【第二十一話】キューブ型パズルゲーム
王都のあちらこちらで随分とエスカレーターを見かけるようになってきた。
だが、エスカレーターの数が増えた分だけ、何処かで魔獣が狩られている可能性は否定できない。
ユウイチは研究所の敷地に魔獣の供養塔でも建てたほうがいいのではないかと思う今日この頃である。
そんなエスカレーターと打ってかわって、今回は手のひらサイズの発明品の話である。
「ユウイチさん、先ほどから何をクルクルと回してるんですか?」
前世では超有名な立体パズルなのだが、こちらの世界では未だ誰も見たことがないはずである。
「これは知育や呆け防止に持ってこいの玩具なんだよ」
そう言ってユウイチは各面が違う色をしたキューブをリリアに手渡した。
「それを一度、クルクルと回して色をバラバラにしてから各面を同じ色に揃え直すんだよ。
立体的なパズルって感じかな」
「へぇー、簡単そうですね。
知育玩具程度なら"パパッ"と揃えられそうですね」
面白い物センサーが反応したリリアは、ユウイチの言う通りにキューブをクルクルと回し始めた。
「う~ん……
"パパッ"といくはずなんですけど……」
「フフフ、リリア君。
既に、迷宮に迷い込んでいないか?」
「ま、未だ、ウォーミングアップ中ですから……」
からかい勝ちにユウイチに言われて、ムキになったリリアは再びキューブをクルクルと回してみる。
「ムム、思ったより手強い迷宮ですね」
「はははは、そうだろ」
リリアは更にキューブをクルクルと回す。
「全然、揃いませんね。
迷宮で迷って、焦って進んだら余計に迷ってしまったような感じです」
「あははは、いきなり六階層を狙わず、先ずは一階層クリアを目指してみてはどうかな?」
この立体パズルは一面を揃えるのも意外と難しいものである。
ユウイチの提案に頷いたリリアは、またクルクルとキューブを回す。
「そうそう、出口は近いです!」
もう一回、クルクルと回す。
「あっ、真ん中の赤が裏側にいっちゃいました!」
また、クルクルクルクルと回す。
「あぁ、そっちじゃないのに……」
更にクルクルクルクルと回す。
クルクル、クルクル、クルクル
もう、無言でクルクルと回し続ける。
クルクル、クルクル、 クルクル
クルクル、クルクル、 クルクル
「あぁーーー、駄目です!
うーー、私はこのパズルに向いてません!!」
遂にリリアのイライラが頂点に達したようで半べそ状態である。
「得意な人ならあっと言う間に揃えてしまうんだけどな」
「そう言うユウイチさんは、当然できるんですよね?」
少し意地悪そうな顔をしているユウイチに悔しそうな顔をしたリリアが聞いた。
「そうだな、調子がいい時なら一面は揃えられるぞ!」
「今まで上から目線で言っておきながら、ユウイチさんもこちら側じゃないですか!」
呆れたリリアはユウイチに全力でツッコミを入れた。
「あははは、人には得手不得手があるからな」
「でも、王都には全面揃えられる人は何れぐらいいるんですかね?」
「こればかりは、やってみないと分からないからなぁ」
「じゃあ、試してみたいですね」
リリアは自分の仲間がどれくらいいるのか興味があるようだ。
ただ興味があるだけで、決して犠牲者を増やしたい訳ではない。
「そうだな、このパズルゲームは魔導具ではないから規制局の許可は要らない。
商業ギルドから発売してもらえるように頼んでみるか?」
今回はリリアの心配する様な危険ワードは何一つとして入っていない。
「えっと、スライムと魔法陣は使っていないですね。
ネーミングも問題ありませんね」
だから、ユウイチはプレゼンの関所を通らなくて済むのである。
「リリア君、商業ギルドとの打合せは任せたよ」
「分かりました。
先ずはリーネさんの適性をチェックしてみましょう」
この後、リリアの期待を裏切るかのようにリーネはいとも簡単に二面を揃えて見せたのである。
こうして魔導具研究所の二人にはセンスのないことが分かった、キューブ型のパズルゲームが商業ギルドから発売されることになったのである。
キューブ型パズルゲームの発売から二週間が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、パズルゲームの報告書ですよ」
「おぉっ、ありがとう」
キューブ型パズルゲームを真剣になってクルクルと回していたユウイチは、リリアの声に少し驚きながら差し出された書類を片手で受け取った。
「ユウイチさん、揃えられましたか?」
「ん、俺は調整をしていただけだから……」
からかうリリアに負け惜しみを言ってからユウイチは報告書に目を通す。
報告書には王都のとある一般家庭で夕食後に家族がパズルゲームで遊ぶことが日課になっていると書いてあった。
「お父ちゃん、早く替わってよ」
「もう少しだけ待ってろ。
今、良いところまできているんだ」
どうやら、父親がパズルゲームを独占しているようである。
「母ちゃん、父ちゃんが独り占めして替わってくれない……」
「あんた、大人気ないことしてないで替わってやんなよ」
母親が呆れながら父親を叱りつける。
「ちぇっ、もう少しだったのによう。
ほら坊主、持ってきな」
「やったー、父ちゃんありがとう」
息子は喜んで父親からパズルゲームを受け取った。
「爺ちゃん、持ってきたよ」
「おう、ありがとな。
これはお駄賃だよ」
「うん、いつでも言ってよね」
息子は嬉しそうに祖父から銅貨二枚を受け取った。
「けっ、爺さん孫を出しに使うんじゃないよ」
「フォッフォッ、パズルゲームをやるようになって頭が良く回るようになってな」
家族団欒の一コマに魔導具研究所のキューブ型パズルゲームが一役買っている様である。
「ターゲット層の子供とお年寄り以外にも楽しんでもらえているようだな」
報告書を読み終えて狙い通り以上の結果にユウイチは満足そうである。
「でも、授業中や勤務中にやってことが問題になっているみたいですね」
前世でも"た○ごっち"などの携帯用ゲームが流行った時に問題になっていた。
「うーん、その辺りは現場で上手に指導するしかないんじゃないかな」
キューブ型パズルゲームにタイマー機能を付与することは可能だが、そこまでする必要はないだろうとユウイチは思っている。
「そうですね。
でも、説明書に注意書きを加えて起きましょうか?」
「はははは、
それなら"遊ぶ場合は時と場所を考えて"と大司教のロゴマーク入りで書いておくか」
これだと効果が出過ぎる気がしないでもないユウイチである。
キューブ型パズルゲーム発売からニヶ月が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、最新の経過報告書が届きましたよ」
リリアからいつもの報告書とは別に一通の封筒を渡された。
報告書には単純な割になかなか完成しないゲームに全世代が熱中している様子が詳しく書かれている。
その内の一つにこんな話があった。
ここは王都で人気の料理屋の"ルガーノ"。
「店主、今日こそは特典を頂くぜ!」
「ほう、懲りずに今日もチャレンジするんだな?」
ルガーノでは先週から三十分間で揃えられた面数によって特典が貰えるイベントを始めた。
「では、始め!」
プルミエの合図で常連客の男がクルクルとキューブを回し始めた。
「くそ、もうちょっとなんだが……」
クルクル クルクル クルクル
「おっ、良いぞ!」
クルクル クルクル クルクル
「うーん、あと少しで……」
クルクルクルクルクルクルクル
常連客の男は必死の形相でキューブを回し続ける。
「はい、時間でーす。
残念でしたね」
プルミエが制限時間の終了を告げる。
余談ではあるが、始めは店主が終了を告げていたのだが、チャレンジに失敗した客が余りにも悪態を付くのでプルミエに代わったのである。
「ちくしょう!
店主、もう一杯エールをくれ!」
常連客の男は看板娘のプルミエに悪態を付く訳にもいかずやけ酒を煽る。
イベントの挑戦者のお陰でルガーノの売上げは通常の二倍程に増えている。
「なぁ、プルミエちゃん。
本当に"プルミエちゃんの声入り目覚まし時計"が貰えるのか?」
「はい、揃えられたら目の前で私が声を録音しますよ。
頑張って揃えて下さいね」
この、イベントの特典は以下の通りである。
一面 エール無料券 一枚
二面 入浴剤詰め合わせ
三面 吸湿性発熱シャツ
四面 卓上トースター
五面 プルミエの声入り目覚まし時計
六面 マッサージ機
このイベントの挑戦者の目的は五面を揃えた特典なのだが、達成者は未だ現れていない様である。
「はははは……
五面揃ったら六面目も揃っているからな」
報告書を読み終えてユウイチが小さく呟いた。
そう、この設定には初めから大きな落とし穴があったのである。
続いてユウイチは封筒に入っている手紙に目を通す。
「ユウイチさん、その手紙には何と書かれているんですか?」
手紙を読み終えたユウイチにリリアが聞いた。
「キューブ型パズルゲームの大会を開くので我々にゲストとして参加して欲しそうだ」
「へぇー、何だか面白そうですね」
面白い物センサーが反応したリリアだが、あれ以来キューブ型パズルゲームには手も触れようとしないことは黙っておく。
そしてキューブ型パズルゲーム大会の開催日がやってきた。
「只今から、キューブ型パズルゲーム大会を開催します。
今日は発明者のミズシマ・ユウイチ所長と助手のリリア・アレミロード嬢にお越し頂いています」
司会者に紹介された二人は立ち上がって観客席に向かって手を振った。
但し、主催者には競技への参加を固くお断りしてある。
「それでは参加者の入場です」
司会者が舞台から順番に参加者を呼び込んで舞台に上げていく。
リリアがワクワクしながら舞台を見詰めている。
「ルールは簡単です。
いかに早く六面揃えるか、只それだけです!
スタートの合図でテーブル上のキューブを取って下さい。
六面完成された方はキューブをテーブルに戻して手を上げて下さいね」
司会者がルールの説明を終えるとリリア以外の観客も否が応でも盛り上がってくる。
「ユウイチさん、いよいよですね」
リリアが"ゴクリ"と喉を鳴らす音が聞こえてきた。
ゲストなのだからそんなに緊張しなくてもいいのにとユウイチは思う。
「では、スタートです!」
司会者の合図で参加者が一斉にキューブを手に取った。
「わぁー、始まりましたね」
そう言って固唾を飲んで舞台を見つめるリリアに釣られてユウイチも舞台を見る。
だが、予想に反して参加者はキューブをクルクルと回さない。
「な、なんでー!」
「あははは……」
リリアは叫び声をあげ、ユウイチは言葉を失っているようだ。
「え、外すのありなの?」
「何で、誰も回さないんだ?」
会場がざわつき始めたが、そんな観客席を尻目に参加者は真剣な眼差しで競技を続けている。
そして、キューブのパーツを一つ、また一つと外していく。
既に全てのパーツを外し終えた者が何やら呪文を唱え始める。
「おい、何の魔法の呪文を詠唱しているんだ?」
「と言うか、魔法を発動させてどうするつもりなんだよ」
参加者の詠唱と観客のざわめきで会場内が徐々にカオスな状態になっていく。
すると参加者の一人が詠唱を終えて"復元の魔法"を発動させたのである。
「ユウイチさん、これって有り何ですか?」
「うーん、有りと言えば有りかなぁ」
「何だか、納得がいきませんよ。
観客の皆も同じなんじゃないでしょうか?」
リリアに限らず予想外の結末に観客は消化不良気味のようである。
「だけど、ルール違反ではないからなぁ」
確かに勝利の条件は"いかに早く六面揃えるか"であって、魔法の使用は禁止とは言っていなかったのである。
「それはそうですけど……
何だか、釈然としませんね」
「あははは、こう云うことは良い子の皆には真似して欲しくないな」
こうして波乱の展開であった、キューブ型パズルゲーム大会は終了した。
帰り際にユウイチは、次回からは復元魔法大会として開催することを主催者に提案したのであった。
後日談。
私の名はミレイ。
魔法規制局の"若きエース"と呼ばれている……はずですわ。
今日も危険な魔導具から王都の静寂を守るために私は書類と格闘しておりますわ。
今も魔導具研究所が魔導具ではないけれど販売の申請をしてきた書類と文字通り格闘しておりますのよ。
誰ですの"大袈裟だな"と馬鹿にするのは?
そう仰るのならこれを読んでみて下さらないかしら?
《キューブ型パズルゲーム仕様書》
キューブは以下の21個の部品で構成されている。
【構成要素】
●コア(1個): 立方体全体の中心にある球状の軸で、各面を回転させるための土台。
●センターピース(6個): 各面の中心にある、1つの色を持つピース。
コアに固定されているため、他のピースのように動くことはなく、常に同じ位置関係を保つ。
●エッジピース(12個): 各面の辺にある、2つの色を持つピース。
面の回転によって、隣り合う面との間で移動する。
●コーナーピース(8個): 各面の角にある、3つの色を持つピース。
エッジピースと同様に、面の回転によって移動する
【仕組み】
キューブの回転は、以下の原理に基づいている。
●独立した層の回転
各層は独立して90度回転できる。
これにより、各ピースの位置や向きが入れ替わる。
●ピースの移動
センターピースは動かないためピースを移動させても各面の中心の色は変わらない。
●エッジピース
エッジの位置をコーナーピースはコーナーの位置を移動する。
エッジピースがコーナーの位置に移動したり、その逆が起こったりすることはない。
●ピースの向き
回転によってエッジピースとコーナーピースは位置だけでなく向きも変わる。
この巧妙な内部構造によって各面を自由に回すことができ、ピースがバラバラになることなく非常に複雑な組み合わせを生み出せるのでる。
どうかしら、ご感想を聞かせてくださる?
えっ「すみませんでした」ですって?
分かればいいのよ分かれば。
私も完全に理解するのに十七回ほど読み直しましたわ。
いえ、違いますわ十六回の間違いでしたわ。
とにかくシンプルなゲームなのに非常に複雑な作りになっておりますのよ。
それに、六面を揃えられそうで簡単にはいかないところが面白さを高めていると分析できておりますわ。
もしかしたら創造神様がお作りになったのかもと思ったぐらいですわよ。
さすがは魔導具研究所ですわね。
それでこそ私の好敵手というものですわ。
私は名はミレイ。
ゲームの理解を深める為に今晩もクルクルとキューブを回し続けますわ。
そして、今日こそは一面くらいは完成させてみせますわよ。




