5話
サハギンの死体を街道脇の茂みに隠し、一行はゆっくりと街への帰路についた。
御者のガルドは痛む肩をかばいながらも手綱を握り、馬は先ほどの興奮が嘘のように落ち着いて歩を進めている。
ライオスは馬車の右隣で油断なく周囲を警戒し、悠斗は左隣を歩きながら、この世界の情報を少しでも得ようとライオスに話しかけた。
「ライオスさん、ガルドさん、あの、目指している街についてもう少し教えていただけますか?」
ライオスは、厳つい顔を悠斗に向けた。
警戒心はまだ完全には解けていないようだが、敵意はない。
「ああ。俺たちが向かっているのは『アルテナ』という街だ。この辺りじゃあ、それなりに大きな街だよ。人も物も多く集まる」
隣で手綱を握るガルドも、痛みに顔をしかめながら口を開いた。
「ハーネット商会は、そのアルテナでも指折りの商家でしてね。旦那様はやり手で、生活雑貨から武具、ちょっとした貴金属まで、手広く扱っておられますよ。我々も、もう長年、旦那様にお仕えしているんです」
「へえ、大きな商会なんですね」
悠斗は感心したように相槌を打った。そして、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「あの、さっきライオスさんが回復魔法とか回復薬とかおっしゃっていましたが……今回はお持ちではなかったんですか?」
ライオスは、苦々しい表情で首を横に振った。
「回復魔法の使い手は、そう簡単に見つかるもんじゃない。大抵は神殿に仕える神官様か、よほど高位の冒険者くらいだ。街の治療院にもいるが、今回の隣町への日帰り程度の旅に、わざわざ高額な依頼料を払って雇うのは現実的じゃない」
彼は溜息をついた。
「回復薬も、安くはないからな。まさかこんな街道で襲われるとは思わず、今回は持ってきていなかった。完全に俺の落ち度だ」
悠斗は納得した。回復手段が貴重だからこそ、自分の応急処置が役に立ったのだろう。
「なるほど……貴重なものなんですね」
「それで、ユート殿」
ライオスは、探るような目で悠斗を見た。
「君のあの手当ては……回復魔法とは違うものなんだろう? 傷口を清めたり、枝で固定したり……俺たちの知っている治癒とは、だいぶ違うように見えたが」
「ええ、違います。魔法ではありません」
悠斗はきっぱりと答えた。下手に魔法使いだと思われるのは避けたい。
「俺の故郷で一般的な、怪我の手当ての方法です。魔法のような即効性はありませんが、やらないよりは……」
「いや、本当に助かった」
ライオスは悠斗の言葉を遮るように言った。
「それで……ユート殿は、魔法に興味があるのか?」
「え? ああ、はい。もし使えるようになるなら……便利だろうな、とは思いますが」
悠斗は正直な気持ちを口にした。この世界で生きていく上で、魔法は大きな力になるだろう。
ライオスは顎の髭を撫でながら、少し考えるそぶりを見せた。
「そうか……実はな、ハーネット商会には、魔法を扱える者が一人いるんだ。専門家というわけではないが、簡単な魔法なら使えるはずだ。街に着いたら、旦那様に話して、その者に会わせてもらえるように頼んでみよう」
「本当ですか!? それはありがたいです!」
思わぬ申し出に、悠斗の声が弾んだ。
そんな会話をしていると、馬車の後ろからリリアが顔を出した。
「あの、ユート様。私にも何かできることはありませんか? 皆さん、とても苦しそうで……」
彼女は心配そうに負傷者たちがいる幌の中を見つめた。
悠斗は少し考えて、提案した。
「ありがとうございます、リリア様。では、このタオルを水で濡らして固く絞って、負傷された方々の額に乗せてあげていただけますか? 時々、冷たくなるように交換してあげると、少しは楽になるかもしれません」
背嚢から未使用の布を取り出して渡す。
「はい、分かりました!」
リリアはきびきびと頷くと、水筒と布を持って馬車の後ろへ回り、慣れない手つきながらも一生懸命に布を絞り始めた。その健気な姿に、悠斗は少し心が和んだ。
その後、幸いにも新たな襲撃はなく、一行は黙々と街道を進んだ。負傷者たちの呻き声と、馬車の軋む音、そして時折交わされる短い会話だけが響く。太陽が西に傾き、空がオレンジ色に染まり始める頃、前方に石造りの壁と、いくつかの塔が見えてきた。
「おお、見えてきたぞ! アルテナの街だ!」
ライオスが安堵の声を上げた。
長い道のりだった。悠斗は遠くに見える街並みを眺めながら、これから始まるであろう異世界での生活に、期待と不安が入り混じった複雑な思いを抱くのだった。