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【第十八話】ジェットバス

 せっかく、吸湿性発熱シャツの話で季節が冬になったので、引き続き寒い季節の話をしたいと思う。


 それは寒い冬の夜にはとても嬉しい、お風呂に纏わる魔導具の話である。


 "お風呂タイムはウキウキウォッチ"と言っているかは定かではないが、王都の民は前世の日本人に負けず劣らずお風呂が大好きなのである。




 王都は気温が"グッ"と下がり本格的な寒さを迎えた。


 この頃になると、吸湿性発熱シャツはネーミングよりも機能性を重視する傾向が強くなりユウイチの冷えた心を暖かくさせた。


「ユウイチさん、おはようございます」


「おはよう、リリア君。

 今朝は晴れているが冷え込みが厳しいな」


 話題がなければ"天気の話をすれば間が保つ"と前世のお昼のバラエティー番組の顔が言っていたような気がする。


 因みに"髪切った?"は相手によってはセクハラと受け取られかねないから注意が必要である。


「はい。

 でも今年はババシャツがあって本当に助かってます」


 リリアは"吸湿性発熱シャツ"のことを自戒を込めて、敢えて"ババシャツ"と呼んでいる。


 そう言うところがリリアの美点であるとユウイチは感心している。


「ところで、話は変わるがリリア君は入浴派か、それともシャワー派かな?」


「へっ、……ユウイチさん。

 突然、何を聞くんですか?」


 いきなりのプライベートに関わる質問でリリアの顔がみるみる真っ赤になる。


 もしも前世の日本なら一発でセクハラ認定されてもおかしくない質問であるが、これは今回の魔導具のプレゼンの始まりである。


「あぁ、スマンスマン。

 変な意味はないんだ……」


「いえ……、余りにも突然だったもので取り乱してしまいました」


 二人は思春期の少年少女の様に、はにかんで申し訳なさそうにしている。


「んっ、気を取り直して一から説明しよう」


「お、お願いします」


 お互いに気を取り直したいところだが、未だ微妙な空気を醸し出している。


「リ、リリア君、これは"ジエットバス"と言う魔導具だ」


 ユウイチが照れ隠しから無意味に"バンバン"と叩いているバスタブには、これから最終テストをするジェットバスが付けられている。


「それで、ジエットバスって何ですか?」


 こちらの世界にはなかった魔導具なので、このリリアの反応は仕方のないところである。


「ジエットバスとは吹き出し口から空気を含んだ水流を噴き出す装置のことだよ。

 分かり易く言うとジエットスキーを小さくして浴槽に付けた感じかな」


「確かにジェットスキーの吹き出した水には空気の泡がありましたけど、お風呂に空気の泡なんか出してどうするんですか?」


 漸くいつもの二人のペースに戻ったようである。


 因みにジェットスキーの吹き出した水に空気の泡が混ざっているのはキャビテーション現象によるもので、ジェットバスにも同じ現象が働いている。


「空気を含んだ温かい水流が筋肉の緊張を和らげ血行を促進する。

 それが疲労回復やリラクゼーション効果に繋がるんだよ」


「へぇー、入浴しながら疲れが取れるなんて良いこと尽くめじゃないですか!」


 ここにきて漸くリリアの面白い物センサーが反応したようである。


「冬場はシャワーだけでは温まれないだろう。

 だから多くの人がバスタブに入りお湯に浸かる。

 今回は、そのお湯に一工夫しようと言う訳だな」


「でも、バスタブがある庶民のお家は少ないですよ」


「フフフ、その辺りは想定済みだ。

 いいか、貴族の屋敷の風呂は大きい。

 だから、吹き出し口もかなりの数が必要になる。

 すると、自然と売上げが上がる」


 ユウイチは見事な三段論法をリリアに披露した。


 どうやら今回は商売っ気丸出しでユウイチは臨むようである。


 だが、"商売は水もの"であり机上の空論になる可能性も高い。


「えっと、先ず商品名は"ジエットバス"だから問題ないですね。

 ユウイチさん、ジェットバス以外の呼び方はありますか?」


 決して机上の空論としない様にリリアがお約束の危険ワードの確認を始めた。


「"スパ"だったかな……」


 他にはジャ○○ジーがあるが、商品名なので割愛しておく。


「スパなら、問題ないですね。

 それと吹き出し口にスライムは入ってないですよね?」


「スライムが茹で上がってしまいそうだから使っていないぞ」


「ジエットバスと入浴剤を併用することは可能ですか?」


「それは可能だが、これ以上の臭いフェチ文化の発展は遠慮したいな」


 今は下火になっているが、いつ発火してもおかしくはないとユウイチは思っている。


 だから、ジェットバスが着火剤になることは避けたいところである。


「それは私も同意見ですね。

 後は魔法陣関連ですが?」


「リリア君、心なしか危険ワードが増えてる気がするんだが?……」


 危険ワードの確認はリリアを納得させるためには避けて通れないプレゼンの関所みたいなものであるが、確実に関所の数が増えているのである。


「ユウイチさん、"覆水盆に返らず"ですよ。

 こうやって事前に確認しておくに越したことはありません」


「それは、そうなんだが……」


 発生した問題がクレームになっても、そう簡単に"水に流す"と言う訳にはいかない。


 この後もリリアは"立て板に水"のごとく幾つかの確認を行った。


「これなら販売しても大丈夫そうですね」


「あははは……

 リリア君に納得してもらえて何よりだよ」


 プレゼンに疲れたユウイチはまるで"陸に上がった河童"の様になっている。


「それでは、規制局と商業ギルドへ行って説明してきますね」


「あぁ、頼んだよ」


 ユウイチとは対照的にジェットバスの水流に乗った様な勢いでリリアは研究所から走り去って行ったのである。


 そして、規制局から許可を得て商業ギルドでの打合せを精力的にこなした。


 その結果、やはり富裕層をメインターゲットとしてジェットバスを販売することなったようである。



 ジェットバスの発売から二週間が経ったある日のこと。


「ユウイチさん、ジェットバスの報告です」


 心成しか報告書を手渡すリリアの手がかじかんでいる様である。


「リリア君、外は寒かっただろう?」


「今日もババシャツを着てますから、全く平気ですよ」


 だが、ババシャツを着ていても手までは暖まらない。


 "何か対策を考える必要があるな"と思いながらユウイチは、リリアから受け取った報告書に目を通していく。


 その報告書には次の様な話が載せられている。


 ここは、いち早くジェットバスを導入した宿屋のベイカー・カルテットである。


 二人連れらしき男が風呂に浸かって何やら話をしている。


「なぁ、お前が部屋を借りた宿には風呂があっただろう?」


「でも、風呂にはジェットバスは付いていないんですよ。

 だから、入浴だけしに来たんでさぁ」


 ベイカー・カルテットではジェットバスの導入に際して、前世の日帰り湯の様に他の宿屋の宿泊客でも浴場の利用を可能にした。


「フッ、稼ぎも少ないのに余計な金を使ってんじゃねえよ」


「それなら兄貴は何でベイカー・カルテットに宿泊してるんですか?」


 この辺りでは、ベイカー・カルテットは他の宿屋に比べて宿泊料が高いことで有名である。


「そりゃあ、朝風呂が目当てだよ」


 ベイカー・カルテットでは宿泊者に限って朝からの浴場の利用が可能なのである。


「兄貴、朝風呂とは羨ましい限りですぜ」


「そう思うんならもっと仕事を頑張るんだな」


「兄貴のその冷たい言葉で湯冷めしそうですぜ」


 報告書によるとジェットバスを設置した施設は同業他社に対して商売上で優位に立っている様である。



「ほう、思ったよりジエットバスは順調のようだな」


「大衆浴場でも導入を検討している所が何軒かあるみたいですよ」


「それだと暫くは忙しい日が続きそうだな。

 ジエットバスを発売している側がジエットバスを楽しむ暇がないなんて皮肉な話だな」


 そう言ってユウイチが首をすくねて自嘲気味に笑う。


「へぇー、ユウイチさんは入浴派なんですね」


 リリアが、先日の仕返しをするかの様にからかい勝ちに質問した。


「ここは赤面して取り乱した方がいい場面かな?」


 その仕返しにユウイチは冗談混じりにリリアに聞いてみた。


「私、工房の方を手伝ってきまーす」


 ユウイチの意地悪な質問には答えずに"ぷいっ"と横を向いてリリアは工房へ歩いていった。



 ジェットバスの発売から二ヶ月が経ったある日のこと。


「ユウイチさん、経過報告書ですよ」


「リリア君、今日は一段と冷え込んでいるな」


 どうやら今日が今季一番の冷え込みのようである。


 そのせいか、相変わらず書類を手渡すリリアの手がかじかんでいる。


「リリア君、これをプレゼントしよう」


「どうもありがとございます」


 リリアはユウイチが差し出した紙袋を受け取って中身を確認する。


「あっ、手袋と靴下ですね」


「そうだ。

 吸湿性発熱シャツの繊維で編んだ手袋と靴下なんだよ。

シャツと同様の効果があるはずだよ」


 これは、リリアのかじかむ手を見てユウイチが特別に作った物である。


「とても暖かいです。

 大切に使いますね」


 リリアは手袋の暖かさとユウイチの気持ちの暖かさの両方を感じたようである。


「これ発売したらかなり売れると思いますよ。

 まぁ、商品名次第ですけどね」


「それは限定一個の非売品なんだよ。

 そうだ、命名権をリリア君に与えよう。

 もし、良い商品名だったら発売を検討してもいいぞ」


「本当ですか?

 私、頑張って考えてみます!」


 そう言ってリリアは嬉しそうに微笑んだ。



 その頃、貴族の間ではジエットバスの吹き出し口の数を競い合う見栄の張合いが始まっていた。


「うちは風呂の大きさに合わせてジェットバスを十個も設置することにしたぞ」


「はははは、うちの風呂は上下二段にして二十個にしたぞ」


「数では敵わないが、うちでは魔石を増やして強さを上げているぞ」


 もう既にリラクゼーションの目的は、ジェットバスの水流に飲み込まれて何処かへ行ってしまっている。


 そんなある日、魔導具オタクの男爵ランバン=ニアークティックが貴族の友人達を屋敷に招いていた。


 友達が友達を連れてきていたが、ランバンは"友達の友達は皆、友達だ"と歓迎して太っ腹なところを見せていた。


 端から、独自の改造を施したジエットバスを自慢する為であったのでランバンにとっては願ったり叶ったりだったのかもしれない。


 だが、悲劇の様な喜劇はここから始まるのであった。


「儂の計算に依るとこの吹き出し口の角度が最高の水流を発生させるのだ」


 ランバンは吹き出し口を湯船の中心方向ではなく壁に沿う方向で設置したのである。


「そして、最適な間隔で浴槽の壁に配置すると浴槽内に泡の渦が生まれるのだよ」


 自慢気に胸を張るランバンに友人達は成る程と感心しきりである。


「さぁ、皆でジエットバスを楽しもうではないか」


 ランバンの号令で皆が裸になり思い思いに浴槽に入っていく。


「さすがは天才錬金術師のランバン男爵ですな。

 うちのとは比べ物にならぬ気持ちよさですぞ」


「良ければうちの浴槽にも改造を施して貰いたいものですな」


 友人達は口々にランバンを持ち上げている。

 

 持ち上げられたランバンはジエットバスのリラクゼーション効果も合わさって最上の心地よさを味わっている。


「こうするともっと気持ちよくなりますぞ」


 そう言って調子に乗ったランバンが、ジエットバスの噴射力を最大まで上げたのである。


「おぉー、凄い水流ですな」


「ん、しかし少し強すぎるような……」


 改造により最大にまで引き上げられた噴射力が強力な水流を生み出した。


 そして、浴槽には中心に向かう強烈な渦巻きが発生し始めたのである。


 慌てた友人達は浴槽の壁に掴まるが水の流れに徐々に身体を持っていかれてしまう。


 そして、ついには耐えられずに壁に掴まっていた手が離れてしまった。


「た、助けてくれ……」


「わたしは、ゴボッ…… およげ……ゴボゴボ」


 皆の身体は浴槽の中でクルクルと回り、全員が目を回して溺れかけたのであった。


 これに懲りたランバンは浴室を改装した。


「もう、お湯は温まった様だな」


「はい、旦那様。

 この大きさのバスタブでしたら、直ぐに温まります」


 ランバンはゆったり寛げる大きな浴槽の中に小さなバスタブを入れたのである。


 「旦那様、お湯加減はいかがでしょうか?」


 「あぁ、丁度良い」


 「ジェットバスを作動させますが、宜しいでしょうか?」


 「いいとも!」


 改造したジェッではなく、市販のジェットバスで入浴を楽しむランバンであった。


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