【第二十六話】キャリーケース
ドリルノートによって王都にお受験戦争の種をユウイチは投下した。
だが、前世の"学問の神様"のように祀られ敬われることは決してないであろう。
それよりも、王都に教育熱を及ぼした疫病神として勉強嫌いの大人達から忌み嫌われる存在になるかもしれない。
さて、今回はそんな勉強とはかけ離れた利便性とファッション性を兼ね備えた発明品の話である。
「ユウイチさん、おはようございます」
「おはよう、リリア君」
リリアが事務所に入るとユウイチが何やら"ガラガラ"と音をたてながら近寄ってくる。
「ユウイチさん、何を引き摺っているんですか?
もしかしてスライムを運ぶ魔導具とか……」
「そうか、これでスライムを運ぶのもありだな。
リリア君、新しい使い方の提案を感謝するよ」
「はぁ……」
今のは冗談なのか、それとも本気なのかリリアは判断に困っている。
「でも、残念ながらスライムの運搬用ではないんだよ」
「取り敢えずスライム限定じゃないだけでも一安心できますよ」
ユウイチからスライム関連グッズではないと言質が取れたリリアは"ホッ"と胸を撫で下ろした。
「これは鞄に固定キャスターを取付けた"キャリーケース"という物だよ。
このように取っ手を持って引っ張っぱれば重い鞄でも楽に移動できるんだよ」
今回の発明品は前世の空港などでよく見かけるアレを丸っとパクッたことは白状しよう。
だが、この先を読めば情状酌量の余地があることをお分かり頂けると思う。
「わぁ、これだと重い鞄を持って移動しなくてすみますね」
ユウイチがキャリーケースを前後に動かして見せるとリリアの面白い物センサーが素早く反応した。
「リリア君が重そうに鞄を抱えていたから試しに作てみたんだよ。
良かった使ってくれるかな?」
そう言ってユウイチはリリアにキャリーケースを差し出した。
「ユウイチさん、ありがとうございます。
早速、今日から使わせてもらいます」
受け取ったリリアはキャリーケースを引いて事務所内を嬉しそうに歩き回っている。
「この分なら、もし大量のクレームで経過報告書が分厚くなっても平気そうだな」
「ユウイチさん、お願いですから不吉なことを言わないで下さいよ」
キャリーケースはリリアの労力を軽くしそうだが、ユウイチの余計な一言はリリアの気分を少し重くしてしまった。
「い、いや、飽くまで仮定の話だ。
クレームがないにこしたことはないからな」
「仮定の話でもクレームはお断りですよ。
このキャリーケースにはクレームは来ないですよね?」
いつもなら、この辺りからリリアの危険ワードの確認の件にはいるのだが、今回は少し話が違う。
「リリア君からクレームが無ければ、キャリーケースのクレームはゼロだよ」
「へっ、私はユウイチさんからクレーマーだと思われているんですか?」
「そうじゃなくて、そのキャリーケースは限定一個の非売品なんだよ。
だから、リリア君以外からクレームは来ないんだよ」
「なーんだ、ユウイチさん。
それを先に言って下さいよ!」
クレーマー疑惑の晴れたリリアの表情が零れんばかりの笑顔に変わった。
その笑顔を見てキャリーケースをプレゼントした甲斐があったとユウイチは思うのであった。
ユウイチがリリアにキャリーケースをプレゼントとしてから二週間が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、おはようございます」
リリアが"ガラガラ"とキャリーケースを引いて事務所に入ってきた。
「早速、使ってくれているんだな。
プレゼントした甲斐があったと言うものだよ」
「はい、とても助かってますよ。
それから、商業ギルドからこれを預かってきました」
そう言ってリリアはキャリーケースから書類を取り出してユウイチに渡した。
「ん、これは?」
今回は経過報告書が必要な発明品を販売していないはずだと、ユウイチは書類を見て訝しむ。
「これはリーネさんから預かってきた要請書です」
「ん、要請書?」
今頃になって過去の商品に対しての損害や現状復旧の費用の請求でもしてきたのだろうかとユウイチの内心は穏やかでない。
一先ずユウイチは、リリアから受け取った書類に目を通した。
すると、そこには"キャリーケース販売要請の件"と書かれていたのである。
ここで、販売要請の理由が分かり易い様に王城に勤める下級役人のミザリーとジェシカの会話をお聞き頂こう。
「ねぇ、ミザリー様。
今日も魔導具研究所のリリア様のスタイリッシュなお姿を拝見いたしましたわよ」
「ジェシカ様もご覧になられたのですね。
あの鞄のような物を引く姿は実にスタイリッシュで目立ちますものね」
下級役人と言えど王城に勤めることは、貴族令嬢にとってかなりのステータスである。
もし、ステータスランキングがあれば上位の部類に入るのではないだろうか。
因みに、そのランキングの最上位は王族付きの侍女になるであろう。
その彼女達の注目を浴びているのだからリリアは大したものである。
「それでミザリー様、あの鞄がどちらで入手できるか掴めましたの?」
「それが、残念なことに王都では未だ発売されていないようなのです」
あのキャリーケースはユウイチがリリアにプレゼントした一点物だと言うことを彼女達は知らないのである。
「リリア様は魔導具研究所の助手をなされているのですから、あの鞄は魔導具と言う線は考えられませんか、ミザリー様?」
「ジェシカ様、名推理ですわ。
それなら規制局の知り合いに尋ねてみましょうか?
忙しい方なので、直ぐとはいかないでしょうけど……」
「でも、一早く情報が欲しいですわね。
いっそのこと、リリア様に直に尋ねてみましょうか?」
ジェシカはかなりせっかちな性格の様である。
前世の"でんがなまんがな"言語圏で言うところの"イラチ"である。
「ジェシカ様はリリア様と面識がおありですの?」
「確か、私のお友達のお兄様のフィアンセの方が同じクラスだっと聞いたことがありますそわ。
その線を辿れば、いつかは……」
前世でも有名になると急に遠い親戚や知人が増えるものである。
「ジェシカ様、やはり規制局の知り合いに尋ねてみますわ」
この様にしてスタイリッシュさを求める貴族達による問い合わせが、商業ギルドと魔法規制局にひっきりなしに入ってきている様である。
「なるほど、キャリーケースを引いて歩くリリア君を見て購入を希望する人達からの問い合わせが増えてきていると言うことだな」
要請書を読み終えてユウイチは腕を組んで納得したように感想を述べる。
「な、何だか皆に注目されているようでとても恥ずかしいです」
リリアは恥ずかしがっているが、これは前世の読者モデルかインフルエンサーの類いである。
要するにキャリーケースの宣伝にリリアは多いに貢献したと言うことになる。
「リリア君が使ったことで宣伝の効果があったのなら"キャリーケース・リリアモデル"と銘打って大々的に発売しようか?」
「……もう、からかうのは止めて下さい。
"リリアモデル"なんて絶対にダメですからね!」
顔を真っ赤にしたリリアが必死に抵抗するが、ユウイチはかなり乗り気である。
「リリア君、こんなビッグウェーブを逃すなんて勿体無いぞ」
「別にいいんですよ、私は波なんかに乗らなくても」
当のリリアは大波に乗る気は毛頭ないようである。
「そうか、残念ではあるが無理強いは良くないな。
これは普通のキャリーケースとして売り出すことにしよう」
何かとお世話になっている商業ギルドからの要請を無碍にもできないユウイチはキャリーケースの発売を決定したのである。
キャリーケースの発売から二週間が経ったある日。
「ユウイチさん、経過報告書ですよ」
リリアがキャリーケースから取り出した書類にユウイチが目を通していく。
「荷物が重くてもキャリーケースだと肩が痛くなりませんね」
「学院の制服にはキャリーケースがマッチするんですよね」
「キャリーケースを引いて王城の廊下を颯爽と歩かれている男爵様が素敵でした」
この様に好評な意見が多く寄せられている報告書を読み終えてユウイチは"ホッ"とした顔である。
「これで私が目立たなくて済むので安心です」
キャリーケースを引く仲間が増えたリリアも"ホッ"とした顔をしている。
「でも、今回は限定百個だから持っているだけで注目されると思うぞ」
「ユウイチさん、幾ら何でも限定百個って少な過ぎませんか?」
もっと仲間を増やしたいリリアは限定百個に不満の様である。
「確かに百個は少ないが、そろそろ模倣品が出回る頃じゃないかな。
そうなるとキャリーケースを引く人も増えてるはずだよ」
魔導具ではなく構造が簡単なキャリーケースの模倣品が出回るのは目に見えているのである。
「それだと、更にわたしが目立たなくなりそうですね」
ユウイチは思わす"勿体ないオバケ"が出るぞと言いそうになったが、"グッ"と堪えた。
そして、数日が過ぎてユウイチの予想は的中した。
王都の朝は王城に勤める役人から学院の生徒に至るまで、誰も彼もがキャリーケースを引っ張って歩いている。
その多くは、魔導具研究所のキャリーケースと何ら変わらない見た目の模倣品業者の商品である。
だが、模倣品が大量に出回れば当然の様に価格競争になる。
価格競争を乗り切るためにコストが抑えられるのは自明の理である。
利益を確保するために少しづつ材料費が削られてキャリーケースの強度は落ちていくのであった。
キャリーケース発売から二ヶ月が経ったある日のこと。
「どうして直ぐにキャスターが壊れるんだ!」
「買ってから一ヶ月しか使っていませんのにもう駄目になっていますわよ」
「魔導具研究所のキャリーケースは壊れないと聞いたぞ」
そんなクレームが模倣品業者の元に多数寄せられているらしい。
但し、壊れているのは模倣品業者のキャリーケースばかりで魔導具研究所のキャリーケースとは無縁の話である。
実は凸凹ガタガタな上に固い石畳の王都の道路では模倣品業者のキャリーケースのキャスターは直ぐに壊れてしまうのである。
そのため模倣品業者は故障の対策として次第に頑丈で大きなキャスターを付けるようなっていった。
キャリーケースの発売から三ヶ月が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、どうやらキャリーケースブームは終わったみたいですね」
「今はキャリーケースブームが去って荷車ブームが起こっているからな」
模倣品業者のキャリーケースは頑丈さを求める余り、キャスターが子供の背丈ぐらいの大きさの車輪になってしまい見た目が荷車の様になっている。
「荷車ではスタイリッシュもなにもあったもんじゃないですね」
リリアは"やれやれ"と言った表情である。
「リリア君、時として人は見た目の格好良さよりも実用性をとるものだよ」
ユウイチは腕を組み目を閉じて染々と語っている。
「その言葉は深いのか浅いのかよく分かりませんね」
そう言ってリリアが肩を鋤くねる。
「でも、どうしてうちのキャリーケースのキャスターは壊れなかったんですか?」
「それはキャスターに"強化の魔法陣"を付与してあるからだよ」
「そうだったんですね。
それを知らずに模倣品を買った人は可哀想ですね」
最大の広告塔であったリリアが申し訳なさそうな顔をしている。
「いや、安い物には安いなりの理由があるんだよ。
今回のことで買う側の人はいい勉強になったんじゃないかな」
「物を買うのにも勉強が必要だなんて……。
勉強はドリルノートだけにして欲しいですよ」
自分の発した言葉で父親から新たに渡された"花嫁修業のドリルノート"を思い出したリリアはしょんぼりしていた。
後日談。
私の名はミレイ。
春は外套を脱いでお洒落を楽しむ季節。
私も仕事とお洒落を精一杯に楽しんでおりますわよ。
「おはようございます、ミレイ様」
魔導具研究所のリリア様が"ガラガラ"と音をたてながら入ってきましたわ。
私は「その手で引いているものは何かしらと?」リリア様にお聞きしましたの。
リリア様はキャリーケースと言う鞄の一種であると教えてくれましたわ。
何ですのこの凄くスタイリッシュな感じは……。
このキャリーケースはきっと私の為にあるものだと確信いたしましたわ。
凄く欲しい、今すぐ欲しいですわ。
先日の低反発マクラのように頂けないのかしら。
何ならあの反抗的なマクラはお返ししますから。
「キャリーケースは限定販売なので仕様書だけ提出します」ですって!
そう言われておめおめと引き下がる私ではありませんことよ。
でも、好敵手である魔導具研究所の助手を務めるリリア様に頭を下げるような真似はしたくありませんわね。
どんなことでも負けは負けですもの。
さて、どうしたものかしら……。
私としては一時休戦でもいいのですけれど。
えっ、来週初めに商業ギルドから発売されますの?
……そ、そうですのね、ほほほ。
私の名はミレイ。
欲しい物は必ず手に入れてきましたわ。
今朝は早起きして商業ギルドに参りました。
そして、私は見つけてしまいましたの。
店先に飾られたあの忌々しい名前を……
そう、"キャリーケース・リリアモデル"という名前を!




