45話
気合い入れて書きました。雰囲気だけでも伝わってほしいです。
新人たちへの処分も一段落し、セーラの心も少しずつ癒えてきた頃、商業部のカインが、ユートの元へ酒類販売に関する具体的な案をいくつか持ってきた。
彼の真面目な性格が表れた、詳細な資料付きだ。
「ユート様、先日お話しした酒類の販売についてですが、いくつかプランを考えてみました」
カインが提示した案は以下の通りだった。
酒場への卸売り
街の複数の酒場と交渉し、まとめて卸売りする。最も手堅く、リスクは低いが、利益率もそれなりになる。
鉱夫向け直販
鉱山の休憩時間に合わせて、鉱山近くで直接販売する。単価は高く設定できる可能性があるが、場所の確保や鉱夫たちの反応が未知数。
期間限定の特設販売所
支店の一部を借りるか、街の広場に場所を借りて、数日間限定で販売所を開設する。宣伝次第では大きな利益も狙えるが、準備の手間と経費がかかる。
高級酒の予約販売
持ってきた酒の中から、特に質の良いワインなどを選び、富裕層や有力者向けに予約販売を行う。単価は最も高いが、販売数が限られ、相手を見つける必要がある。
「……なるほど。カインさん、よく調べてくれましたね」
ユートは資料に目を通し、感心した。
「ありがとうございます。それで、どのプランがよろしいでしょうか?」
ユートは少し考えた。今回は初めての交易であり、大きなリスクは避けたい。それに、セーラのケアもまだ必要だ。
「今回は、1つ目の『酒場への卸売り』でいきましょう。手堅く、確実に利益を出すことを優先したいと思います」
「承知いたしました。では、早速、街の酒場への交渉準備を始めます」
カインは頷き、すぐに動き出した。
それから数日かけて、ユートとカインを中心に、酒場への価格設定、交渉戦略、サンプルの用意など下準備を進めた。ミアやエマも、酒場の評判や店主の人となりなどの情報収集を手伝ってくれた。
そして、カインの真面目で粘り強い交渉と、ハーネット商会の看板、そして持ち込んだ酒の質の良さもあって、複数の酒場との契約がまとまり、仕入れた酒は予想以上の価格で全て完売させることができた。
初めての交易としては、上々の成果と言えるだろう。
その頃には、セーラもだいぶ元気を取り戻し、エマやレナータの付き添いがあれば、商館の中や、すぐ近くなら出歩けるようになっていた。まだ男性に対しては少し恐怖心を覚えるようだが、ユートやバルカスたち、気心の知れた仲間に対しては、多少平気な様子を見せるようになっていた。
酒の販売も成功し、セーラの快復も順調なことから、ユートはささやかながら、セーラを囲んで快気祝いを開くことを提案した。場所はボルガナ支店の一室を借りて行われた。支店の料理人が腕を振るってくれた料理と、完売前に少しだけ確保しておいた上等なワインがテーブルに並ぶ。
「セーラさん、快復おめでとうございます!」
「無理しないでくださいね」
皆が温かい言葉をかける。セーラははにかみながらも、嬉しそうに微笑んだ。
宴席では、セーラが休んでいた間の新人たちの指導状況、街の調査結果などや、酒類の販売が上手くいったことなどが報告された。
「今回の酒の販売は、カインさんの活躍が本当に大きかったですよ。彼の粘り強い交渉のおかげです」
ユートがカインを褒めると、彼は顔を赤くして恐縮していた。ミアやエマも「カインさん、すごかったです!」と称賛し、カインはますます照れていた。
ひとしきり和やかに楽しみ、宴は解散となった。
快気祝いの宴が終わり、自分の部屋に戻ろうとした時、セーラがユートを呼び止めた。
「あの、ユート様……。もし、ご迷惑でなければ……その…今晩の付き添いを、お願いできませんでしょうか……?」
まだ一人で夜を過ごすのは不安があるのだろう。ユートは優しく頷いた。
「もちろんです、セーラさん」
ユートは、セーラの申し出を受け、彼女の部屋へと付き添っていた。ランプの柔らかな光が、部屋を暖かく照らしている。
部屋に入り、二人きりになると、セーラは改めてユートに向き直った。その表情には、まだ少しの緊張と、けれど確かな感謝の色が浮かんでいる。
「ユート様……本当に、ありがとうございました。そして……私が休んでしまったせいで、皆さんにご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
消え入りそうな声で、彼女は謝罪の言葉を口にした。
「感謝の言葉は、ありがたく受け取ります」ユートは穏やかに微笑みかけた。「でも、謝罪する必要はありませんよ。セーラさんは何も悪くない。襲われたのは事故のようなものです。ゆっくり休むのは当然のことです」
その優しい声に、セーラの肩から少し力が抜けたように見えた。
どちらからともなく、自然と手が触れ合い、そして、そっと繋がれた。
セーラの手は、もう震えてはいなかった。温かい体温が、ユートの手にじんわりと伝わってくる。
言葉はなくとも、互いを気遣う気持ちが、繋がれた手を通して伝わるようだった。
二人は、商館に訪れた頃からの思い出を、静かに振り返りながら会話を重ねた。初めてユートが商会に来た日のこと、エレナの研究室での慌ただしい日々、シルヴァンへの旅、そして今回の北方への任務……。共有した時間が、二人の間の距離をゆっくりと、しかし確実に縮めていく。他愛のない話をしているうちに、セーラの表情も次第に和らいでいった。
ユートは、静かにベッドの端に腰掛け、セーラの隣に座った。ランプの光が、セーラの横顔を優しく照らしている。
「ユート様……」
セーラが、潤んだ瞳でユートを見上げた。その瞳には、感謝と、少しの不安と、そして……これまでとは違う、特別な感情が揺らめいているように見えた。
「あの時、助けてくださって、本当に嬉しかったです。……本当に、怖くて、もうダメだと思ったから……」
彼女の声が、わずかに震える。
「でも……正直に言うと、ゴブリンを倒した時のユート様が、少し怖かったのも事実なんです……。あの時の、怒りに燃えるような目が……忘れられなくて……」
彼女は正直な気持ちを、勇気を出して打ち明けた。
「……分かっています」ユートは静かに頷いた。
「俺も、あの時は……怒りで我を忘れていた。セーラさんを傷つけようとした奴らが許せなくて……。でも、そのせいで、あなたを怖がらせてしまった……。本当に、すみません」
ユートは、心からの謝罪の言葉を伝えた。
「ううん……」セーラは小さく首を横に振った。「もう、怖くありません。ユート様が、私を守るためにしてくれたことだって、分かっていますから。……今のユート様は、とても頼もしくて……温かいです」
セーラの頬が、ランプの光を受けて、ほんのりと赤く染まる。そして、彼女は意を決したように、ユートの顔をじっと見つめ、わずかに震える唇で、そっとユートの唇にキスをした。
柔らかく、温かい感触。突然のことに、ユートは戸惑いつつも、その純粋な好意を、壊れ物を扱うようにそっと受け入れた。
ゆっくりと唇が離れると、二人の間に甘く、しっとりとした沈黙が流れた。見つめ合う瞳。言葉はいらない。繋いでいた手はいつの間にか離れ、ユートは、吸い寄せられるように、セーラの華奢な身体をそっと抱き寄せた。彼女の温もりと、柔らかな髪の香りが、ユートを優しく包み込む。
「セーラさん……俺も、あなたのことが……大切です。ずっと、守りたいと思っています」
ユートからも、セーラへの気持ちを伝えた。特別な存在だと、失いたくない存在だと。
セーラは、ユートの胸に顔を埋め、安心したように小さく息をついた。そして、顔を上げ、幸せそうに微笑んだ。お互いの気持ちを確かめ合い、静かに微笑み合う。言葉よりも雄弁な視線が交差し、二人の間に流れる空気は、甘く、満たされたものへと変わっていく。そして、改めて、今度はユートから、優しく、慈しむように唇を重ねた。
甘く、穏やかな時間が、二人だけを包み込もうとした、そのタイミングで。
ガチャッ! バタン! ドサドサッ!
突然、部屋の扉が開き、皆が、まるで将棋倒しのように部屋の中になだれ込んできた!どうやら、扉に耳を当てて聞き耳を立てていたらしい。
「「「うわぁっ!」」」
「きゃっ!」
部屋の中の二人と、なだれ込んできたメンバー、全員が固まる。甘い空気は一瞬で吹き飛び、気まずい沈黙が流れる。
なだれ込んできた皆の顔には、バツが悪そうな表情が浮かんでいる。
「……」
セーラは、何が起こったのか理解できず、顔を真っ赤にして呆然としている。
一方、ユートは……。
「……皆さん」
ユートは静かに立ち上がり、右手の手甲に、赤い魔力が灯り始めた。その輝きは、普段の訓練の時よりも、明らかに強い。
「ちょっと、お話がありますよね?」
その目は、全く笑っていなかった。
「ひぃぃぃ!」
「や、やばいって! 本気で怒ってる!」
「ユート様、落ち着いてください!」
「誤解なんです! 本当に!」
焦る皆の声が、静かだったはずの部屋に、けたたましく響き渡った……。




