7.勝者は笑うの。《その後の話》あなたと同じように私も愛を見つけました。
「アメリ、愛してる。もう一度私と結婚をしてくれないか。」
移住するときに本名のままだと面倒臭いかもと姓を捨て名前も全く別だと自分が困るからと回文にして変えた名を呼び、男が片膝ついて求婚している。
「あら、まぁ。」
男の身形は騎士だ。
それも金糸銀糸をあしらった王宮勤めの近衛にしか許されない金バッヂまで輝いている。
他にもガチャガチャと勲章が所狭しと胸に窮屈そうだ。
「貴方は私が何者か解っていて?」
「あぁ。申し訳ないが調べた。東国ノクオリオ伯爵家が長女のメリアだな。」
「あら、本名まで。うふふ。」
「そこで笑うのか。」
「だって可笑しいんですもの。そこまで調べ上げたというなら、私に既婚歴があることもご存じなんでしょう?それなのにやんごとなき高貴なお方が私に膝ついていらしゃるのよ。」
「俺のことで笑っているなら気分がいいな。けれど、たとえ君が単なる移民でも平民でも俺は生涯君だけを愛するだろう。」
「まぁ!殊勝なお方だわ。」
ころころ笑うと彼は眉尻を下げた。
「私の愛は本物だ。どうか、信じて欲しい。」
「ふふふ、疑ってはいませんわ。ただ…わたくしでよろしいのですか?」
「メリアが好ましいからこそ求婚している。」
「移民ですよ?」
「もとは東国の伯爵令嬢だろう?」
「でも…」
「婚姻歴があっても白い結婚だったことは俺が知っている。…どうしてかは、君も知っているだろう?」
「…男の責任としての求婚ですか?」
「いやそうじゃない!すまない俺の言葉が悪かったな…」
「ふふっ、いいえ。わたしも意地悪な聞き方でしたね。」
あの陳腐な逃亡劇から六年も経っているのだ。年齢は25歳になった。
それなのに少女のような文句を言うつもりはない。
しかもとうに子供まで居るのだ。
「貴方はきっと実直で誠実な方なのだわ。父親の権利であの子を私から取り上げてしまうのがきっと賢いことも分かっているでしょうに。」
「父の権利の前に夫であることを主張したいが。」
「えぇ、そうね。こんなにも出自のややこしい私に求婚するのですもの、周りを説き伏せて私を迎える準備を整えて下さったのでしょう?」
「無理に娶れば後々苦労するのはメリアなのは明白だ。俺は一切の憂いなく君を迎え平穏な幸せを共にしたい。ただ待たせていたし、そういう意味では辛い思いをさせてしまったが…」
「我が子と一緒でしたから辛くなどありませんでしたわ。日々が幸せで溢れておりました。」
「そうか。…しかし、それはそれで」
「お寂しいですか?うふふ、けれど息子も私も貴方がいらっしゃるだけで彩が華やいで嬉しく楽しくありましたわ。きっとこれからは彩り豊かな日々を過ごせるのでしょ。」
「俺もだ。俺も、憂いを払う為だと言い聞かせながらでなければとても耐えられん日々だった。メリアと子と…ルーゼアの顔を毎日見たいとどれだけ切望したことか。」
「お子は目を離した隙にあっという間に育ちますものね。初めてのハイハイもたっちも私だけの宝物になりましたわ。」
「羨ましいよ。だが反面、それだけ傍に居られなかったのだ。」
「仕方がありませんわ。」
だって。この人は移民して二年目に出会い恋に落ちた恋人ではあるけれど身分には天と地の差がある。
ペルンナ侯爵家の嫡男として生きてきた彼は次期侯爵だ。
それなのに移民女との恋なんてスキャンダルでしかない。けれどそれから身分差の恋をし、愛を深め、彼は最初のプロポーズをしてくれた。
その末で…仮婚姻し妊娠した。
【仮婚姻】はタカカセルムンバ王国の特例法でつまり平民と貴族の身分差のある結婚のことだ。
子が出来たら親権は貴族側にある。平民の親には何の権限もない。
東国の祖国流で表現するなら『愛人』みたいなものだが、この国では愛人よりはそれなりに身分が保証もされる。だって愛人は別れれば終りだが仮とはいえ婚姻を結べば身分は得られなくとも保証がつく。
祖国では婚姻自体が義務であったがタカカセルムンバ王国では婚姻は半義務で後継を成すことに重きを置いるからこその法律の違い。
移民を受け入れ商業を発展させようとしている国ではそうなることが多い。
しかしそこでまたも悩ましい問題になるのがアメリとなったメリアの本当の身分だ。
なんせ授かったのは健康な男児。
このまま移民の平民女では親権を得られないばかりか、付随して子の後ろ盾にもなれないのだ。
一目置かれる商会長になったところで平民は平民。れっきとした縦社会では身分が重要なのだ。
侯爵令息であると恋人スーヴィの身分を知った時は卒倒しそうになった(だってただの衛兵騎士だとおもっていたし…)が、瀬戸際になるまで隠していたのだから自分も言ってしまおうと暴露した。
移民の平民女よりも隣々国の伯爵令嬢であるほうが我が子の今後には良いこと。
どうせ実家の両親はメリアの所在を今はわかっているし魔法通信で近況報告もしている。
あの煩わしいお祖父様はお亡くなりになっていて入り婿の父に代替わりしているから証明することも難しくなかった。
それでもやはりこんなにも本婚姻のプロポーズを受け入れるに時間がかかったのは、国の法律の違いだ。
東国でもある祖国は婚姻を義務と重要視するほどなだけあって離婚も容易ではない。
本人同士が合意していても審問が行われたり女の場合は夫が死亡または行方不明になったとしても婚姻は片人不在でも最低一年は継続される。
理由は、妊娠期間のなんちゃらだ。
元夫が生きている場合の円満離婚でも三年はどうにもならないという男尊女卑な謎のルールがある。
(男はすぐにでも結婚できるのにね。)
だからこそ時期を見誤って安易にノクオリオ伯爵家の娘として復籍することが出来なかった。
とはいえ、我が子の年齢は二歳。
明らかにバーレイズ伯爵家の血を引いていないのは明確であることや、私が失踪後も保管していた大量の不貞の証拠がある上に、書類上の仮婚姻をするにあたって夫になるスーヴィのご実家でもある侯爵家が直々に私の身体検査をされたカルテもある。
初夜検査は貴族には世界共通の女の義務だったし、私はそんな経験も疚しいこともないので堂々と受けた。
誓って名目だけの前夫にはエスコート以外で指一本触れさせた記憶もなければ他もない。
貴族令嬢として生まれ育ち厳しい実母のみならずいずれ義母となるはずだったバーレイズ伯爵家夫人からも優雅な振舞を学んでいたのでいなすことは容易かった。
(私は婚約者であり最初の夫だった男にも素肌見せたことも指一本触れさせたことなどないわ。)
そういう意味ではカーマイン様は誠実な貴族男子だった。
ある種の潔癖さは、よく似たモノ同士だったかもとおもう。
(それに『いつか自分が幸せになる為の下準備。』その為に集めた証拠は、自分には価値のある宝だ。)
前の結婚の一年は心に蓋をした恨みを証拠として採集する日々でもあった。
女主人として振る舞えるようにバーレイズ伯爵夫人からの教えを発揮しつつだった期間でもあったので感謝と良心の呵責と恨み言のつらつらした精神的に一番に忙しい時分だったのだけれど、面白い程に稚策に墜ちる恋馬鹿が可笑しくて憐れむ余裕まであった。
「カーマインが書いたほうが彼女も嬉しいでしょう」とかなんとか言って彼に自宅に招く手紙を書かせたり、受け取った招待状を回収して保管したりしたのは…私だ。
まぁ、そういう行動のすべてが、
あの自分のことしか考えていないくせにいい人ぶりたい二人には、私という存在はとても都合がよかったのよね。
だから都合よく二人の甘い時間を過ごすために利用されてやった。
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復籍したメリア・ノクオリオとして人生二度目のバージンロードを歩く日がやってきた。
もちろん、最初の結婚でも歩いているが二回目の方が喜びに満ちていたに決まっている。
新婦控室には目を真赤に腫らし号泣していたお母様が居た。
第一声は『あんな不埒な男を信じて大切で愛しい宝の貴女を託してしまった愚かな母を許してちょうだい。』だった。まさかの罵りではなく懺悔で驚いた。
父は気弱で優しく家庭的な人間だったけれど、母はお祖父様のような貴族然とした厳しくて冷たい印象の人だったはずなのに。
『私も貴族の端くれよ。かつての婿殿もね。以前は親が素晴らしいからと子も倣うだろうなんて甘い考えを持ってしまっていたわ。』
貴族夫人らしく断片的な周知の事実を組み合わせて私に伝える。
それを理解して私はお母様に抱き着いて涙を受けべながら頷く。という雰囲気であり近寄りがたくしてから、小声で話をする。
といっても内容は妻が失踪して僅か半年で新しい妻を迎え後継誕生の発表までしたあの恋馬鹿が馬鹿だったはなし。
まさかもう離婚どころか不義密通で放逐される結果になってるなんて驚きで目を丸くした。
(あのひとたちは本当に目先の欲に忠実なひとなのねぇ…)
ユーレアのことはよく知らないけれど。
でも、カーマインは優しくて誠実。…なのだけれど、その実は自分の思い通りにしたい我儘な人。
表面的な優しい言葉や細やかな気遣いに誤魔化されそうになるけれど、最終的に自分の思い通りにならないと無言の癇癪を起す気難しい人なのは長年の婚約者生活で気が付いていた。
だから夢中に愛せなかった。
無言の癇癪や不機嫌は『俺の機嫌をとれ』って命令だもの。
愛せるはずもない。
あんな人間に成りたくないから、私は考えてあんな行動をしただとおもう。
―――そして、いまのそんな私になった切欠を与えてくれた人物もまた、婚姻式へと向かう廊下の途中に立っていた。
「メリア様、本日はおめでとうございます。」
「サジェナル婦人、お久しぶりですわ。今日のこのドレスも大変素敵で、デザインを引き受けて下さったことに感謝いたします。」
「いいえ―――私の方こそ、たとえ一時でも仮の義娘として慈しんだ貴女様の晴れの日に関われたことを嬉しく存じますわ。」
質素な装いでも溢れる気品がある振舞をするこの女性は各国を股にかけるデザイナーであり、かつて愛妻を亡くしたバーレイズ伯爵の愛人として近しい距離で関わったことがあるひとだ。
妻亡き後、愛人を引き入れる貴族は珍しくない。
ただ、そこに愛があるのかというと…微妙だ。
貴族の愛人になるのだけなら平民にもチャンスはあるけれど家にまで招かれるとなると、本人にそれなりに力が無ければ認められないからだ。
サジェナル婦人はドレスデザイナーとして名を馳せているお方であり前バーレイズ伯爵夫人とも懇意になさっていたことも有名だ。
だからこそ社交界で一目置かれる彼女を愛人として側に置いた前伯爵は、貴族としての手腕に長けていたともいえる。
貴族夫人、女当主にとっての役割の主は社交での情報収集だ。
ブティックを持つ彼女は最適で、上位貴族夫人たちが事業としてデザイナーを支援しブティックを持つことはそういう背景があってのこと。
当然のように投資額が大きい分、失敗した時のリスクも大きいいからと私には手が出せなかった分野だったわけだけど。
――――――でも、でも彼女が一時でも仮義母だったからこそ苦労話を聞かせ貰えてカーマインに期待することを諦められた。
貴族子息で両親から愛され不自由なく育ったくせに捻くれて不満ばかりの我儘な男に嫁いだサジェナル婦人の人生は波乱万丈で―――――だからこそ愛妻を亡くした男やもめの愛人となり幸せな夫婦の話を聞かせてもらうことを対価に仮女主人になったのだと。
愛人と心中した夫に置き去りにされた彼女の人生経験は私の人格にも大きく影響した。
彼女が死んだ夫の愚行に対して「こうすればよかった。やってやればよかった。」な言葉を参考にしたんだもの。
そんな彼女には破格の謝礼をはずんだにきまってる。
婚姻式のドレス一着でもう一軒ブティックを持つことが出来るくらいには、お支払いもそうだが流通の面でも融通を利かせるつもりだ。
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フラワーシャワーを浴びて神に宣誓した夫婦となった私たちはバージンロードを子連れで歩く。
「初めてじゃないのにバージンロードって変なカンジだわ。」
「俺たちの初めてなんだから変じゃないさ。」
「あ、そうね?」
ずっとモヤモヤしていた引っかかりがストンと落ちて、自分基準での疑問が消えた。
(わたしも、まだまだね。)
自分本位に我儘に生きて身を滅ぼした見本が昔はあったのに、ね。
参列者籍を見渡しても懐かしい顔はない。
(……馬鹿ねぇ。)
復籍したかつての妻を祝う場に出てこないなんて、感情論?
ううん、おそらくは…経済的な理由かしら。
カーマイン様には愛情をもらったことがないけれど事務的には優しかった。それが義務だから。
そういう人なのに祝伝のひとつも寄越さないなんて、らしくない。
でも、私はユーレア嬢にも破滅の種を植えていた。…高級な生活、そのすべてがいずれは貴女のものだと囁いた。
(……ひとって上の水準を覚えると忘れられないってよく言うわ。)
家格の見合わない妻を娶ると家がつぶれるなんてよく言われていること。
家営を任せるに足りない妻を女主人に据えれば舞い上がって散財し家が困窮するなんて、よくあることだもの。
そんな、自分が消えた後に不協和音が響くような種が芽吹くかはどうかは運だ。
もしかしたら、ただ離れがたいほどに愛し合う夫婦だからこそ出席しなかったのかもしれない。でも…そうであったらいいな。
「メリア」
祭壇の前に到着する前に私の頭の中は幸福な未来よりも執着に似た恨み言が最後の最後まで渦巻いていた。けれど…白銀の手袋が重なりエスコートされてパッと煩悩は霧散する。
どうして、過去に捕らわれてなけてればいけないのかしら?
自力で未来を切り開いたのに。
(わたしったら、目が曇っていたのね。)
呪詛の言葉を心の中で繰るよりも、愛の言葉を発したい。
司祭の『汝は神の名の元に愛の繋がりを大切にし、信じ、裏切らないことを誓いますか。』問いかけに、二人揃って頷く。
「「神の許しを受けたこの婚姻に感謝します。」」
と、神に感謝し頭を下げるのがタカカセルムンバ王国流だ。
祖国では繋がりを意味する誓いは握手だったけれど。なんておもう。
愛する人との婚姻式を愛しい子と共に迎えられている。
これ以上の達成感と幸福はもうないわ。
過ぎ去った恨みはどうでもいい、と。
むしろ同じ愛を求めて得たの気持ちが、あなたと同じで今の私には解ります。
(きっとあのタイミングでカーマイン様が恋をしてくれてよかったのだわ。)
だから偶然かもしれなくとも、縁が切れたことはきっと神の思し召しなのかもしてない。神に感謝を。
ありがとうございます。と。深く深く頭を下げた。
「ふふ、メリア愛しているよ。」
「えぇ、私もよ。きっと貴方となら地獄でだって幸せに笑っていられるはずだわ。」
END




