【第二十四話】低反発マクラ
特に狙った訳ではないが食べ物ネタが続いてしまった。
これでは魔導具研究所ではなく、食品研究所と呼ばれてしまいそうである。
なんてことは、ユウイチは思ってはいない。
ユウイチとしては、こちらの世界が便利になればそれで良いのである。
そんなユウイチは新しい魔導具のプレゼンに入ったところである。
「いいか、リリア君!
人生の三分の一は睡眠に充てられているんだ。
質の良い睡眠が健康な心身を育む。
故に人類は寝具に拘らねばならないんだよ!」
前世では頻繁に徹夜をしていたユウイチは睡眠の大切さを身に染みて理解している。
だから、リリアに対していつも以上に熱のこもったプレゼンになっている。
「私はベッドは"ふかふか"な物を選んでいますよ。
それと冬場は暖かい毛布が必需品ですね」
「フッフッフッ、リリア君。
そうじゃないんだよ。
非常に大切な物が抜けているぞ」
お世辞にも上手だと言えない小芝居をしながらユウイチは答えを勿体付ける。
「えっと、……それならお布団ですか?」
「チッチッチ、違うんだよ。
もっと大切な物だよ、リリア君」
ハードルが上がるのを恐れずにユウイチは未だ勿体付けている。
「あっ、縫いぐるみですよね!」
頭の中で自分の寝室をじっくりと見渡して、一番大切な友達を発見したリリアの口から禁断の一言が零れ出た。
「ん、リリア君は縫いぐるみと寝ているのか?」
ユウイチの言葉に我に返ったリリアの顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。
実はリリアは五歳の誕生日に父親から贈られたドラゴンの縫いぐるを枕元に置いて寝ているらしい。
時には夢の中で、そのドラゴンの背に乗って世界一周の旅をすることもあるそうだ。
「……今のは……忘れて下さい。
そ、それより答えは何なんですか?」
「フッフッフッ、では答えを教えてしんぜよう。
リリア君、一番大切な寝具は枕だよ!」
「はぁ、……枕ですか?」
だから言わんこっちゃないのである。
ユウイチが無駄にハードルを上げたためにリリアの反応が今一つ以下になってしまった。
「そうだ、枕だよ。
リリア君も、枕が変わると寝れなくなることがあるだろう?」
前世の神経質あるあるの一つがこの"枕が変わると寝れない"である。
例えホテルに泊まっても"部屋が変わったせい"ではなく"枕が変わったせい"だと枕にフォーカスを当ててしまうぐらいである。
「えっと、ないですね。
枕なんて起きた時に何処かに飛んでいっていますからね。
だから、どんな枕でも同じですよ」
リリアはあっけらかんと自身の寝相の悪さを語る。
もしかしたら、リリアが夢の中でドラゴンの背に乗って飛んでいる頃に、縫いぐるのドラゴンはリリアに投げ飛ばされて宙を舞っているかもしれない。
ユウイチは質問する相手を間違えたと反省する。
「そ、そうか。
だが、一般的によくある話なんだよ」
「一般的には……ですか?」
今.、ユウイチは何か地雷の様な物を踏んだ気がした。
そんな気がしたのだが取り敢えず説明を続ける。
「いいかい、リリア君。
枕選びは安眠の最大のテーマなんだよ。
素材は綿・羽毛・籾殻などの中から自分に合う物を選ばなければならない。
更に言えば枕の高さも重要なんだよ」
「いくらなんでも、たかが枕に大袈裟ですよ」
きっとリリアは、いつでもどこでも熟睡できる非常に特異な体質の持ち主なのだろうとユウイチは思う。
どうやらユウイチは、枕談義をする相手を完全に間違えたようである。
「……ん、んっ、まぁいい。
とにかくだ、今回の発明は"低反発マクラ"だ!」
「ユウイチさん、低反発って何ですか?!」
聞き慣れない言葉にリリアの面白い物センサーが反応した。
「これは言葉で説明するよりも実際に体験した方が早いと思う」
そう言ってユウイチは"低反発マクラ"とこちらの世界では一般的な"綿のマクラ"を机の上に並べて置いた。
「こっちが、低反発マクラですよね。
触ってみてもいいですか?」
興味津々のリリアが低反発マクラに手を乗せる。
「どうだ、ゆっくりと沈んでいくだろう。
これがこの低反発マクラの最大の特徴なんだよ」
「本当ですね。
こっちとは全然違いますね」
リリアが両方の枕に手を乗せて"グッ"と体重をかけていく。
飽くまでも"グッ"とであって決して"ズシッ"とか"ドシッ"とかではない。
「この低反発マクラに頭を乗せると静かに沈み込み心地良い高さで止まってくれるんだよ。
それによって、頭から首、そして背中が自然なカーブを保って理想的な姿勢で眠ることができるんだよ」
「その"自然なカーブ"だと何がどういいんですか?」
こちらの世界にはスケルトンは存在するが、骸骨標本は存在しない。
だから、背骨の話をしてもリリアには"ピン"とこないであろう。
「体への負担が少ないから肩こりや腰痛、いびきなどの体の不調を防ぐんだよ。
更に睡眠中の呼吸を妨げないので熟睡できると言う訳だな」
ユウイチは科学的名称を控えて、できる限り身近で具体的な効果に付いて説明する。
「へぇー、寝ている時の呼吸のことまで考えたことがありませんでした」
狙いが的中したようで、リリアの目から鱗が落ちたんじゃないかとユウイチは思った。
だが、その鱗はドラゴンの鱗のように高くは売れそうにない。
「リリア君、この低反発マクラで睡眠に革命を起こすぞ」
ユウイチが威勢良く気焔を上げる。
だが、その気焔はドラゴンブレスほどの威力はない。
「ところで、この低反発マクラは魔導具なんですか?」
「魔法陣は付与してある。
それから、枕の素材として"スライムの幼体"と"ファイヤーキャメルの脂"、それから数種類の薬草を使っているんだよ」
「ムムム……
出ましたね、スライムが。
それとファイヤーキャメルは初登場ですね」
この初登場の魔獣であるファイヤーキャメルは前世の駱駝のような魔獣で背中のコブに溜っている脂を口から霧状に噴射して火魔法で発火させることができる火属性の魔獣である。
今回はその脂と数種類の薬草が低反発マクラの発明の鍵であった。
ユウイチは試行錯誤を繰り返して、漸く前世のウレタンの様な物を再現できた。
詳しいことは例によって企業秘密であるが、そのウレタンに"復元の魔法陣"を付与して良い感じの低反発を実現したのであった。
「低反発マクラの仕様自体は簡単なものだから許可はすぐ降りると思うんだけどな」
「だといいんですけどね……。
でも、水属性のスライムと火属性のファイヤーキャメルの組合せは危険なのではないでしょうか?」
これは学院の魔術課の授業でリリアが習った基礎中の基礎である。
「そこが今回の発明の肝となる部分だな。
数種類の薬草がその二つを上手く媒介してくれているんだよ。
仕様書を良く読んでから規制局に持って行って欲しい」
これは例えるなら、酢と油は混ざらないが、そこに卵黄を加えると混ざり合ってマヨネーズとなるようなものである。
「分かりました、仕様書を読むのが楽しみです」
この低反発マクラはリリアの面白い物センサーを終始刺激している様である。
始めの頃の"枕なんてどれも同じ"発言が嘘の様である。
「それでは頼んだよ、リリア君」
そう言ってユウイチは、プレゼンを終了した。
「ところでユウイチさん、さっきの"一般的には"ってどう言う意味ですか?」
立ち去ろとするユウイチに問い掛けるリリアの顔は笑っているが目は怒りに満ちている。
どうやら、先ほど踏んだ地雷が時間差で炸裂した様である。
ユウイチは逃げるのが少し遅かったようで、この後に釈明するのに数十分の時間を要したのであった。
それから、リリアが規制局から許可を取って、商業ギルドとの打合せに更に時間がかかったが、低反発マクラは無事に販売されることになったのである。
低反発マクラを発売してから二週間が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、"スライムマクラ"の経過報告書です」
リリアはいつものように明るく元気に事務所に入って来た。
だが、スライムマクラの通称はいかがなものかとユウイチは思っている。
これではババシャツの二の舞になる可能性が十分にある。
「ありがとう、リリア君
低・反・発・マクラの報告書だな」
ユウイチは少しばかりの抵抗をみせてから受け取った書類に目を通す。
報告書には低反発マクラの意外な場所での活躍が乗せられていた。
ここはとある魔獣討伐の最前線基地である。
「今までの枕とは寝心地が違うのだ。
俺は二度とこのマクラを手放さないとグレイスに誓ったよ」
「それで、遠征にわざわざ持ってきたのか?」
低反発マクラの信者と化したロベルトに同僚騎士は呆れている。
「このマクラだと夜中に起きることが無くなり、目覚めもスッキリなんだよ」
「こんな場所で、熟睡してもしもの時に対応できるのかよ?」
ここは魔獣討伐の最前線である。
そもそもが夜営で安眠など求めてはいけないのである。
「話を聞いていなかったのか?
このマクラならどんな時もスッキリと目覚められるんだよ」
半信半疑の同僚の意見にロベルトは喰い下がりマクラの良さをアピールしている。
「本当にそうなら俺もそのマクラを使ってみたいな」
「二つ買って、一つは奥方にプレゼントしてみたらどうだ?」
「ん、何故だ?」
「このマクラなら激しいイビキも治まるらしいぞ!」
「馬鹿、それを先に言え!
何処に売っているんだ?
王都に帰ったら一番に買いにいくぞ!!」
遠征で討伐する魔獣の呻き声より騒がしい女性と寝室を共にしている同僚騎士は、低反発マクラに一筋の光明を見つけたのであった。
この話しは極端な例だとしても、それ以外にも好評な購入者の声が届けられている様である。
今までの枕には無かった寝心地の良さに王都の民が安眠のなんたるかを知ったのである。
「よし、想定通りだな。
やはり"枕を制する者は睡眠を制する"んだよ」
ユウイチのドヤ顔は留まるところをしらない様子である。
「ユウイチさん、今のは誰の言葉なんですか?」
「ん、勢いで言ってみただけだ……。
リリア君、今のは忘れていいぞ」
それを聞いてリリアが肩を竦める。
「リーネさんによると今のところ模倣品は出てきていないようです」
「どんなに頑張っても、あの製造ラインは真似できないだろうからな」
ユウイチは苦心の末に低反発マクラのための"裁断・乾燥・配合・包装"の工程を繋げた製造ラインを作りあげた。
未だ産業革命を迎えていないこちらの世界では、これを真似るのは無理な話である。
「例え設計図を見たとしてもあれは確かに無理ですね」
「後で製造ラインの仕様書を規制局に持っていて欲しいんだ。
今は販売するつもりはないが、いつでも販売できるようにしておきたいからな」
「それなら、リーネさんに低反発マクラを届けた後で規制局に寄ってきますね」
リリアは書類と低反発マクラを鞄に入れて事務所を後にした。
低反発マクラの発売から二ヶ月が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、大変です。
"マクラスライム"のクレームが増えてきたそうです」
血相を変えたリリアが書類を振りながら事務所に駆け込んできた。
よほど慌てているようで"スライムマクラ"が"マクラスライム"になっている。
「り、リリア君、落ち着きたまえ……。
ど、どう言うクレームが増えてきたと言うんだ?」
スライムとクレームの組合せは非常に不味い組合せであり、ユウイチも動揺を隠しきれない。
「先週辺りから"マクラの反発が強くなった"と言うクレームが頻繁に入ってきているようなんです」
それを聞いてユウイチは慌てて報告書に目を通す。
「買った当初は静かに沈み込んでいましたが、今は激しく押し返してきます」
「この枕は低反発ではなくて猛反発だろう」
「一時期、物凄く強い反発がありましたが今は落ち着いているようです」
ユウイチは報告書を読み終えて腕を組んで暫く考込んだ。
「"激しく押し返す" "猛反発" "今は落ち着いている"か……」
ユウイチはそう呟いて、"ハッ"とした。
「リリア君、この"一時期、強い反発がありましたが、今は落ち着いてます"と言うのは何かに似ていないか?
「ユウイチさん、それってもしかして……」
「あぁ、原因はスライムの幼体だな!」
推察するに素材に使ったスライムの幼体が反抗期を迎えて枕に乗せた頭に反発しているようである。
「やっぱりスライムがやっちゃいましたね」
「スライムはスライムでも幼体だからな。
子供のしたことは大目にみてやろうじゃないか」
苦しい言い訳をしてお茶を濁したユウイチを、リリアが冷たい目をして"じっ"と見ていた。
それから暫くして、王都の出産祝い事情に変化が現れた。
「奥様、お嬢様の出産祝いはどうなさいますか?」
「そうね……、代わり映えがしないけれど、慣例に沿ったもので良いんじゃないかしら」
バイアリターク王国の貴族の間では、生まれてきたのが男子なら剣を、女子なら杖を贈るのが、古くからの習わしである。
「奥様、少し変わった物がございますよ」
「変わった物?」
侍女が何やら意味ありげに微笑んでいる。
暫くして 嫁ぎ先から娘が無事に出産を終えたと連絡が入った。
「では、予定通りアレを贈って頂戴」
「はい、奥様。
活きの良さそうな物を見繕ってお贈り致します」
数日後、娘の元に母親からの出産祝いが手紙と共に届いた。
その手紙には短くこう書かれていた。
"出産祝いに、低反発マクラを贈ります。
これで練習して来るべき日に備えなさい"
「これは、どういう意味なのかしら?」
それから、一ヶ月後に娘は反抗期に入った低反発マクラを宥めながら母親の言葉を噛み締めるのであった。
こうして、王都では低反発マクラで子供の反抗期を疑似体験する母親が増えたそうである。
後日談。
私の名はミレイ。
「春眠暁を覚えず」などと呑気なことをおっしゃっている世間は放っておいて、私は早朝から書類と格闘しているはずなのですが……
格闘したいのは山々ですが、魔導具研究所が提出してきた低反発マクラの仕様書はたった一枚の紙切れだけですのよ。
これではとても格闘などできませんわ。
魔導具研究所には、いたく失望いたしましたわ。
この私の好敵手を名乗っておきながら、この体たらくですのよ。
これでは呆れて物が言えませんわね。
寝惚けていらっしゃるのなら顔を洗ってから提出なさいませ。
こんなことなら私は定時でさっさと帰らせて頂きますわ。
私が帰り支度をしていると魔導具研究所で助手を務めるリリア様がやって来ましたの。
「低反発マクラの仕様書をお持ちしました」って既に頂いていますわよ。
えっ「製造の魔導具の方」ですって?
今一つ、話が見えてきませんわね。
「とにかく見てください」って言われても、私はもう終わりにしたいのですが……。
そんな私を横目にリリア様は鞄から取り出した書類の束を"ドン"と机に置きましたの。
私はリリア様に説明を求めましたわ。
すると「これは、低反発マクラの製造ラインの仕様書です。四つの魔導具を一つに繋げて稼働させています」と申しましたのよ。
貴方、ちょっとお待ちなさいな。
私はそんな話しは一切聞いておりませんわよ。
未だ説明が不十分なのに「最後にこれが低反発マクラです」なんて言われても困りますわよ。
「多分、今日は泊まり込みで書類に目を通すことになるだろうから仮眠する時に使って下さい」、そう言い残してリリア様は私の反論も聞かずにそそくさと帰って行きましたわ。
それにしても大量の書類ですこと。
この魔導具同士を繋ぎ一つの大きな魔導具とするなんて発想はどこから生まれてくるのかしら。
その答えを探ろうと私は書類をパラパラと捲りましたわ。
……フッ、魔導具研究所。
やはり、私の好敵手に相応しいですわね。
私の名はミレイ。
追加で提出された仕様書の全てに目を通すのに一週間を費やしましたわ。
でも、低反発マクラでの仮眠は最高でしたわよ。




