70話
アルテナに帰還後ユートたちは、まず簡単な報告を行った後、特別調査部の執務室へと向かった。
まだ引っ越したばかりで、完全に片付いているわけではないが、自分たちの拠点に戻ってきたという安心感があった。
数日間の休養と、ミストヴェイルでの任務の報告書作成を終えたユートは、ダリウス会長への正式な報告のため、会長室を訪れた。セーラとバルカス、カインが同行した。
会長室では、ダリウス会長が穏やかな笑顔でユートたちを迎えてくれた。
「ユート殿、セーラ殿、バルカス殿、カイン殿。今回の任務、本当にご苦労だった。そして、ロベルト重役を無事に送り届けてくれて、ありがとう」
ダリウス会長は、ユートたち一人一人に労いの言葉をかけた。
「会長、ご心配をおかけしました。ロベルト重役も無事回復され、ネトルシップ商会様との話し合いも順調に進んでいると伺っております」
ユートが報告を始めた。ミストヴェイルでの失踪事件の概要、サキュバスの存在、衛兵隊との連携、そしてロベルト重役の救出と帰還までの経緯を詳細に報告した。セーラやバルカス、カインも、それぞれの視点から補足説明を行った。
ダリウス会長は、ユートたちの報告を真剣な表情で聞いていた。特に、サキュバスの存在や、男性ばかりが狙われたという点に、驚きと懸念を示した。
「サキュバス…まさか、ミストヴェイルの街の近くに巣があったとは。衛兵隊との連携、そして迅速な討伐、見事だった。街の安全を守る上でも、君たちの功績は大きい」
ダリウス会長はユートたちの活躍を高く評価した。そして、セーラがユートを救うために取った行動についても、バルカスからの報告で知っていたのだろう。セーラに温かい視線を向けた。
「セーラ殿も、大変な思いをしたと聞いている。よく頑張ってくれた」
セーラは顔を赤くして、小さく頭を下げた。
「ロベルト重役との話し合いは、おかげさまで順調に進んでいる。今回の件で、ネトルシップ商会様も、我々ハーネット商会に対する信頼をさらに深めてくださったようだ。これも、君たちが任務を無事に果たしてくれたおかげだ」
ダリウス会長は満足そうに頷いた。
報告を終え、ユートたちが会長室を出ようとした時だった。扉の外で、誰かがダリウス会長に面会を求めている声が聞こえた。
「会長、リリア様がお見えです」
執事の声に、ユートは思わず足を止めた。リリア。サハギンに襲われていたところを、ユートが初めて異世界で助けた商隊の娘だ。
ダリウス会長は、ユートたちに気づき、少し微笑んだ。
「リリアか。ちょうど良い。ユート殿、少し待っていてくれないか。リリアも、君たちに会いたがっていたかもしれない」
ユートは頷き、セーラたちと共に会長室の傍らで待つことにした。
やがて、扉が開かれ、リリアが部屋に入ってきた。彼女は以前よりも少し大人びた雰囲気になっていたが、変わらない明るい笑顔を浮かべていた。
「ダリウス会長、お忙しいところ申し訳ありません…」
リリアがダリウス会長に挨拶しようとしたその時、彼女の視線がユートたちに止まった。
「あ! ユートさん! セーラさん! バルカスさん、カインさんまで!」
リリアは嬉しそうに駆け寄ってきた。
「リリアさん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
ユートが笑顔で応じた。
「はい! ユートさんたちも! 特別調査部って、すごい部署ができたって聞きました! ユートさんが部長なんですよね!?」
リリアは目を輝かせながらユートに尋ねた。
「ああ、まあ、部長になったよ」
ユートは少し照れながら答えた。
「すごい! やっぱりユートさんはすごいです! あの時、助けていただいてから、ずっと感謝しています!」
リリアは深々と頭を下げた。
「いや、あれは俺一人でどうにかなったわけじゃない。皆のおかげだよ」
ユートは謙遜したが、リリアはユートの言葉に感動した様子だった。
ダリウス会長が二人の様子を見て微笑んだ。
「リリア、ユート殿たちとは旧知の仲だったな。ちょうど報告が終わったところだ。少し話していくといい」
「ありがとうございます、会長!」
リリアは嬉しそうにユートたちと話し始めた。最近の商会の様子や、旅の話などを聞かせてくれた。ユートも、リリアの明るい話を聞いて、心が和んだ。
リリアは、ダリウス会長に相談があると言っていたが、ユートたちの前ではその内容には触れなかった。ユートも、リリアが個人的な相談に来たのだろうと思い、特に気に留めなかった。
リリアとの短い再会を終え、ユートたちは会長室を後にした。
アルテナに帰還してからの数日間は、比較的穏やかな日常が流れた。特別調査部の執務室は、エマとカインを中心に片付けが進み、少しずつ使いやすくなってきた。
ユートは、セーラと共に執務室で報告書の最終確認をしたり、今後の特別調査部の活動方針について考えたりして過ごした。セーラは、ユートの傍らで、珈琲を淹れたり、資料を整理したりと、細やかな気配りを見せた。二人の間には、以前よりもさらに深い信頼と愛情が芽生えていた。
他のメンバーも、それぞれの時間を過ごしていた。バルカスとドランは、護衛部時代の仲間たちと再会し、訓練に励んだ。エルザと三つ子は、街の訓練場で腕を磨き、レナータは弓術の練習に打ち込んだ。ミアは輸送部の手伝いをしながら、馬の世話をしていた。ユージーンは、ハーネット商会の図書館で、この世界の歴史や地理、魔物について熱心に調べていた。エマとカインは、執務室の片付けや、商会の事務作業を手伝った。
夜には、皆で集まって食事をしたり、酒を飲んだりすることもあった。フリューゲル遠征やミストヴェイルでの任務を振り返り、笑い合ったり、真剣に語り合ったりした。
「いやー、まさかサキュバス相手に、あんなことになるとは思いませんでしたよ!」
リックが笑いながら言う。
「リック、お前は何もしてないだろう」
エルザがリックの頭を叩く。
「でも、ユート部長が無事で、本当に良かったです」
ロイがしみじみと言う。
「セーラさんには、本当に感謝しています」
ユージーンが真剣な表情でセーラに礼を言う。
セーラは少し照れながら、皆に微笑んだ。
ユートは、そんな仲間たちの様子を見て、温かい気持ちになった。特別調査部は、単なる部署ではなく、一つの家族のような存在になりつつあった。
ある日の午後、ユートはセーラと共に、街を散策していた。穏やかな日差しが降り注ぎ、街の人々が活気に満ちていた。
「平和ですね…」
セーラが呟いた。
「ああ。この平和が、ずっと続いてほしいな」
ユートはセーラの手を握った。ミストヴェイルでの出来事を思い出す。男性ばかりが消えるという異常な事件。サキュバスの脅威。そして、セーラが自分を救うために見せた、あの強さと優しさ。
(セーラ…)
ユートはセーラを抱き寄せた。街の喧騒の中で、二人の世界だけが静かに流れる。
「ユートさん…?」
セーラが不思議そうにユートを見上げる。
「いや…セーラがいてくれて、本当に良かったと思って」
ユートはセーラの髪を撫でた。セーラはユートの胸に顔を埋め、幸せそうに微笑んだ。




