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【第十九話】乗馬シミュレータ

 吸湿性発熱シャツの類いは一度着てしまうと脱ぐ時期の判断が難しいものである。


 こちらの世界でも前世の日本と同様に三寒四温があるようで、未だ未だ手放すには早い様である。


 そんなある日の研究所では、今からプレゼンを兼ねた魔導具のテストが始まろうとしている。


「リリア君、準備はいいかな?」


「は、はい」


 つなぎの作業服にヘルメットを被ったリリアが不安そうに魔導具に跨がっている。


 今回の発明はユウイチが前世のバラエティー番組で見たことがあるロデオマシーンを模した"乗馬シミュレータ"である。


 リリアは乗馬シミュレータから伸びた手綱をしっかりと握って緊張した面持ちでスタートを待っている。


「レディーゴー!」


 合図と共にユウイチがリモコンのスイッチを押すと乗馬シミュレータがゆっくりと前後に動き始めた。


「あっ、動き出しましたね。

 ユウイチさん、これぐらいなら平気ですよ」


 どうやら貴族令嬢のリリアは乗馬の経験がある様で、背筋をピンと伸ばし膝や腰で上手くバランスが取れている。


「リリア君、少しスピードをあげるぞ」


「あっ、はい」


 リリアの動きを見たユウイチは乗馬シミュレータのモードを"ウォーク"から一段速い"トロット"に切り替える。


 前世の乗馬には四段階の速度があると聞いていたので、こちらの世界でも恐らく同じであるとユウイチは考えている。


 この乗馬シミュレータはその動きを再現しているのがセールスポイントの一つである。


「ユウイチさん、本当の乗馬の様で楽しくなってきました」


「そうか、それは良かった。

 それでは、もっと楽しめる様に最速の"ギャロップ"まで上げてもいいか?」


「ユウイチさん、それは止めて下さい!」


 慌てたリリアがユウイチに向かって叫ぶ。


 馬に乗って全速力で駆ける貴族の令嬢など滅多にいないのだからリリアの反応も納得できる。


 リリアの叫びを聞いたユウイチがストップボタンを押して乗馬シミュレータの動きを止めた。


「リリア君、本物の馬の動きと比べても遜色ないかな?」


 前世では遊園地の"動くパンダ"にしか乗った経験がないユウイチには本物の乗馬との違いが判断できない。


「形は違いますが、動きは本物の馬に近いものがありますね。

 初歩の乗馬の訓練なら十分だと思います」


「どうやら、テストは合格だな」


 本当はもう少しデータが欲しいところではあるが、この後は実際に使ってもらった意見をフィードバックしてもらうつもりである。


「リリア君、依頼主の王城騎士団に試作品が完成したので納品すると連絡しておいてくれるか?」


「分かりました。

 今から連絡してきます」


 そう言ってリリアはギャロップ並みのスピードで事務所を飛び出して行った。

 

 その甲斐があってか乗馬シミュレータは翌日には王城騎士団に納品されたのであった。



 乗馬シミュレータが納品されて一ヶ月が経ったある日のこと。


「ユウイチさん、騎士団から追加の要望が届きました」


「ん、契約台数の追加の話しではなく追加の要望があるのか?」


 王城騎士団とは試作品に問題がなければ依頼のあった台数の契約を正式に結ぶ段取りであった。


「はい、詳しくはこちらを読んでみて下さい」


 そう言ってリリアが王城騎士団から届けられた書類をユウイチに手渡した。


 そのリリアの手には、ユウイチがプレゼントした手袋がしっかり嵌められている。


 それを見て、この時期でも重宝してもらっていて贈った甲斐があったなとユウイチは思う。


「うーん、乗馬シミュレータを屋外での集団訓練に使用したいから歩行型に改良して欲しいようだな」


 要望書を読み終えたユウイチは、少し困惑した表情である。


 それもそのはずで、騎士団に納品した試作品の乗馬シミュレータは新人騎士の初歩的な乗馬訓練に使われる予定で据え付け型でも問題はないはずであった。


 だが、試作品の出来映えを見た上層部が屋外で訓練できる歩行型の乗馬シミュレータが欲しいと言い出したようである。


 一言で言えばこれは"無茶振り"なのだが、相手が貴族である点が厄介なところである。


「ユウイチさん、そうなると本物の馬と同じ動きが必要になりますよ」


「うーん、かなりの時間と資金が必要になるなぁ」


 事は据え付け型の乗馬シミュレータに脚を四本付けるだけでは済みそうにないのは明白である。


「やっぱり無理ですよね。

 この要望は断りますか?」


 科学の発達した前世では自走する四足歩行型のロボットは実現していた。


 しかし、人が乗っているのは見たことがない。


 それは、人が乗るなら脚ではなくタイヤを付けるからである。


「いっそのことタイヤを付けるか……」


「タイヤ……ですか?」


「いや、何でもない。

 まぁ、とにかくやってみよう」


 何事も考えるより先ず行動である。


 ユウイチは自ら牧場に赴き馬の動きを分析することに決めたのである。



 それから数日が経ったある日のこと、ユウイチの姿が王都の外れの牧場にあった。


 その牧場でユウイチはじっくりと馬の動きを観察している。


 先ほども触れたが乗馬にはウォーク・トロット・キャンター・ギャロップの四つの速度がある。


 そのうちの最も遅いウォークでは馬の脚が右後肢→右前肢→左後肢→左前肢の順番に四拍子で動くことが分かった。


 逆に最も早いギャロップになれば四本の脚が全て地面から離れる瞬間もあるようである。


 この脚の動きの再現だけでも大変であるが、その上で首や胴体の動きを連動させてバランスもとらなければならないのである。


「はぁー、やはり問題は時間と資金だなよな」


 ユウイチは歩行型実現に立ちはだかる想像以上に高いハードルに深い溜め息を付いた。


「これは暫くの間、ここと研究所の往復は確定的だな」


 ユウイチはそう呟いて牧場を後にしたのであった。



 騎士団から追加の要望があってから二ヶ月後のある日。


「リリア君、喜びたまえ。

 "乗馬シミュレータ・改"が無事に納品されたぞ」


「良かったですね。

 これもユウイチさんの努力の賜物ですよ」


 二人は細やかながらコーヒーで乾杯をする。


 思えばユウイチは何度も牧場と研究所を往復して試行錯誤を繰り返し、時には諦めかけたこともあった。


 しかし、努力の末に遂に馬の動きが再現できたのである。


 今日はその努力の賜物が無事に王城に納品されたとあって、ユウイチの喜びも一入である。


「ユウイチさん、納品はできましたけど、解決できていない問題もあるんですよね」


「未解決だが、納期が決まっていたからな。

 王城騎士団に了承してもらえて良かったよ」


 ユウイチは腕を組んで染々と語る。


「予算と期限って発明の枷になるんですね。

 今回は良い勉強になりました」


「そうだろう、リリア君。

 今までは思い付いた魔導具を完成させてから販売していたからな」


「でも、今回は初めから予算と期限が決まっていたからオーバーすることは許されないですもんね」


 リリアも染々と語る。


「でも、無事に納品されたんだから結果オーライだけどな」


 そう言ってユウイチはコーヒーを口に含む。


「王子様、楽しんでくれますかね?」


「大丈夫だろう。

 恐らく暴走はしないはずだ」


 ユウイチは窓から遠くに見える王城に目を遣った。


 ユウイチは予算と期限のギリギリまで頑張ったのだが、どうしても軍馬サイズのシミュレータを完成させられなかった。


 その替わりと言うわけではないが、ポニーサイズの"乗馬シミュレータ・改"を完成させた。


 そのため、納品先は騎士団ではなく王子の部屋に変えられたのである。


 こうして乗馬シミュレータ・改は王子の五歳の誕生日プレゼントとなり王子を歓喜させたのであった。



 後日談。


 ー物置部屋の宝物ー


 俺の正式な名前は"乗馬シミュレータ・改"。


 魔導具研究所とやらの何処の馬の骨ともつかぬ奴が発明した魔導具だ。


「馬のお前が馬の骨などと言えた義理か」って?


 馬鹿を言うな、俺には骨はない。


 何故なら、魔導具だからな。


 まぁ、そんな事はどうでもいいさ。


 俺はとある王国の城の物置部屋で布を被せられて十年弱の時を過ごしている。


 内蔵されている魔石の魔力も残り僅かだ。


 今は"休眠"とか言うモードで魔力の消費量が抑えられているが、それでもいつかは魔力が尽きる。


 そうなれば"フリーズ"とか言う凍った状態になるらしい。


 最終的に凍るなら"休眠"より"冬眠"の方が合っていそうな気がするな。


 まぁ、そんなことはどうだっていいさ。


 話の序でに少し昔話に付き合って貰おうか。


 俺は王子の五歳の誕生日にこの城に来た。


 王子の名前は"レオン"。


 国王夫妻の待望した男子だった。


 その大切なレオン王子の五歳の誕生日プレゼントに俺は選ばれた。


 俺は鼻高々だった。


「お前の鼻は絵が描かれてるだけだろ?」


 フッ、そんなツッコミは要らねえぜ。


 俺はレオン王子を背に来る日も来日も子供部屋を駆け回った。


 時には城の庭に出て説教された事もあったな。


「お前に説教しても馬の耳に念仏だろ?」だと。


 だから、そんなツッコミは不要だと言っているだろ。


 まぁいい、話を元に戻そう。


 楽しい時間は長くは続かないのが世の常だ。


 レオン王子が学院に通うようになった頃から俺の背には乗ってくれなくなった。


 だが、それを寂しいだなんて思ったことは一度もないさ。


 寧ろ俺はレオン王子の成長を喜んだぐらいだ。


 俺はこの部屋でずっとレオン王子の成長を見届けようと思っていた。


 だが俺の願いは届かなかった。


 学院に通うレオン王子はある日、子供部屋から大人部屋に移っていった。


 その時に俺はこの物置部屋へ移動させられたのさ。


 俺はレオン王子とは二度会うことはないだろ思ったぜ。


 俺の昔話に付き合ってくれてありがとうな。


 近頃、何故か昔のことを思い出すんだ。


 それは、仕事の合間にここに来て噂話しに花を咲かせる侍女たちの話しを聞いたからだと思う。


「物置部屋の整理が始まるんだって」


「価値の有る物は売るか下げ渡して、価値の無い物は処分するんだって」


 恐らく俺は処分される側だろうな。


 何しろ十年弱もこの物置部屋に居るからな。


 ある意味、この物置部屋の主みたいなもだからな。


 そんなことを考えていると"ギィー"と扉が開く音がした。


「あっちだったかな」


「あぁ、紋章入りの布を被せてあるらしいぞ」


 男が二人、入って来たようだ。


 そこで俺は悟ったね。


 いよいよ処分される日が来たんだとな。


「あったぞ」


「レオン王子の紋章だ間違いない」


 案の定、二人組は俺を探し当てた。


 そして、俺の脚を持った。


 軽々とはいかないが、俺を持ち上げると物置部屋から運び出し始めた。


 万事休すだな、俺は静かに目を閉じた。


「お前の目は描かれてるだけだろ」って?


 そうか、悪かったな。


 言い直そう、俺は静かに心の目を閉じた。


 目を閉じると懐かしい子供部屋の光景が甦って来た。


 これが死の間際に見る走馬灯ってやつか。


「馬も走馬灯を見るんだな」だと?


 この際、そんなツッコミは流させてもらうぜ。


 そんなことより、最後に一目だけでもいいからレオン王子に会いたいものだ。


 しかし、願いは届かなかったようだ。


 俺は何処かの部屋に連れていかれて、床に下ろされた。


 そして被されていた布が"バサッ"と外された。


 俺は飛び込んできた眩しい光りに目が眩んだ。


 視界を失った俺の耳に"わぁー!"と言う子供の声が飛び込んできた。


 言われる前に断っておくが、これは目と心の耳のことだぜ。


 俺の目は光りに馴れて徐々に視界を取り戻していく。


 視界がはっきりすると俺の目の前には懐かしい王子が立っていた。


 駄目だな、俺は未だ走馬灯の続きを見ているようだ。


 俺はいよいよ年貢の納め時だと思ったぜ。


 だが、「アシュリー、誕生日おめでとう。これは私からのプレゼントだ」と背後から声が聞こえたんだ。


 俺は耳を疑ったね、そんなはずはないと。


 だが声の主は、こう続けたんだ。


「これは、私の五歳の誕生日に父である国王から贈られた大切な友達だ。

 今度はアシュリーが友達になってくれないか」とな。


 俺は後ろを振り返りたかったが如何せん首が動かせない。


 でも、声だけで十分だった。


 何故なら声だけでレオン王子の十年弱の成長が感じられたからだ。


 ん、「俺の目に涙が滲んでいる」だと?


 馬鹿を言うな。


 俺の目は絵で描かれているんだ涙なんか出るもんか。


 これはな冷たい物置部屋から暖かい子供部屋へ移されたせいで結露ができただけだ。


 疑うってんなら賭けてもいいぜ。


 いや、言い直す"駆けてもいいぜ"だな。


 なんたって俺は馬だからな!

 

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