【第二十三話】インスタント麺
遂に王族の愛猫のためにドラゴン捜索隊が結成されたようである。
報酬額が破格であるため腕に覚えのある冒険者達の応募が殺到したらしい。
果たして"ドラゴン肉のキャットフードに猫まっしぐらとなるのだろうか?"とユウイチは思っている。
そんな、セレブな話しは置いておいて、庶民には庶民に合う食べ物がある。
今回は、そんな庶民の強い味方の話である。
「ユウイチさん、ただいま戻りました」
「お疲れ、リリア君」
教会の鐘の音が正午を知らせる頃にリリアが商業ギルドとの打ち合わせを終えて事務所に戻ってきた。
ひょっとしたらリリアは、よほど精巧な時計をお腹の辺りに持っているのかもしれない。
「ユウイチさん、お湯の入ったヤカンなんか用意してスライムでも溶かすつもりですか?」
帰ってきていきなりの質問だが、逆に"スライムを溶かしてどうするんだ?"と聞き返したいところである。
だが、いつかスライムをお湯で溶かす日がくるかもしれないので止めておいた。
言葉のブーメランと言うものは時間が経って忘れた頃に返ってくることはよくある話である。
「今、新しい発明品の最終チェックを兼ねた昼食の準備をしているところだよ」
そう言いながらユウイチは器にお湯を注いで蓋をして目覚まし時計のアラームをオンにする。
面白い物センサーが反応したらしいリリアが、蓋がされた器を"じっ"と見詰めている。
「リリア君、昼食が未だなら三分で出来上がるから食べてみるか?」
一人で美味しそうに食べていては、後で恨まれるかもしれない。
それを防ぐには美味しい物を一緒に食べれば良いのである。
「また、ペット用じゃないですよね?」
だが、先日のキャットフードの一件に懲りてかリリアは簡単には乗ってこない。
確かに"一度あることは二度ある"ものだ。
でも、"仏の顔は三度まで"だから二度目までのやらかしは相手が悪魔でもない限り大目にみてもらえるはずである。
だが、そうは言っても"食べ物の恨み"はやっぱり怖い。
そもそも、一度目でもリリアはとても怖かった。
「サンプンタチマシタ
サンプンタチマシタ」
三分後にセットされていた目覚まし時計のアラームが鳴った。
ユウイチが余計な事を彼是と考えている間に三分が経った様である。
「よし、できたようだな。
リリア君、もう食べて良いぞ」
「あの、もう一度聞きますけど本当にペット用じゃないですよね?」
正確性やミス防止にダブルチェックは基本中の基本である。
"リリア君も成長したな"などと、また余計なことをユウイチは考えている。
「リリア君、今回は間違いなく人が食べる物だから安心してくれ。
冷めて伸びてしまうと旨さが落ちる。
だから、遠慮せずに食べてみてくれ」
「ユウイチさんが、そこまで言うなら信用して頂きますね」
そう言って、リリアが器の蓋を取ると中から湯気が立ち上がりスープの良い香りが鼻腔を擽った。
「あぁー、良い香りがします。
もしかして、これは魚醤ですか?」
こちらの世界には、残念ながら前世の日本料理の味の王道である大豆から作った醤油は存在しない。
その替わりと言っては何だが、ユウイチは魚醤ベースのスープにしてみたのである。
「リリア君は、なかなか良い鼻をしているな」
恨まれないように取り敢えず褒めておく。
絶対に食べ物で恨まれないように褒めておく。
大事なことなので心の中で二回呟いた。
「これ、美味しいですね。
この縮れた麺に上手くスープが絡んでます。
一掛ける一が二ではなく、三にも四にもなっています」
さすが食リポ上手のリリアである。
前世のラーメンマニアに勝るとも劣らない素晴らしいコメントであると、ユウイチは心の中で褒めておく。
「これは、時間が無い人や小腹を満たしたい人にはぴったりの商品なんだよ」
「この味が三分で食べられるなら皆さん買うと思いますよ」
正にインスタント麺は"旨い早い安い"の代表選手である。
リリアの食欲を満たしたインスタント麺にはユウイチの拙いプレゼンは不要の様である。
「えっと、インスタント麺は規制局とは関係ないですよね」
「インスタント麺には関係ないが、今回は製造用の魔導具の販売許可を取っているんだよ」
「そんなことをしたら模倣品がたくさん出てきませんか?」
「勿論、その辺りは心得ているよ」
リリアの疑問も当然であるが、ユウイチには何やら考えがあるようである。
「ユウイチさん、商品名はインスタント麺で間違いないですよね?」
例によってリリアの危険ワードの確認が始まりそうである。
「そうだな。
それと先に言っておくが麺にスライムは使ってないからな」
「あははは、変な冗談を言わないで下さい。
私にだって食用のスライムが発見されていないことぐらい分かりますからね」
これは、とんだ"藪蛇"だったようである。
いや、この場合は"藪スラ"と言った方が良いかもしれない。
「ゴホン、スープの味については、何れバリエーションが増えてくるだろうが、臭いフェチの出番は無いと思う」
"藪スラ"の後だが、"藪フェチ"を恐れずにユウイチは話を続ける。
「食べ物ですから、当然と言えば当然ですね。
後は、このインスタント麺をリーネさんに食べさせてあげれば良いんですよね?」
リリアも言葉よりも味でリーネを黙らせる作戦の様である。
「リリア君、頼まれてくれるかな?」
リリアとも長い付き合いになったもので、今ではツーと言えばカーである。
「ユウイチさん、インスタント麺以外にもお土産を幾つか持っていきたいんですけど?」
「リリア君、その辺りに抜かりはない。
是非とも、これを活用して欲しい」
ユウイチはリーネを口説き落とすために用意した秘密兵器を鞄に入れておいた。
鞄の中身を確認したリリアは"ニヤリ"と笑って商業ギルドへ向かって行った。
その甲斐あってか、リリアはあっさりとインスタント麺の販売計画をもぎ取ってきた。
恐らく、リリアは秘密兵器を有効に活用してリーネを陥落させたのであろう。
ユウイチはリリアの成長を実感したと共に、敵でなくて良かったと心から思うのである。
インスタント麺の発売から二週間が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、インスタント麺の報告書です」
「あ、ありが……とう。
ゲホゲホ…… 」
インスタント麺をすすっている途中で声を掛けられたユウイチが噎せ返っている。
「もう、そんなに慌てて食べるからですよ」
リリアはまるで母親のように、水の入ったコップをユウイチに差し出した。
コップの水を飲み干してユウイチは息を整える。
そして、インスタント麺を食べる手を止めて報告書に目を通す。
その報告書には次の様な話が乗っていた。
ここは魔獣討伐の最前線基地。
「おい、ロベルト!
旨そうな匂いをさせて何を食っているんだよ」
「ん、これはグレイスが持たせてくれたんだよ」
そう言ってロベルトは"ズルズル"と音を立てながら麺をすする。
「そんな汁物、歩いている途中で容器から溢れるんじゃないのか?」
続いて"ゴクゴク"とスープを飲み干しているロベルトに同僚は不思議そうに聞いた。
「確かに汁物だが、これはここで作ったんだ。
だから汁が溢れる心配はないぞ」
「ん、剣術馬鹿のお前が料理なんかできたのか?」
こちらの世界では"男子たる者、厨房に立つべからず"がまかり通っている。
「このインスタント麺は、お湯を掛けて三分待つだけだから料理音痴の俺にも簡単にできるのさ」
「ほう、あんな旨そうな食い物が、そんなに簡単にできるのか?」
それを聞いた同僚はニヤリと笑った。
「ははん、お前も次の遠征に持ってくるつもりだな」
腐れ縁である同僚の表情を見てロベルトは"ピン"と来たようである。
「フッ、そうだな……
それも良いな」
同僚はそう呟きながら全く違うことを考えていた。
料理作りが趣味の彼は遠征から帰ったら、可愛い娘にインスタント麺を作ってあげようと考えていたのである。
こちらの世界では、密かに"厨房に立つ男子"が存在しているのである。
この様にインスタント麺は携帯食として魔獣討伐の前線基地でも重宝がられているらしい。
「うんうん、俺の狙い通りの展開だな」
前世の日本でもインスタント麺は真冬の山荘での立て籠り事件の現場で重宝されていたらしい。
「でも、模倣品……
いえ、ライバル商品はかなりの種類が出回ってますよ」
「それは仕方がないな。
今回は製造方法を公開した上に製造に必要な魔導具も販売したからな」
ユウイチは粗製乱造で消費者離れが起きた前世の失敗を教訓にしたのである。
それは"人が口にする物は安全でなければならない"と言うユウイチなりのポリシーからきた行動である。
そのために、わざわざ規制局から製造用の魔導具の許可を取っておいたのである。
「私達はブレずに王道を進んで頑張るしかないですね」
「そうだな。
奇をてらった商品はすぐ飽きられるものだ。
王道を進むのが結果的に長く愛されてスタンダードになっていくんだよ」
そう言えば前世の某ヌードルの売上げランキングの上位にはオリジナルやカレー、シーフードと言った古くからある商品が常連になっているようなのだ。
「案外、インスタント麺って奥が深いんですね」
「出来上がるのは三分だが、消費者に浸透するには三年はかかるだろうからな」
何となく深みが有りそうなことをユウイチは言ってみた。
「今のコメントはインスタント麺ほど上手くはないですね」
しかし、リリアには響かなかったようだ。
やはり即席の言葉では人の心には刺さらないものである。
インスタント麺の発売から三ヶ月が経ったある日の王城では、恒例の王族の晩餐会が始まった。
「毎月恒例の晩餐会で皆が揃ったことは誠に喜ばし限りである」
国王の挨拶で始まった晩餐会はいつもの様に前菜から始まり粛々と進んでいった。
そして佳境に入り、給仕達が恭しく本日のメイン料理を運んで来る。
各々の目の前にはクローシュが被せられた皿が配られていく。
全員に配り終わったことを確認して給仕達が一斉にクローシュを外した。
「わぁー、」と王子の口から声が漏れる。
それを聞いた王妃が"ジロリ"と王子を睨む。
「ん、んっ」と国王が咳払いをして雰囲気を変えた。
「本日の料理は"インスタント麺・オマール海老味"でございます。
どうぞ、ごゆっくり御賞味くださいませ」
料理長は一礼してその場を外す。
「皆、頂こう」
国王の音頭で皆が"インスタント麺・オマール海老味"を味わい始めた。
誰も麺を"ズルズル"とすすったり、スープを"ゴクゴク"と飲んで音を立てる様なことはしない。
ただただ、静かにインスタント麺と向き合う時間が流れていった。
温かいはずのインスタント麺の湯気が何やら冷たく感じたのは給仕達だけだろか。
後日談。
ーリーネの昼食ー
昼食まであと少し。
そして、今日はお給金の支給日。
月に一度の贅沢な昼食を楽しむと決めている日。
そこへリリア様が新たな発明品の"インスタント麺"を持ってやってきた。
時間がないから午後にしてと渋る私に「三分待つだけで食べられますから」とリリア様は言う。
前回のスイーツのことがある。
私はリリア様に懐疑の目を向けた。
しかし、リリア様は論より証拠とばかりに容器にお湯を注ぎ蓋をした。
どうやら今回は私を釣る餌ではないようだわ。
三分が経ってリリア様が蓋を取ると器の中で湯気を立てるスープの中に麺が浮かんでいた。
確かに簡単だわ。
しかし、私は「麺だけでは物足りないわね」と心の中で呟いた。
すると、それを察した様にリリア様が鞄から容器を取り出した。
そして、リリア様は容器の中の半熟卵と煮込肉の薄切りを麺の上に乗せた。
危険だわ、リリア様は私の心を読んでいる。
リリア様は「どうぞ」と湯気の立つ器を私に差し出した。
先ずは一口、麺を食べてみる。
乾燥していた麺がお湯でしっかり戻されて弾力さえ感じさせる。
次に湯気の立つスープを掬って一口飲んでみる。
魚醤特有の匂いのあるスープが喉を通っていく。
これは確かに美味しいわ。
気が付くと私は一心不乱にインスタント麺を食べていた。
はしたないと言われようが構わない。
私は"ズルズル"と音を立てて麺をすすった。
そして"ゴクゴク"と一気にスープを飲み干した。
私は満足感に包まれた。
今日の昼食は、もうこれで十分だわ。
その時、リリア様が先程の鞄から別の容器を取り出して「リーネさん、甘いものは別腹ですよね」と微笑んだ。
やはり、リリア様は危険だわ。
色んな意味で危険だわ。
私の名はリーネ。
リリア様に胃袋を掴まれかけている女。
残業の夜食はリリア様が置いていった"インスタント麺・ぎとぎと脂の豚骨風味"で決まりだわ。
でも、これを夜食にするのはとても危険だわ……。




