小休止:とある村の魔女伝説1
葵が潜入作戦を実行する数日前のこと。
「はぁぁ~覚悟はできましたけど、それはそれとして準備が大変ですよ~」
「そういうな葵。準備を怠ればすぐにバレてお終いだぞ?」
長期間滞在する分の着替えや非常食に、ちょっとした暇をつぶせるようなものとお菓子。気づけば鞄はパンパンになっていた。
「あ、葵さん?旅行にでも行くつもりですか??」
「いやぁ~いざってことを考えるといっぱい詰め込んじゃってぇ」
そう言った葵の手にはゲームのコントローラーが握られていた。
「葵さんってゲームとかするんですね」
「まあまあするかな?一回ここの皆と格ゲー大会とかもしたしね~。あの時は悔しかったなぁ~」
葵は決勝戦のことを思い返す。直前の白熱した準決勝に対してあの一方的な惨殺とも呼べる決勝戦はあまりにも残酷だったものだ。
「私はまだ葵に負けたつもりはないから」
「琴音っ!!」
扉が開くと、そこから入ってきたのは琴音だった。
「まったく、葵はいつもそうなんだから……潜入任務以前に舞台に入隊するときにそんな荷物もっていけるわけないでしょ」
「た、確かに……」
葵は言われて気付く。自衛隊に入隊したことがあるわけではないが、そこにゲーム機を持って行っていけないなんて言われなくても分かることだ。葵はこの色々と緩いウイングに完全に染め上げられていた。
「仕方ない……ゲーム機は置いていくかぁ~」
葵がそう言ってゲーム機に手を伸ばした、その時だった。
『緊急緊急!!エリアNT-1で魔術の波形パターンを観測ッ!直ちに急行せよ!!』
「ま、魔術!?」
その無線の衝撃的な内容にその場にいた皆が驚愕した。
「カナリア司令……これって?」
「いや、私にもわからん。新たな魔導士かそれとも乙女人形か、はたまた……」
魔術を使える存在は未だ謎に包まれている。体内に魔力生成リアクターを持つ星座の乙女人形、そしてバエルという正体不明の魔導士。前例が少ない故にメロフォージ以上に謎の存在なのだ。
「こういうものは考えても分かるものでもあるまい、神崎、司令、奏、早速現地に行こう」
「ちょ、ちょっと待ってください雫さん!奏ちゃんを連れて行くんですか!?」
雫の提案に葵は反発した。
「あぁ、暴走の可能性もある。だが暴走しないために戦うことも大切だろう。慣れというやつだ」
雫の言っていることは何一つとして間違っていなかった。これには思わず葵も言い返せないどころか、あっさりと納得したのだった。
エリアNT。そこは中部地方に存在する小さな村を中心とする一帯のエリアのことだ。その中でもNT-1は旧式の地域区分での村そのものを指すエリアだった。
「葵さん……?ここなんか不気味じゃないですか?」
「う、うぅ……なんか寒くない??山越えたらこんな寒くなるの?」
葵はそのあまりの寒さに震えていた。息を吐いても白い息が出てくることはない。だが確かに真冬以上に寒く感じていた。
「全く、神崎は軟弱だな……と言いたいところだが、確かに嫌な気配はあるな」
雫は寒さをモノともしていなかったが、それ以上に嫌な気配を感じ取っていた。
「本当にこんな辺境の地に魔導士なんているんですかね……」
4人は当たり一体を見渡す。廃れた廃村のようで活気は全くと言っていいほどありやしない。それどころか人影一つ見えやしなかった。
「ここもかつては美しい街並みだったんだろうな……」
カナリアはポツンとつぶやいた。
「何でそう思ったんですか?」
「見てみろ河岸に祭りの屋台が見えるだろう?この規模の村じゃまず見れない景色だ。それに眺めもいい。是非ともこの街の全盛期に来たかったものだ」
なぜかカナリアは感慨深いように手を合わせた。
「ど、どうしたんですかカナリア司令?なんか気持ち悪いですよ?」
「葵、お前後で覚悟しとけよ……」
カナリアはギッと葵を睨みつけた。その視線に葵は猛禽類に睨みつけられたネズミのように震え上がる。
「司令、あれは……」
雫が指した先を見ると、そこにはヴァーグのような者がいた。
「あれは……ヴァー…グなのか??」
カナリアがそう言ったのも当然、葵達の目の前にはだかっていたヴァーグはあまりにも、小さくて、異質だった。
「なんだか、可愛い気がしないでも……」
葵がそう言った時だった。
「……ッ!?」
いち早く察知したのは雫だった。辺り一帯を濃い霧のようなものが包み込む。その中心はもちろんそのヴァーグだった。
「バルバトスッ!!」
雫は一目散にヴァーグに向かって突っ込んだ。だがその拳がヴァーグに当たることはなかった。体が霧のように透けて拳はヴァーグをすり抜け、地面と衝突する。
「雫さん危ないッ!!」
葵がそう呟いたのも束の間、雫は濃い霧の手のようなものに包み込まれ、そのまま消えてしまった。
「雫さんッ」
三人は周囲を見渡す。だが雫の姿は見えない。まるで元からそこに居なかったかのようにきれいさっぱり消えていた。
「カナリア司令……いったいどうなって──」
だが葵が振り返ると、そこにカナリアは居なかった。
「カナリア司令?」
声をかけても反応はない。
「奏ちゃん、こっちに!!」
葵は急いで奏を抱き留める。まだそこに奏の感触はあった。
「葵さん気を付けてっ!!」
「……え?」
瞬間、大量の霧が葵たちを襲った。痛みはまるでない。そこにあったのは夢へといざなうような安らかな睡魔だけだった。
葵が目を覚ますとそこは幻想的で神秘的な空間だった。異星のような紫色に霧ががかった空。どういう原理でか宙に浮かぶ小さな島や岩。どれも地球とは似ても似つかぬものだった。
「……ここは」
雫の声が辺りに反響する。葵は思わず声の元を見た。
「雫さん!それに奏ちゃんにカナリア司令!!良かったみんな無事だったんですね!」
「あぁ、だがいったいここは何処なんだろうね」
カナリアがそう言った直後のことだった。
「世界とは唐突に終わりを告げる……我らより上位なる創造主よりいとも容易く終焉を告げられるのだ」
一つの声が響き渡る。
「……だ、誰っ!?」
葵達は声のする方に向こうにも、空間全体を震わせるように響き渡ったその声の発生源を特定するのは容易くなかった。
「悲しきかな、人の人生を短きものだと嘲笑していた我々も、結局は短き命だったというわけだ……」
「正体を現せ!!お前は誰だッ」
カナリアは叫ぶ、だがその言葉が届くことはなかった。
「美しき村の祭りも、蛍も、もはや見ることもかなわんとは……」
そういうと、ようやくその女は姿を現した。
「我は時と境界の魔女。今はただの概念へとなり果てた魔女の抜け殻であるがな」
不思議な雰囲気を纏ったその女は、抑揚のない声でそう言った。
「皮肉なものだな、我の求めたものがこの世界にはあふれんばかりにある。だがそれも魔女以下になり果てた今の我には手の届かぬ代物だ…」
魔女、その慣れない響きに四人は困惑していた。この世界で魔術を扱うものは皆魔導士と呼ばれている。故に魔女という語感に慣れていないのだ。
「貴方はいったい何者なんですかッ!魔女って一体……」
「言っておろう、時と境界の魔女とな」
魔女は語りだした。
「我は忘却の彼方へ消えた世界よりやってきた存在……」
「忘却の彼方?…消えた世界……?君は何を言って──」
「理解する必要はない、そういう存在であるというだけのことよ」
魔女はまるでふてくされたかのようにそう言った。さっきから魔女が何を言っているのか理解できない四人は少しずつ苛立ちを覚えてきていた。
「貴様らも魔術は理解しているだろう」
魔女はようやく本題に入る。
「魔術とは元々この世界には存在しえない力」
「魔術が……?」
葵は聞き返した。
「魔術……というよりは魔力というべきか。それは本来我々の世界にあったものだ」
「なるほど、つまりは何らかの形でこの世界に魔力がもたらされたということか」
カナリアは魔女の話を真剣な面持ちで聞いている。ほかの三人も一応耳に入れる程度には話を聞いていた。
「我の持つこの力は上位者にのみ許されたはずの力……だがこの世界には圧倒的な力があったのだ」
「メロフォージ…」
「先史時代より受け継がれてきた力は神力というべきか」
「メロフォージが先史時代からってどういう」
「いずれは分かるだろう」
魔女は葵の質問の回答を濁した。
「バエル…やつのことは今でも忘れん」
「「「バエル!?」」」
その名前に三人は思わず身構える。
「強すぎるその力は我をも脅かした。だが同時に上位存在である魔女すらも脅かすそれに心が躍ったのだ」
抑揚のない魔女の声に喜びを感じることができた。
「その果てがこの無様な姿であると言えばそこまでであるがな……」
「貴方は結局私たちに何を伝えたいんですか……?」
奏がそう聞くと魔女から帰ってきたのは意外な答えだった。
「伝えたいことなどない。我の求めるのは退屈な時間を減らしたいというだけよ」
「バエルを葬ったその力の一端、我に見せてみよ」
魔女は腕を大きく広げた。




