6話
夕暮れが迫り、アルテナの街壁が間近に迫ってきた。高くそびえる石壁には、頑丈そうな門が設けられ、数人の衛兵が槍を持って警備にあたっている。
「止まれ! 何者だ!」
衛兵の一人が、馬車を制止した。
ライオスが前に進み出て、衛兵に手早く事情を説明する。
「ハーネット商会の者だ。隣町からの帰りに魔物に襲われ、怪我人が出ている。お嬢様もお乗りになっている」
彼は懐から身分を示すらしき金属の札を取り出して見せた。
衛兵は札を確認し、馬車の中を覗き込むと、負傷者たちの姿を見て顔色を変えた。
「ハーネット商会の……! 魔物にやられたのか? すぐに通れ! 早く神殿へ!」
衛兵は他の兵士に指示を出し、一行は特に問題なく門を通過することができた。
有力な商家であるハーネット商会の名前は、衛兵たちにもよく知られているようだ。
街の中は、日暮れ前とは思えないほど活気に満ちていた。石畳の道を多くの人々が行き交い、様々な店が軒を連ねている。
悠斗は物珍しそうに周囲を見回した。
「ユート殿、すまないが、まずは負傷者を神殿へ連れて行く。リリア様と俺は、旦那様に事情を説明するために先に屋敷へ戻る」
ライオスが悠斗に告げた。
「ガルドは回復薬をもらってから、ユート殿と一緒に屋敷へ来てくれ。道はガルドが知っている」
「分かりました」
悠斗は頷いた。
ライオスはリリアを伴い、足早に人混みの中へ消えていった。
悠斗とガルドは、荷馬車に乗せたバルカスとドランを連れて、神殿へと向かう。
神殿は街の中心近くにある、一際荘厳な建物だった。
神殿の中は静かで、清潔な香りが漂っていた。神官らしきローブを着た人物に事情を説明すると、すぐに負傷者たちは奥の治療室へと運ばれていった。
「彼らの治療は、薄めた回復薬を使って時間をかけて行うことになるでしょう。骨折もあるようですし、数日は安静が必要です」
神官は淡々と告げた。
やはり、回復魔法や高濃度の回復薬は、そう簡単には使えないらしい。
治療費の支払いは後日ハーネット商会が行うということで話がつくと、ガルドは自分の肩の治療用に、小さな瓶に入った回復薬を受け取った。
それを一口飲むと、彼の顔から苦痛の色が少し和らいだように見えた。
「さて、ユート殿、我々も屋敷へ戻りましょう」
ガルドに促され、悠斗は神殿を後にした。
荷馬車は神殿の者に預け、二人は徒歩でハーネット商会の屋敷を目指す。
道すがら、ガルドは悠斗に街のことを色々と教えてくれた。
「このアルテナは、周りが豊かな穀倉地帯でしてね。それが主な特産ですが、街道の交差点にあるもんで、近隣の街や村から色々な品物が集まってくるんですよ。だから、ハーネット商会のような大きな商家も成り立つんです」
彼は街の区画についても説明してくれた。今いるのは活気のある商業区、役所などがあるのが行政区、そして人々が暮らす居住区。ハーネット商会の屋敷は、商業区の一角にあるという。
「それにしても、我々の帰りが遅かったので、旦那様も心配されていたでしょうな。さっきライオスさんとお嬢様が戻られたから、ひとまず安心されたでしょうが……」
ガルドがそう言った通り、ハーネット商会の屋敷が見えてくると、その周辺が何やら騒がしいことに気づいた。屋敷の前には、武装した男たちが数人集まっており、何事か話し込んでいる様子だった。
「おや、これは……。やはり、捜索隊を出そうとしていたようですな」
ガルドが呟いた。
悠斗とガルドが近づくと、集まっていた男たちの中からライオスが出てきて、彼らに気づいた。
「おお、ガルド、ユート殿、無事だったか!」
ライオスは他の男たちに何か指示を出すと、彼らは解散していく。どうやら、ライオスとリリアの帰還によって、捜索隊は解散になったようだ。
それでも、屋敷の周辺にはまだ人だかりができており、ざわざわとした雰囲気が残っていた。
「ユート殿、旦那様がお待ちだ。一緒に来てくれ」
ライオスは悠斗を手招きし、屋敷の中へと案内した。悠斗は少し緊張しながら、大きな木の扉をくぐり、ハーネット商会の当主との対面に臨むのだった。




