82話
ポートベストルでの滞在も後半になり、皆はすっかり港街の食事に慣れてきた。特に新鮮な魚介類は皆のお気に入りだ。この日の夕食も海の幸を中心に、地元の特産品を使った美味しい料理がテーブルに並んだ。
食事中に、ユートは明日からの予定について皆に説明した。
「さて、明日ですが、午前中に皆で改めて街を見て回ります。お土産を買ったり、ポートベストルでの最後の一日を楽しみましょう。そして、明後日の朝、アルテナへ向けて出発します」
ユートはテーブルを見回しながら続けた。
「帰りの道中、食料や水の補充も必要になります。バルカスさん、セーラ。大変申し訳ないのですが、明日の午前中、皆さんで街を回っている間に、お二人には食料や水、その他消耗品の補充をお願いできますか?」
バルカスは「承知いたしました。任せてください」と頼もしく頷いた。セーラも「はい、ユート様。皆様の旅が快適なように、しっかりと手配いたします」と答える。
リリアは、明日の街歩きでお土産を買うことができると聞いて、ぱっと顔を輝かせた。
「お土産! 誰に買おうかな? 父上と、エレナ先生と、ライオスさん、あと輸送班の皆さんにも何か買いたいです!」
「ええ、リリアさんの好きに選んでください。リナさんと一緒に、ポートベストルならではの、素敵なものを見つけてください」
ユートは優しく答えた。リナも嬉しそうに頷いている。
エルザとレナータは黙って頷いている。ユージーンも、バルカスやセーラの補給任務について特に異論はないようだ。
「明日午前中の予定は、皆で街を見て回りながらお土産選び。そして、バルカスさんとセーラは物資の補充。午後は自由時間ですが、特に希望があれば言ってください。夕食はまた皆で一緒に。明後日にはアルテナへ出発です。何か他に確認したいことはありますか?」
皆はそれぞれの明日の予定を頭の中で整理し、頷いた。明日の午前中にそれぞれ役割を分担することになったが、旅の最終日を楽しむという目的は皆共通だ。
翌朝。宿を出る前、ユートは物資の補充に向かおうとしていたバルカスとセーラの傍らにそっと近づいた。
「バルカスさん、セーラ」
ユートは二人にだけ聞こえるように小声で話しかけた。
「ユート部長、何か?」
バルカスが問う。
「夕食の件なのですが…何か美味しいものを…例えば、船で釣りに行った時に釣れた魚のようなものを…」
ユートは言いかけ、少し言葉を濁したが、その意図は十分に伝わっただろう。バルカスとセーラは、ユートが単に食料を補充するだけでなく、明日の出発前に、特別で、思い出に残るような夕食を考えているのだと察した。
「なるほど。かしこまりました、ユート様。ポートベストルならではの、皆で楽しめる食材を探してまいります」
セーラが柔らかな声で答えた。バルカスも「心得ました。腕利きの漁師にでも当たってみますね」と小さく頷いた。
ユートは二人に感謝し、リリアたち、そしてエルザ、レナータ、ユージーンと共に街へ繰り出した。
最終日とあって、リリアとリナはお土産選びに余念がない。貝殻のアクセサリーや、海をモチーフにした小物を売っている店を何軒も覗いて回った。エルザとレナータは護衛として周囲に注意を払いながらも、時折リリアたちがお土産を選んでいる様子を微笑ましく見守っている。ユージーンは黙ってその後ろをついていく。
街を歩いていると、リリアは時折、通りかかった住人や店の店主から「お嬢さん、可愛い貝殻の髪飾りだね」「昨日の夕日、綺麗だったろ?」などと声をかけられた。リリアはその度ににかっと笑顔を向けて挨拶を返しており、自然と街の人々に溶け込んでいるようだった。ユージーンも、リリアが挨拶を交わしている間、静かに頭を下げて会釈をしていた。獣人の彼が、ポートベストルの街の人々とスムーズに交流していることに、ユートは感心した。
しばらく街を歩き、買い物を楽しんでいるうちに、ふとユートはリリアに尋ねてみた。
「リリアさん、そういえば昨日、船での遊覧が終わった後、一人で街に行かれましたか?」
ユートの言葉に、リリアは一瞬ギクッとした顔になり、慌てて隣のユージーンを見た。ユージーンはユートの言葉に、バツが悪そうに俯いてしまう。
「え、ええと…あの…」リリアが口ごもった。
ユートは二人の様子から、何か隠していることがあるとすぐに察した。そして、その『何か』にユージーンが関わっていて、彼はリリアに口止めされているのだろう、ということも。
ユートは静かにユージーンに目線を向けた。ユージーンは叱られるとでも思ったのか、さらに肩を縮こませる。
「ユートさん、ユージーンさんは悪くないんです!」
リリアが慌ててユージーンを庇った。
「あの…私が行きたくて、それで…ユージーンさんが一緒に来てくれただけなんです!」
ユートはリリアの言葉を聞き、小さく息を吐いた。責めるつもりは全くない。むしろ、自分に何も言わずに行動したことより、誰かを庇おうとするリリアと、それに付き合ったユージーンの行動の方が気になったのだ。
「リリアさん。私は、別に怒っているわけじゃないんです」
ユートは落ち着いた声で言った。
「ただ、危険なこともあるから、一人で行動する時はちゃんと誰かに伝えてほしいだけです。特にリリアさんは大切な方ですから。そして、何か問題があった時、それを抱え込まずに、私たち調査部に、せめて僕には報告してほしい」
ユートは皆に聞こえるように続けた。
「今回のように、皆が心配するようなことをされたのは残念です。ですが…」
ユートはリリアとユージーンに改めて視線を向け、そして彼らを褒めた。
「ですが、その行動が、もしかしたら何か思い出になったかもしれない…そう思っています。詳しいことは分かりませんが、リリアさんとユージーン、二人で乗り越えたことがあるのなら、それは素晴らしいことだと思います」
ユートはユージーンに、そしてリリアに近づき、ポン、と彼らの胸に自分の拳を軽く当てた。それは、信頼や励ましを示す時に行うように。
「お互いを信じて、二人で力を合わせたんですね。立派でした。私も気づきませんでした」
ユートの言葉に、リリアとユージーンは顔を上げた。彼らを責めるのではなく、行動そのものを褒め、心配していることを伝えてくれたユートの真摯な言葉に、安堵したようだった。ユージーンの強張っていた表情が少し緩む。リリアもホッとした顔で、しかし申し訳なさそうにユートを見上げた。
「はい…ユートさん…もう、一人で勝手なことはしません。もし何かあれば、ちゃんと皆に、ユートさんに相談します…」
リリアは反省した様子で答えた。ユージーンも、こくりと深く頷いた。
ユートは彼らの返事を聞いて満足した。これで一安心だ。あの時、街で何かトラブルに巻き込まれたのだろうが、詳細は彼ら自身が話したい時に聞こう。今は追求しない。
「よし! それなら良しとしましょう!」
ユートはぱっと表情を切り替え、明るい声を出した。
「まだ午前中は時間があります! 最後までポートベストルでの街歩きを満喫しましょう! 皆さん、行きますよ!」
ユートのその張り切った声に、他のメンバーも引きずられるように顔が明るくなった。リリアとリナは再び嬉しそうにユートについていく。エルザやレナータもいつもの厳格な護衛の表情に戻る。ユージーンも、ユートに許してもらえたことにホッとした様子で、その後ろを黙ってついて行った。
最終日の街歩きは、リリアとリナのお土産探しを中心に、賑やかに進んでいった。バルカスとセーラは街の別の方角で物資の補充に勤しんでいるだろう。特別調査部の面々は、それぞれの形で、ポートベストルでの最後の時間を目一杯楽しんでいた。




