【第二十話】エスカレーター
今朝の王都は春の陽気に包まれていて、そろそろ本格的な春が訪れる気配である。
前世の日本人なら桜の開花予想が気になり始める頃である。
気の早い人は花見の段取りを始めるのではないだろうか。
だが、バイアリターク王国ではそんな風情はなく、強いて言えば農作業が忙しくなる時期に当たるだけである。
そんな中、研究所ではユウイチが模型を使ってリリアにプレゼンを開始したようである。
「上の階にはモーターと制御装置、それと駆動輪という歯車のような部品がある。
そして、下の階のここにあるのが従動輪だ。
この従動輪に踏段チェーンが掛かっていて踏段チェーンには踏段が取り付けられている。
だからモーターが回転して駆動輪が回ると踏段も動くことになるんだよ」
何かと企業秘密の多いユウイチにしては珍しく具体的な名称を出して説明している様である。
「あのぅ……
ユウイチさん、言葉だけでは難し過ぎて理解できません」
だが、その甲斐むなしくリリアの面白い物センサーは反応していない。
「それなら、模型のこの歯車を回すとだな」
理解が追い付かない様子のリリアのためにユウイチが小さな模型のハンドルを回すと銀色の踏段が"カタカタ"と動き始めた。
「あっ、動きましたね!
子供が見たら大喜びしますよ」
リリアはそう言って、目を輝かせて食い入るように模型を見ている。
「模型は手で回したが、実際には魔石の魔力を使って回したモーターの力を利用するんだよ。
リリア君、エスカレーターの仕組みは理解できたかな?」
「はい、何となくですが……」
ユウイチはできる限り丁寧に説明したつもりなのだが、リリアには少し分かり難かったようである。
「はははは、
リリア君、仕組みはざっくりと覚えておいてくれればいいよ」
「すみません、似たような名称が多くてなかなか覚えられそうにありません。
商業ギルドで上手く説明できるでしょうか?」
リリアは申し訳なさそうにしてユウイチに謝っているが、いくら頭で分かっていても、それを他人に分かるように説明するのは難しいものである。
「謝ることはないぞ、リリア君。
商業ギルドではエスカレーターの仕組みよりも、自動で人を上に運んでくれる利便性を説明して欲しいんだよ」
「えっ……、仕組みの勉強は無駄ってことですか?」
頑張って覚えようとしていたリリアがやや"ムッ"としている。
「いやいや、そんなことはないぞ。
但し、購入希望者は仕組みよりも使い方やその利便性の方に興味があるはずだらな」
「利便性ですね、何とか頑張ってみます!」
本当はリリアを実物に乗せて利便性を体験させてやりたかったのだが、エスカレーターの目ぼしい設置場所が見つからなかったのである。
実は、それとなく大司教にお願いしてみたのだが、「フフフ、間違って天国へ昇る階段をエスカレーターにされそうですわね」とやんわりと拒否されたのである。
ユウイチ的には"それも有り"なのだが、こちらの世界では神を冒涜する行為と見なされかねないと諦めた。
「それと、エスカレーターの動力源となる、それ相応の魔石を用意してもらう必要があることも説明しておいて欲しいんだ」
「魔石は用意してもらうんですね。
でも、エスカレーターを動かせるような魔石は上質で値段もそれなりに高くなりそうですよ」
小さな魔導具なら未だしも、エスカレーターぐらい大掛かりな魔導具になるとオークの魔石でも小さいくらいかもしれない。
「そこは設置段数や予算との相談になるだろうな。
目安になる魔石の大きさと設置段数は一覧表にしてあるから参考にして欲しい」
この場合は要するに相手の懐しだいである。
購入者は恐らく公共施設か爵位持ちの貴族になることは予想するに難くない。
「それで、規制局の許可は取れたんですよね?」
「エスカレーター自体の許可は取れたんだが、使用する魔石の大きさ次第では個別に許可を取る必要があるらしいんだ」
「ドラゴン種なんかの大型の魔獣の魔石を使うとなったらそうなりますね」
リリアは"さらっ"と言ってのけたが、この国ではドラゴンの魔石はレジエンド級の素材である。
前世の日本なら国立の博物館で数年に一回だけの特別展示がされるほどの国宝級の逸品である。
いや、もしかしたら万博の目玉として展示されるかもしれない。
どちらにしても後世に脈々と受け継がれるべき物なのだ。
「ドラゴンとまではいかなくても巨大な魔石が盗まれてコレクターに転売されたり、悪用される可能性があるから取り扱いが慎重なのだろう」
「でも、私は小さくてもスライムの暴走の方が怖いですけどね」
スライムはリリアがもっとも警戒する危険ワードの内の一つである。
「り、リリア君……
エスカレーターにはスライムを使っていないので安心してくれたまえ」
お約束の時間の到来にユウイチの表情が少々ひきつっている。
「ユウイチさん、他にも確認することがありますけど、どうしますか?」
「ね、念のため確認しておこうか……」
プレゼンの関所でユウイチは大人しくお白州に座るようである。
代官リリアによる危険ワードの確認も終わり、前世の便利アイテムであるエスカレーターは、商業ギルドから発売されることとなったのである。
エスカレーターの発売から二週間が経ったある日のこと。
いち早く王城のエントランスにある段数二十段の大階段横にエスカレーターが設置された。
本当は他の公共施設に十段のエスカレーターを設置する予定であったのだが、王城から横槍が入ったため急遽として二十段分を用意して設置したのである。
ユウイチも夜遅くまで作業をしたのが、一番可哀想なのは土魔法でエスカレーターの土台部分を突貫工事をした人達であろう。
「皆の者、これがエスカレーターであるぞ」
そんな苦労を知る由もない国王は、どうしても完成したエスカレーターを自慢したいらしく、急遽として地方の領主達を臨時会議と称して王城に召集したのであった。
「あの上には六十年ほど宝物庫に眠っていたドラゴンの魔石が動力源として納められておるのだ」
昨晩、大好物のスイーツを我慢してまで侍従長からのレクチャー受けて懸命に覚えたエスカレーターの仕組みを国王がドヤ顔で説明している。
「そのような貴重な魔石を惜しげもなく使うとはさすがは陛下ですな」
もう一度、言っておくがドラゴンの魔石は国宝級の逸品で後世に脈々と受け継がれるべきものなのである。
「我が家だとサラマンダークラスの魔石を用意するのがやっとですな」
いや、謙遜することはない。
国王よりも貴方の方が分別のある大人なのだから。
「これは帰ったら我が領地の騎士団に魔獣狩りの命令を出さねばなりませんな」
それには反対しないが、間違ってもドラゴンを捜索してはいけないのである。
この様に集められた領主達は国王にゴマを擦る者、領地の屋敷にエスカレーターの設置する検討を始める者など反応は様々である。
「さぁ、皆の者!
我に続け!」
まるでドラゴンに立ち向かう勇者の様に国王が号令を掛ける。
そして、領主達は通算五回目のエスカレーターの搭乗体験に向かうのであった。
エスカレーターの発売から二ヶ月が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、凄い数の注文書ですね」
「王様が連日のように貴族や出入りの商人を招いては自慢していたようだからな。
これも一重に王様の宣伝力のお陰かな」
ユウイチは国王に長々と自慢話を聞かされているであろう貴族達に感謝を捧げるとともに同情する。
「王城で陛下が宣伝していらっしゃるのなら、確かに効果は抜群ですね」
「お礼にスイーツ好きの王様に新作クレープでも差し入れてあげたいくらいだな」
喜んだ国王が王城に追加で二ヵ所ぐらいはエスカレーターを設置してくれそうである。
「でも、これで更に設置する順番の調整が大変になってきませんか?」
リリアは貴族社会の序列に配慮して設置順の調整作業をするために連日のように商業ギルドに出向いてリーネと話し合っている。
「これはリーネさんにも新作クレープの差し入れが必要かな」
そう言ってリリアは肩を竦めながら、未調整分の注文書をチェックする。
「それにしても、このニアークティック男爵の階段二段分ってエスカレーターを設置する意味があるんですかね?」
"自称天才錬金術師"の魔導具オタクのランバン=ニアークティック男爵はヒュドラよりも首を長くして二段分のエスカレーターが屋敷に設置されるのを待っているようである。
「リリア君、何事もやってみないと分からないものだよ」
それを聞いてリリアは再び肩を竦めた。
後日談。
私の名はミレイ。
魔法規制局所属で学院首席卒業の若手の筆頭株のはず……ですわ。
私は危険な魔導具から王都の静寂を守るため日夜、書類と格闘しておりますわ。
その私が最近になって担当し始めたのが魔導具研究所。
規制局の幹部達は王都で度々騒動を起こしている問題児の魔導具研究所を押さえ付ける役割りを、この優秀な私に期待している……はずなのですわ。
この度、その問題児からエスカレーターなる魔導具の発売に向けた申請書が届きましわ。
この聞き慣れないエスカレーターなる魔導具の仕様書や設計図を私は"じっくり"と吟味いたしました。
そして、このエスカレーターは簡単に言えば動く階段のことだと理解しましたわ。
でも、仕組みはとても複雑ですわ。
設計図によると上の階にはモーターや制御装置、それと駆動輪という歯車のような部品がある様です。
そして下の階に従動輪なるものがあって、この従動輪に踏段チェーンがかかっており、踏段チェーンには踏段が取り付けられていますわ。
そして、魔石でモーターを回しその回転力で駆動輪が回ると踏段も動くと書いてあります。
……す、素晴らしい発想ですわ。
取り敢えず"敵ながら天晴れ"と評しておきましょうか。
それから私は仕様書に書かれている"階段だけでなく廊下にも設置可能"の一文に目を止めましたわ。
動く廊下ですって……?
私は迫り来る感動に、うち震えましたわ。
フッ、……やりますわね魔導具研究所。
相手にとって不足なしですわね。
私の名はミレイ。
たった今、人生の好敵手とめぐり逢いましたわ。




