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5.それではさようなら!




馬車に荷物などを運び入れるあいだ、私たちは夫婦で最後のお茶の時間にした。


「では、最終日の本日をもって私は行方不明になりますのであとはよしなに。」


事前の話し合いで決めてあった予定だ。

長めの滞在期間中、メリアは早々に置き手紙を残して失踪したことにしたかったが、それだと探す時間が長いので不自然だと指摘された。

それで最終日まで普通に観光をして楽しみつつ買い物をし帰りしなになってから『探さないでください。』という置き手紙を残すことになった。

というのも、他国に滞在するには期間の申請など様々なルールがあるため寸前になれば一旦は国境まで行って新たに申請し直したりと手続きが時間稼ぎになり結局見つけられなかったという結果を持って帰るのに不自然ではないからだ。


「いままでありがとう、メリア。ユーレアのこともそうだが期間限定でも女主人として尽力してくれたことにも感謝する。」


「いいえこちらこそ。滅多にない経験をさせていただきましたわ。今後しばらくは貴方様の方こそお忙しくはなりますでしょうけれど、ユーレア嬢との未来のためですもの、苦労も分かち合ってこそ良き夫婦になれるものらしいですよ。」


穏やかにそんな話をしていると、馬車の用意が済んだと従者が呼びに来た。


「さてそろそろ行くよ。今までありがとう。君の幸運を祈るよ。」


「こちらこそですわ。それではさようなら。」


普段のドレスではなく平民が着るような質素なワンピース姿であっても最後の挨拶(カーテシー)は忘れない。


貴族の馬車を見送りメリアは辻馬車乗り場に向かって歩き出した。


◆◆◆


ちなみにメリアとて無計画で異国の地に留まるわけでは無い。

彼女は小さいながらに商団を運営しており収入に不安が無いことや商団長の社会的地位もそれなりに確立しているのでいまさら結婚に縋らなくても生きていける算段は付いているのだ。

それに移住先で迷ったタカカセルムンバ王国とルルエント帝国はどちらも商業誘致や移民受け入れに積極的なこともあり先に商団を送り商売を始めさせておけば、経営者であるメリアの移住はすんなりいくと調べは付いている。

…つまり、こんなに手間と時間をかけて結婚して離婚するなんて方法を選んだのは、八割は実家からの完全な独立が目当てで残り二割は

(ふつーに嫌がらせでもあったりするのよね。)


だってズルいじゃない、自分たちだけ『いい人の顔』をしたまま美味しいところだけもっていこうとするなんて。


かといってこのまま結婚を継続する意思は無いのでお二人には恙なく幸せになって欲しいというのも本心だ。

そのためにもこの一年間の結婚期間中にはユーレア嬢を自宅によく招き愛を育むお手伝いもした。

(まぁそのせいでこの一年は彼女が社交に出ることもなかったわけだけど。)


いずれ離婚する間柄とカーマイン様が私の事業のことをよく調べなかったのは幸いだったわね。

貴族としてはとんだ迂闊さだけれども。まぁ、貴族の娘とはいえメイドを見初めて家同士の契約である婚約解消をしようとしたのだから学業の成績は良くとも賢い方ではなかったらしい。


メリアは当初、カーマインから婚約解消を打診された時に試されているのかとおもっていた。

幼くして婚約者を得た貴族の女は嫁ぎ先の親からも我が子のように接せられいずれ継ぐ女主人としての役割を教えられるのだ。

だからこそ比較的女性よりも男性側の方が結婚が目前に迫ると妙な焦燥感を覚えマリッジブルーになるものだと聞いたことがある。

きっと彼もその類で、私の愛を試しているのだろうと。

もしくは貴族にありがちな愛人宣言でもするのかとも。


しかし彼の恋は本気だった。

本気で婚約解消を望み、ユーレア嬢を妻にしたいと切望していた。


…途端に、これまでの学びや献身を捧げた十年余りが馬鹿馬鹿しくなりカーマインの恋を全力で応援しようとおもったのだ。

そして同時に、全力で報復してやろうとも。

だからこそ恋に燃えるふたりに親切にし、善行を施した。


ユーレア嬢と仲が良いと周知させること、

夫婦で親しくしているという印象を周りに植え付けること、

頻繁に屋敷に招きふたりの仲を親密に進ませること、

真面目に女主人として働きバーレイズ伯爵家の家臣たちと信頼関係を築くこと、

夫に誠心誠意尽くすこと。

その他にも様々に気配りを欠かさず完璧なバーレイズ伯爵夫人であるように努めた。


…のは、(メリア)が底抜けのお人好しだから、ではない。

むしろ逆で徹底的にやり返すために【非の打ちどころのない「いいひと」のフリ】をしただけだ。

メリアの行為は彼女がいなくなってしまえば、ユーレア嬢は比較されカーマインも批判されるものばかりだ。


先にも言したが、メリアには小規模ながらも商いがある。

これはもともと婚約の決まっている貴族女性の財産のようなもので、万が一夫に何かあれば微力ながらに一家を支える助力になるよう始めたものだ。

我が家の方針で大きな成功もないが大した失敗もない規模のものであるほうがいいと、ある意味では嫁ぎ先の家営の練習の意味でのことだったので始業の際の出資者に実家の普段は存在感の薄い両親だけではなくバーレイズの両親も名を連ねている。

その出資金の返済を終えてはじめてメリアの単独事業になった。それが約7年前。12歳になったばかりの頃だった。


(アレで商売や事業の愉しさを覚えたのよね。)

僅か二年と少しの期間で完済できた喜びは言い様がなかった。

10歳の誕生日プレゼントが各両親からの事業出資だった。夢中になったわ。

完済後は自由を噛みしめたものだ。


永遠に続くことではない期間限定だからあんなにも分厚い猫の皮も被ることが出来たし、フワフワの綿に包まれた一見微笑ましい優しい悪意の種をあちこちに散りばめただけのこと。


「うふ、うふふふ。いまは結婚という柵からも解放させてもらえてカーマイン様には感謝を申し上げますわ。」


全力で彼らの恋を応援し助力を尽くした達成感に頬が弛む。

細めに蒔いた報復の種が芽吹こうが腐ろうがどうでもいいとおもえるほどに、この解放感は甘い幸福だ。


入国管理の門へ向かう馬車とは反対方向のタカカセルムンバ王都行きの辻馬車の中でメリアはご機嫌に揺られる。






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