客の時だけとは限らなくなりました」


 唯一の手掛かりである共通点が消えてしまい捜査は振り出しに戻ってしまった。


 だが、前世の刑事物のドラマでは"現場百篇"と言っていた。


 ユウイチは配置図を念入りに確認していく。


「アルマ嬢、リーダーは天井のどの位置に取り付けてありますか?」


「こ、こです」


 アルマが指差した場所にユウイチは"×マーク"を入れる。


「それだと読み取り可能範囲はこれぐらいだな」


 そう言ってユウイチは"×マーク"を中心に読み取り可能範囲を点線で描いていく。


「それで、バーコードはどの位置にありますか?」


「こ、この位置で書記官が持っていました」


 再びアルマが配置図を指差し、ユウイチはそこに簡単に手書きでバーコードを書き込んだ。


「あっ!」


 それまで黙って聞いていたリリアが突如として声を上げた。


「どうした、リリア君?」


 前世の刑事物ドラマでは、核心に迫るヒントがこう言った場面で出ることをユウイチは知っている。


「実は……」


 何か言いづらい訳でもあるのかリリアはユウイチに耳打ちをした。


「はははは、そうか。

 お陰で謎は全て解けたよ」


 それからユウイチは、アルマに解決策を教えて捜査会議は終了した。



 捜査会議から三日後にアルマから解決策のお陰で無事に謁見が終了したと連絡が入った。


「ユウイチさん、謁見が上手くいって良かったですね」


「今回はリリア君のお手柄だな。

 それにしても、原因がバーコードを持った補佐官の隣に立っている宰相の"バーコード頭"だとよく気付いたな」


 前世の昭和の時代によく使われていたが、令和になって死語になったバーコード頭が今回のオチであった。


 こちらの世界では、初めてのバーコード頭オチになるので少し大目に見て欲しいところである。


「はい、叔父様の頭は毎日のように見ていますから」


「へっ、叔父様って……

 もしかして宰相ってリリアの叔父なの?」


「そうですよ、ユウイチさんに言ってなかったでしたっけ?」


「き、聞いてないよ~」


 リリアはかなり重要な事実をあっけらかんとカミングアウトしたのであった。


 聞かされたユウイチは、暫く開いた口が塞がらなかったのである。



 後日談。


 ーバーコードシステムの母ー


 今回は実況と解説付きでどうぞ。


「リーネさん、こんにちは」


「リリア様、何のようかしら?」


(実況:さぁ、リリア選手が入って参りましたよ)

(解説:笑顔のリリア選手に対して、リーネ選手の表情は堅いですね。

恐らく、相性の問題でしょう)


「リーネさん、バーコードシステムってどうしたら売れますかね?」


「……」


 (実況:おっと、リリア選手が「はい」か「いいえ」では答えられない"オープクエスチョン"を放ったぞー!)

(解説:これでリーネ選手は話に乗らない訳にはいかなくなりましたね)


「リーネさん、これでも食べながら一緒に考えて下さいよ」


「と、取り敢えず座って」


 (実況:ここでリリア選手が新作スイーツのドーナツを差し出しましたね)

 (解説:これは何かをしてもらったら相手にお返しをしなければいけないと思う"好意の返報性"を狙ったものでしょう)


 リーネがドーナツを一口食べて「美味しいわね」と言うと、リリアも一口食べて「美味しいですよね」と返す。


 リーネが紅茶を一口飲み「合うわね」と言うとリリアも紅茶を一口飲み「合いますね」と返す。


 (実況:先ほどからリリア選手がリーネ選手と同じ行動や言動を繰り返しているようですが?)

 (解説:恐らく"ミラーリング効果"と"バックトラッキング"のタブルの効果を狙ったものでしょうね)


「それで、バーコードシステムなんですけど……」


「そうね、倉庫の在庫の管理や飲食店の注文なんかに使えそうよね。

 それと医療院なんかの患者の情報とか、学院の生徒の成績管理なんかにも使えるんじゃない」


「さすがリーネさんです。

 一度にこんなに思いつくなんて凄いです!」


 (実況:リリア選手がリーネ選手を褒めているぞー! )

(解説:これは相手を褒めてドーパミンを放出させる"エンハミング効果"が期待できますよ)


「でも、そんなにあるとどれを選んだらいいのか迷いますね」


「リリア様なら研究所の倉庫の管理かバーガー・カテドラルじゃない?」


 (実況:リリア選手が迷っているところをリーネ選手が選択肢を二つに絞りましたね)

 (解説:リリア選手は選択肢が多過ぎて起こす"分析麻痺"を見せておいて、リーネ選手が"選択肢の削減"で返すのを待っていましたね)


「あっ、そうだ。

 商業ギルドでバーコードの展示会を大々的に開催すると言うのはどうですか?」


「リリア様、展示会を開催するには事前の準備が大変なのよ。

 それでなくても今は忙しいんだから」


(実況:おっとリリア選手、いきなり大胆な提案をしましたね) 

(解説:リーネ選手が相手では、さすがにこれは通らないですね)


「……そ、そうですよね。

 じゃあ、商業ギルドの倉庫で試してみるのはどうですか?」


「うちで?」


 (実況:リリア選手が別の提案を出しましたが、どんな狙いがあるのでしょう?)

 (解説:先ほどリリア選手は断られるような大胆な提案を敢えてしたようですね。

 そして断られた後に別の小さな提案をする"ドア・インザ・フェイステクニック"を使いましたね)


「最初にシステムに情報を登録するのは私がやりますから」


「うちは使うだけでいいの?」


「はい!」


 リーネの確認にリリアが二つ返事をした。


 (実況:今、リリア選手が譲歩しませんでしたか?)

 (解説:これは明らかにバーコードシステム導入のハードルを下げる為の"ローボールテクニック"ですね)


「そう……、

 だったら商業ギルドで試しに使ってみてもいいかしら」


 ここで、リリアがバーコードシステムの納入を一件決めた。


「でも顧客データを集めたいので、もう一件ぐらいあったらいいなぁ」


「あら、リリア様はどこかに知り合いはいないの?」


 これ以上、巻き込まれたくないリーネは敢えてリリアの知り合いを引き合いにだした。


「私の知り合いですか?

 ……そうだ!

 リーネさんのお家は商家でしたよね」


「私の実家は商家だけど、それがどうかしたの?」


「リーネさんのご実家でとうかなぁって……」


「でも、顧客情報とか貴方に見せる必要があるのよね?」


 リリアの予想外の提案にリーネは抵抗を見せている。


「そうだ、ギルドの情報登録の時に私がリーネさんにやり方を教えますよ。

 そうしたらご実家の情報登録はリーネさんができますよ」


 (実況:リリア選手、また別の提案を出しましたね)

 (解説:これは小さな提案を受け入れさせて本命の提案を提示する"フット・インザ・ドアテクニック"ですね。

 果たしてリーネ選手が断れるでしょうかね)


「……そ、そうね。

 それなら情報は漏れないわね」


 難色を示したリーネを押し切り、リリアがバーコードシステムの納入をもう一件決めた。


(実況:あぁ、リーネ選手が提案を受け入れてしまいましたー!

 リリア選手の三連コンボが見事に決まったそー! )

(解説:リーネ選手は完全にリリア選手の術中に嵌まってしまいましたね)


 リーネは渡されたバーコードシステムの仕様書を"ボオーッ"と眺めている。


(実況:これ、明日になってリーネ選手が冷静になれば契約を反故にしませんか?)

(解説:"クーリングオフ"の可能性は十分ありますよ)


「じゃあ、私はユウイチさんに報告してきます。

 それと、これはユウイチさんからリーネさんにプレゼントです」


「そ、それはどうもありがとう」


 リリアは新品のキャリーケースをリーネに渡して研究所へと帰って行った。


(実況:ああっと、王都で入手困難なキャリーケースがリーネ選手に渡されましたね)

(解説:これは見事なリリア選手の"アフターフォロー"ですね。これでリーネ選手の"クーリングオフ"の道は断たれましたね)

(実況:どうやら、リリア選手の完勝のようですね。

最後に一言、今日の試合の総括をお願いします)

(解説:この戦いは相性の善し悪しがモロに出ましたね)


 これは、後の世でリーネが"バーコードシステムの母"として長く語り継がれることになった、切っ掛けを作った話である。


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