【第二十五話】ドリルノート
バイアリターク王国の春には前世の雛祭りや鯉のぼりの様な風物詩は何もない。
入学式で桜をバックにスマホで写真を撮ることもない。
だが、梅雨ではないがゲリラ豪雨のような雨がたまに降ることがある。
そんな時は家に籠って本を読んでいる者もいて、晴耕雨読はこちらの世界でも通用する言葉の様である。
王都には図書館もあり庶民の学習意欲は決して低くはない。
さて、今回はそんな学習に纏わる話である。
研究所ではユウイチが新しい発明品のプレゼンを始めた様で朝から騒がしい。
「キューブ型パズルゲームは予想通りに知育の役目をよく果たしている。
リリア君もそう思うだろ?」
「魔法練習用の組み立て式ゲームになってはいますけどね……」
リリアはあの大会以降、キューブ型パズルゲームには何の興味も示さなくなっている。
「新しい遊び方、大いに結構じゃないか!
"クルクル派"でも"魔法派"でも問題ない。
そうやって自分達の想像力で新たなものを作り上げる。
それが知育の本質ではないだろうか」
「ユウイチさん、長々と話していましたけど、完全に負け惜しみですよ」
リリアがツッコミを入れた様に明らかに"負け犬の遠吠え"である。
「リリア君、諦めたらそこで負けが確定するのだよ。
つまり諦めなければ負けたことにはならないんだ!」
ユウイチは前世のスポ根漫画に登場する某先生の様な台詞を拳を握って熱く語っている。
「それでは、負けないだけで勝つことはできませんよね?」
「そこでだ、リリア君。
知育の次は早期教育で勝負しようと思っているんだよ。
俺は早期教育で勝負に勝つ!」
果たしてユウイチが誰と戦っているのかは分からないが、どうやら新しい発明品が完成したことだけはリリアにも分かる。
「ユウイチさん、早期教育でも"クルクル"するんですか?」
知育で懲りているリリアは聞くだけ聞いてみよう的な感じの質問をユウイチにしてみた。
「リリア君、"当たらずも遠からず"だよ。
これを見てくれたまえ」
そう言うとユウイチは机の上に数冊の冊子を順番に並べていく。
「"こくご・けいさん・せいかつ・いきもの"って何ですかこれ?」
こちらの世界には本はあるが、教材となる書籍は存在しない。
王立学院にも教科書は無く、各自で資料を用意して授業を受けている。
「これが早期教育の切り札である"ドリルノート"と言うものだよ」
「ドリルノートですか?
なんだか、回転して角で穴を掘るドリルラットみたいですね」
どうやら、こちらの世界のモグラは手ではなく角で穴を掘っている様である。
どちらが自然な進化なのかは、生物学に疎いユウイチには分からない。
こちらの世界に進化論の大家がいれば聞いてみたいところである。
「リリア君、掘るのは穴ではなく知識の方なんだよ」
前世では問題を繰り返し解くことを回転する工具のドリルに準えたのだ。
ドリルノートを"クルクル"と回すことはないが、繰り返すと言う意味では似ているかもしれない。
「へぇー、色んな問題が載っているんですね。
何だか子供の頃に家庭教師の先生に出された問題を思い出しますね」
面白い物センサーが反応したリリアがドリルノートをパラパラと捲っていく。
「そうだろう。
先ず幼児向けのドリルノートを作ってみたんだ。
これは、六歳ぐらいが対象かな」
教会の神官に問題を考えてもらったドリルノートは各年齢層に応じた内容で痒いところにも手が届くユウイチも納得の出来栄えである。
「"どうかを十枚もっておつかいにいきました。
一こでどうか二枚のりんごを二こかいました。
おつりはいくらになるでしょう?"」
リリアがドリルノートの問題を声に出して読んでいる。
この問題は、ユウイチが考えた悪意に満ちた引っ掛け問題である。
「りんごが二個で銅貨四枚ですから、十枚引く四枚で答えは銅貨六枚ですね」
リリアが得意満面で答える。
確かに計算は合っているが、これは"せいかつ"のドリルノートに載せた問題である。
実生活に於いてリリアの答えでは間違えなのである。
間違えなのだが、ユウイチは敢えて指摘はしない。
決して引っ掛け問題だと知ったリリアに怒られるのが怖いわけではない。
大切なのは"自分で考えて間違えに気づくことなのだ"と懲りない男・ユウイチは心の中で呟く。
「ユウイチさん、ところで答えはどこに載ってるんですか?」
「フッフッフッ、答えは次の号の最初に載せる予定なんだよ」
まるで前世の時代劇で悪巧みをする悪代官の様な顔をユウイチはしている。
「何で次の号に載せるんですか?」
「そうすれば解けない問題の答えを考える癖が付くはずだ。
何より次号を続けて買ってもらえるようになる販売上の戦略でもある」
リリアにも先程の問題を次号が発売されるまでじっくりと考えて欲しいとユウイチは思っている。
「なるほど、買ったが最後。
どんどん深みに嵌まっていくと言うからくりですね」
リリアも前世の時代劇で悪代官の悪巧みに賛同する越後屋の様な顔をしている。
「リリア君、その言い方は聞こえが悪いな。
"学習意欲が続く"と言って欲しいものだな」
子供が勉強に嵌まるのを止める親はいないと思うが、本音はともかくイメージは大切にした方がいい。
そのイメージで模倣品業者に痛い目に合わされたのは未だ記憶に新しいところで、懲りない男・ユウイチも少しは学習しているのである。
「その学習意欲が続くドリルノートは売れるでしょうか?」
「親は誰しも子の幸せを願うものだ。
そんな親達にきっとこのドリルノートは受け入れられるはずだよ」
前世で早期教育を見てきたユウイチは自信を覗かせている。
「それでユウイチさん、危険ワードの確認ですが?」
「リリア君が心配するような物は使っていないぞ。
そもそも、ドリルノートは魔導具ではないからな。
規制局には印刷用の魔導具の届け出だけで済むはずだ」
「なるほど、そう言われると何となく安心できます」
ドリルノートの用紙には魔法陣もスライムは使っていない。
そして、ネーミングも問題ない。
更に食べ物ではないので魔獣が狩られることもない。
今回は恐れる物は何もないのである。
「リリア君は商業ギルドとの打合わせを頼めるかな?」
「分かりました。
早速、商業ギルドへ行ってきますね」
納得したリリアはドリルノートを鞄に入れて商業ギルドへ向かったはずだが、何故か引き返してきた。
「ユウイチさん、引っ掛けましたね?」
「ん、リリア君……
何の話かな?」
ユウイチは白々しく答えるが、目が泳いでいる。
「"何の話かな?"じゃないですよ!
さっきの問題のことです!!」
そして、ユウイチは数十分に渡りリリアからクレームを食らっていた。
その後、リリアは商業ギルドで打合せを行い、一部の"ゆとり教育"派の反対を押し切ってドリルノートの販売計画を勝ち取ってきたのであった。
ドリルノートの発売から一ヶ月ほど経ったある日のこと。
「ユウイチさん、ドリルノートの第三号も既に完売していましたよ」
商業ギルドに経過報告書を取りに行ったリリアが嬉しそうに事務所に入ってきた。
「そうか、それは上々。
これでクレームが入っていなければ百点満点なんだがな」
ユウイチはリリアから手渡された報告書にしっかり目を通していく。
報告書には王都のとある一般家庭の話が記載されていた。
「おい、もうパズルゲームはやらないのか?」
夕食後に息子に向かって父親がパズルゲームを差し出して聞いている。
「今、この子はパズルゲームよりもドリルノートに夢中なのよ」
「なんだ、そのドリルなんとかってのは?」
父親は怪訝そうな顔をして母親に聞いた。
「この間、お隣の奥さんに勧められて買ってみたのよ」
そう言って母親が別のドリルノートを父親に見せる。
「ふーん、アイツは遊びよりも勉強に夢中になってるのか?」
父親はつまらなさそうにドリルノートをパラパラと捲っている。
「お隣じゃあ、兄弟で取り合いになっているそうよ」
「ふーん、遊び道具じゃなくて勉強道具の取り合いねぇー。
世の中、変わったな……」
父親は息子の成長が嬉しい反面、ちょっぴり寂しそうである。
「あの子に答えを聞かれた時に答えられるようにあなたも勉強しておいてよ」
「おい、俺は今から飲みに行く約束が……」
そう言って父親は慌ててその場から逃げ去ろうとしている。
「アナタも遊んでばっかりいないで、たまには勉強しなさい!」
母親は、子供を叱る様に父親にドリルノートを押し付けたのであった。
この様な光景は王都の各家庭でよく見られるようになっているらしい。
「ふうー、どうやらクレームはなさそうだな」
報告書を読み終えたユウイチは"ホッ"とした様子だが、勉強を強制されている父親達からクレームが来ないか心配ではある。
「ユウイチさん、ドリルノートのお陰で王都では教育熱が高まっているみたいですよ」
「それは良いことだな。
但し、教育熱は親の方が加熱し過ぎる傾向が強いからその辺りだけが心配だな」
ユウイチは前世の"お受験戦争"で子供を叱咤激励していた親達を思い出して苦笑いをする。
「子を思う親心の現れですね。
でも、私はのびのびと育てられましたから教育熱とは無縁でしたけどね」
どうやら、リリアの天真爛漫さは、前世で言うところの"ゆとり教育"の賜物らしい。
「それと模倣品が出回り始めましたがどうしますか?」
「模倣品のラインナップは"魔法語・魔法陣・社交界・魔獣・花嫁修業"って書いてあるけど、こんなの子供のために買う親はいるのか?」
「貴族の親達は子供用じゃなくて自分用に買っているみたいですよ」
「そ、そうか……。
それは勉強熱心なことだな」
特に"社交界"のドリルノートで情報をアップデートしている老齢の貴族が多い様である。
何やら生涯学習の様相を呈しているのは、早期教育を目的としていたユウイチの想定の範囲外である。
「ユウイチさんも社交界のドリルノートを買って勉強してみてはどうですか?」
「はははは……
俺は社交界にデビューする予定はないから遠慮しておくよ」
貴族の社交界には絶対に関わりたくないユウイチは笑ってごまかしたのであった。
ドリルノートの発売から二ヶ月ほど経ったある日。
「ユウイチさん、おはようございます」
「おはよう、リリア君。
どうした、今日は元気がないな?」
いつもなら事務所に駆け込んで来るリリアだが、今日は"トボトボ"歩いて入ってきた。
それどころか少々、寝不足気味の様子である。
もしかしたら、"何処か身体の具合でも悪いのではないか"とユウイチは心配する。
「実は……」
そう言いながらリリアが鞄から何やら取り出した。
「リリア君、それは何だ?」
「"子供の頃に甘やかし過ぎた"と、お父様から渡された"社交界"のドリルノートです。
ノルマをクリアしてからでないと夕食が食べられないんです……」
これは、貴族の令嬢とは思えないほど、天真爛漫に振る舞っている自分の娘に見せた父親の親心の様である。
「そ、そうか、勉強するのは良いことだ。
リリア君、頑張れよ!」
ガックリと肩を落とすリリアに応援の意味を込めておやつ用のパンケーキをユウイチはそっと差し出したのであった。
確かに王都の親達の教育熱は加熱気味の様である。
後日談。
私の名はリーネ。
私は王都でも指折りの商家の一人娘。
誰ですか「親のコネで商業ギルドへ入ったのか?」なんて言う人は?
確かにギルドに入ったばかりの頃はそんな噂話をする方が何人かいましたわ。
でも近頃は、その方達をめっきりと見なくなりました。
恐らく、どこか遠くの支店にでも異動になっているのではないかしら。
まぁ、そんな話しはどうでもいいとして、今日はドリルノートの話をしましょうか。
魔導具研究所が販売しているドリルノートに似た商品が山のように出回っているわ。
王都の皆さんは意外と勉強がお好きなのね。
先日、経過報告書を取りにきたリリア様が「お父様から"社交界"のドリルノートを渡された」と肩を落としていましたわ。
私はそんなリリア様に「魔導具研究所のお陰でどれだけの大人が勉強させられているか知ってるの?」と言って上げました。
「それとこれとは話しが別ですよ」と言うリリア様に「お父様は貴方を思ってドリルノートを渡されたのよ」と言って叱っておいたわ。
全く、"親の心子知らず"もいいところね。
私の名はリーネ。
ええ、お母様から"花嫁修業のドリルノート"を渡されていますけど……
それがどうかしたのかしら?




