【第十四話】ドライブスルー
王都の貴族達を恐怖のドン底に叩き落とした、ヴィラーゴ湖の竜騒動も随分と下火になってきている。
正に"喉元過ぎれば熱さ忘れる"とはこのことである。
そんな中で、ユウイチがまたもや飲食店をプロデュースする話が持ち上がった。
ユウイチは彼是と思い悩んだ結果、一つの結論に至ったのである。
"鉄は熱いうちに打て"の言葉通りに、研究所ではユウイチによるプレゼンが始まろうとしている。
「リリア君、喜んでくれ。
遂に新しい飲食店のプランが完成したんだよ」
「ユウイチさん、回転料理屋はかなり苦戦しましたよね。
今回は大丈夫なんですか?」
リリアがいきなりのハードパンチをユウイチにお見舞いした。
前世なら二人で世界を獲りにいけるほどのパンチ力である。
「前回は"貴族の矜持"を理解できていなかったのが敗因だと分析できている。
だから今回は新しい店舗スタイルで臨むことにしたんだよ」
「新しいスタイルですか……
それで、今回は客席で何を回そうとしているんですか?」
ここで、リリアは軽くジャブをお見舞いした様である。
「いいか、リリア君。
人は失敗を糧にして日々成長するものなのだよ」
懲りな男であるユウイチは自分のことを棚に上げてリリアに力説する。
だが、棚に上げるぐらいのパワーでは町内会も制することもできない。
「回転を成長させると言うことは、料理を猛スピードで回転させるんですよね?」
「はははは、それでは客が料理を取れないな」
ユウイチはリリアの変則的なステップからのパンチを軽やかに躱してみせる。
「それなら、どうするんですか?」
「今回はハンバーガーを売るファストフード店にしたのだよ。
つまり回転するのは客の方だな」
これを聞きいたリリアの頭の中に、前世のコーヒーカップの様に座席が"クルクル"と回転して客がぐったりとしている画が浮かんできた。
だがこれでは、客がドクターストップ寸前になってしまう。
「ユウイチさん、座席が回る店って絶対に流行らないですよ。
第一、お客さんが目を回してしまうじゃないですか!
あははは……」
どうやらリリアの笑いのツボに入ったようで、自分で言って於いて笑いが止まらなくなっている。
なるほどそう来たかとユウイチは思ったが、ここは敢えてツッコミを控えて冷静に説明を続ける。
「いいかね、リリア君。
客が回転するとは、客の入れ替わりが早いと言う意味なんだよ」
「何だ、そっちの意味ですか……
でも、どうやって早く回転させるんですか?
料理の量を少なくするとか作り置きしておくとか……」
漸く笑いのツボから這い出てきたリリアが彼是と方法を考えている。
「恐らくそれでは客にそっぽを向かれてしまうな。
ファストフード店とは商品の提供が早い店のことを言うんだよ。
だから今回はテイクアウト主体でいくことにしたんだ。
まぁ、やっていることは屋台みたいなものかな」
「屋台ですか、それならお客さんの入れ替わりは早そうですね。
ところでハンバーガーってなんですか?」
話の中心が客の回転であったため、ユウイチはリリアにハンバーガーの説明をするのをすっかり忘れていた。
「ハンバーガーとはパンにハンバーグを挟んだ物だよ。
先ずは王道中の王道から始めたいと思うんだよ」
そう言ってユウイチは、"バーガー・カテドラル"と書かれた紙袋の中から紙に包まれたハンバーガーを二つ取り出した。
そして、そのうちの一つをリリアに手渡した。
「リリア君、この包み紙を広げて中身にこうやってかぶりつくんだ」
そう言うとユウイチは大きく口を開けて"ガブッ"とハンバーガーにかぶりついた。
「こうですか?」
ユウイチを見習ってリリアがハンバーガーにかぶりついたが、さすがにこちらは"パクっ"と口にした程度である。
ただ、貴族の令嬢が手掴みで食べたことを親が知ったら長時間の説教は確定的である。
「どうだリリア君、旨いだろ?」
「はい。
上手く言えませんが、パンとハンバーグとソースが絶妙に相まって口の中でハーモニーを奏でてますね。
それにピクルスが良い仕事をしてくれています。
ユウイチさん、とっても美味しいです」
ハンバーガーの美味しさも然ることながら、リリアりの食リポも抜群に上手かった。
前世のグルメ番組で"まいうー"か"宝石箱"クラスを目指せるかもしれない。
「今回はハンバーグを挟んだが、別にハンバーグでなくてもいいんだよ。
例えばフィッシュフライとかベーコンとかだな」
「あっ、それならオークのお肉でもいけるかもしれませんね」
牛や豚ではなくいきなりぶっ飛んだオーク肉が出てくる辺り、さすがは異世界である。
だが、軌道に乗ればオーク肉のテリヤキバーガーなどを販売してみてもいいかもしれないとユウイチは思う。
「取り敢えずオーク肉は未だ未だ先の話だな。
先ずはこのハンバーガーとポテトフライとドリンクのセットを銅貨五枚で売ることにする」
「結構、安いですね。
そうか、お客さんの回転が早いから薄利多売でも大丈夫なんですね」
「リリア君、その通りだよ。
よく分かったな」
「ユウイチさん、人は成長するものですよ」
最後にリリアが見事なツッコミと言うアッパーカットを放ちユウイチからダウンを奪った様である。
だが、マットに沈んだユウイチは満足そうな顔をしている。
「今回は魔導具は関係ないから規制局にお伺いを立てる必要もない。
店舗が完成したら直ぐにオープンだな。
リリア君、そまでに接客マニュアルを覚えておいてくれよ」
ユウイチはそう言って、分厚い書類をリリアの机の上に"ドン"と置いた。
「もしかして私が店に立って売るんですか?……」
リリアの質問にユウイチは黙ったまま深く頷いた。
「えぇーーー!!」
リリアの絶叫が事務所に響き渡ったのである。
バーガー・カテドラルの開店から二週間後のある日のこと。
「ユウイチさん、バーガー・カテドラルの報告書です」
「リリア君、毎日お疲れ様。
マッサージ機で疲れを癒してくれ」
書類を届けに来たリリアは、ハードワークでぐったりとした様子である。
「はい、もうヘトヘトですよ。
でも、スタッフ教育のお陰で私は無事に店から開放されましたよ」
「スタッフの募集に応募が殺到したからな」
なんとバーガー・カテドラルは今では王都の年頃の女性の憧れの働き口になっている。
なぜならユウイチが考案した前世のファミレス風の可愛い制服が乙女心を直撃したからである。
だが、ユウイチ的にはこちらの世界のメイド服に是非とも一票を投じたいところである。
「でも、未だに貴族のお客様はゼロなんですよね」
「まぁ、食べ物を自分で取りに行くなんて彼らからすれば罰ゲームだからな」
「ユウイチさん、それは偏見ですよ。
貴族でも食べてみたいひとは多いはずですから」
リリアは同じ貴族である友達からバーガー・カテドラルに付いて根掘り葉掘り聞かれているらしい。
その度に見事な食リポを披露しているのだろうとユウイチは思う。
「まぁ、貴族には敷居が高いだろう……。
違うな、敷居が低いが正解かな」
何だか紛らわしいが、お貴族様が利用しずらい店であることは間違いない。
「それで、どうするんですか?」
「何をだ、リリア君?」
ユウイチは思わず質問を質問で返してしまった。
「一番下に書いてあるお姫様の件ですよ」
「ん、なんだこの小さな文字は!」
前世の契約書によくある、重要なことは最後に小さな文字で書いておいて、問題が起こった時に"最後に書いてありましたよね"と言われて何も言えなくなるパターンである。
「ん、"王家のシェリル姫がバーガー・カテドラルを利用したいと仰せである、善処せよ"だっと!」
ユウイチはその一文を読んで頭を抱え込んだ。
対面で注文し出来上がったら受け取るセルフ形態の店は庶民には全く抵抗がない。
しかし、王族には絶対に受け入れられないシステムだろう。
だから貴族店を作らなかったのに、更にその上の王族から要望があるとは正に"寝耳に水"である。
「いっそ、貸し切りにしますか?」
「いや、それは駄目だな。
貸し切りは他の貴族令嬢に対して悪しき前例になりかねない……」
王家の姫が来店したとなれば噂はすぐさま王都中に広がる。
必ず後に続く貴族が出てくるはずで、そうなると収拾がつかなくなってしまう。
「でも、この件は絶対にお断りする訳にはいかないですよ」
「うーん、どうしたものかなぁ……」
「ユウイチさん、こんな時こそ成長の証を見せて下さい」
「そ、そうは言ってもなぁ……」
ユウイチはリリアに成長の証を見せるために、この日から三日三晩を費やしたのである。
バーガー・カテドラルの開店から一ヶ月が経ったある日のこと。
王城との諸々の調整を経て遂にシェリル姫が来店する日がやってきた。
「ユウイチさん、上手くいきますかね?」
「俺は日頃の行いには自信があるんだ。
大丈夫だと思いたいな」
ユウイチとリリアは向かいの路地から"バーガー・カテドラル"を固唾を飲んで見守っている。
そこへ二頭の白馬に引かれた王家の紋章入りの豪華な馬車がやって来た。
「シェリル姫がいらっしゃいましたね」
「あぁ、来てしまったか……」
"ガラガラ"と音を立てながら馬車は店の入り口の前を通過して行く。
「あれ、止まりませんね?」
「リリア君、これでいいんだよ」
リリアは不思議そうに馬車を見送っているが、ユウイチはニヤリと笑った。
そんな二人を尻目に馬車は店舗の横に回り込みゆっくりと奥に進んで行く。
「ユウイチさん、もしかして裏口でも作ったんですか?」
「リリア君、相手は王族なんだから裏口はないだろう」
ユウイチもリリアのことを言えたものではないが、不敬罪に問われる可能性もあるので発言には気を付けなければならない。
「あっ、馬車が止まりましたね。
もしかして行き止まりなんですか?」
「ん、俺はそんな意地悪なことはしないぞ」
諄いようだが王族相手だと、そんなことをすれば意地悪ではなく不敬罪になってしまうのである。
「あれ、何か話し合っていますね。
帰り道でも聞いているのでしょうか?」
リリアの視線の先で御者と窓から身を乗り出した店員が何やら話をしているようである。
暫くすると御者が店員から紙袋を受け取った。
「よし、ドライブスルー成功だな」
「ユウイチさん、ドライブスルーて何ですか?」
店舗をぐるりと回って通りを進んで行く馬車を見送りながらユウイチはリリアにドライブスルーの説明をした。
「なるほど、ドライブスルーなら馬車から降りる必要がないんですね」
「注文も受け取りも御者が行えば、例え王族でも来店へのハードルが"グッ"と下がるだろ」
ユウイチは"どうだ"と言わんばかりに胸を張る。
「でも、シェリル姫はただ馬車に乗っていただけですよね。
これで満足されたのでしょうか?」
「そう願いたものだな」
これ以上の手はユウイチには思いつかないので、是が非でも満足して欲しいところである。
幸いなことに翌日に王家の紋章入りで感謝の手紙が研究所に届けられていた。
あの後、王城に戻ったシェリル姫はナイフとフォークでハンバーガーをお上品にお召し上がりになったらしい。
そして"パンとハンバーグとソースの奏でるハーモニーが最高です"と仰られたそうである。
後日談。
ーリリアの細腕繁盛記ー
今日はバーガー・カテドラルのオープン当日です。
私はスタッフとして注文を聞いたり、裏方としてハンバーガーを作ったりと目が回るぐらいに走り回っています。
でも、接客マニュアルには"どんな時も笑顔を忘れないように"と書いてあります。
ユウイチさんは「笑顔は無料だからな」と言っていましたが、意味がよく分かりませんでした。
だけど、私は笑顔には自信があるんです。
なんたって、昨日の夜に自室の鏡の前に座って練習しましたからね。
でも、練習しなくても最初から自分でも驚く様な良い笑顔ができていましたよ。
いえいえ、決してナルシストと言う訳ではえりませんよ。
今日は、この笑顔を武器にこの忙しさを乗り切ってみせます。
一方、リリアの屋敷では侍女達がこんな会話をしていた。
「昨晩、リリア様は遅くまで鏡を見ていらっしゃいましたね」
「そうですわね、何をなさっていらっしゃったのでしょうね」
「本当よね。
補正機能付きの鏡なのですから、幾ら見ても美しくなりますのにね」
そう、リリアは自室の鏡に補正機能が付いていることをすっかり忘れていたのであった。




