第5話:異常契約者、ひと振りで刻む
森の中心部は、静かだった。
不自然なほどに。
空気が重い。
風がない。
音もない。
(ここだけ“空間ごと封じられてる”みたい……)
魔力濃度が異常だった。
ただ濃いだけじゃない。
まるで、周囲の魔力を吸い取り、固定化しているような気配。
──そして、それはいた。
黒と赤の鱗に覆われ、
体長5メートルを超える獣──いや、もうそれは“災厄”と呼ぶべき何か。
その背には、木の根が絡みついていた。
まるで森そのものが、この魔獣と共生しているかのように。
(……これが、“本命”)
一歩踏み出した瞬間、
魔獣の目が開いた。
赤い。爛々と輝く双眸。
それだけで、足元の地面が波打った。
「っ……!」
言葉はいらない。
こちらを“敵”と認識した。
魔獣が咆哮をあげ、
大気が震えた。
それは、まるで自然災害のような音圧。
木々が倒れ、草が根ごと浮かび上がる。
(……あーもう、面倒だなあ)
精霊王が囁く。
『どうする? 風の刃で千切るか?』
神が提案する。
『ここは神罰光線で一撃粉砕では?』
悪魔が笑う。
『ねぇねぇ、肉体崩壊→精神だけ生かして恐怖で仕留める?』
(お前ら全員、“ちょっと黙れ”)
私は、深く息を吸った。
そして、手をかざす。
「お願い。少しだけ……私に、力を貸して」
静かに、でも確かに。
それだけで、世界が反応した。
風が集まり、光が収束し、闇がざわめく。
空間に、複数の魔法陣が同時に出現する。
重ね合わせ。融合。共鳴。
それは、契約者にしか扱えない──“複合魔式”。
(いける。今の私なら──)
「撃て」
瞬間、森が白く染まった。
風の刃が、
光の槍が、
闇の鎖が。
同時に。
魔獣の身体を、貫いた。
一撃。沈黙。
音もなく、崩れ落ちる巨体。
時間が止まったかのような、数秒の静寂。
(……終わった)
静かに息を吐いた。
でも──その直後。
「は……ははっ……まじかよ……」
背後から聞こえたのは、呆然とした声だった。
振り返ると、さっきの冒険者パーティーがいた。
「お前……マジでソロで……」
「ちょ、待って。今の……複合魔法だよな!? 三重構造!?」
「契約、いくつしてんだよ……!」
思わず笑ってしまう。
いや、そりゃ驚くよね。
自分でも思う。
──“こんなの、もう人間じゃない”。
「……元人間、くらいで」
そう言って、森をあとにする。
(これでいい。少しずつ、“力”を見せていく)
(今はまだ、カードをすべては出さない)
ギルドに戻れば、評価は上がるだろう。
彼の耳にも、名前が届くかもしれない。
それが、第一歩。
“帳尻合わせ”の、始まりにすぎない。
気に入っていただけたら、ぜひ評価・ブクマしてもらえると続き書く元気が出ます!!