【第十一話】万歩計
転生してからのユウイチは前世の発想と科学技術にこちらの世界の魔法を融合させた魔導具で王都の住人の生活を便利にするために奮闘する毎日であった。
しかし、目的から逸脱するばかりで
必ずしも成功したとは言い難い。
反省会を終えて心機一転したユウイチは、王都の住人の生活を便利に術く新たな魔導具の発明に取り組む決意をした。
そのユウイチが研究所で朝からリリアに対して新しく発明した魔導具のプレゼンを始めたようでる。
「リリア君、脹脛は第二の心臓だと言う話を聞いたことがあるかな?」
「脹脛ってここのことですよね?」
そう言ってリリアは自分の脹脛をズボンの上から"グニグニ"と摘まんでいる。
「人は歩くことで、脹脛が鍛えられて健康になれるんだよ」
「へぇー、初めて聞きました。
これが第二の心臓だなんて驚きです」
棒読みで答えたリリアは、恐らくこの話に興味がないのだろう。
ユウイチも前世の健康番組で聞き齧っただけのうろ覚えの知識でしかない。
だから、それ以上の詳しい説明はできないので話を少し変えてみた。
「それでは、リリア君。
王都の貴族は一日にどれぐらい歩いているか分かるかな?」
「全く、分かりませんね。
庶民に比べたら歩くことが少ないのは分かりますけどね」
馬車で移動することが多い貴族は一日に二千歩も歩いていないだろうとユウイチは考えているが、リリアは考える素振りもしていない。
「リリア君、一日に八千歩あるけば、生活習慣病リスクが大幅に低下すらしいぞ」
「ユウイチさん、生活習慣病って何ですか?」
こちらの世界の住人であるリリアには生活習慣病が何なのか分からなくて当然である。
「日々の食事、運動、休養、喫煙、飲酒などの生活習慣が発症・進行に深く関与する病気の総称だよ」
代表的なものに糖尿病、高血圧、脂質異常症、がん、心疾患、脳血管疾患などがあるが、これはリリアに説明しても無駄であろう。
「へぇー、そうなんですね」
それにしても、リリアは健康の話に全く食い付いて来ない。
前世で一度死んでいるユウイチにとって、この様な健康意識の低さは由々しき問題である。
「この様に歩くことは健康に良いのだが、それを聞いても歩ことは思わないかな?」
「歩くことが大切なのは分かりましたが、ただ歩くだけなんて退屈で誰もしませんよ」
リリアが不健康な生活を送っていると言っている訳ではないが、ここは健康意識の低い貴族の代表になってもらうことにした。
「歩く理由がないなら、歩く理由を作ってあげるのはどうだろうか?」
そう言ってユウイチはベルトに付けてある、魔導具をリリアに見せる。
「ユウイチさん、もしかしてその小さな箱は新しい魔導具ですか?」
面白い物センサーが反応したリリアが、ここで漸く話に乗ってきた。
「これは万歩計と言って、一日にどれぐらい歩いたのかを知ることができる魔導具なんだよ」
ユウイチは事務所内を一周してカウンターの数字をリリアに見せる。
"一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩下がると万歩計のカウンターの数字は何歩になるでしょう?"とクイズを出している場合ではない。
「確かに面白そうですけど、それだけでは誰も歩きませんよ」
リリアが見事なまでに健康意識が低い側の代表役をこなしてくれている。
「だから、もう一つ歩く理由を作ってあるんだよ。」
そう言ってユウイチは、ポケットから折りたたまれ紙を取り出して机の上に広げた。
「見たこともない地図ですが、これは何処の地図なんですか?」
「これは魔王討伐の為に勇者が進む道を示した地図、その名も"勇者への道"だな」
今の説明でリリアの頭の上にはっきりと"?マーク"が見えたのでユウイチはもう少し続ける。
「これは万歩計のカウンターの数字を使った双六で、ゴールを魔王城に設定してあるんだよ」
「もしかしたら、子供が聖剣を持って歩く勇者ごっことかですか?」
「それも面白そうだが、これはごっこ遊びではないぞ。
万歩計の数字だけを眺めていてもつまらないだろうから、地図の上を旅するんだよ」
そう言ってユウイチは二本の指を使って地図の上の道を歩いている様に見せる。
「なるほど、飽きずに毎日歩けるようにゲーム性を持たせるんですね」
漸く、リリアの理解が追い付いて来たようである。
「そして、双六をクリアした者にはこの"討伐証明カード"を発行するんだよ。
そうすれば達成感も味わえるだろ」
「えぇー、どうせ貰えるなら私は魔王城のお宝の方が良いかなぁ~」
現実的なことをリリアが口走っているが、取り敢えず今はスルーしておくことにする。
「この討伐証明カードにはクリア日数に依って金や銀などのランクを付けてある。
そして図柄の違うレアカードも用意してあるぞ!」
「どうせなら本物の金を使ったカードにしませんか?」
「善処できるように前向きに検討するに吝かではない……」
前世のカード収集家ならレアと付けただけで涎を垂らしそうなものである。
もし、リリアがこちらの世界のスタンダードなら魔王城のデザイン入り金貨の導入を本気で考えねばならないところである。
「それでは、危険ワードの確認を始めます。
規制局は何と言っていましたか?」
「万歩計自体は簡単な作りだから許可は取れたよ」
「スライムはつかいましたか?」
「リリア君、今回もスライムの出る幕はない」
「魔方陣は問題ありませんか?」
「魔方陣については規制局のテストでも完璧だった」
そう言ってユウイチは、自信満々で右手の親指を立ててリリアに突き出した。
「それなら、大丈夫ですね」
リリアも納得したようで、万歩計は商業ギルドから発売されることとなったのである、
万歩計の発売から数週間が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、万歩計の報告書が届きましたよ」
リリアが差し出した経過報告書を受け取ってユウイチはじっくりと目を通す。
「友人に勧められたので健康目的で始めましたが、今では双六をクリアしてカードを手に入れることが目的になっています」
「三人でパーティーを組んで、一つの万歩計を使っています。
仲間と一緒なら続けられそうな気がします」
報告書によると多くの人が始めた理由と続けている理由がこれと似たようなものであるらしい。
「魔獣に襲われてら教会で治療するのに三マス戻る仕様は鬼畜過ぎるのではないでか?」
「"サキュバスに誘惑されて受難ルートに進む"って何なんですか?」
これは商業ギルドのリーネの案を採用したマスである。
他にも酷いマスが待ち受けているので、リーネは今後もクレームの対応に忙しいはずである。
報告書を読んだ限りでは万歩計に対するクレームは入っていなさそうでユウイチは"ホッ"とした様子である。
「そう言えば、お昼時に王城の周りを歩いている人や短い距離なら馬車に乗らなくなった貴族もいるようですよ」
リリアの情報でユウイチは前世で見た皇居ランナーを思い出した。
そして、万歩計が王都にウォーキングブームをもらたしたことを確信したのである。
「商業ギルドでは掲示板に地図を貼り出して、最速で進んでいる人の位置に印を付けて競争心を煽っているそうですよ」
「これで更にブームが更に加熱しそうだな。
ウォーキングブーム万歳だな」
「加熱を通り越して暴走する危険性がありますが、大丈夫でしょか?」
懲りない男であるユウイチと違ってリリアの学習能力は高いようである。
「リリア君、ウォーキングとランニングは違う。
ウォーキングで走り回る人はいない。
故に、暴走する人はいないと言うことだ!」
「ユウイチさん、それは屁理屈だと思うんですけど……」
リリアの心配を余所にウォーキングブームで健康的な生活を送る人が増えてユウイチは満足そうである。
万歩計の発売から二ヶ月が経ったある日のこと。
「ユウイチさん、商業ギルドからの報告書ですよ」
浮かない表情のリリアを見れば、内容が芳しくないと言うことは懲りない男であるユウイチにも分かる。
しかし、何が起こっているかまでは分からない。
分からないなら読むしかないのである。
ーここは王都で人気の料理屋ルガーノである。
「お前は何処まで進んだんだ?」
「俺か?
俺は漸く古代遺跡を抜けたところだぜ」
常連客同士が酒の肴に"勇者への道"の進捗を語り合っている。
「何だ、未だそんな所を彷徨いているのかよ」
「そんな言い種はないよな、プルミエちゃん」
「ふふふ、そうですね」
この話を振られた看板娘のプルミエはいつも愛想笑いをしてやり過ごしている。
何故ならホールを歩き回るウエイトレスのプルミエは仕事中も万歩計を付けていて、商業ギルドに貼り出している地図では魔王城に最も近い位置にいるからである。
「おい、聞いたか?
万歩計をこうやって手で振っている奴がいるらしいんだ」
「何だそれ、ズルしてクリアしても面白くも何ともないだろう」
全く以てその通りである。
どの世界でもルールの抜け道を探し出す者はいる様である。
「それになペットに付けて歩数を稼いでる奴もいるって噂だ」
「そんな奴らにレアカードを渡して欲しくないよな」
「どうやらレアカードを転売するのが目的らしいぞ」
これは前世の日本でも聞いたことがある"転売ヤー"の様である。
「俺達は不正をせずに正々堂々と戦おうな」
「あぁ、当たり前だぜ相棒」
二人はエールを乾杯して"グイッ"と喉に流し込んだ。
報告書を読み終えたユウイチは浮かない表情をしている。
「やっぱり暴走しちゃいましたね」
「そうだな、グルメ漫遊記にして料理屋とのコラボに変更しようかな。
実際にお店で食べないとクリアにならない様にするのはどうだろう?」
「ユウイチさん、幾ら歩いても食べてしまったらプラマイゼロですよ」
未だ未だ懲りない男ユウイチにリリアがツッコミを入れた。
こうして、あっと言う間に王都のウォーキングブームは去っていった。
だが王都では"腕に筋肉が付いた人"と"スッキリ痩せたペットが増えた"と専らの噂である。
後日談。
私の名はリーネ。
魔導具研究所のリリア様が新たな魔導具の説明に来ていたわ。
歩いた歩数をカウントしてくれる魔導具らしけど、余り期待はできそうにないわね。
えっ、"勇者への道"ですって!
子供騙し過ぎないかしら?
五千歩毎にルーレットを回して出た数字の分のマスを進むのね。
これは"始まりの村でゴブリンの群れを討伐して報酬を貰う"?
こっちは、"魔の森でオークを倒して商隊に感謝されて褒美を貰う"?
リリア様、温すぎますわ!
えっ、"歩くのが目的ですから"って!
もっと、ピンチとか危機とか非常事態とか入れないとダメよ。
具体的にですか?
そうね、"ヘルハウンドに噛まれて治療をうけるために三マス戻る"とか、"サキュバスに誘惑されて地獄ルートへ入る"とかね。
えっ、酷い過ぎるかしら?
それなら
"グリフォンに捕まって振り出しに戻る"とか"デュラハンに傷を負わされて三日休む"にする?
何、休んだら意味がないですって?
まぁ、それはそうね。
でも、こんな感じの演出もいいんじゃないかしら?
そう、帰って所長に相談してみると良いわ。
私の名はリーネ。
誰、Sっ気が強過ぎるっていったのは?




