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【第二十二話】キャットフード

 第二回キューブ型パズルゲーム大会が開催されたのかは定かではないが、愛好家は確実に存続しているようである。


 但し、クルクル派と魔法派の二派閥に別れて各々に楽しんでいるようである。


 キューブ本体も六色ではなく、各面に魔法陣が施されていて完成すると魔法が発動する斜め上をいく発想の物が発売されているらしい。


 さて今回は、そんなゲームとは別の趣味嗜好に纏わる話である。


 その前に、こちらの世界には体に魔石を宿す"魔獣"と呼ばれる動物がいる。


 この魔獣は人を襲うとても危険な生物で、その殆どが討伐対象になっている。


 しかし、魔石を持たない動物もいて、それらは人に飼われて人を癒す存在である。


 そんな動物の中で最も飼われているのが前世の猫に似た動物である。


 便宜上、この動物を"猫"と呼ぶことにしておく。


 少し前置きが長くなってしまったがいよいよ本題に入るとしよう。




「ユウイチさん、そのお皿の上に乗っている物って食べ物ですか?」


 早くもリリアの面白い物センサーが反応しているようである。


「そうだ、これは食べ物だよ」


「美味しそうですね。

 一口、食べてみてもいいですか?」


 言うが早いかリリアが皿に手を伸ばす。


 研究所に来てから手掴みで物を食べることに抵抗がなくなっている"食いしん坊リリア"である。


「食べ物は食べ物だが、それは猫の食べ物なんだけどな……」


 リリアが皿に手を伸ばしたのを見てからユウイチは"ボソッ"と呟いた。


「えっ、それを先に言って下さいよ!」


 リリアは急いで皿から手を引っ込めてユウイチを"ジロッ"と睨んでいる。


「あははは、スマンスマン」


「スマンで済んだら騎士団は要りませんよ、全く!」


 言葉で謝ったぐらいでは"怒りん坊リリア"の腹の虫は収まらないようである。


「リリア君、お詫びの印にこれをあげよう」


 そう言ってユウイチは別の皿をリリアの前に差し出した。


「何ですかこれ、今度は犬の食べ物って言うんじゃないでしょうね?」


「あははは、お詫びの印だと言っただろう。

 それはバーガー・カテドラルの新メニュー用に試作した"パンケーキ"だよ」


「本当に新メニューなんですか……

 もしかして材料にスライムを使っている魔獣の餌とかじゃないんですか?」


 リリアは、未だ何かの動物の餌だと疑っている様である。


「大丈夫だよ、スライムは入っていないから……」


 ユウイチはパンケーキの乗った皿をリリアの方に"グイッ"と押し出した。


「もしかして、特定の人が喜ぶ匂いがするとか?」


 リリアは犬と見間違う程に"スンスン"と鼻を鳴らしながら匂いを嗅いでいる。


「いや、仄かに甘い香りがするだけだよ」


「あっ、本当に甘い香りがしてきました。

 じぁー、許して上げます」


 "食べ物の恨みは恐ろしい"とはよく言ったもので、漸く"食いしん坊"で"怒りん坊"のリリア"からお許しが出た様である。


「ところで、リリア君。

 何の話をしていたんだっけ?」


 "ホッ"としたユウイチはすっかり本題を忘れてしまった。


「そうでした。

 確か、そっちのお皿の猫の食べ物の話をしていたんですよね」


 パンケーキに気を取られていたリリアもすっかり忘れていたようである。


「あぁ、そうだったな。

 これはキャットフードと言ってペットの猫の健康を考えて作った食べ物なんだよ」


「ユウイチさん、ペットの健康なんか考えてどうするんです?」


 少し遠回りをしたが、今回の発明品のプレゼンが始まった。


 だが、思いの外リリアの食い付きが悪い。


「リリア君はペットに長生きして欲しいと思うだろ?」


 ユウイチは先ず動物愛護の精神に訴えかけることにした。


「それはそうですね。

 亡くなるよりは生きていて欲しいと思いますね」


 何となくだが、前世の日本人に比べてリリアのペットに対する熱量が低い様である。


「えっと、リリア君はペットを飼ったことはあるかな?」


「えっ、ありませんよ」


 間髪を容れずに答えたリリアを見て、この質問を最初にしておくべきであったとユウイチは反省する。


「まぁ、何だ……

 ペットを飼っている人の中にはペットを大切に思っている心根の優しい人がいると思うんだ。

 このキャットフードは、そんな動物愛護の精神に富んだ人向けに販売を考えているんだよ」


「はぁ、動物を愛護するんですか……

 理解できるような、できないような」


 こちらの世界では魔獣が生息しているせいで、動物に対する見方が前世の人達よりも厳しのかもしれない。


 だから、前世で叫ばれていた動物愛護の精神は、こちらの世界では理解されないかもしれない。


 だが、ペットを飼っている人がいるのも事実で、動物愛護の精神が育たないとは決して言い切れないのである。


 ユウイチはキャットフードがそのきっかけになればいいと考えている。


「このキャットフードは飼い主とペットを深い絆で繋ぐ物なんだよ」


「それは魔獣を首輪に繋いで檻に入れておく様なものでしょうか?」


 リリアの言葉を聞いて動物愛護の精神は育たないかもしれないと、ちょっとだけ弱気になるユウイチである。


「とにかく、このキャットフードを世に送り出したい。

 リリア君、いつものヤツを頼めるかな?」


「へっ、いつものヤツですか?」


 ユウイチが自らプレゼンの関所に踏み込んで危険ワードの確認を申し出た。


「えっと、スライムと魔法陣は使ってなさそうですし、ネーミングも臭いも問題ありません。

 特に確認する様なことは無いと思いますけど……」


「そ、そうか……。

それならそれで良いんだけどな」


 ユウイチは見事に肩透かしを喰らった様である。


 「それでは商業ギルドへ行って販売に向けての打ち合わせを頼めるかな?」


 キャットフード自体は魔導具ではないので、規制局には製造する魔導具の届け出だけで済む。


「分かりました。

 でしたら、リーネさんの分のパンケーキもお願いできますか?」


「ん、もしかして賄賂を贈るつもりかな?」


 前世の時代劇なら越後屋が代官への手土産の大福饅頭の下に小判を忍ばせているパターンである。


 ひょっとしたら、「リリア、お前も悪ようの」「いいえ、リーネさんこそ」などと言う会話が行われるかもしれないとユウイチは妄想する。


「そんな事しませんよ。

 考え事をする時はスイーツを食べるのがいいそうですよ」


「そ、そうだよな」


 タイミングばっちりで否定して、リリアは二人分のパンケーキを持って出掛けていった。


 リリアを見送りながらユウイチは"考え事をする時はスイーツではなくブドウ糖を摂るんだよ"と言わなかった自分を褒める。


 何故なら、食べ物の恨みは恐ろしいからである。


 だが、パンケーキのお陰かリリアの説明のお陰なのかは分からないが、キャットフードは無事に商業ギルドから発売されることになったのである。



 キャットフードの発売から三週間が経ったある日のこと。


「ユウイチさん、商業ギルドからキャットフードの経過報告書がきましたよ」


「ありがとう、リリア君」


 ユウイチはリリアから書類を受け取ってじっくりと目を通していく。


「新しいい試みで馴染むまでの時間が必要だから、初めは余り期待はしていないが……」


 前世のテスト前の高校生の"昨日、寝てしまって勉強してないわ"的な保険をユウイチはかけておく。


 その報告書には王都にある貴族の屋敷で行われた商業ギルドが主催した、お茶会と言う名のマーケティングでの会話が記載されていた。


「皆様は、新たに発売されたキャットフードは試されましたか?」


「私は珍しさから買ってみましたけど、心なしかうちの猫の毛艶が良くなった気がしますわ」


「うちの猫は食欲のない日が少なくなりましたのよ。

 でも、キャットフードしか食べなくなったのが困ったところでしょうか……」


「うちの猫はキャットフードを用意するのを台所で待っていると侍女達が言っておりましたわ」


「野良猫が、屋敷に忍び込んでうちの猫のキャットフードを食べておりましたわ」



「おぉ、リリア君!

 思ってた以上に好評じゃないか!」


 報告書を読み終えてユウイチは思わず声を上げた。


「私もリーネさんも、この反響には驚いています」


 どうやら商業ギルドのリーネもキャットフードには懐疑的だったようである。


 全く以て"パンケーキの振る舞い損である"とユウイチは強く心の中で訴える。


「でも、良いことばかりじゃなさそうなんです」


「リリア君、皆まで言わなくても分かっている。

 例によって模倣品が出回っているんだな?」


 魔導具ではないキャットフードなら真似しようと思えば誰にだって簡単に真似はできる。


 今は魔導具研究所に倣って健康志向を謳った物が多数出回っているらしい。


 だが、ユウイチは前世の知識を使った健康に良い配合には自信を持っている。


「リリア君、何も問題ない。

 品質では何処にも負けない自信がある」


 ユウイチはネーミングで苦渋を舐めたことはあるが、機能や品質で負けたことはない。


「そうですよね。

大事なのは商品名とかスライムが使われていないとかではなく、ペットの健康ですもんね」


 一言二言多い気もするが、リリアにも動物愛護の精神が宿り始めている様である。


「そ、その通りだな……

このまま、静観していて良いと思うぞ」




 キャットフードの発売から二ヶ月が経ったある日のこと。


「ユウイチさん、リーネさんからキャットフードの報告書を預かって来ましたよ」


「ありがとう、リリア君」


 ユウイチが目を通している報告書にはこのように書いてあった。


 -キャットフードの市場調査結果-


 最近になって飼い主の意識に変化が現れている様です。


 呼び方が"うちの猫"が"うちの仔"になり"ペットの餌"が"うちの仔のご飯"に変わってきています。


 これらから推測すると、どうやらペットは愛玩動物から"家族の一員"になったようです。


 それと、貴族をターゲットにした高級志向のキャットフードが販売されております。


 "希少な魔獣の生肉を使った"とか"柔くなるまで長時間煮込んだ"などの謳い文句で高価格帯の商品が出回っています。


 近頃、最も売れているのは数種類がセットになって味比べができる商品です。


 これ等の高級キャットフードに対抗できる様な商品の開発を検討していただける様にお願いいたします。



「なるほどなぁ……

 貴族が相手ならそうなるよなぁー」


 報告書を読み終えたユウイチは天井を見上げて独り言ちる。


「ユウイチさん、私達も負けずに高級路線に変更しますか?」


「うーん、深追いは危険な気がする。

それに、高級志向から臭いフェチに移行しそうな気もするんだよ」


 健康志向の競争なら自信はあるが、こちらの世界の高級志向となると話しは別である。


 ましてや、猫の好む臭いなど魚以外は思い付かない。


「ユウイチさん、私もそう思います!

 どうせ高級キャットフードは貴族しか買いません。

 もし、何か問題があったらクレームの相手は全て貴族になります」


 ユウイチは貴族に関わるとろくなことがないのは学習済みである。


「そうだよな。

 "王族の猫のために最高級キャットフードを"なんて言われたら困るもんな。

 高級路線は絶対に止めておこう」


 "触らぬ神に祟りなし"、ユウイチはあっさりと参戦しないことに決めた。



 更に数ヶ月が経ったある日の下級貴族の屋敷でのこと。


「奥様、誠に言いづらいのですが……」


 侍女が恐る恐る夫人に相談している様である。


「どうかしましたか?

 何か問題があるなら早目に教えて頂戴」


「では、率直に申し上げます。

 最近、食費が嵩んでおりまして……

 そのぅ、キャットフードが特にですね」


 この家の猫は毎晩の様に高級キャットフードを食べているようである。


「はぁー、"無い袖は振れない"と言うことですね。

 些か、贅沢をさせ過ぎた様ですね。

 可哀想ですが、切り詰めましょう」


「左様でございますか。

 それでは、早速今晩からでも」


 夫人が自分の意図を汲んでくれたと思い侍女は"ホッ"と胸を撫で下ろした。


「ええ、お願いします。

 今晩から主人のメニューを二品、減らして下さい」


「えっ、奥様……」


「いいですか、主人のメニューですからね。

 絶対に間違いのないようにお願いしますよ」


 下位貴族の家では高級キャットフードのために食費が嵩み何処の家も主人の食費を切り詰めるようになっているらしい。


 その結果、王都ではペットが主人の待遇を越える家が続出したのである。




 後日談。


 私の名はリーネ。


 商業ギルドで魔導具研究所の担当をさせられている。


 今日、またリリア様が訪ねてきた。


「リーネさん、新作のスイーツを一緒にいかがですか?」


 リリア様は甘ったるい猫撫で声で私にスイーツを進めてきたわ。


 私は新メニューの試食だと聞いて気の効いたコメントを考えながら食べたわ。


 私が食べ終えたのを見てリリア様はこう切り出したのよ。


「キャットフードの市場の動向が知りたい」ってね。


 スイーツを餌に私を釣ろうとするなんて、リリア様はなかなかの策士だと思うわ。


 最近はペットでも"ご飯"って言われてるのに私としたことが餌で釣られてしまったわ。


 しかし、協力するのに吝かではないわよ。


 私は手持ちの情報を纏めてリリア様に渡してあげたの。


 「お礼にスイーツを」なんて言わないからリリア様には安心して欲しいものね。


 まぁ、頂けるのなら断ったりはしませんけどね。


 それはそうと近頃はキャットフードのために希少な魔獣が狩られているそうね。


 猫のために魔獣を狩る。


 全く人間って不思議な動物ね。



 私の名はリーネ。


 次の新作スイーツは"うちの仔"にも食べさせてあげたいわね。

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