53話
ユージーンに協力を断られてからも、ユートは諦めなかった。
毎日とはいかないまでも、数日に一度はセーラやレナータを伴って彼の小屋を訪ね、食料や日用品を差し入れ、他愛のない会話を交わす。
ユージーンは相変わらずぶっきらぼうだったが、追い返すことはせず、少しずつではあるが、警戒心が和らいでいくのを感じていた。
ユートは焦らず、彼との信頼関係を築くことを目指した。他のメンバーも、それぞれの情報収集や訓練を続けながら、ユートの方針を見守っていた。
そんな日々が続いていたある日、宿に冒険者組合の職員が訪ねてきた。
「ハーネット商会のユート様はいらっしゃいますか? 先日ご依頼いただいた『山鳴り石』の件ですが、依頼が完了したとの報告がありました」
「本当ですか!?」
ユートは驚きと喜びで声を上げた。早速、カインとエルザを伴い、冒険者組合へ向かった。
組合の個室で待っていたのは、先日依頼を引き受けてくれたパーティー『銀狼』のリーダーである屈強な戦士だった。彼の足元には、思ったよりも多い、かご2つ分ほどの『山鳴り石』が置かれていた。石同士がかすかに触れ合い、風もないのに、りぃん、と涼やかな音を立てている。
「よう、依頼主殿。約束通り、ブツは確保してきたぜ」
戦士は、疲れた顔ながらも満足げに言った。
「天候は相変わらず荒れていたが、そのせいか最近、採集に来る奴がいなかったみたいでな。思いの外、たくさん持って帰ってこれた」
「ありがとうございます! 無事に戻られて何よりです!」
ユートは安堵し、心からの感謝を伝えた。
そして、約束通り、基本報酬に加えて追加分の成功報酬を支払い、冒険者たちの労をねぎらった。
「いやいや、こっちも良い稼ぎになった。また何かあれば、いつでも『銀狼』に依頼してくれや」
戦士は豪快に笑い、仲間たちと共に去っていった。ユートたちは、挨拶をし、『山鳴り石』を慎重に運び、組合を退出した。
宿に戻ると、ロビーが少し騒がしかった。見ると、ユージーンが慌てた様子で宿の主人に何かを尋ねている。
ユートたちの姿を見つけると、彼は血相を変えて駆け寄ってきた。
「ユート殿!」
「ユージーンさん? どうしたんですか、そんなに慌てて……」
「大変なんだ! ミュレインが……!」
ユージーンは息を切らしながら、途切れ途切れに事情を話した。ミュレインとは、先日ユージーンを紹介してくれた、あの狐耳の子供の母親の名前だ。
「俺が……俺があんたたちと一緒にいるところを見られたせいだ……! 俺を一族の関係者だと知っている連中に……! 彼女が……怪我をさせられたんだ!」
どうやら、ユージーンを快く思わない連中が、彼への見せしめか、あるいは口封じのために、ミュレインに暴力を振るったらしい。
「俺では……街でまともに回復薬も買えない。薬草なんて、どれが良いものか見分けもつかんし、そもそも持っていない……! 恥を忍んで頼む! どうか、ミュレインを助けてくれ!」
ユージーンは、プライドを捨て、深く頭を下げた。
ユートに迷いはなかった。「分かりました。すぐに助けに行きましょう!」
状況は一刻を争う。ユートは、ユージーンとは別々に、ミュレインの家へ向かうことにした。
これ以上、彼らが一緒にいるところを見られては危険だ。ユートは、護衛の中でも特に状況判断能力の高いバルカス、そして護衛チームのリーダーであるエルザと共に、急いでミュレインの家へと向かった。
他のメンバーには、宿で待機し、万が一に備えるよう指示した。
ミュレインの家に着くと、戸口で小さな子供が泣きじゃくっていた。中へ入ると、ミュレインが布団の上にぐったりと横たわっていた。
顔は殴られたのか酷く腫れ上がり、唇が切れている。呼びかけても反応は薄く、意識が朦朧としているようだ。
「ミュレイン! しっかりしろ!」
ユートたちより少し早く着いていたユージーンが必死に呼びかける。
ユートはすぐにミュレインの状態を確認した。
外傷は打撲が主だが、意識レベルが低いのが気になる。頭を強く打ったのかもしれない。
「ユージーンさん、薬草はありますか?」
「いや……薬草の知識も、持ち合わせもない……」
ユージーンは悔しそうに答えた。
薬草でどうにかなるレベルではない。回復薬もない。このままでは危険だ。
ユートは覚悟を決めた。
「……バルカスさん、エルザさん。周囲の見張りを厳重にお願いします。誰も近づけないように」
「ユート様、まさか……!」
バルカスがユートの意図を察し、止めようとするが、ユートは首を横に振った。
「今は人命が最優先です。細心の注意を払います。だから、監視を頼みます」
バルカスは、ユートの固い決意を悟り、黙って頷くと、小屋の外へ出て周囲の警戒にあたった。
ユートは、ミュレインのそばに膝をつき、そっと手をかざした。そして、意識を集中させ、回復魔法を発動させた。
温かい緑色の光が、ユートの手から溢れ出し、ミュレインの体を優しく包み込む。
「なっ……!?」
そばで見ていたユージーンは、その光景に息をのんだ。彼は、ユートが魔法を使えることは知らない。
それが癒やしの力であること、そしてこれほど強力なものであることは考えすらしなかったのだ。
驚きと戸惑いの表情で、ユートの手元を凝視している。
エルザも同様に、魔法が使えることは知っていたが、まさか回復魔法も使えるとは思わず、息を呑んでいる。
ユートは、全力で回復魔法を行使した。
鑑定眼で内部の状態を探りながら、打撲によるダメージ、そして殴られたであろう箇所に、集中的にマナを送り込む。緑色の光は次第に強さを増し、ミュレインの顔から苦痛の色が和らぎ、呼吸が穏やかになっていく。
しばらくして、ユートが手を離すと、ミュレインはゆっくりと目を開けた。
まだ少しぼんやりとはしているが、意識ははっきりしているようだ。
「……あら……私……?」
「ミュレイン! よかった……!」
ユージーンが安堵の声を上げる。子供も、母親が目を覚ましたことに気づき、泣きながら母親に抱きついた。
「ユート殿……本当に、なんと言ったらいいか……このご恩は……」
ユージーンは、震える声で感謝の言葉を述べようとした。
「当たり前のことをしたまでです」ユートは静かに答えた。「俺にとって、困っている人を助けないという選択肢はありませんから」
その言葉は、ユートの信念から来るものだった。
ユージーンは、ユートの真っ直ぐな目を見て、深く、深く頭を下げた。
彼の心の中で、何かが変わり始めているのを、ユートは感じ取っていた。




