44話
セーラが眠りに落ちたのを確認し、ユートはそっと部屋を出た。
廊下で待っていたエマに「セーラさんのこと、お願いします」と頼み、彼女をセーラの付き添いに残し、他のメンバーとハンスを招集し、今後の対応を話し合うことにした。
集まったメンバーの表情は皆、硬い。
特に、昨夜の惨事を目の当たりにした者たちの顔には、疲労と怒り、そしてセーラへの心配の色が濃く浮かんでいた。
「……皆も知っての通り、昨夜の襲撃でセーラさんが負傷し、酷い目に遭わされた。幸い命に別状はないが、精神的なショックは計り知れない」
ユートは重々しく切り出した。
「俺の判断としては、セーラさんの心身の回復を最優先に考えたい。そのため、しばらくこのボルガナの街に滞在し、彼女のケアに努めたいと思うが、皆はどうだろうか?」
ユートの提案に、全員が即座に賛成した。
誰もがセーラのことを心配しており、彼女をこの状態のまま旅を続けさせることなど考えられなかった。
「滞在中の役割分担だが……」ユートは続けた。
「女性陣には、セーラさんの付き添いに専念してもらいたい。その分、男性陣が手分けして、他の仕事を進める形にしたいと思う」
この提案にも異論は出なかった。
具体的な役割分担が決まっていく。
「セーラの対応は、エマさん、エルザさん、レナータさんに、交互に付き添っていただく形でお願いできますか? 一人に負担が集中しないように」
エルザとレナータは無言で了承した。
「ミアさんは、馬の世話もあるので付きっきりというわけにはいかないでしょうが、可能な範囲で協力をお願いします」
「はい! 私にできることがあれば!」ミアも力強く答えた。
「そして、もしセーラさんが俺を呼んだ場合は、どんな状況であれ、すぐに駆けつけられるようにしておきたい」ユートは付け加えた。
エマにも後ほど報告し「はい、お任せください」と頷いてくれた。
次に、ユートはバルカス、ドラン、三つ子、カイン、ハンス、新人たちの男性陣を集め、現在のセーラの状態(身体的な傷は浅いが、精神的なショックが大きいこと、男性への恐怖心を抱いている可能性があること)を教え、理解と配慮を求めた。特に、不用意に彼女に近づいたり、大声を出したりしないよう、注意を促した。
「ロンドベルのバーナード支店長が到着するまでは時間がある。それまで、手分けして仕事を進めよう」
ユートは具体的な指示を出していく。
「まず、新人護衛たちのことだが……ハンスさん、そしてボルガナ支店長の許可も得て、バルカスさん、ドランさんをメインに、彼らへの再指導をお願いしたい。今回の失敗から何を学ぶべきか、護衛としての心構え、そして実践的な技術。厳しく反省させつつも、立ち直れるようにフォローも頼みます」
「承知しました。責任をもって指導します」バルカスとドランが頷く。ハンスも「私も協力します」と言った。
「三つ子の3人には、武具の整備と、物資の補充を担当してもらう。特に物資の補充に関しては、エマさんと相談しながら、必要なものをリストアップし、街で調達してくれ」
「「「了解!」」」三つ子も、いつものお調子者ぶりは鳴りを潜め、真剣な表情で頷いた。
「そして、俺はカインさんと共に、持ってきた酒類の相場や販売ルートの調査、それから……この街で採れるという『氷解石』について、少し調べてみたい。何か面白い使い道があるという噂を聞いたのでね」
ユートは、精霊神から聞いたことは伏せ、あくまで噂を聞いたという体で、氷解石の調査目的を伝えた。
役割分担が決まり、それぞれが動き始めた。ユートとカインは早速ボルガナの街へ出て、酒場や商店を回り、情報収集を開始した。鉱山町だけあって、酒場の数は多く、活気に満ちている。
酒の値段はアルテナより高めだが、種類によってはもっと高く売れそうだ。また、『氷解石』についても、いくつかの鉱石店で扱っており、その冷却効果や装飾品としての価値について話を聞くことができた。
調べているうちに、やはりシルヴァンの鉱山が閉鎖された影響で、ボルガナの鉱山が以前にも増して忙しくなっているという情報も得た。これは、酒の販売にとっては追い風かもしれない。
調査の合間に、ユートはエレナから預かった通信用の魔道具を取り出し、アルテナへ報告の信号を送った。(ゴブリンノシュウゲキアリ セーラフショウ ボルガナニテリョウヨウチュウ リョテイエンチョウノカノウセイアリ ショウサイハヤウマニテ)簡単な文しか送れないが、最低限の状況は伝わったはずだ。
各員がそれぞれの仕事の合間を縫って、交代でセーラの部屋に顔を見せに行った。最初は怯えていたセーラも、仲間たちの温かい気遣いに触れるうちに、少しずつだが表情に生気が戻り始めた。
数日が経ち、セーラの心にも徐々に立ち直る兆しが見え始めた。まだ完全に恐怖が消えたわけではないが、エマやミアとは笑顔で話せるようになり、ユートに対しても、以前のような怯えは見せなくなっていた。
そして、滞在5日目の朝、セーラは一度、調査隊のメンバー全員を自分の部屋に呼んだ。
「皆さん……この度は、ご心配とご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした……」
彼女はまだ少し震える声で、しかし、しっかりと前を向いて言った。
「そして……助けてくださって、支えてくださって……本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げるセーラに、皆が温かい言葉をかけた。
「セーラさん、気にしないでください! 無事で本当に良かった!」ミアが駆け寄り、そっと肩を抱く。
「ええ、セーラさん。無理はなさらないでくださいね。私たちがついていますから」エマが優しく微笑む。
「……セーラ殿の勇気が、ミア殿たちを守ったのです。誇りに思ってください」レナータが静かに、しかし力強く言った。
「そうだぞ、セーラ! お前さんは強い!」バルカスが励ます。
「ゆっくり、自分のペースで元気になればいいんですよ」ドランが穏やかに言う。
「セーラ姉ちゃん、俺たちがついてるから、もう大丈夫だって!」リックが元気づけるように言う。
「うんうん!次は俺の盾で絶対守るから!」ロイが胸を張る。
「……(こくこく)」レックスも、心配そうにセーラを見つめ、力強く頷いた。
「セーラさん、あなたの細やかな気配りに、我々はいつも助けられています。今はゆっくり休んでください」カインも、普段の堅物ぶりはどこへやら、優しい言葉をかけた。
仲間たちの温かい言葉に、セーラの瞳から再び涙が溢れた。
しかし、それは恐怖の涙ではなく、感謝と安堵の涙だった。エマやミアも、もらい泣きしている。
その日の午後、ロンドベルのバーナード支店長が、数名の護衛を連れてボルガナ支店に到着した。彼は到着するなり、ユートたちの元へ駆けつけ、盛大に謝罪した。
「ユート隊長、この度は、私の支店の者の不手際で、大変なご迷惑をおかけした! 誠に申し訳ない!」
ユートは経緯を説明し、現在までの新人たちへの指導とフォローの状況を伝えた。そして、
「彼らも深く反省しております。ですが、彼らに夜警を任せると最終的に判断したのは、私達です。私達にも非があると考えております。どうか、改めての処罰は、軽めにお願いできないでしょうか……」と、リーダーとして、そして監督責任の一端を感じている者として、彼らを庇う言葉を添えた。
バーナード支店長は、ユートの言葉に深く頷き、「承知した。ユート隊長の寛大な処置と、その責任感に感謝する。正式な処分については、本店とも相談の上、決定しよう」と約束してくれた。
こうして、新人護衛たちの対応もひとまず決まり、ボルガナでの滞在も落ち着きを取り戻し始めたくらいに、商業部のカインが、ユートの元へある提案を持ってきた。
「ユート様、酒類の販売についてですが、いくつか具体的なプランを考えてみました。鉱山が活気づいている今が、好機かもしれません……」
セーラの回復を待ちながら、止まっていた任務も、少しずつ動き出そうとしていた。




